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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第1章 白き星の異邦人
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第3話 閃光

 異形体

 それはどこかで突然現れ、人を喰らった化け物だった。

 最古の記録はおよそ170年前、それから人は食われ続けた。


 当時の記録には『20を超える奇怪な怪物がアメリ南部の村を襲撃した。村人は運良く逃げ延びた6人を残して全滅した」と記載されている。


 これが始まりだった。


 以降、異形体達は、頻繁に町や村を襲い、人間や家畜を食らい、各国に膨大な被害を与えた。

 襲撃は今も続いている。


 異形体には謎が多かった。

 何処に住み、どうやって繁殖するか等の生態はまったく解明されていない。

 分かった事といえば、異形体は人間や動物など生きた生物の肉を好んで食べること。

 そして、異形体は元々人間や普通の動物だったこと。

 この生物は何らか要因で、人や動物が変化して生まれた生物、だから異形体と呼ばれる様になった。


 異形体は、例外なく強力な肉体と生命力を持っている。

 筋力は凄まじく、大型肉食獣さえも

 容易に捕食する。もし人間が素手で戦えば、ひとたまりもなく餌食にされる。


 そんな異形体だったが、幸いなことに、個体数は少なかった。

 当初は20から50体程度、その後少しずつ増加していたものの、現在でも5000体程度とされている。

 発生頻度も少なく、年にようやく二桁に届く程しかない。


 対策は直ぐに立てられ実施された。

 人間は身体能力が劣っても、それを補うための強力な魔法術式を持っていた。

 これ元に開発された対異形体用魔道兵により、簡単に撃退できるようになったのだ。


 これで異形体は脅威ではなり、ちょっとした野生動物程度でしかなくなった。

 だから人間は油断した。

 異形体の研究を怠り、そのまま放置してしまった。


 しかしこれが大きな災いをもたらした。


 ある時から、人は異形体用の魔道兵器を使えなくなった。この兵器が大量の魔力を消費してしまうからだ。

 魔力不足が騒がれるようになり、最近では星からの魔力供給すら極端に減少した。


 そんな情勢では、たかが異形体のために貴重な魔力を浪費する事など許されない。

 兵器は使われなくなり、異形体も狩られなくなり、そんな中で奴等は数を少しずつ増やしていく。


 逆に人間は、度重なる戦争と様々な物資不足とで数を減らした。

 そして私達人類へ減りすぎた。いつしか奴らに抗えなくなった。

 私達は奴等に狩られる獲物へと成り下がってしまった。


  ・


 サイカ魔導国家第二都市ウェネスの近郊では、まもなく魔力強化体第二大隊と異形体との戦闘とが始まろうとしていた。


 人間では異形体には勝てない。だからディーファ達魔力強化体が戦うしかなかった。


 魔力強化体とは人の形をした生体兵器だ。

 人とほとんど同じ姿を持ちながらも、その魔力と肉体能力は人を遥かに上回る。 

 小型の異形体なら単体でも余裕で撃退が可能で、中型でも三体で撃退可能とされた。


 しかしそれでも大型異形体は脅威だった。

 個体差はあれ、これに対抗するには、魔力強化体が最低2個小隊、つまり40名程度が必要だった。


 つまりたった一個分隊7名だけでは、大潟異形体に勝てるはずもない。


 大型異形体と交戦したのは、第2大隊第3中隊第3小隊第1分隊、通称331分隊の7名

 彼等の全滅は時間の問題だった。


 ・


 331分隊の分隊長タリスは鋭敏な感覚で、誰よりも早く大型異形体の接近を察知していた。


 敵は大型異形体、まともに戦っても勝てるはずがない。

 だから部隊員に守りに徹底させ、することで、応援の到着まで時間稼ぎをすると決めた。


 彼等はよほど訓練されたの部隊なのだろう。分隊長の指示し一つで円陣を迅速に展開すると、全方位に各々が警戒を始めた。

 これで、どの方位から襲撃も襲われて対応できると踏んだ。

 しかし襲撃は予想外からだった。


 突如、円陣の中心の雪が盛り上がると、中から飛び出した巨大な口が、分隊長タリスの首に食らいついたのだった。


 巨大な口の主は大型異形体だった。

 食らいつかれたタリスの首は容易く引きちぎられ、彼は一瞬で絶命した。


 振り向いた隊員たちは、指揮官の喪失を知り動揺した。

 いかに強力な部隊でも、指揮官抜きでは充分な力を発揮できない。下手をすれば烏合の衆と化す。

 事実、隊員達は体制を立て直せす、大型異形体にあまりに致命的な隙を晒した。


 動けない彼等の視界から大型異形体の姿が消えた。

 次の瞬間、背後からの鋭い爪が、新たな犠牲者の頭を切り裂いた。


 大型異業体が、ゆっくりと崩れ落ちる犠牲者の食らいつく。

 それは嗤っていた。

 遺体から流れ出る新鮮なを味わいつつ、次の犠牲者達を見て嗤っていた。


 銀光の下、鮮血に染まる異形体から甲高い咆哮が放たれる。

 それが次の獲物を決めた合図だった。


 ・


 その大型異形体は、どんな生物とも異なる形容し難い姿だった。

 強いて言えば、獅子に近い。四つん這いで頭にはたてがみがあるので、そう言えなくもない。


 しかし明らかに獅子ではない。

 獅子どころか象すら凌ぐ巨大な全身は、黒く尖った鱗に完全に覆われていた。

 岩石のような頭部には、7つの赤い目が光り、丸太よりも太い四肢の先端には、金属の様に光る鋭い爪が生え、背中は太い針の様な棘で覆われていた。


 体色は黒色のはず、しかしそれは赤い。

 その全身はこれまでの多くの犠牲者達の血で真っ赤に染まっていた。


 ・


 咆哮を終えた大型異形体が、新たな犠牲者へと動き出した。

 残る331分隊は5名、既に2名が殺された。

 始めから勝ち目はなく、今は逃げるどころか時間稼ぎすら難しい。

 絶望的な状況だった。


 それでも彼等は諦めていなかった。すぐに二名の男性隊員が動いていた。


 彼等は無言で視線を交わし頷きあった。

「時間を稼ぐ!イリス達は逃げろ」

「一名でも生き残れ」

 そう言うと男性隊員達は、腰から刀身の反った軍用剣を引き抜いた。


 彼等は剣を振り上げ大型異形体へと突進する。

 その最中、彼等の魔力が注がれた剣の刀が、眩い光を発した。


「仲間の仇だ!」

「くたばれぇ!」

 気合いと共に白く輝く刃を彼らは刀大型異形体へと振り下ろした。


 それは達人級と言える速さと鋭さの斬撃で、鉄塊ですら容易く切り裂ける程だった。

 しかし・・・


 カンッ!カンッ!

 と甲高い音が雪原に虚しく響いた。


 大型異業体の首に振り下ろされた刃、その強靭な肉体に容易く跳ね返されていた。


 驚きに一瞬呆ける男性隊員達

 しかし大型異形体はその隙を見逃さない。

 巨大な二本の腕を振り下ろし、彼らの頭を跳ね飛ばして殺した。


 これで残りは3名、残りは全て女性隊員だった。


「逃げて、私が囮になるから」

 一番年配の女性隊員が、まだ若い残る女性隊員達に悲壮な声で告げた。


 彼女は圧縮詠唱で火炎の魔法術式を展開し、周囲に無数の火球を出現させる。

「死んで!お願い!」

 悲痛な叫びと共に、全ての火球が一斉に解き放たれた。


 何故か大型異形体は動かず、全ての火球が命中した。

 爆炎の中からおぞましい嗤い声が響いた。


「うそ・・」

 女性隊員達が顔面を蒼白とさせた。

 炎で中の様子は分からない。しかし火球がまるで効いていない方は明らかだった。


 突然、女性隊員達が見つめる炎が動いた。

「えっ?」

 火球を放った女性隊員が疑問の声を上げる。

 気が付けば、自身の腹部を大型異形体の爪で貫かれていた。


 腹を貫いた犠牲者の体を高々と掲げながら、大型異形体はなおも楽しげに嗤い続けていた。


 ・


「逃げなさい!早く!早く逃ぐがあぁ・・」

 その叫びは途中で途切れた。興味を失った大型異形体が、その体を遥か高くはと放り投げたためだった。


「シトラさーん!」

 イリスと呼ばれた女性隊員が絶叫した。

 逃げろと言われたが、彼女は恐怖に身体が竦んで動けなかった。

 ゲラゲラと嗤う大型異形体が、彼女を見ながらゆっくりと近づいてくる。

 彼女はもう諦めた。


「駄目ぇー!」

 誰かが叫び、彼女の前に飛び出した、

 叫んだのは彼女の双子の妹イデア、生き残ったもう一名の隊員だった。


 イデアは長銃を構えると、大型異形体に向け弾丸を発射した。

 長銃には魔力を宿した魔力弾が込められている。当たれば小型異形体なら一撃で可能だ。

 しかし相手は大型異形体、一撃では倒せないと分かっていたから、弾丸が尽きるまで打ち続けた。


 彼女の射撃は正確で、弾丸は全て大型異形体に命中した。

 しかしそれは何の意味もなかった。

 大型異形体の厚い鱗は、彼女の弾丸をいとも容易く弾いたのだった。


 それでもイデアの目的は半分だけ成功した。大型異形体の7つの視線が、イリスからイデアへと移ったのだ。

 標的を姉から自分へと変えさせることだけは成功した。


 大型異形体が駆け出すと、立ち止まるイデアに向かい、巨大な腕を振り降ろす。


 イデアは咄嗟に長銃を盾代わりに前に掲げる。

 しかし細い長銃では盾にはならず、振り降ろされた腕の衝撃が、長銃を真っ二つにへし折った。


 折れた銃が衝撃を僅かに緩めるが、しかしそれでも止まらない。

 剛腕がイリスの腹部を完全に貫くと、そのまま彼女の体を後方へと吹き飛ばした。


 少女が大量の鮮血をまき散らし雪原を無様に転がり続けた。

「イデアー!」

 絶叫したイリスが、ようやく止まった妹へと駆け寄った。

 彼女は妹の体を揺らし、意識を失った妹の名を何度も呼び続けた。

 返事はなかったが、まだ僅かに胸は揺れ、確かに呼吸をしていた。


 まだ生きてはいた。

 しかしそれも長くはない。この傷と出血は明らかに致命的で、もう助けられないと一目で分かった。


「ごめんなさい、ごめんなさい」

 傷ついた妹を写すイリスの瞳から、ぽろぽろと涙が伝い落ちた。


 大型異形体が泣き崩れるイリスに近づくと、血に染まる前脚をゆっくりと持ち上げる。

 気が付き見上げるイリスに、大型異形体が唇と吊り上げニチャリと陰湿に嗤う。


 もうそこには絶望しかない。

「せめて一緒に死のう。生きてても良い事なんてないからね」

 イリスは動かなくなったイデアの体を抱きしめる。

 生きることはもう諦めていた。

 迫る大型異形体が虚な瞳に映る。


 そこに青い閃光が瞬いた。

 次いで大型異形体がゆっくりと崩れ落ちる。

 光は大型異形体の頭部を貫いていた。


 ・


 視界確保のため大きく跳躍したアレフが見たのは、異形体には襲われる寸前の少女達だった。


 ためらう余地もない。彼は右手首の腕輪を操作し、中に封じられた魔法術式を解き放つ。

 放たれた術式は上位魔法術式『穿光』

 重質量を帯びた青い閃光が対象をほぼ確実に撃ち貫き撃破する。


 放たれた青い閃光は、大型異形体の頭部を完全に撃ち抜いた。



 着地したアレフはそのまま駆け抜けると、倒れた少女達を庇う様に、異形体の前へと立ち塞がった。

「フィロ!化け物の分析に頼む」

『了解!』

 アレフの要請に、フィロは頼もしい声で応じた。


 ・


 フィロは上空から戦況を正確に把握していた。

 戦いはサイカの勝利に終わり、その後、突如異形体の襲撃があったこと。

 そしてその中の一体、大型異形体により、一個分隊が壊滅寸前だったことを。


 フィロから様々な報告を受けてアレフだが、この報告を知った瞬間、フィロの制止も聞かずに駆けつけたのだった。


 ・


 閃光に貫かれた大形異形体の頭部は、下部の目を一つだけかろうじて残した状態だった。

 アレフが使った術式の膨大な熱と質量とで、殆どが消滅させられたためだ。


 普通ならこれで終わっている。しかしまだアレフは気を緩めなず、目の前の倒れた異形を睨みつけていた。

「まだ生きてる。早々に始末をつける、フィロ、撃破方法を教えてくれ」

 アレフの予想通り、敵はまだ生きていた。

 目の前で頭を失ったはずの大形異形体が、ゆっくりと立ちあがり始めていた。


 短剣を構えるアレフ耳元から、フィロの声が響いた。

『解析終わりました。複合体です。呼称は大型異形体です』

「中に人間は?」

 中身に人間がいたとしても結論は変わらない。それでもアレフは気にせずに入られなかった。

『ありません。ライオン、象、穴熊の近縁種の複合です。体内に3個の脳と5個の心臓、念のためこれら全てを破壊してください。(さざなみ)を転送しますか?』

「今は不要だ。怪我人が危ない。早々に終わらせる」

 アレフは僅かに胸を撫で下ろしながらも、油断をさる事なく白く輝く刃先を大型異形体へと向けた。


 事態は切迫していた。

 生存者は二人、死者はおそらく5人

 しかし生存者の一人は致命傷を負っている。今すぐ治癒処置を施さなければ、確実に命を落とす。

 悠長に対処している時間などない。


 アレフは唇の端を吊り上げ笑った。

 威嚇でも強がりでもない。自然に笑みが込み上げていた。

「悪いが安心した。お前とは敵でいられる」

 アレフは全身の力を抜き、短剣の切っ先を下げた。それは敢えて隙を見せるためだった。


「出涸らしで良いのなら食わせてやる。来いよ」

 一つ残された大型異形体の目が睨み付ける前で、アレフは瞳を閉じた。


 構えもせず、瞳すら開けていない。

 それは隙を晒すどころではなく、誰の目にも生贄に成り下がった様にしか見えない。


 それ見た大型異形体がゲラゲラと嗤った。降伏としたと思ったのだろう。


 ホオオオオオーーーー!!!


 雄叫びと共に大型異形体がアレフ目掛けて突進する。

 巨体が迫る地響きが鳴るが、アレフは目を閉じたままで動じない。

 ニタニタと嗤う大型異形体の爪が、アレフの頭へと振り下ろされた。


 ・


 戦いは単純な力だけでは決まらない。

 決めるのは、力と技量と戦況と、そしてそれらを適切に見極めて扱う経験、そして運だ。

 運はともかく、それ以外は経験を積めば、それなりに扱える様になる。


 今となっては戦いも呼吸に等しい。ありふれた生の一部でしかない。


 化け物でも人とさして変わらない。

 大きさ、特徴、骨格から動きが、筋肉量から速度が、動き方から経験が、所作から同行が分かる。


 容易く勝つには、油断させ虚をつくに限る。

 だから視覚を捨てた。

 これで油断させられるなら安いもの、お釣りさえ来る。代わりは触覚と嗅覚と聴覚とで事足りる。


 己を知り、相手を知り、油断なく油断させる。

 これで勝敗は決まっていた。


 ・


 大型異形体の一撃を、アレフは目を閉じたまま躱した。

 大きな動きはない。ただほんの少し頭を動かしだけ。

 それは他者から見れば、振り下ろした腕がアレフの頭をすり抜けた様に見えただろう。


 一撃を躱された化け物が勢い余り姿勢を崩した。

 そこに致命的な隙が生まれ、アレフはそれを逃さない。

 閉じていた目が見開かれと同時に、短剣が大型異形体へと突き出される。


 星明かりの下、白く輝く刃が大型異形体が腕側の脇の下を貫いた。


 ・


 弱点のない生物などいない。

 全身を硬い鱗に覆われた生物でも、構造上、関節部の鱗は薄い。

 つまりそれこそがこの大型異形体の弱点になる。

 アレフの一撃はこの弱点を正確に貫いていた。


 しかし所詮は短剣、短い刀身での傷は浅く、奥深くの脳や心臓にはほど遠い。


 しかしそれはただの布石だった。


 アレフは短剣は魔力を注ぎ込む。

 すると大型異形体の中の刀身が急激に伸びると体内をより深く侵入し、その肉と神経とを切り裂いた。


 フアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


 頭部がないはずの大型異形体の喉から、掠れた絶叫が鳴り響く。


 間髪入れずアレフが中位の魔法術式『雷光』を発動させる。

 青く爆ぜる雷光が短剣へと注がれ、刀身を通じて体内へと流れ込んだ。


 大型異形体の全身に、青く輝く強力な電流が駆け巡り、全身を焼き尽くしてきく。

 神経と筋肉が焼かれ、やがて全ての心臓との脳とが焼かれ破壊され、そして大型異形体は全身を痙攣させ絶命した。


 断末魔はない、圧倒的な雷撃の轟音が容易く掻き消した。


 一面に肉の焼け焦げる匂い立ち込める中、アレフが突き刺した短剣を抜き取り歩き出す。

 その背後で、大型異形体が轟音と共に崩れ落ちた。


         ・


 アレフが振り向いた先には、血塗れになった瀕死のイデアと、それを泣きながら抱き抱える抱えるイリスがいた。


 アレフは短剣を納め、動けない少女にぎこちなく笑いかけた。

「敵ではない。治療をするから、傷を見せてくれ」


 彼なりに出来るだけ優しく声を掛けたつもりだったが、返ってきたのは疑念の眼差しだった。

「デヌカハ・・・ル・・アメリア?」

 少女の異国の言葉をアレフは理解できず、それからすぐに失敗を悟った。

「・・・迂闊だった」

 アレフは頭を描きながら天を仰いだ。


 現在、アレフの言葉は自動翻訳機能でアメリア語に翻訳されている。

 おそらくこの少女達は対立するサイカ軍なのだろう。

 ましてやここは戦地の中、敵国の言葉で話しかけられては、警戒されて当然だ。


「フィロ、失敗した。確かサイカだったな?そこの言葉での翻訳を頼む」

『設定しました。今度から気をつけて下さい』

「すまない」

 呆れ返るフィロに、アレフは疲れた様に苦笑した。


「言葉は通じるか?私はアメリアのものではない。敵ではない。言葉は通じるか?」

 アレフは今度こそはと、自動翻訳されたサイカ語で話しかけた。


「え・・・敵ではないのですか?

 でもあなたは大型異形体を・・・あの本当に?」

 突然の出来事を理解しきれなかったのか、瀕死の少女を抱えた方の少女イリスは戸惑いまともに答えられない。


「時間が細かい事情は後にしよう。とにかくその子を治療させて欲しい。治癒魔法術式なら自信がある。今なら間に合う」

「え?治癒魔法の術式?」

 治癒魔法術式の言葉を聞いた途端、イリスの瞳が驚きに見開かれた。

「そんなものが・・・いえあり得ない、もう間に合わないです。気休めはやめて下さい」

 そう言うとイリスは瀕死の少女イデアを強く抱きしめ泣き出した。


 予想外の反応にアレフは困惑したが、迷ってもいられなかった。

「とにかく傷を見せてくれ。完全に信じてくれとは言わない。ただ少しだけ任せて欲しい」

 警戒も仕方がないが、そんな場合ではない。少女を助けるためには今はもう一刻を争うのだ。


「助けてくれた事には感謝します。ですがもう無理なんです。放っておいて下さい」

 しかしアレフの説得にも関わらずイリスは固く拒んだ。

「不本意だが少し強引に・・・・!フィロ!9時方向探知だ!」

 仕方なく強引な手段に出ようかとしたアレフだったが、突然空から迫り来る何かを感じ取った。


『高魔力感知、数3!敵対の場合危険です!退避してください!』

 フィロが悲鳴気味に叫んだ。

「それで見殺しにしろと?無理だ」

 そう言うとアレフは何が迫り来る空を睨みつけた。


 ・


 アレフが見上げると、遥か上空から三つの人影が急速に接近しているのが見て取れた。


 フィロと同様にアレフもまた魔力感知で、迫り来る者達の高い魔力を感知していた。

 二つは自分とほぼ互角、もう一つは遥かに凌ぐ。


「非常識だらけだ、いい加減にして欲しいものだ」

 アレフは思わずぼやいていた。


『人型3体、服装からサイカ軍と予測、魔力値は特大が1体、大が2体。2体の魔力はあなたと同程度、特大の1体の魔力はあなたを遥かに上回ります』

「こちらも同じ感知結果だ」

 再び悲鳴に近い声でのフィロの報告、それはアレフが感知したものとほぼ同じ内容だった。


 これでアレフは確信した、一体は確実に人ではないと。

 それはフィロも同様だった、

『一体は確実に人ではあり得ません。遺伝子改良かそれに近い処置がされているとしか考えられません。逃げて下さい』

「答えは変わらん、却下だ。見殺しにさせるな」

 アレフはゲンナリとため息を吐いた。


 人間の魔力量には当然個体差がある。そして同時に、人間という種としての最大魔力量の上限が厳密に存在する。

 とある事情により、アレフは人間としてほぼ上限値の魔力量を持つ。

 その魔力量を遥かに上回るのなら、それはもう人間ではない。


『逃げるべきです。駄目なら、敵対だけはしないで下さい』

「逃げるのは難しいな。凄い殺気だ、少しでも動けば撃たれる」

 先程からアレフは眉間への殺気を感じていた。下手に動けば即狙撃されるだろう。

 不本意だが今は動かないのが得策だろう。


 程なくして、3つの人影が上空舞い降りる。


 それは331分隊の救援に駆けつけたディーファ、シェイド、クリスの魔力強化体第二大隊の幹部三名だった。


 彼等は殺意の眼差しでアレフを睨み付けていた。



 ・


 ディーファ達は、イリス達を庇う様に、アレフとイリス達との間に割り込む様に降り立つ。

 その時には既にディーファ達の長銃の銃口は、三つともアレフへと向けられていた。


 中心にはディーファ、左右にはシェイドとクリス

 彼女達は皆麗しく、それは全く美醜に関心を持たないアレフさえも目を引かせる程だった。


「これはラーナ・・・いや分神(わかつかみ)なのか?」

 特に中心に立つ少女はディーファの神々しさすら感じさせる美しさに、アレフは感嘆の声を漏らし目を細めた。


『交戦はやめて下さい。ヤバいです』

 フィロの強い警告が、アレフの耳朶を打った。

『アメリア軍の記録では、中心の女性の名はディーファ、サイカ軍魔力強化体第二大隊の大隊長です。彼女は魔力強化体と呼称される、生体改造された人型生体兵器です。アメリアでは高額賞金首が掛けらる程の危険人物です。他の2人も詳細は省きます」

「ディーファ?ラーナの言っていた?偶然なのか?」

 アレフは戸惑いつつも、目の前に立つ少女ディーファを見つめ続ける。


 動きたくとも、今はまだ動けなかった。



 ・


 ディーファ、彼女は美しい。

 しかしそれは何処か不自然で、まるで人形のような無機質な美しさだった。


 ディーファの美しい顔は怒りの色に染まっていた。

 優美な曲線を描く両肩は、湧き上がる激情のためだろう、小刻みに揺れていた。

 今彼女は自身の不甲斐なさに激怒していた。

 

 間に合わなかった。大切な部下達が殺されたのだ。

 生存者はわずか2名、しかしまもなく1名が死ぬ。

 事実上331分隊は壊滅した、自分の不甲斐なさのせいで。


 ディーファは湧き上がる激情に肩を震わせた。


 ・


「お前は何だ?」

 ディーファは冷徹な声で、目の前の男アレフに尋ねた。

 実際は冷徹になりきれず、声が怒りで僅かに震えていた。


 彼女は深呼吸をした。正確に事態を把握するためには、冷静さを取り戻さなければならなかったからだ。

 わずかに落ち着き辺りを見回すと、怒りで見えなかったものが見えてくる。


 死んだ部下達、無事なイリス、そして間も無く死ぬイデア

 それから部下を殺したはずの大型変異体を見つけると

「誰だ!誰がやった!」

 ようやく取り戻した冷静さを失い、思わず叫んでいた。


「私だ。彼女が襲われていたので助けたい。敵ではない」

 ディーファの叫びに対し、彼女の先に立つ男アレフが答えた。


「お前がだと? 冗談は止めろ!」

 ディーファはアレフを怒りに任せ睨みつけた。


 アレフと視線が合う。

 その瞬間ディーファは全身に例え難い戦慄と悪寒とが走るのを感じた。


「お前は何だ?」

 ディーファは同じ質問をした。


 彼女にはこの男が人間に思えなかった。

 外見は完全に人間、しかし中身はどうなのか?

 それは人の形をした人以外のナニかにしか感じない。

 それは理解不能な恐怖だった。


「大隊長?」

 戸惑うディーファに疑問を感じたのがシェイドだった。

「どう思いますか?まさかあの人間が大型をやったと?それはないですよね」

 そう言いながらシェイドはて仕切りに首を傾げた。


 シェイドの疑いとは逆に、ディーファは男の言うことが真実だと確信していた。


 部下達を殺したのは大型異形体だ。

 彼等の無惨な殺され方は異形体に殺し方の特徴と完全に一致する。人のものではない。

 そんな大型異形体をコレは一人で殺した。

 魔力強化体40名が遠距離での飽和射撃でようやく倒せる代物をだ。

 無傷で、しかもわずかな時間で・・


 ディーファは再び戦慄で身を震わせた。

「戦闘準備だ・・・」

 恐怖で渇きかけたディーファの喉から掠れ声が漏れ出た。


「は?隊長、何言ってんですか?」

 上官からの予想外の言葉に、思わず副官のシェイドが聞き返した。

「お前、アレが人間に見えるか?」

「はい?意味がわかりません?」

「そうか、分からんか・・・」

 ディーファは殺気を立つ視線で戸惑うシェイド達は睨みつけた。


「そこの男!」

 ディーファはアレフを指差し高らかに叫んだ。

「私はサイカ軍所属、魔力強化体第二大隊大隊長ディーファだ!お前を敵と認め排除する!」

 同時にディーファは全身から膨大な魔力を解放させた。


 ・


「待て!戦う意思はない!降伏する!」

 ディーファの宣戦布告に対し、アレフは即座に両手を上げ降伏した。

「そこの彼女が襲われていたのを、成り行きで助けただけだ。敵ではない」

 そう言うと、右手の短剣を足元に投げ捨てた。


「なりゆきだと?つまらん嘘だ」

 まだディーファは動かなった。ただアレフに虎視眈々と獲物を狙う眼差しで向けると、獰猛な笑みでニヤリと笑った。


「確認するぞ?お前があの大型を倒したのだな?」

 倒された大形異形体を差し示したディーファに対し、アレフは頷き答えた。

「そうだ、彼女を助けるためだった。他意はない」

「イリス、間違いないか?」

 確認のため視線を送ったディーファに対し、イリスは無言のまま涙目で何度も頷いた。


「事実なようだ。まあそんなのどうでも良い」

 ディーファは冷徹な眼差しでアレフを見やった。

「もう一度聞く、お前は何だ?」

「すまないが、質問の意図が理解できない」

「ああ、済まなかったな。つまりだな、お前は本当に人間なのか?」

「見ての通り人間だ」

「あり得ないだろ」

 憮然として答えるアレフに、ディーファは嘲笑った。

「人間ではこんな大型異形体を倒せない。マリニア様でも不可能だ。それをたった一人で倒したお前が人間なわけなかろうが。おおよそアメリアの新兵器だろうよ。違うか?」

「人だ。それ以外にはなれない」

「哲学でも語るつもりか?笑わせる」

 ディーファは再び笑った。


 表面では笑い余裕を見せるディーファだが、実際は余裕などまるでない。

 心中は漠然とした不安で恐怖に満ちていた。


「お前は危険だ!死ね!」

 込み上げる恐怖に耐えきれず、ディーファはとうとうい叫んでいた。


「待て!戦うつもりはない!」

 驚く男の弁明にも、しかしディーファは止まらない。

「シェイド、クリス、敵は大型異形体以上の脅威だ!全力で絶対に殺せ!」

 ディーファから凄まじい量の魔力が開放され、全身が仄かに赤く輝き出した。

「隊長、何やってるんですか!相手は丸腰ですよ!」

 まずシェイドが叫んだ。

「降伏を示しています。国際法違反です!」

 続いてクリスが諌めたが、しかしディーファは両者の意見を完全に無視した。


「想定2の7!絶対に逃さず殺せ!」

「はあ、了解」

「了解しました」

 有無を言わさぬ命令に、シェイド達は不承不承でも頷くしかない。

 彼等もまたディーファと同様に全身を放出した魔力で薄赤色に輝かせた。


 ・


 自身と同等以上の魔力を持つ者達に囲まれた圧倒的に不利な状況下、アレフは冷静に事態の収集法を探っていた。

「フィロ、これは不可抗力だ」

『分かったますが、半分は自業自得ですよ』

「時間がない。やるか」

 そう言うと、アレフは面倒そうに頭を掻いた。

 手には武器もなく、体は脱力し完全に隙だらけ、これでは戦う者の姿とは誰も思えないだろう。


 しかしアレフはこの程度ぐらいが、今の状況でちょうど良いと踏んでいた。

 全力を尽くしてはいけない、と。


 緊張に余裕が相対する。

 静寂の銀光の下、雪原に再び喧騒が訪れようとしていた。


 __________________________________________


 補足説明 


 魔力強化体第二大隊の編成について補足説明となります。


 独断で色々変えてますので、実際の軍隊とはまったく編成がことなりますので、細かい突込みはご遠慮下さい。

 またおまけ程度の説明ですので、特に覚えなくても全く問題ないです。

 また、間違いや設定変更でこっそり書き換えているかも知れないので、その時は見逃して下さい。



 大隊構成について


 魔力強化体大隊

 第1から第3までの3個大隊が存在、各都市に1個大隊が所属する。

 1個大隊につき、3個中隊3個小隊4個分隊 全279名編成(増減あり)

 戦力的に強すぎるために万一反乱されることが恐れられ、3個大隊を合流して師団として編成することは禁止されている。



 魔力強化体第2大隊

 サイカ第2都市ウェネス都市長の直属部隊

 全員が魔力強化体によって構成、以前は監査として人間がいたが、ある事情により除外されている。他の都市に所属する第1、第3大隊については人間が監査役として大隊長付きとなっている。


 大隊員構成(第二大隊についてのみ)

 大隊長1名、大隊長副官、大隊長伝令1名の3名構成、以前は副隊長がいたが副官と副隊長との軋轢が生じることが多かったため廃止された経緯がある。

 3個中隊を指揮下におく。

 3名と構成員が少ないため、事務処理が過多となり今後の課題となっているが、慢性的な員数不足のため、大隊長の意向により補充が一番後回しにされている。

 大隊長は唯一の第一世代、副官、伝令については第二世代が就任することと規定されている。(第1~第3世代については、次の話の冒頭で説明します。基本的には強さの順番が、第一世代>第二世代>第三世代となります)


 中隊編成について 

 3個中隊が存在、各中隊に中隊長1名、中隊長伝令1名、中隊長伝令については副官も兼任

 いずれも第二世代が就任することと規定されている。

 3個小隊を指揮下におく全92名で構成

 小規模の作戦での活動をすることが多い。


 小隊編成について

 各中隊に3個小隊ずつが存在、各小隊に小隊長1名、小隊長伝令1名、中隊と同様に伝令が副官を兼任、小隊長については第2世代と規定、伝令については規定なし

 4個分隊を指揮下におく全30名構成

 基本的な活動単位で、小隊単位で活動することが最も多い。


 分隊編成について

 各小隊に4個分隊ずつが存在、各分隊に分隊長1名、分隊員6名の全7名構成

 世代の規定はないが、全分隊中約7割の分隊長が第二世代となっている。

 各分隊ごとに小隊での役割が規定

 小隊ごとに変わることもあるが基本的には下記のように規定

 第1分隊 小隊長の守備

 第2、3分隊 攻撃及び偵察

 第4分隊 他分隊の補佐、遊撃

 また分隊員は1番員、2番員と呼称

 1~3番員 戦闘役 4~6番員 戦闘補佐が基本とされている。


 伏線のため説明できない部分以外については、要望があれば補足説明を入れたいと思います

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