旅のはじまり
「では改めてホルスよ、不躾な頼みだが我にも名前を貰えぬか?」
「名前ないのか?」
「竜同士の特殊な呼び名はあるが発音なとがまったく違って人の耳では聞き取れんのだ。これから人の世を旅するのに単なる種族の特徴だけで呼ばれるものつまらんと感じてな」
確かに・・・
「つってもすぐには思いつかないぞ・・・」
「なに街に着くまで我の背の上で考えればよいのだ、いや首元が座り易いか」
そして白竜は身体を地面に伏せる体勢を取る、そして乗れと促す。
「なるだけ良いものを思いつくようにする」
白竜の首元に跨り、両手で首を掴む。
「では行くとしよう、人を乗せるなど初めてだからな多少の失敗は多めに見てくれ」
ゆっくりと身体を起こし、歩き始める。
「視線が高い・・・そして速い・・・」
徐々に速度を上げる白竜、乗り心地は最高だった・・・
後ろ足だけで立ち前傾姿勢のスタイルで軽快に走る白竜・・・かなりの距離を走り抜け森から林へ周りが変わると速度を落とす。
「そろそろ街道というのか?人が行き来するために作った道に出るが、どうする」
「どうするとは?」
「街道は西と東を行き来するために作られたように伸びていた、上から見たときに確認したから間違いはない。でホルスはどちらを目指すのだ?」
「あーここってほぼ中間なのか」
うむとうなずく白竜。
「そうだなぁ・・・ワイズ、ドワーフたちの住む土地って東であってるよな?」
「はい、そしてその南側がリザードマンの土地です」
「そこは他種族も共存しているか?」
「ええ、単に先住していた種族がドワーフとリザードマンであり人口も多かったため国を主導してるだけです」
「差別する気もないし東にも行ってみるが最初は西にする、3年じゃたぶんどっちの土地も全部見て回れないし、なによりあの種をどこかに植えてやりたい」
「東でも創造主を信仰している救生教は浸透していますが」
「ナニソレ、神様のネーミングセンス?」
「いえ創造主からの神託を始めて受けた人が初代教皇なのでたぶんその人だと」
まぁ信仰だのは興味がない。
「ですがそれを抜きにしても西を選ぶ理由はなんでしょう?」
「エルフの住む土地とかあるし、たぶん西の中央あたりも肥沃な土地多いんじゃないかな」
「たしかにそうですがあちらの環境とは変なトコで違いますから気をつけてください」
「そんなとこあるのか」
「禁句でもある魔族の多い大陸とか希少種族の住む場所などですね」
「あとは我らが祖が隠れ住む秘境だな、いまではどうなってるかわからんが・・・」
白竜がワイズの言葉を補足する。
「話は決まったようだし街道も見えた、あとは西へ走るだけだな」
「街、あるんだよな?」
「あるぞ?当然だろう」
俺の言葉になにかあるのか?と首をぐいっとまげて白竜はこちらを見る。
「まず最大の問題が・・・」
「最大の問題か・・・それは一体・・・」
白竜が真剣にこちらを見る。
「金、生活するための金がない」
そう、魔封石を生活費用にする予定だったからアレを使ったことで起きた問題である。
「それに関しては我に任せて貰えるか」
「どうにかなるのか?」
「うむ、その辺は街にもついてない状況で気にしても意味は無い。まずはさっさと街へ辿り着くことを第一としよう」
再び速度を上げ街道を西へ走る白竜・・・
「誰か街道に居て驚いたり敵対したりしないだろうな・・・」
「環境が変化しだしてから1日もたってないのだ、よほどな理由や相当な装備でもなければ通ることもできんよ」
フラグじゃありませんように・・・
「マスターの場合は祈っても無駄な気がします、悟ったほうが楽だと思うのですが」
「ワイズ・・・それでも、それでも祈りたいんだ俺の心の平穏のために!」
「必ず死ぬと書いて必死というのですが必死に祈る姿勢だと向こうからフラグが来ますよ?」
ヤメテ、俺の心労がぁ・・・
「ホルスよ、言ってる割に余裕あるのではないか?」
呆れ気味に白竜がぼやく。
「平穏を求めてるのは本当、だからこんな馬鹿話してないと悪い流れしか来ない気がしてね」
「そんなものか?」
「そんなものだ」
舗装とまではいかないが馬車なりが通る街道なのか、森や林のときより白竜の走る速度がすこし速めで目を開けてられず首にしがみ付いていた。体感でかなりの距離を進んだなと思いうっすら目を開け様子を伺おうとすると白竜は速度を落とし始める。
「ホルス、街が見えたぞ」
街道の先には防壁のような壁がある大きな街が見えた。だが入り口らしき場所に武装した人が集まっている様に見える。
「んーあれってこっち警戒してるのか?」
「創造主から伝わっていないのか、司祭か神官と思わしき人物が見えんな」
「それはどういう意味だ?」
「創造主から『神託を下ろすから街では救生教を利用しなさい、竜が人と共に街に来るなど前代未聞だしね』と言っていた。我の姿を見て警戒しているなら気付いていると思うのだが」
「どうする?」
「なにもやましいことはない、堂々と行けばよかろう」
「一応俺も降りて歩こう、人が一緒に居ればいきなり攻撃とかされないだろ」
白竜は身体を下げたので降りると白竜のとなりに立つ。
「行こう」
うむと白竜は答え歩き出す。
「それで白竜の名前なんだが・・・」
「決まらなかったのか?」
「いや肝心なことをまた忘れていた」
はてなマークを付けた白竜がこっちを見る。
「性別、どっちだ?」
その頃、街の入り口では聖堂騎士団の面々が街道の先から歩いてくる竜と人を見ていた。
「ほんとに来やがった・・・」
そうつぶやいたのはこの街の教会に派遣されていた騎士団の隊長であるデリムだった。
「隊長、どうするんです?街に危害が及ぶなら住人だけでも逃がさないと」
団員の言葉を聞いたデリムはここに出向く前、街の教会を任されている司祭に告げられた事を思い出す。半刻前、デリムは足を患い歩けなくなった司祭の部屋に呼ばれていた。
「デリム隊長、たぶん1刻以内だと思うのだけど街に珍しい客人が来るようです」
いきなりなにを言い出すのかとデリムは頭をかいた。
「司祭様、急に呼び出した上に珍しい客が来るといきなり言われてもねぇ、来るもんが何者か知ってるみたいですけどどうやって知ったんです?」
デリムは何言ってんだ的な顔をして司祭を見る。
「ふふ、先日に神託を受けたことはデリム隊長も知っていますね?」
「そりゃあ俺も助祭の資格はありますから・・・神がいることに半信半疑だったんですが改めざるを得なくなりましたし」
「その神からさきほど新たな神託を受けました」
動揺するデリム。
「今度はなにが起きるんですか?」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、さきほどの客人が来ることを知らせてきたのです」
その言葉を聞いたデリムはなんともいえない顔になる。
「えーと神様って暇でお人よしのおせっかいやきなんですかね?」
くすくすと笑う司祭。
「違いますよ、おせっかいというのはあるかもしれませんが今回は内容が特殊です。できれば他言無用で冷静に聞いてくださいね」
真顔になるデリムを見て司祭は続ける。
「神の眷属である白竜とそれに連れられた一人の人間が来る、竜という存在が人の世に来ると言うのはかつて無いこと。白竜は眷属なのでトラブルを防ぐ意味で連れの人間共々教会にて保護せよ、贅沢はさせなくてよい。汝らの疑念疑問は白竜に問うがいい、行き過ぎた暴論や話せない内容でなければ答えるであろう」
デリムは呆然とした顔をする。
「はは・・・言うに事かいて竜ですかい、どうしろってんだ・・・」
司祭もどうしたものかと言った顔をする。
「神託の内容から来るであろう竜は神の眷属だそうですから、先に手を出すなり拒絶するようなことでもなければ大丈夫でしょう。ただ事が事なので騎士団で出迎えてもらえませんか?」
「竜相手になにが出来るかわかりませんよ?」
「別に戦うわけじゃありませんし、人も連れているそうですから暴れたりとかはしないでしょ」
深いため息をひとつつくデリム。
「分かりました、聖堂騎士団デリム分隊はいまから街の入り口で警戒に当たります。該当の竜が確認できたらこちらにお連れするでよろしいですか?」
「お願いしますね、こんな足でなければ私が出向いたのですが・・・」
ベッドの上からほとんど動けない司祭はデリムに頭を下げる。
「よしてください、これも治安維持をまかされている俺らの仕事・・・と割り切ります」
そう言うとデリムは部屋から出る。後ろ手にドアを閉めると詰め所へ向かって歩き出す。
「こんな辺鄙なとこで事件もなくお勤めが終わると思ったんだがなぁ・・・2日前から急に天候が穏やかになってからなんかおかしくなってきたか?」
その後、詰め所で団員に命令を出し、街の入り口で待機することになる・・・
「お前ら、アレは教会の客だから慌てることはねぇ。俺たちの任務は動揺せず街に入ってからの治安維持、2~3人中に戻って慌てなくていいってことを住人に周知させろ」
了解と団員たちが言うと行動を開始する。
「俺は出迎えに行ってくる、着いてくるやつぁ居るか?」
デリム分隊の副長が団長の前に出る。
「俺も行きますよ、なにより竜とか間近で見てみたいんで」
「あほか、教会で面倒みるそうだから後でいくらでも見れんだぞ」
わかってないっすね的に肩をすくめる副長。
「たぶん絶対そんな暇ないっす、今日まで街に活気もなかったのにこんな目立つ客人が来て騒がしくならないワケがない。俺らは落ち着くまで治安維持で動けなくなりますよ」
ありえそうだと苦い顔になるデリム。
「俺らが何もしなかったらしっちゃかめっちゃかになるだろ、愚痴るのはあとにして行くぞ」
へいへいとあとに続く副長。その目は子供ほど純粋ではないが輝いていた・・・
騎士団の面々がせかせかしている中・・・街道を歩いてくる竜と人のコンビはまだ名前の話をしていた。
「神格を得たため性別は意味を成さん、どちらにでも成れてしまうのでな」
「じゃ以前はどっちだった」
「雌だ」
「マジデスカ」
「竜の声帯は人の言葉を話すと音程だけが雄だろうが雌だろうが人間の男よりになるのだ、普段は人が聞き取れる声で会話なぞせんから気にもしなかった」
「雌かぁ・・・イントネーションとかニュアンスで決めるのもちょっとアレかな」
「それはどういったものだ?」
「いや俺の名前もそうだけど、一応参考になった存在とかもあったりするんだ。そういったのとは違い、語呂がいいとか適当な言葉をつなげて作る的なやつ・・・すまん、うまく説明できん」
「ちなみにホルスは我にどういう名前を考えたのだ」
「ヴァイスとかスノゥとか、和名的なのもありなら氷華とか・・・」
「和名?それはおそらく鬼人などによくある名前だろう」
「んーどうすっかね?」
「そんなに迷うなら最初のヴァイスでよい、この名前になにか意味があるなら教えて欲しい」
「元いた世界のある国で『真っ白』だか『純潔』とかいった意味だったかな?俺は白竜を見たままから取ったんだが」
「ヴァイスか・・・これからは我をヴァイスと呼ぶがいい」
「気に入ったのか?」
「まぁな」
そうこうしていると街のほうから二人ほどこちらに歩いてきていた。
「はじめまして、お、私はあの街の教会に派遣されている聖堂騎士団デリム分隊のデリムです」
「副長のアンサムです」
白竜ことヴァイスは二人を見てうむとうなずく。
「創造主の眷属である白竜、名をヴァイスという。出迎えを感謝する、そしてとなりに居るのが我の旅の供であり友でもある」
「ホルスといいます、ちょっと騒がしくなりそうですがすこしの間お世話になります」
俺は軽く頭を下げた。
「では、行きましょうか。司祭様は教会でお待ちになっているので案内します」
そういうとデリムとアンサムはこちらを促し街へと戻り始める。
「やっと・・・やっと寝れるのか・・・」
「ホルスよ、そんなに寝たかったのか?」
「あのな・・・あそこでの出来事からずっとヴァイスの上にいたんだぞ。寝たら落ちると思って寝れなかったんだよ」
「そうだったか、だが外で準備もなしで寝るなど自殺行為だったのだから許せ」
などと会話してるとデリムたちのほうから「竜の上に居た?!」「乗せてもらえるとかうらやま」とか聞こえてきた。
「あーもうなんでもいい、凍死しないところで寝させてくれればいい・・・」
気が抜けてしまったのか俺の意識がすぅっと落ち、倒れるところをヴァイスがひょいっと両手で抱え上げる。
「これからが本当の旅だ、いまは休むがいい」