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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第1章 白き星の異邦人
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第4話 魔力強化体(前編)

 魔力強化体


 彼等は兵器だ。同時に人間とほぼ同じ姿と生態を持つ。

 しかし魔力と身体能力は人間を遥かに上回る。

 彼等は人間のために戦うため造られた生体兵器、人間とは認められていない。


 どんな兵器にも新旧があるように、彼等にもまた新旧の区分として、三世代に分けられる。


 まず第一世代型

 最初期に生産された個体で、全ての世代の中で頭一つほど抜けた最高性能を持つ。


 この世代の総合戦闘力は極めて高く、撃破に2個小隊が必要な大形異形体を単体で撃破可能で、完全武装兵力なら一個師団に匹敵すると言われている。


 これほどまで強力な第一世代型だが、製造素材の都合から僅か5体しか製造されていない。


 この世代は魔力強化体部隊の大隊長に配置され、魔力強化体第二大隊では大隊長ディーファがこの世代になる。



 次に第二世代型

 この世代は主に副官、伝令、分隊長以上の指揮官色が割り当てられている。

 大隊長副官のシェイドと大隊長伝令のクリスは、この第二世代型に該当する。


 この世代は、第一世代の製造に必要な特殊素材が尽きたため、その素材抜きで製造された簡易生産型だった。


 そのため総合戦闘能力は、第一世代型に比べて大幅に低下した。

 それでも人間と比べれば遥かに強力で、単体の全力はは人間の完全武装の兵士一個小隊30人分に匹敵した。


 この第二世代型は約150体が製造されたが、経済事情の悪化により製造が打ち切られた。


 現在生産されているのが第三世代になる。

 一部の分隊長及び部隊員の役職が多く、イリス、イデアはこれに該当する。


 この世代は、製造過程の大幅短縮で製造費用が低くなり、第二世代型の約4分の1にまで抑えられている。


 このような費用削減の場合、かなりの性能低下が伴う。

 しかし製造技術の向上と教育過程の効率化により、懸念された性能低下は最低限に抑えられた。


 結果、第三世代型は単体で完全武装の人間3個分隊約20人の兵士の戦力に匹敵し、その費用対効果の優秀さから現在まで製造され続けている。


 魔力強化体さ味方となればこの上もなく優秀な兵器だ。しかし敵となれば厄介どころではない脅威になる。

 それが今のアレフの敵だった。


 数は第一世代型が1名、第二世代型が2名、概算すれば完全武装の兵士約260名分の戦力に匹敵する。


 時間がないアレフにとっては、かなり頭の痛い話だった。


 ・


 そんな状況下、ディーファの眼前では排除対象のアレフが、構えもせずだらりと肩を下げていた。

 あまりの隙の多さに、ディーファは逆に罠を疑った程だ。

 だから選択したのは圧倒的火力での蹂躙、罠が有ろうが無かろうが、焼き尽くせばそれで良い。


 ディーファは圧倒的な魔力で術式を発動させる。

 間も無くして、上空から数多の光弾が降り注いだ。


 光の光弾を満遍なく注ぐ絨毯爆撃、それが彼女の初手だった。

 当然その程度で倒せるとは微塵も思ってはいない。

 だが戦い方の傾向と強さの程度の多少は掴めるだろう。僅かだが期待はあった。


 灼熱の光弾が雪原に着弾し、水蒸気爆発を併せた大爆発が、雪原を土壌ごと吹き飛ばす。

 そんな強力な威力を喰らえば、直撃は当然、余波だけでも命を失いかねない。


 爆風で味方も巻き添いを喰らう危険もあったが、シェイド達がいれば心配ない。

 事実、懸念だった怪我人達も、シェイド達が障壁の魔法術式で守っている。


 一陣の風が舞い、一帯を覆う白い湯気を一掃する。

 視界が晴れた先、そこには無傷のアレフが立っていた。

 その光景にディーファは軽い目眩を覚えた。


 敵の戦力を測るという目論見は外れた。これでは殆ど何もわからない。

 分かるのは強さの底が見えない事だけ。


「化け物が」

 ディーファは思わず毒づいた。

 青白い額からは冷や汗が伝い落ちていた。


 ・


 ディーファに続いたのはシェイドだった


 彼は無傷なアレフを見るなり、圧縮詠唱で背後に無数の光球を出現させた。

 発動させたのは『光爆』の魔法術式だった。

 構えていた長銃は背中に納めていた。使い勝手は良いが、威力が弱く命中制度も低い。使い慣れた魔法術式の方が遥かに信頼性が高い。


 この魔法術式は、同時展開可能な数こそ少ないが、一発の威力は先程ディーファが放った光弾よりも高い。

 一発でも直撃すれば人間など簡単に蒸発して消える。

 そんな光球がおよそ10発、全てが一斉にアレフ目掛けて撃ち出された。


 それをアレフは難なくかわした。

 放った当の本人のシェイドが呆気に取られる程、簡単そうにだ。


「嘘だろ?」

 シェイドは思わず感嘆の息を漏らした。


 この術式はたとえ掠っただけでも、肉がえぐられ焼け焦げる。

 そんな攻撃が掠りもしない。

 しかも最短距離、最低限の無駄のない動きで回避した。

 その動きはため息が出る程に洗練され美しい。


 シェイドは戦いを忘れ、呆然と立ち尽くしていた。


 ・


 攻撃の手を止めたシェイドに代わり、次はクリスが動いた。


 既に彼女は、肉体を魔法術式で大幅に強化していた。

 強化された脚力で瞬時にアレフの懐に飛び込むと、顔面目掛けて炎の鉄拳を打ち込んだ。


 彼女の拳には、特殊金属製の鉄甲がはめられている。

 その鉄甲の強度なら、通常装甲程度を容易に粉砕する。

 その上鉄甲の表面には、鉄すら溶かす『暴炎』の魔法術式を纏わせてあった。


 彼女の繰り出す炎の鉄拳は、当たれば必殺、掠っても拳風が肉を薙ぎ、よけても爆風が肌を焼く。

 そんな炎の拳が、凄まじい速度で雨あられと打ち込まれる。


 しかし拳は空を切った。


 当たるどころか掠りもしない。それどころか、炎の爆風が肌を焼くことすらない。

 躱されたのが一発だけなら偶然かもしれない。しかし二十を超える拳が全て躱されては、必然としか言いようがない。



 クリスはその場から飛び退きアレフから距離を取った。反撃を恐れたのと、体勢を立て直したかったからだ。



 何故かアレフからの反撃はない。

 クリスは安堵しつつもアレフを見つめた。


 拳を打ち出す瞬間から、違和感を覚えていた。敵の避ける動きがあまりに早すぎからだ。

 単純な肉体的速さでは説明がつかない。まるで、始めから何処に打つか知っているとしか思えない動きだった。


 拳を打つ瞬間に、敵は移動した。これでは当たらない、拳は虚しく空を切る。打つ瞬間に当たらない事が確定していた。

 次の一撃も同様だ、次も、その次もまた同様で、結局全て当たらない。


 拳を打ち前に相手が動いたなら、拳の軌道を変られる。しかし直前では軌道を変えらない。

 それは一瞬の間しかない。しかし相手は一瞬を的確につき動く、しかも何処に打つかを正確に読む。


 これでは当てられるはずがない。これ以上は無意味がないどころか、危険でしかない。


 クリスがそう考えた矢先、アレフの人差し指が軽くクリスの額に触れた。

「えっ?」

 驚いたクリスは反射的に飛び退くと、自身の額に触れた。


 傷も痛みもない。敵は触れただけだった。敢えて何もせず触れただけで見逃した・・・


「本気なら死んでた・・・」

 クリスは深呼吸をした。どうにかして乱れた呼吸を整え、正確な思考を取り戻さなくてはならない。出来ない。

 対して、アレフは息一つ切らしていない。平然としたままだ。


「無理・・・」

 耳朶を打つ激しい心音に、クリスは自身の焦りを知る。

「大隊長、こいつヤバいです。出来るだけ情報を稼ぎますので、後はお願いします」

 蒼ざめたクリスが小声でディーファに通信した。


 見つめる先では、アレフは足下の短剣を拾うと、大きく後方へと跳躍していた。


 ・


「逃がすかよ!」

 跳躍したアレフの落下点を狙い、シェイドが再び光弾を撃ち込んだ。

 計算された正確な射撃は、しかし容易く躱された。


 アレフは着地の瞬間、『突風』の魔法術式を発動させていた。

 足元に巻き起こした突風で身体がフワリと浮かび、落下場所と時間をずらす。

 身体の下を光弾が通過した後、アレフはゆっくりと着地した。


「シェイド、併せろ!」

 そこにクリスが炎の拳を何度も叩き込む。しかし先程と同様、拳は打つ前に躱される。


 そこにシェイドが駆けつける。

 彼はアレフの背後に飛び込むと、後頭部目掛け上段蹴りを打ち込んだ。


 不意を付く死角からの一撃、しかし次の瞬間倒れたのは仕掛けたシェイドの方だった。

 アレフは僅かに屈んで蹴りを躱すと、そのままシェイドの軸足を軽く引っ掛ける。


 シェイドは不意打ちに対応できず、そのまま背中から倒れた。


 倒れたシェイドへのアレフからの追撃はない。彼は動かなかった。


 一瞬呆気に取られるシェイド達

 しかし直ぐに気を取り直したクリスが、アレフへと光弾を打ち込んだ。


 後方に跳躍しその場から離れるアレフ

 クリスが倒れるシェイドに駆け寄り、彼を庇う様に立ちはだかった。

「クリス、すまない」

「いいから立って!私だけじゃ無理!」

「何とかなる相手か?」

「それ以前よ、私達は見逃されているだけの論外。でもディーファ大隊長なら!」

 悲鳴に近い声で叫ぶとクリスの背後で、シェイドが即座に立ち上がった。


 そのままシェイド達は動かない。

 気が付けば、戦いは当初から場からかなり離れていた。


 ・


 一方アレフは落胆していた。


 彼は殺しを嫌うが、強者との戦いは好ましく思う。

 フィロは『馬鹿ですか?厄介な性格ですね』と愚痴るが、生まれが剣奴だから仕方がない。


 そんな性分なものだから、アレフはこの戦いに少なからず期待していた。

 自身と同等以上の者達と戦えるなど滅多にない機会だからだ。それだけで心躍る。

 それなのに・・・


「悪くはないが、何だこのチグハグな戦い方は?」

 期待は軽い疑念と失望、それから怒りへと変わっていた。


 まずディーファの放った光弾での絨毯爆撃の時点で、彼は軽い目眩を感じた。


 まず絨毯爆撃の意味が不明だった。

 絨毯爆撃は広範囲の、かつ多数の敵への有効策だ。

 単体の敵に対して使うのは、酷く効率が悪い。魔力の無駄だ。


 威力はそこそこで多少なら防ぐのは難しくもない、数こそ多いが当たるのは二発か三発、それだけ防げば事足りる。下手に動けば逆に喰らう、だからで動かず受ける。

 この場で魔法術式の障壁を張り、三発の弾を防ぎ終わる。これは楽だ。


 普通ならここで追撃だが、予想通りない、そもそも不可能だ。

 爆撃が生んだ視界不良のせいで、同士討ちになりかねない。

 逆にこちらは、この視界不良を逆手に奇襲も出来る。当然しない、下手に傷付ければ和解が困難になる。それは勘弁だ。


 続いてのシェイドの光弾攻撃で、アレフの目眩は諦めへの頭痛に変わった。


 個々の力量は素晴らしいが、求める強さの領域には至らない。単なる徒労だ。

 彼等は一対一の対人戦に慣れてない。恵まれた力だけで圧倒し、技術に頼らない。つまり大雑把だ。


 銃を使わず、魔法術式での遠距離射撃に固執した。

 遠距離射撃は妥当だが、工夫がなければ相手に避けられる。射線上になければ当たらのだから。


 例えば、弾の速度の緩急をつけるなり、軌道を変えるなりすれば良い。それだけで対処に困難になる。銃を併用すれば、当たらなくとも牽制や足止めになる。


 しかし今回はあまりに単純だ。

 単純な等速直線軌道、少し動けば当たらない。


 次はクリスの近接攻撃

 これでアレフは軽い怒りを覚えた 。


 動きにキレがあり型も綺麗、拳速も速く素晴らしい。素質もある。

 しかし戦い方が拙い。型の繰り返し、いわゆる教科書通りで工夫がない。


 戦いには欺きが必要だ。相手の目を欺くための緩急運動、狙いをそらす視線誘導等々、相手を欺く事で隙をつくりそこに勝機を見出す。基本の次に覚えるべき初歩の技術だ。

 それがない。

 打ちたいところを見て、型通りに打つ。これでは当たるわけがない。


 そもそも何故近距離に詰めたのか?遠距離の有利があるなら、それを捨てる必要はない。


 勿体ない。本当に勿体なかった。

 彼等には素晴らしい力と才能がある。これでは宝の持ち腐れだ。努力を積み重ねてきた者にとっては、妬ましくて怒りすら覚える。


 機会があれば説教でもしたかったが、そんな義理も時間もない。

 時間が過ぎれば怪我人が死んでしまう。


 これで二人は無力化し、残りは一人

 しかしこれが大問題、恐らく彼女は人ではない。


 意を決したアレフは後方へと跳躍すると、ディーファ達から大きく距離を取った。


 この先の戦いは被害が大きなものになだろう。彼としては、間違っても怪我人を巻き込む訳にはいかなかった。


 着地したアレフが向ける視線の先には、凄まじい魔力の放出する者ディーファが鬼の形相で立っていた。


 ・


 アレフがディーファと睨み合い僅かに膠着する中、フィロから通信が入った。


『理解不能です。魔力はほぼ五分、筋力も少し劣る程度、なのに二人を同時相手に圧倒です。どうしてこうなったのですか?』

 フィロの声は困惑していた。

「戦闘中は口出し無用が約束だ。後にしろ」

『今は中断してます、問題ありません』

「そう見えるか?まあ良い、要は二人が浅かった。それだけの話だ」

『浅い?浅いってなんですか?』

「経験の事だ。細かいことは後で話す。通信を切るぞ」

『ちょっ!あっ!』

 慌てて話を繋げようとするフィロだが、無情にも通信機の電源が落とされた。


 戦闘経験が殆どないフィロでは、この戦いが理解できない。

 単純な魔力の計算では、アレフは相手の合計は三分の一にも満たない。それなのに圧倒している。

 訳がわからない。


 フィロが相手の戦力分析を行う場合、魔力や筋力等の数値を元に算出する。

 しかしアレフは数値に頼らない。それどころか邪魔と否定する。


「強さとは単純なものではない。経験、装備、周囲の状況、戦術、戦略これらが全て複雑に絡む。それとて運次第でひっくり返る。数値など参考にすらならない、邪魔なだけだ」

 それが彼の言葉だった。


 否定はしない。

 実際、フィロが計測した数値からの勝敗予測確率は、アレフの予測と比べ大きく下回る。

 彼は、立ち居振る舞いからその戦い方がある程度分かってしまう。それだ大体の強さと勝敗が予想できるという。

 信じ難いが、彼の方が的中率が高い。フィロの立場では否定できない。

 こと対人戦闘の分野では、アレフに全く及ばない。


 それはそうとこの戦い、残りは一人だ。しかしその一人はアレフすら遥かに凌ぐ魔力を持つ。

 明らかに人外だ。

 もうどうなるか予測はできない。


『信じてますよ。必ず帰ってきて下さいね』

 届かないと分かりながらも、フィロは寂しそうに通信を送った。


 ・


 戦いの中ディーファはアレフに対し不気味さを感じていた。


 あの男は部下達の猛攻を余裕で避け切った。

 魔力の差は感じない。あるのは技量の差だ。

 これでは勝てない。事実シェイド達は勝てないと悟り戦意を失った。

 後は託された、戦うしかない。


 ディーファは上位魔法術式の通常詠唱を始める。


 まともな戦い方では勝てない。だからまともでない方法で戦う。

 普通ならあり得ない程の圧倒的な力でねじ伏せる。自分ならそれが出来る。

 強大な力で全て吹き飛ばせばそれで終わる。


 間も無く詠唱が終わろうとしていた。


 ・


 そんなディーファの手の内をアレフはおおむね読んでいた。

「選択肢は潰した。遠距離か中距離からの最大火力の擦り潰しだろうな」

 一人呟くアレフの視線の先では、ディーファが強大な魔力を放ちながら長い詠唱を行っている。


 ただ一つ誤算があったのは、最大火力が予想より上になりそうな事だった。

 この詠唱時間が長さと魔力なら、視界一面程度なら簡単に破壊するだろう。

 彼が苦労して距離を取った怪我人もろともに・・・


「血迷ったな、やり過ぎだ」

 愚痴るアレフが、詠唱を阻止すべくディーファ目掛けて走り出した。

 しかし届かない。ほんの僅かな時間差で詠唱が終わり、ディーファの魔法術式が発動した。


 ディーファの魔法術式は、両腕から生える大量の巨大な光のムチだった。

「死ねよ!」

 ディーファが怒りの声で叫んだ。

 20を超える巨大なムチは、振り下ろされたディーファの腕に呼応し、生き物の様な変則的な動きで襲い始めた。


 長さ15ミーン(約22メートル)程はの巨大なムチが20本以上

 その全てが前後左右から一斉に襲いかかる。

 まともに当たれば彼の身体は引き裂され、生命もろとも肉片と化すだろう。


 その瞬間、閃光が3回瞬いた。僅かに遅れ風切り音が響く。

 ムチは当たることはなかった。

 瞬くように繰り出されたアレフの短剣により、ムチは全て斬り飛ばされていた。


「はっ?」

 ディーファが呆気に取られた。彼女は事態を把握できなかった。


 見えたのは光だけ、何が起きた全く分からない。

 おそらく剣でムチを切ったのだけは分かった。しかしそれが理解できない。

 本来、魔法術式を物理的に切るなどあり得ないのだから。


「怪我人を逃がせ!巻き込まれるぞ」

 ディーファが呆気に取られる間、敵のはずの男がシェイド達に呼び掛けていた。


「しまった!」

「斬り飛ばさなければ死んでたぞ!仲間を殺す気か!」

「違う!そんな事・・・」

 アレフに怒鳴られたディーファは、戸惑いを隠せず立ち尽くしていた。


 ・


 アレフの呼びかけに、シェイド達の反応は早かった。

 シェイドとクリスは互いに目を合わせると、直ぐにイデアの側へと駆けつけると、抱き抱えてその場から離脱した。

 その間、アレフに睨まれたディーファは動けなかった。


「もう良いだろ。時間がない、さっさと来い」

「うるさい!」

 アレフの挑発に近い物言いに、ディーファが激昂した。


「死ねよ!」

 顔を紅潮させたディーファが怒りの叫びと共に再びムチを振り下ろした。


 そこにはまともに喰らえば、肉どころか骨すら蒸発するだろう熱量が秘められている。

 それをアレフは左後方へ跳躍し、紙一重で回避した。


 躱されたムチが、空しく雪原に叩きつけられる。

 瞬時に蒸発した雪が莫大な量の水蒸気へと変わり、周囲を白一色に染め上げる。


 充満する蒸せるような水蒸気が視界を塞ぎを、互いの姿を完全に隠す。

 続いて繰り出された赤光の横一線が、水蒸気の世界を真一文字に切り裂いた。

 視界を覆われた場所での見えない攻撃を、しかしアレフはその場に伏せ咄嗟に躱す。


 僅かに掠るムチに髪を焼かれながら、アレフは前に屈んで駆け抜けた。

 続くは頭上からの縦の一撃、今度は右足を引き、体の軸をずらして躱した。


 次も、その次の一撃も躱す。

 縦と横からの複数同時攻撃は、地面に滑り込んで躱した。

 左右斜めの切り落としの交差攻撃に対しては、足を動かさず、上半身だけを後ろに捻って躱した。

 前後左右そして後方の五方向からの同時は、前に転がって躱した。


 躱し、躱し、躱し続ける。どうやっても躱してしまう。


「何なんだよお前は!」

 いつしかディーファの表情には、激しい焦燥が浮んでいた。


 ・


 ディーファは焦っていたが、同時に得心もしていた。


 これが教本に載っていた達人か。

 魔力や筋力を覆す遥か高みの技

 これでは勝てない。


 そこからディーファは、とある考えに至る。


 勝てなくても、負けはない。

 結局は力だ。

 技など圧倒する程の絶対的な力でねじ伏せる。


 ディーファは肉食獣の様に唇を吊り上げた。


 ・


「笑いとは機、悪手だ」

 笑うディーファを見てアレフは呟いた。ここまではほぼ狙い通りだった。


 上手く誘導はした。次は耐えきれず暴発し、それで終わる。


 ディーファとは違い、アレフは無表情のままだった。


 戦いの熟練者は、戦いの中で相手の『機』を読む。

 それは決して特殊な技能ではない。訓練すれば誰でも出来る技能に過ぎない。

 アレフは『機』を読む事が抜群に長けていた。


『機』とは何か?それは攻撃の予兆を示す何かしらの合図だ。

 人は攻撃する際、視線の移り、手足や筋肉の硬直、呼吸の停止の動きなど様々な予兆を見せる。それが『機』だ。

 相手の諸々の動きから予兆、つまり『機』を正確に見抜くことで先手を取る。

 それがつまり機先を制す事になる。


 熟練者同士では、『機』の読み合いとなり、これを隠す事が重要になる。

 様々な欺瞞行動で相手を欺き、自身の『機』を隠す。先に見抜けば勝利に、見抜かれれば敗北に直結する。


 アレフがシェイド達を評した『浅い』とは、この『機』を隠す未熟さ、対人戦闘での経験と知識の浅さを意味した。


 これはディーファも同様だ。隠さないから、何もかも丸分かりで素人に等しい。戦うところか、同じ土俵にすら立てていない。


 戦い以前の話で、勝敗など問題にすらならない。

 問題は怪我人に残された時間だった。


 ・


 笑いながら攻撃を続けるディーファだが、その攻撃は単調になっていた。

 次の一手に意識を取られ過ぎ、今の攻撃の組み立てが疎かになったのだろう。

 これもまた次の攻撃を示す『機』であり、アレフには完全に読まれていた。


 分かっている以上、これに対する策を当然立てている。

 アレフは単調な攻撃を悠々と躱しつつ、右手にはめた腕輪の操作を始めた。


 右腕につけた腕輪は、フィロの創造主、三賢者達からの貰った魔道具だ。

 中には、3つまでの上位の魔法術式を封じることが可能で、一度封じれば、いつでも一回だけ発動できる。


 3つのうち1つ『穿光』は、先ほど大型異形体の頭を粉砕する際に使った。残りは2つ


「おそらく拮抗は一瞬」

 アレフは腕輪の刻印を指でなぞり、いつでも発動できるよう準備した。


 ディーファが後ろに大きく跳び、アレフとの距離を取る。

 それでアレフは安堵のため息をついた。

 これで終わると確信していた。


 ・


 ディーファが両腕を頭上へと掲げた。

 すると両手のムチが全て重なりと、一本の巨大な大剣へと変化する。


 その大きさは凄まじい。

 大剣の先端は雲を突き抜け雲間を作り、隙間から星々を覗かせる。

 雪原の下、ディーファに星々の光が降り注ぎ、彼女を照らし出す。


「これで終わりだ!」

「また避けるだけだ」

「抜かせよ!」

 無表情なアレフの態度に、ディーファは更に顔を紅潮させ叫んだ。


 この時、ディーファは追い詰められ、完全に判断力は失っていた。

 脳裏にあるのは叩き潰すという事だけ。誘われた事など気が付くはずもない。


「だったらこれを避けてみろよ!」

 ディーファの叫びと共に、空を貫く光の大剣が輝きながら変化し、空一面へと広がっていく。

 巨大な剣は巨大な光壁へと変わり、赤い光となって空一面を覆い壁に覆い尽くしていた。


「食らえ!」

 ディーファの叫び声と共に、巨大な壁をアレフへ落下した。


 ・


 見上げれば全て壁、アレフに逃げ道などない。

 否、元より逃げるつもりなどない。


「第二封印解除、『光壁』発動を命ずる」

 腕輪の刻印が輝き、封印された魔法術式が発動した。


 発動した魔法術式は『光壁』

 強大な光の障壁を作り出し、術者の身を守る上位の魔法術式


 青い光の壁が、アレフの守るように頭上に展開した。


 落下する赤い光壁が青い光壁へと激突した。


 二つの光が反発し、互いに相手を滅さんと、激しい粒子を散らして削り合う。


 一瞬だけ拮抗が生まれ、二つの光壁が空中に停止した。

 アレフが動いたのはその瞬間だった。


 その動きを捉えた者はいない。それは神速の疾走だった。

 拮抗が崩れ青い光壁が砕けた時、アレフはもうディーファの前にいた。


「え?」

「悪いな」

 ディーファが反応した時には遅かった。


 アレフは右手でディーファの喉を押し込むと、併せて右脚で彼女の右脚を後ろから跳ね上げる。

 変形大外刈り、と呼ばれる技がディーファの身体を綺麗な弧を描くように背中から押し倒した。


「がはっ!」

 背中から地面に叩きつけられた衝撃衝撃に、ディーファの呼吸が一瞬止まった。


 痛みと混乱で動けないディーファ

 そこにアレフが短剣を彼女の眼前に突き出した。

「終わりだ」

 アレフの静かな声が雪原に響いた。



「殺せ、捕虜にはならん」

「殺しは嫌いだし、捕虜は面倒だ」

 倒れながら睨み付けるディーファに対し、アレフは困ったように苦笑した。

「ふざけるな!さっさと殺せ!」

「それは嫌だと言ったが?」

「だったらどうする!」

「こうしよう、降伏する」

 そう言うと、アレフは短剣を後ろに投げ捨てた。

「命でも何でも差し出すから、負傷者を治療してくれ」

 そう言うと、ゆっくりと両手を上げた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 ディーファの間の抜けた声と共に、雪原は異様な沈黙に包まれた。

少し長く感じましたので、前後編に分けてみました。

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