新種
「あれは変質させられた木の『生きたい』という意思に引かれた生命の精霊です」
「呪術によって変質された木に精霊を呼ぶほどの意思が残っていたのか?」
白竜はワイズの言葉に疑問をぶつける。
「変質する前ではありえなかったでしょう、状況はこうです。まず200年前の『進化事件』で木が変質し純度の高いマナが流れ始めると薄れていた思念が目覚めます。そして流れ始めるマナが否応にも思念を強化し精霊が知覚できるまでになり、それに引かれて生命の精霊はここに来た」
「事件と言われるのは不本意だが本当のことかね」
「さまざまな状況と証拠、明確な言葉での意思疎通ではありませんが生命の精霊との対話からほぼ間違いありません」
ううむと唸る白竜。
「で、ワイズはあの精霊さんになにを入れ知恵したんだ」
「人聞きの悪い、木という母体を捨てて意思を何かに移せば呪術の束縛から逃げられる可能性を教えました」
「呪術の焼き付けも木のリソースにあるのなら意味ないんじゃないのか?」
「白竜様のような上位種ではないただの樹木に特別な呪術は要らなかったのでしょう、マスターが休もうと身体を木に預けたときに調べたら、直接木の幹の中に術式が焼き付けられていたのを確認しました」
「ワイズよ、それを破壊すればこれはただの木に戻るのか?」
「いいえ変質した弊害でしょうか呪術と木を維持する機能が融合している形跡がありました。破壊すれば死滅するのは確実です」
ふむと白竜は木のほうを見る。
「生命の精霊は『生きる意思』に反応します、さきほど教えた内容から木を助けようとあのような行動を起こしたのでしょう」
「で、ワイズは精霊があれでなにをするのかわかる?」
「私は某魔王様の相棒みたいな存在ではありませんのではっきりとしたことはわかりません、私が話したことと現状を見た推測でよければ話せます」
「頼む」
「あの精霊は力が弱いですがマナを自由に扱えるのでリソースに干渉、木の思念を抜き出そうとしているのでしょう。マナの実は物質化するほどの総量ですし『思念の器』として使えるのかも」
「だけど白竜が大きすぎるマナが思念を吹っ飛ばすとかいってなかったか?」
「それはマナの実を取り込むからです、器の中に入り込むのとは別です」
納得した、白竜も「それは盲点だった」と唸る。
「ですが前例がないからこそ問題もあります、あのマナの実の中は圧縮された空気とか粘度の高い液体が詰まった箱のようなイメージしか浮かびません。精霊はどのようにして思念を潜り込ませるのでしょうね」
「なんにしても状況が見えないのはもどかしいな」
「今回は諦めてください、調整をするには時間が足りません」
「・・・それってさっきの魔眼云々の話だよな」
「ご心配なく変なものではありません。むしろチートが無い世界でチートまがいなものをばんばん取り込んでるのですから喜んでください」
「なんだその『ちーと』というのは、それもヲタ知識というものか?」
白竜はこっちでは未知の言語とでも言えるオタ知識に興味深々のようだ・・・ワイズさんドウシマショウ?
「白竜様、チートという言葉の意味は一般的に手に入れることの出来ない力や能力のことです」
話す方向で行くようだ、白竜は興味深く聞いている。
「もしですが、転移者と思わしき者達が敵対し『チート』と言う言葉を使われるようであれば注意してください。能力や力量差からどうにか出来るとは思えませんが、なにをするか判らないのがヲタ知識を持つ者ですので」
「それは客人も含まれるのかね」
「マナの実を取り込む前であれば否定しましたが、こうなってくると現実味を帯びてきました。いまならマスターを容易くぷちっと潰せますよ?」
「そんな恩知らずにはなりたくないわ、それに我も旅をしたいのは本当だ。数百年も過ぎたのだぞ?敵対していたアイツや懇意にしていた同族もいまどうなっているやら」
白竜が理性的でよかった・・・話題を反らそう!
「正確な年数はわからないのか?」
「いくら我のような存在でも正確に覚えておらん、なにより外に出ることすら叶わなかったのだ。暇を潰すため時の流れを把握し数え始めたのが200年前で、それ以前のは進化する前で体感が違うせいか大凡でしかわからん」
「およそだったら何年だ?」
んーと唸りながら目を閉じる白竜。
「4~500年と思う、合計したら6~700年だな」
「その年月で神竜に進化できるのか?」
「まず無理だろう、ここが貴重な源泉の真上であったから辿り着けたに過ぎん・・・源泉を見つけ我に居させたその点だけは憎き一族に礼を言いたいな」
お礼参りDEATHねワカリマス
「・・・どうやら終わりそうですね、マナによる木との繋がりが切れています」
全員、と言っても俺と白竜しかいないが木の根元に視線が集まる。
「マナの実から通常のマナが噴出しているように見えるが・・・精霊の仕業か?」
「器の中がきつすぎたのでガス抜・・・失礼、中身を減らそうとしているのでしょうね」
しばらくすると実が萎み始め全員が固唾を飲んで見守る中、変化が終わる。
「コレは種か?」
そこにはちょっと大きめのアーモンドに似た種のようなものがあった。
「変化があるのはそれだけではなさそうです、精霊も変化するみたいですよ」
種の後ろにバスケットボールくらいの光る玉が見えた後、じわじわと形が変化する。
「て、俺にも精霊が見えてるのか?!」
「一時的なものです、溢れさせた大量のマナを抜け目無く使って自身の変化に当てています。見えるのは大量のマナのせいですね」
精霊の変化が終わる、進化とでも言ったほうがいいのかコレ?
「かもしれません、しかしこれは・・・」
そこにはどこぞのマスコットキャラに見える小ぶりな存在が居た。
「これ・・・こっちの知識とか見られたわけじゃないよな?」
「影響されたというのであればむしろ神の知識のほうではないでしょうか」
「これどうみてもあのゲームに出てくるアレそっくりだよな」
「ええ、あのMMORPGに出てくるガーd・・・」
「ワイズ、それ以上いけない」
茶色い胴体に短い手足にくりっとした目は愛嬌を呼ぶ。唯一違うのは頭の上にあるのが二葉ではなくあほ毛みたいな短い枝だったことが救いか。
「これはアレか、あの木の影響を受けたからこんな感じになってしまったのか?」
「さぁ、どうでしょう?」
「気にしない方向で進めよう、で精霊さんこれからどうしたい?」
精霊はこちらをじっとみたあと種と思われるものを短い両手で持ち、俺に向かって差し出す。
「受け取れと?」
俺がそれを受け取ると精霊は抜け殻となった木を見て次に白竜へ視線を向ける、そして器用に頭を下げた。
「・・・処理しろというのだな、承知した」
白竜はおもむろに近づき腕を振り上げ叩きつける。俺は激しい破砕音に目を閉じ耳をふさぐ、音が収まり目を開けるとそこには粉々になった木とへこんだ地面があった。
うひぃい・・・見なかったことにしよう、そしてさきほど渡されたものを観察する。
「やっぱりこれ・・・種だよな」
「はい、どう見ても種ですね。おそらく木の思念を移し種に転生とでも言える形にしたようです、ここではない落ち着く場所か精霊が示した土地にでも植えてやればいいのだと思いますよ」
精霊にも聞こえているのか、俺のほうを見てこれまた器用に頭を下げる。
「一応確認なんだが・・・種を植えるまでは精霊さんもついてくるよな?」
精霊さんに向かって聞くとハイといわんばかりに両手を挙げる。
「なぁワイズ、意思疎通できるか?」
「直接触れればできるかもしれませんが、明確な言葉というよりイメージが伝わるだけだったので今みたいなジェスチャーのほうが理解しやすいと思います」
それなら仕方ないか・・・
「あとここでやることは我がこの実を食うことだけだな」
「俺は美味く感じたけど、白竜はどう感じるのかな」
「我とて人と同じ程度の味覚くらいあるぞ」
そういうとマナの実を一口で・・・縮んでるとはいえ人よりは口もでかいため丸呑みに近い。白竜は咀嚼すると一瞬固まり、味をかみしめながら何度も何度も咀嚼を繰り返す。
「このような味わいだったとは・・・いままで気付かず不覚であった」
「ですが200年以上前にあれは存在せず、出来たのは白竜様の進化があってこその味だということです」
「むぅ、つまり我の200年が詰まった味と言えるのか・・・創造主に言われた以上あの木は処分せねばならなかったからな、仕方あるまい」
「それってマナの量が問題になったのか?」
「そうだ、我があれに縛られ続ければもっと実がついていて、そして『あの一族』が一つでも手にしていたらさらなる犠牲が出かねないとも言った」
「その辺は聞かない方向で、面倒事しか思い浮かばない」
「そうか・・・ではそろそろ行くとしようか」
白竜は外へと歩き出す、それについてくと精霊は俺の頭の上に乗ってきた、飛んでくるのではなく俺の身体をよじよじ登ってである。
「・・・まぁいいか」
俺は気にしないことにした・・・
外に出てみるとここに来たときより冷気が弱くなっており荒れ狂っていた風はすこし強い風程度にまで変化していた・・・
「これって白竜が開放されたからだよな?」
「うむ、そして天候操作をしている道具は放置するつもりでいる」
「あれかな、全部さっぱり無くすと怪しまれると?」
「これ見よがしに入り口前は我の戦いの痕跡も残っている、居なくなったことで憶測しか出てこぬであろう。せいぜい騙されればよい」
「なんにしてもやっとかぁ・・・で、どうやっていく?」
「客人を乗せて飛んでもいいのだがあまり目立つのもどうかと思っている、なので乗せて我が地を走るつもりだ」
「いいのか?こっちの知識だと竜の背に乗るのは認められた者だけとか自分を下した者でないとダメとかあるんだけど」
竜の表情はわかりにくいが「何を言っているんだ?」的な雰囲気を見た・・・
「なにを当たり前なことを言っているのだ、誰でも自身の背を預けるのは認め合う者であろうよ。客人のことは我が認めておるから問題はないぞ」
ウワァめっちゃ正論・・・
『マスターNDKですね』
出来ればそっとしておいて・・・精神的に凹んでいると白竜がこちらを見る。
「我としたことが・・・客人を乗せる前に絶対聞かねばならんことがあるのを忘れていた」
「名前、だろ?」
「気付いておったのなら戻ってきたときに教えてくれてもよかったではないか」
「あーうん、ちょっとな」
はてなマークが浮かびそうな雰囲気の白竜。
「俺さ、いまこんな姿でこんな話し方してるけど本来は90歳のジジイなんだぜ」
「転移者ということであったが向こうでは人間は長寿なのか?」
「いいや、こっちの寿命がどうかは知らないけど向こうじゃ90歳も生きれば大往生だよ。俺はね寿命で一度死んだ、いや正確には落とす直前に神様から声をかけられたんだ」
黙って聞いている白竜。
「老衰で死ぬ直前だった俺がそのまま転移しても生きていられるはずもない。神様の選んだ候補の種族に転生するか肉体を若返らせて転移するか、その2択から選ぶことになった俺は若返って転移するほうを選んだのさ」
「それで名前を教えることを渋る理由はなにかな」
「明確な死ではないものの世間一般では俺は死んだことになる、俺はこちら側の世界で生きていくと決めた以上向こうで生きていた『かつての自分』は死んだ。だから昔の名前は使わないと決めた」
「では渋る理由はこちらで生きていくための名前を決めていないということか」
「そういうことだ、でも考えてはいたからいまから決める」
白竜は俺を見る。
「俺の新しい名前は・・・ホルス」