表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第1章 白き星の異邦人
7/76

第4話 魔力強化体(後編)

 アレフの降伏に対し、誰も何も反応しなかった。

「えっと降伏したが何もしないのか?言葉は通じてるよな?」

 これに慌てたのはアレフだった。


「通じてる」

 応えたのは、ようやく我に帰ったディーファだった。

 彼女は憮然とした表情で立ち上がると、痛めた背中と首をさすり始めた。

「意味が分からん。何故勝ったお前が降伏する?狙いは何だ?」

 ディーファが痛そうに首を抑えながら、恨めしげにアレフを睨みつけた。


「望みは人命の救助だ。時間がない。怪我人の手当てをして欲しい。必要なら私も手伝う」

「人命だと?」

 ディーファが驚いた様子で紅い瞳を見開いた。

「知らんのか?私達は魔力強化体だ、サイカ軍の兵器で人間ではない」

「・・・仮にそうとしてだ」

 目を細めたアレフがディーファに顔を近づけた。

「それが命を救う事に何か関係あるのか?」

「当然だ、兵器には命を救う価値はない」

「だから見捨てると?」

「見損なうな、そんな事するかよ」

 ディーファは露骨に顔を顰めると、一歩下がりアレフから距離を取った。


「お前を敵と認めた事は誤解だった。すまなかった。降伏も無効だ、拘束もしない。だからここから消えてくれ」

「消えて欲しいならそうする。だがその前に怪我人を治療して欲しい」

「余計な立ち入りはご遠慮願おう。どのみちイデアは助からない、治療は不要だ」

 ディーファは冷たく言い放った。


「では言い方を変えよう。治療をしろ。断れば力づくだ」

「力づくか・・・負けた私に断る権利はないな」

 冷酷な声で返すアレフに、ディーファが疲れた声で答えた。


「お前達の価値観に干渉はしない。お前達が治療をしないならそれで結構、私がやる」

「やるさ、無駄だろうがな。私の部下だ、最期まで面倒は見る。興味本位なら消えろ」し

 ディーファはアレフから視線を逸らすと、疲れたように首を振った。

「あれは致命傷だ、余計な治療は苦しめるだけだ。分かっているのか?」

「懇願されて何人も手に掛けた。これ以上言わせるな」

「お前もそうなのか・・・すまなかった」

 ディーファはため息混じりに頭を下げた。


「シェイド!クリス!いい加減正気に戻れ!」

 振り返ったディーファは、まだ呆然とするシェイドに呼び掛けた。

「シェイドはイデアの応急処置だ。クリスは衛生兵を手配しろ。急げ!」

「はっはい」

「了解しました」

 ディーファの一喝に気を取り戻したシェイド達は、直ぐに行動を開始した。


「これで満足か?」

「助けられたらな」

 そう言うとアレフは治療を受けるイデアの方へと歩き出した。


「意味が分からんよ」

 ディーファは呆れ顔で天を仰いだ。

「なぜ助けたい?私達はお前を殺そうとしたのだぞ?憎くはないのか?」

「死んではいない、どうでも良い事だ」

 アレフは振り向かず、イデアの治療の様子を見届けながら答えた。

「お前は余程のお人好しか、或いは大馬鹿だな」

「前者程賢くはない、ただの後者だ」

「違いない、馬鹿な奴だ」

 ディーファが僅かに頬を上げ微笑んだ。


「大隊長!」

 突然応急処置を行っていたシェイドが叫んだ。

「どうした?」

 問い掛けるディーファに、シェイドは泣きそうな面持ちで首を振った。

「もう時間の問題です。それも長くはありません」

 それは怪我人への死の宣告だった。


 ・


 イリスはすすり泣いていた。

 抱きしめている妹イデアの身体は少しずつ冷たくなっている。辛うじて呼吸はあるが、それももうすぐ止まるだろう。

 もう受け入れるしかなかった。


「ごめんね・・・ごめんね・・・あたしのせいで・・・本当にごめんね・・・」

「イリス、残念だがこれまでだ。せめてこれ以上苦しまないようにしてやろう」

「でも・・・」

「君は目を閉じていろ。俺がやる」

 シェイドは震え声で言うと、イデアの眉間に短銃を突きつけた。


「止めろ!」

 シェイドに対しアレフが叫んだ。

「うるさい!部外者は黙ってろ!」

「とにかく止めろ!」

 アレフは怒鳴りつけるシェイドの短銃を握ると、銃口を地面へと動かした。


「それが情けのつもりかよ!」

 全身を怒りに振るわせたシェイドが、怒りの形相でアレフを睨みつけた。

「お前の死に掛けた奴の苦しみを知らないのか!」

「知っている。銃で撃たれる痛みも、獣に内臓を抉られる痛みも味わった。懇願され何度も苦しむ仲間を殺した」

「知るか!うるせえよ!いいから黙って見てろ!」

 怒鳴りつけるシェイドの瞳からは、大粒の涙が溢れていた。


 ・


 時に死は慰めとなる。

 重傷を負い死に瀕した者は、時に筆舌に尽くしがたい地獄の苦痛を味わう。

 そんな者達にとって、死は何よりも安らぎになる。

 だから、もう助からない仲間が苦しんでいれば、せめて死を与えて苦しみから開放する。

 それがせめてもの救いだ。


 誰も苦しむ仲間を殺す役など望まない。ましてや肉親になどさせられない。

 だからシェイドは役を受け、それをアレフが止めた。


 それは大切な思いを踏みにじるも同然で、シェイドが怒るのも当然だった。


 ・


 だからこそ彼は激怒し、殺意を込めてアレフを睨んでいた。

「邪魔するな!お前から殺すぞ!」

「まだ助けられる。だから待ってくれ」

 冷静を崩さないアレフに、シェイドはますます声を荒げた。

「ふざけんな!腹に大穴空いてるんだ!もう助からねえんだよ!せめて楽にしてやるのが情けだろが!」

「決断がが早すぎる。治癒魔法術式で主要な大動脈を塞ぎ出血を抑えれば、助かる可能性はある。苦手なのか?だったら私がやるぞ」

「は?・・・治癒魔法だと?」

 治癒魔法という言葉に、シェイドは一瞬唖然とした。

 しかし直ぐに我に返ると、再びアレフを睨みつけた。

「てめえだって術者だろうが!そんないい都合のいいものがあればとっくに使って・・・ああくそ!俺だってな・・・助けられるなら助けたいよ・・・」

 シェイドの怒声は勢いを失い、泣き声へと変わっていた。

「なあ・・・頼むからいい加減にしてくれよ・・・もうどうしようもないって・・・分かるだろ・・・苦しんでるんだよ」

 短銃を握り締めながら、シェイドはその場に膝をつき泣き崩れた。 


 ・


「フィロ、どういう事だ?」

 アレフは小声で通信機に囁きかけた。

『驚きました。この星には治癒魔法術式がありません』

「信じ難いが、それなら諸々に得心がいく。怒るのも当然か」

 アレフはそう告げると、右手で使った手剣で自身の左腕を切り裂いた。


「おい!お前何を!」

 驚くシェイドの眼前では、アレフの深く切り裂かれた左腕から大量の鮮血が流れて始めていた。


「論より証拠だ。見てろ」

 驚くシェイドを尻目に、アレフは静かに詠唱を始めた。


 唱えたのは治癒魔法術式の詠唱

 詠唱と共にアレフの右手に白い光が宿る。

 白く光った右手が傷口に添えられると、傷口もまた白く輝いた。

 少しして光は消えると、そこにはもう傷方は消え、血の跡だけが残っていた。


「見ての通りこれが治癒魔法術式だ。これなら助けられる」

「いや・・・だって、これは本当なのか?」

「偽ってどうする?」

 驚きに目を見開くシェイドに、アレフが笑いかけた。

「一つ賭けをしよう」

「賭け?」

「賭けるのは命だ。この治癒魔法術式で怪我人の治療をする。助けられなかったら」

 そこまで言うと、アレフはシェイドの短銃を握り、銃口を自身の額へと当てた。

「この命をくれてやる。その時は好きにしろ」

 アレフは銃から手を離すと、イデアへと歩き始めた。


「待てよ」

 シェイドが追いかけようとした時、ディーファが彼の肩に手を置いた。

「やらせてやれ」

「しかし・・・」

「お前の気持ちは分かっている。私も同じだ。駄目なら好きにしろ、止めはしない」

 諦められないシェイドが無言のまま首を振り続けた。


「おい!絶対にイデアを助けろ。駄目だったらお前を殺す。部下を苦しめた罪だ」

 アレフの背後から震え声のディーファが言った。

「好きにしろと言った。私は私の全力を尽くす」

 アレフは振り向かずに、手を挙げて応えた。


「お願い・・します・・どうか助けて・・・下さい・・・」

 イリスの涙声での懇願に、アレフは優しく微笑み頷いた。

「頼みがある。彼女の名前を呼び続けて欲しい。最後に命を繋ぐのは、本人の生きたいと思う意志だ。生に繋がる意志を君が紡いでくれ」

「はい・・・はい!はい!はい!」

 その優しくも頼もしい声に、イリスは涙声で何度も返事をした。


 アレフが治癒魔法術式の詠唱を始める。

 やがて白く暖かい光が、傷付いたイデアの身体を包み込み始めた。


  ・


「わたしは何を見せつけられている?」

 ディーファが呟いた。


 人間が魔力強化体を救うなどあり得ない事

 なのにあり得ないことが起こっていた。


 男が詠唱を終え、両手が白く輝く。それから光る両手が、イデアの腹部の大きな傷口に触れる。

 暖かい白光が傷口を包み込み、同時に混濁するイデアが弱々しい呻き声を上げた。


 乗り出そうとするシェイドを抑えた。彼を殺すのまだ早い。

 いや、もしかしたらと言う思いがあった。


 その思いは正しかった。

 イデアの痛々しい呻き声は、徐々に和らぎやがて安らぐ呼吸音に変わった。

 いつの間にか苦悶を浮かべていた顔も、穏やかなものへと変わっていた。

 傷口を覆う白光が少しずつ消え、傷ついた腹部が見えてくる。

 光が消えた時、傷口は完全に消えていた、


「これで最低限は確保した。後は輸血と血管の修復だけだ。良く頑張ったな」

 男はそう言うとイデアの頭を優しく撫でた。


「イデアは本当に助かったのですか?」

「繋ぎ止めたが予断は禁物だ。輸血と清潔な環境での安静、これが絶対だ。とにかく出来るだけのことはする」

 男がそう言うと、直ぐにイリスがイデアにすがりつき、声を上げて泣き始めた。

 その側ではシェイドが泣き崩れている。

 滅多に冷静さを崩さないクリスさえも、懸命に涙を堪えている。


 涙もろい奴らだ。これでは私が泣けない。


 でも良かった。

 一名だけでも助かって本当に良かった。


 喜ぶべきはずなのに、何故がディーファは素直に喜べない。


 私は人間が嫌いだ。私が人間でないからだ。

 私は魔力強化体、生体兵器、敵を殺し、戦場で死ぬ。それが存在意義だ。

 こんな境遇に生み出した人間を、私は嫌いだ。


 人間もまた私達を嫌う。

 私達が人間を越えた力も持つ事を恐れるからだ。


 人間は私達を受け入れない。

 だから私達も人間を受け入れない。

 私達はいつまでも兵器でしかない


 だから希望を捨てた。

 人間への希望など始めからなければ、失望もせずにすむのだから。


 ・・・それなのに、希望を持ってしまった。


 おかしな人間がいて、兵器の私達の命を救った。

 あり得ない事なのに、それが起きた。

 人間への希望を見つけてしまった、もう失望など味わいたくないのに・・・


 ディーファは空を仰ぎ見た。

 いつもは冷たく見えるあの銀の星が、今は少しだけ暖かく見えた。

 胸にこみ上げる不思議な暖かさが、少しだけ心地良かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ