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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第1章 白き星の異邦人
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第2話 異形体

『え?これは嬉しいですね。

 まさかあなたが教えを請いたいとの申し出があるとは。これは何か天変地異の前触れでしょうか?

 アレフ、これは非常に良い傾向です。今後もこの調子でお願いします。あなたがもっと学んだ分だけ、私が楽できますからね。

 え?勘弁してくれと?またまたご冗談を。


 えっと、聞きたいのは『魔法文明』についてですよね。

 それでは、先に文明の区分けについてご説明しましょう。


 少々強引ですが、文明とは大きく二つに分けられます。


 一つは機械文明

 あなたの星、地球でしたね?その星もこの文明です。

 これは簡単、電気や蒸気など、魔法以外を主動力にする文明です。


 そしてもう一つが魔法文明

 こちらはその名の通り、魔法が全て、魔法が主源力となる文明です。


 一応、機械と魔法が混在する、機械魔法文明ありますが、説明が面倒く・・・時間がないので今回は省きます。


 それではこの星の場合ですが、先に説明したとおり魔法文明になります。

 機械の方もそこそこ発展してはいますが、魔法の発展具合と比べると、お話にならないです。


 ではこの魔法文明の詳細な説明ですが、まずは機械文明の主動力を魔力に置き換えたもの、と考えれば理解しやすいと思います。

 各種輸送手段、生産手段等至るところに、魔力を主導力としています。


 例えばですが、この星にも魔力を活用した演算機や投影機、つまりパソコンとかモニターの様なものはあります。

 他にも車とか、人工知能型のロボットなんてのもありますね。

 そこそこ高度に発達しているので、それなりに豊かな文明だったのでしょうね。


 それもまあ過去形なんですけどね。


 百聞は一見に如かずです。

 もっと細かいことについては、現地で確認するのが一番でしょう。


 さて魔法文明ですが、実は機械文明に比べ、中期までの発展は早いですが、それ以降は発展速度が極端に落ちる傾向にあります。

 この原因は、魔法術式の汎用性の高さと、魔法術式そのものの限界の低さのためです。』


 ・


 アレフは崩れ落ちた巨大な鉄塊を前に佇んでいた。

 既に白い星への転送は終わり、からは最初にそれを見つけた。


 砲塔らしい残骸から兵器だったことは予想できる。

 そう思い眺めるアレフに対し、フィロは熱い口調で説明を続けていた。

『それでは一般的に魔法文明の歴史を説明しましょう。一般的に初期段階では、個々の魔力量の優劣が身分を生み、それが階級社会に」

「少し待ってくれ」

 アレフは眼前に広がりつつある光景を見上げながら、フィロの饒舌な説明を遮った。


『はい?』

「ありがとう。大変ためになった」

 どこか疲れ顔のアレフは、かなりげんなりとた声で求めた。

『まだ始まったばかりですよ?ここで終わらすなど無粋の極みです』

「そうだな、だがこれから仕事に取り掛からなくてはな。お楽しみは後だ」

『それならまあ仕方ないですね、ではこのデカブツのデータ、お願いしますね』

 嬉々としたフィロの要請を半ば聞き流しつつ、アレフは目の前のデカブツ、崩れ落ちた巨大兵器を眺めた。


 ・


 少し時を戻そう。

 目的の白い星の上空に到着したフィロは、そこで自身の機体を静止軌道に固定した。

 それからアレフは転送機で地表させると、打ち合わせ通り各々の行動を始めた。

 フィロは衛星軌道上からの間接的な観測を、アレフは現地での直接的な情報収集をだ。


 アレフの転送先は荒野だった。

 一面は雪に覆われ、僅かな枯れ木だけがある。

 他には何もなかった。

 人や建物はなく、鳥どころか虫の息吹すら感じられなかった。


 そこでアレフが初めに行ったのは、周囲の探査だった。

 彼は深呼吸をすると、神経を五感に集中し、感覚を鋭敏に研ぎ澄ました。


 アレフは常人とはかけ離れた鋭い感覚を持つ。視認範囲程度なら、魔法術式での感覚強化など使わない。

 特に危険に関わる感知感覚は鋭い。狙撃の類いなどは、視線よりも先に殺気を発した瞬間に気が付く。


 そんな周囲を探る彼の臭覚が、金属の焼ける匂いを感じ取った。

 ついで感じたのは血と肉の焼ける匂い、そして聴覚には遥か遠方にから響く悲鳴

 アレフは露骨に顔をしかめた。


「戦いが既に終わったか、間もないか。いずれにせよ厄介だ」

 呟くなりアレフは駆け出す。

 音はない。まるで猫の様なしなやかな動きで、小高い丘の影へと移動し、その身を潜めた。


 物陰からわずかに顔を出し、血の匂いの方向がする遥か遠方へと瞳を凝らす。

 そこには、黒煙をたなびかせる巨大な鉄の残骸があった。


「フィロ、7時方向にデカブツ、見えてるな?」

『はい、解析を始めます。暫くお待ちを』

 アレフの耳に付けたピアス型通信機への呼び掛けに、上空で待機中のフィロが小声で応えた。


 耳のピアス型に通信機には、前の音声と画像がリアルタイムで送信されている。

 今のアレフが見ている光景は、当然フィロも把握している。


『解析完了しました。デカブツは魔法術式を動力とした有人兵器です。動力は完全停止、内部に生体反応なしですが、内部に複数の兵士らしき死体あり。この星の技術水準では、かなり高位な兵器ですが、高威力の一撃で破壊されてます」

「まさか一撃とはな。デカブツ相手にこれとは、一体どんな化け物だ」

『鏡を見てはいかがですか?大差ないはずですよ』

「さてどうだかな?」

 巨大兵器を破壊した未知を想像し、アレフは口元を僅かに吊り上げた。


 その元兵器は、胴体らしき部分の半分以上を消し飛んでいる。

 装甲材質は不明だが、兵器なら強固なのは間違いなく、それを吹き飛ばす事には並大抵の威力では不可能だろう。

「面倒だ。帰っても良いか?」

『え、本当ですか?帰りましょう、今すぐ!帰還の転送準備をしますね!』

「いや・・なんだ、すまない。まさか冗談を間に受けるとは思わなかった」

『あはは、よくも期待させてくれやがりましたね?お礼に反物質砲か高重力縮退砲をぶっ放して差し上げたいのですが、どちらが宜しいですか?』

 フィロは笑いながらも、明らかに怒気を含んだ声で、相当に物騒な返事をした。


「まあなんだ・・・」

 アレフは少し考えると、怒りを受け流すことに決めた。

「調査を進めよう、それが良い」

『ちょっと!話は終わってませんよ!』

「なんて言うか、あれだ・・・」

 どうやら怒りは受け流せなかった様なので、今度はおだてることにした。


「フィロ、お前の知識を見込んで教えて欲しい。魔法文明について教えてくれ」

 フィロは何かを教えたがる、それを思い出したアレフは、彼女に教えを請うことにした。


『え?これは嬉しいですね。まさかあなたが教えを請いたいとの申し出があるとは。これは何か天変地異の前触れでしょうか?』

 効果は上々で、フィロは途端に上機嫌になった。


 そこからフィロの講釈が長々と流れるのだが、アレフは半ば聞き流しつつ駆け寄った先の巨大兵器の残骸を眺めたのだった。


 それがここまでの経緯である。


 ・


 巨大兵器に辿り着いたアレフは、全神経を集中させ、その中へと侵入した。

 どんな危険があるか分かったものではない。

 しかしその心配は完全に杞憂に終わった。


 巨大な兵器の中身はほぼ破壊され、残った目ぼしいものと言えば半壊した操縦区画しかない。

 これではもはや危険もないに等しい。

 緊張を緩めるアレフの鼻腔を、不快な臭いがくすぐる。

 この臭いはよく知っている。


「人の焼けた臭いか・・・いつになっても慣れん」

 操縦区画から漂う焦げた匂いに、アレフは露骨に顔をしかめた。


 死体は見慣れているが、好んで見るものでもない。

 しかし兵器のデータの抽出には、中に入る必要がある。

 不快だが仕方ない、それが賢者達との契約なのだから。


『不幸ですね、生きたまま焼け死んでます』

 フィロのどこか冷たい口調の声が通信機から響く。

 今アレフの目には、予想通り焼け焦げた兵士達の死体が映っていた。


 彼等の皮膚は総じて暗く焼け焦げ、表情は苦痛に満ちている。

 彼等は炎上する兵器の中で、苦しみながら焼け死んだ。

 これに勝る苦しみは想像に難く、不幸としか言いようもない。


「そうだな。だが本当に不幸なのは残された者達だ。生者は生涯哀しみを背負う。それは地獄だ」

 アレフは近くの死体の瞳に掌を添えると、そのまぶたを優しく閉じる。

「安らかに眠れ、それが生者へ唯一の手向けだ」

 そう言うとアレフな瞳を閉じ、彼らの安寧を願うと、祈りの様な何かを唱えていた。


『感傷に浸っているところ申し訳ありません。そろそろ万能端末で情報を吸い出してもらえませんか?』

 瞼を開いたアレフが、瞳を鋭く尖らせた。

「少し静かにしろ。死者には敬意を、そう教えたはずだ」

『す、すいませんでした』

 アレフの厳かな怒気の含む声に、フィロは怯える声で謝った。

 アレフは再び瞳を閉ざした。


 ・


「万能端末というのはこれか?」

 何かを唱え終えたアレフは、懐から白い粘土状の物体を取り出した。

 瞳を閉じていた時間はほんの僅かでしかない。

『はい。それをどこでも良いです、端末なり、切れた配線の先端なりにくっつけて下さい』

「便利だな。やれ規格だの、やれ互換性だの面倒がないのは助かる」

 そう言うと、アレフは手に持つ万能端末と呼ばれた白い粘土状の物を、死んだ兵士の側にある操作盤らしき端子部分へと貼り付けた。


『接続確認しました。システム解析とデータ抽出を実施します。少しだけお待ち下さい』

「魔法術式のセキュリティらしきものがある。破れそうか?」

『もう破りました。この程度ないに等しいです。現在データ抽出中です』

 フィロは得意げに答えた。


 ・


 万能端末と呼ばれた粘土、解析及び送信用のナノマシン集合体だった。

 それを対象機械の端末などに貼り付けることで、その構造解析及びセキュリティの突破を瞬間的に行う。

 そしてナノマシン達は機械を完全な支配下に置き、内部のデータをフィロ宛に送信する様になっている。


 ナノマシンは高度な技術の産物だ。しかしそれを制御するフィロはそれを遥かに上回る技術で造られている。

 そんな彼女が操る以上、いかな機械魔法文明の防御機構だろうと無に等しい。


 ・


『抽出完了しました。おっと・・・これは儲けものですね』

 嬉々とするフィロは、抽出したデータの内容に強い興味を示していた。


『魔法術式型のデータリンクシステムを見つけました。このシステムを辿ってこの兵器の母国、えっとアメリアというのですが、今、中央演算装置の支配完了しました』

「つまりこの兵器を経由して、本国の中央システムを占領したのか?」

『はいそんな感じです。なお現在絶賛データ抽出吸中です。運が良いです、これでこの星の現状がほぼ把握できます』

「用が済んだら元に戻しておけ。しかしフィロ、その気になれば世界征服も簡単に出来ないか?」

 サラリと飛んでもないことを言うフィロに、アレフは思わずを苦笑した。


『世界征服?確かに難しくもないですが、そんなつまらない事興味ありません。そもそも他文明への過度干渉は禁止事項ですからね。だから、中央演算装置もデータ抽出後には元に戻しておきます。当然、痕跡を全部消した上でです』

「賢者達に感謝を、世界の脅威は去った」

『ムッ・・・化け物みたいに言わないで下さい』

「すまない、軽い冗談だ」

『まったくどうしてやろうか・・・・そうだ!これで丁度一区切りつきましたよね?だったら先程の講義をもう一度始めからやり直しましょう。今度はキチンと聞いてくださいね?』

「・・・何の事だ?講義は聞いていたし、続きは後で聞くと言ったはずだが?」

『またまたご冗談を。全部聞き流していましたよね?今度はキチンと真面目にしっかりと聞いてください。化け物扱いしてくれたお礼も兼ねて、しっかり丁寧に教えて差し上げますからね?』

「えっと・・・お願いします、はい」

 アレフがフィロの講義を聞き流していた事は、彼女に完全にバレていた。

 その上に余計な一言が、彼女を完全に怒らせてしまった様である。


 負け戦を悟ったアレフには、もはや白旗を上げるしかなかった。


 ・


『まず、これからの説明は、既把握の15の魔法文明のデータから導き出したものです。


 結論を先に言いますね。

 この星の寒冷化は、この星が魔力欠乏症を患っているからです。

 人間だと、魔力不足のせいで、倦怠感を受けたり、動けなくなったりする奴です。

 それが星の場合だと、寒冷化という形で現れたのですね。


 原因は、人間が星から魔力の過剰に吸い出し続けためです。

 つまりこの星という魔力の井戸は、もう枯れる寸前なのです』

「左様ですか」

 アレフは小声で返事をした。なおこの時の彼の目はすっかり憔悴していた。


「えっと、人間はどうして星から魔力を吸い出した・・・のですか?」

 まだフィロが怒りは収まっていない様子なので、アレフの態度はかなり控えめだった。


『説明の邪魔をしないで下さいね。順番に説明しますので、その疑問についてはその後に。宜しいですか?』

「あっはい、どうぞ続けて下さい」


『魔力文明は文明の段階が上がるにつれて、魔力消費が増大します。

 この星の文明ですと、一般的な機械文明換算で、19世紀末から21世紀後半までの間程度になります。


 魔法、機械のいずれの文明を問わず、この段階までになると、エネルギー消費は二次曲線的に爆発的に増加し、結果エネルギー不足に陥ります。


 これはどちらの文明もが直面する命題の一つですね』

「体感的には、食糧不足の方が深刻だったと思った。それでよく隣国から侵略され、大分苦労させられた」

 アレフはフィロを刺激しない様に、独り言のよう小さく呟いた。


『あー成る程、食糧問題ですか』

 しかしそれを聞き逃すフィロではなかった。

 しかし怒った様子はなく、むしろ興味深さに嬉々とさえしていた。


『面白い議題ですが、本題から少し逸れるので今回は外しますね。

 あっ、もしかして今のはあなたが砂漠で王様だった頃の話ですか?

 もし宜しければ、今度ゆっくり教えて下さいね?』

「まあ、つまらん話で構わないのなら」

 怒らないフィロに安堵したのか、アレフは苦笑を浮かべた。


『楽しみにしてますよ。

 それでは話を進めますね。

 さて、この様なエネルギー不足ですが、魔法文明に比べ、機械文明では比較的解決が容易です。

 極論すれば、何かを燃やせば良いのですから。

 燃やせるものなんて沢山あります。木炭、石炭、化石燃料、核燃料など様々です。これらを燃やせば解決です』

「何であれ資源は枯渇する。解決ではないと思うが?」


『それはまた別問題、あくまで比較上でしかも一時的な話です。

 さて魔法文明ですが、機械文明はとは違い、エネルギー不足に陥った場合、代替品での解決は不可能です。

 何故か分かりますか?』

「そもそも魔力には代替品がないからだ。魔力とは生命から生成される産物、生命に代替品はない」

 心当たりがあるのか、アレフは間髪入れず答えた。


『正解です、きちんと話を聞いていましたね、偉いです。


 さてその魔力ですが、便利なことに各種エネルギーへの変換は可能です。しかし不便なことに、その逆は不可能、これが原則です』

「魔力充填剤なども魔力を回復させる物も幾つかあるが、これはどうなんだ?」

『それらは例外なく、原材料に含まれる魔力を抽出したものです。だから先の原則には反しません。

 先程あなた言った通りです。魔力とは生命そのもの、生命に代替などないのです。

 そしてこの事こそが魔法文明の致命的な欠陥なのです』


 ここでフィロが少し間を入れた。

 おそらくはアレフに知識の整理を行わせるためだろう。


『魔法文明では、全てのエネルギーに変換可能な魔力こそ、唯一にして最大は生活基盤そのものになりました。

 そうなると魔力の不足は、即死活問題になります。


 さてここで幾つか復習しましょう。

 まず、文明の発展ではエネルギー消費は二時曲線的に増加し、その結果エネルギーは不足します。  


 次に魔力文明では、機械文明とは異なり、代替品での魔力の不足を補う事は不可能です。


 そして最後に、魔法文明では魔力不足は死活問題となります。


 それらを合わせると、一つの結論が導き出せます。


 魔法文明はある程度の段階にまで発展すると、魔力不足に陥りやがて滅亡する、という事です。


 そしてこれは、過去数多の宇宙で実在した事実です』


「実在したとしても、それが全てではないはずだ。どうにかして魔力の不足分を補う打開策だってある・・・はず・・・いや、あった・・・だからこんな有様に」

 アレフの脳裏に、とある考えが頭をよぎる。同時に思い浮かんだ答えに頭を抱えた。


「それが疑問の答えか。人間は魔力不足を補うために、打開策として星から魔力を奪った」

『正解です。正確には打開策ではなく、単なる延命策に過ぎませんけどね。

 星もまた生命、その大きさに相応しい莫大な魔力を持っています。

 そこで人は星から魔力を吸い出しました。

 これで魔力不足は解消しました。一時的にですけどね』

「自殺行為だ」

 アレフが吐き捨てるように言った。


「それは自身の尾を食べる蛇に等しい行為だ。ラーナの、あの女神の話通りなら、全ての星の環境は統一されていた。この星も地球の様に青かったはずだ。それなのに、どうしてここまで酷いことになった。馬鹿だ。馬鹿で愚かが過ぎる」


『否定はしませんが、あなたの文明も大差ないのでは?なにせ、過去の遺物を暴走させて星そのものを吹き飛ばしかけたのですからね』

「大差なかったのは認める。その結果が今の私の有り様だ。だが・・・」

 少し興奮したアレフの熱が冷めるのを待つかの様に、フィロは少し間を開けてから話し出した。


『話を進めます。

 人間に魔力を吸われ、この星は魔力欠乏症になりました。

 星は不調になり、諸々あったのでしょうが、最終的に熱を失いました。

 寒冷化、つまりは白くなったのです。残念ですがこれではもう末期です』

「どうにかならないのか?」

『解決方法は幾つかありますが、どれも途方もない時間が必要です。この星に残された時間を考えると、現実的ではありません。実質不可能です』

「そうか」

 アレフは無念そうに首を張った。


 空を見上げると、灰色の雲から大粒の雪がひらひらと舞い落ちている。

 手のひらに落ちる雪を救うとあまりに冷たく、だから思わず拳を握りしめた。


 ・


『データ抽出完了しましたので、判明事項を少しお話ししますね。

 まずこの星では、およそ200年程前に、地中から魔力を吸い上げる装置が開発されました。

 この装置は魔力抽出杭と呼ばれています。


 星は莫大な魔力を持っていますし、人間と同様に自然回復もします。

 ですが、そんな星の回復を遥かに超える速度で、この星の魔力を吸われ続けました。


 何せ消費力は二次曲線的に増えますからね。ほぼ直角、無限大です。

 星の莫大な魔力でも枯渇してしまいます。

 よく200年も保ったものと逆に感心します。


 本当に馬鹿な話です。この星の人間は、自分で自分の首を締め死に掛けているのですから』

 フィロのため息と共に、説明が途切れた。


「笑えんよ。機械文明だろうと似た様なものだ、他人事ではない」

 アレフは窓の外に広がる光景を眺める。


 広がる雪原には緑の営みはなく、枯れた木々と朽ち果てた兵器の残骸しかない。

 そこは、死んだ世界だった。


「魔力枯渇の兆候はあったはずだ。それなのに、どうして魔力抽出を止めるなり制限をしなかった?」


『簡単です。人の欲望に際限がないからです。

 確かに極端な魔力制限を掛け、魔力抽出量を減らす選択肢もあったのでしょう。事実、その様な事例も過去ありました。

 しかし残念ながら、その様な試みはすべて失敗に終わってます。

 一度手に入れたい豊かを捨てる事が難しい、それが人の性です』

「人の性は否定しない。しかし制限については、やり方次第で何とか出来たはずだ」

『例えばですが、魔力制限の不自由な生活も精神力の強いごく一部の方なら可能でしょうね。しかし大多数、そして国家規模になれば話は別です。

 大多数の人々に一度知った便利な生活を捨てさせるなど、土台無理な話です。

 仮にも国を治めていたのでしたら、そこらの事情はご理解できるのでは?』

「一度知った贅沢は捨て難い。それを強いるのは酷な話だし、させたくもない」

『それが人情というものですか。

 仮に魔力制限を無理に強制したところで、大暴動が起きるのがオチです。最悪の場合、国家自体がひっくり返ります』

「だがそれをどうにかするのが(まつりごと)だ」

『その(まつりごと)とやらでは、民衆の支持が大事とあります。政治家さん達は、民に不自由を強いて支持を失う事など避けたいでしょうね。

 だから波風を立てず現状を維持し、問題は先延ばししたのでしょう。

 責任は全て未来の子供達に、私達は関係ないと。

 そんな現実逃避のツケが、今になってまとめて回ってきたのですね』

「他人事には思えん、耳の痛い話だ』

『そこらの事情はどこの文明も変わらないのですね。

 とまあ、こんな感じで、この星の人々は贅沢を手放せなかったせいで、必要な最低限の魔力すら確保できなくなりました。

 後は先ほどご説明した通り、魔力文明での魔力不足は死活問題、なので星から魔力を奪うことにした。

 しかしそれでも足りなくなってしまい、本当に窮地か陥った。


 では、そんな時に人々はどうするでしょうか?』

「無い得るには有る所から。可能なら対価を、不可能なら力づくで」

 フィロの問い掛けた問題に、アレフは軽い溜息を吐くと、視線を隣の兵士の自体へと向けた。

「辿り着く先は戦争だ」

『正解です、残念ながらですけどね。


 かつて魔力抽出杭で魔力を吸い出せた場所は2千程ありましたが、今は現僅か40程までに激減してます。


 だから今この星の人々は、残されたこの場所の奪い合っています。


 争う国は3か国


 サイカ魔導国

 アメリア正統民主国

 クレイ連邦


 これがこの星に残った国家です』

「3だと?たったそれしかないのか?」

『国家の維持には莫大な労力と人員とが必要です。しかし魔力不足による人口の激減で、多くの国家が維持出来なくなり、自然消滅や合併、戦争等で消えました。


 今あなたがいるこの戦場ですが、争っているのはアメリア正統民主国とサイカ魔導国で、アメリアからのサイカの都市ウェネスへの侵略戦です。

 結果はご覧の通り、デカブツを破壊されたアメリアの惨敗です』


「尾を喰らう蛇は二匹だったか。互いに互いの尻尾を食い合い、互いを食い尽くしていたと。最後は共倒れ、結局は誰も生き残れない。郷の深い話だ」

 アレフのつぶやく声は、もはや失意に満ちていた。


「この星だが、この先具体的にはどうなる?」

『前例では、魔力が枯渇した星は永い眠りにつきます。その際、地上は氷に閉ざされ、全ての生命は死に絶えます』

 フィロは驚くほど冷たい声で絶望の結末を語った。


「助ける方法は?』

『星を?それとも人を?』

「どちらもだ」

『人でしたら先ほども言いましたが、ありません。完全に手遅れです。今すぐ魔力の抽出を止めても、眠り始めたこの星を目覚めさせることは不可能です。星についてですが、もし出来ることがあるとすれば・・・』

 そこまで言って沈黙するフィロに、アレフは眉をひそめた。

「何か方法があるのか?」

『いえ、やはり出来ることはありません。星については放置が最善です。このまま放置して星自身の回復力で再生を待つのです。もっとも、完全な再生それが叶うのは、何千年或いは何万年後です。その時には人類などとっくに滅亡しているでしょう』

「・・・残念だ」

『期待させてしまい申し訳ないです。私かあなたなら星の再生を見届けられるかも知れませんね』

「それはないら私は地球に帰るからな。もう二度と離れるつもりはない」

 窓から外を眺めると、そこには故郷の月と同じ銀の星が静かに瞬いている。


 アレフは深いため息を吐き、操縦席にもたれかかる兵士の遺体を見つめた。

「死の女神ラーナよ、迷える魂達に、汝の導きがあらんこと」

 彼はそう呟き目を瞑ると、静かに死者の冥福を願った。


 ・


 音よりも速い気配の澱みを、アレフは鋭く感じ取った。

「フィロ!周囲感知だ、急げ」

 そう叫ぶと、瞬時に背後を振り返る。


 その直後だった。


 グオオオオオオオオーーー


 振り返った方向から、甲高い咆哮が響き渡った。


「警戒体制だ、広域探査に切り替えろ」

 そう言うとアレフは圧縮詠唱を始めた。


 戦闘経験豊富なアレフは、魔法術式の短時間詠唱に長けている。

 並遥かに凌ぐ早さで詠唱を終えると、周囲の情報を収集のため『探査』の術式を展開させる。


 アレフの脳に直接様々な情報が流れ込む。

『3時方向に反応、推定危険度C』

 そんな中、フィロが上空からの探査結果を伝えた。

『距離約300メートル、数1、大きさ約2.5メートル、人型の有機生命体、しかし明らかに人に非ず。早急なる退避を推奨します』

「2時方向にも別口だ」

 瞳を閉じたアレフがうなずいた。

「距離50メートルに生命反応、こちらは人間だ。おそらく何かから逃げている」

『確認しました。服装からアメリア軍の兵士と推測、状況から先の人外から逃走中と推測されます』



「様子だけは見ておく」

『現地との接触は最低限が原則です。絶対に接触は避けてください』

「善処するが状況次第だ。保障出来ない」

『はあ・・・いつも通りの行き当たりばったりですか。反対しても無駄なのこれ以上何も言いませんが、少しばかりご忠告を』


 フィロが一瞬だけ間を置いた。

『あなたには待っている人います。どうかご自愛を』

「忠告感謝する」

 アレフは苦笑を浮かべると、音もなく駆け出した。


 ・


 アレフが見つけたのは、一目散に逃げるアメリア兵であった。


 グオオオオオオオオーーー


 再び咆哮が再び響き渡る。

 そして次の瞬間、黒色の巨大な化け物が木々の間から飛び出し、アメリア兵へと襲いかかった。


「フィロ、戦闘を開始する。軽口は禁止だ」

『了解、ご武運を』

 アレフは無言で頷くと、既に詠唱を終えていた二つの魔法術式を同時に展開した。


 ・


 アレフは雪の悪い足場を、まるで意にせずアレフは軽やかに駆ける。

 小高い丘を登り切ると、平方平原に尻もちをついたアメリア兵の姿が映る。


 傷だらけの兵士は追い詰められていた。

 目の前には、高さ3メートルを超える巨大な化け物が立ちはだかり、今にも

 巨大な腕を振り下ろそうとしていた。


 アレフは認識と同時に化け物に向かい駆けた。


 跳ねる様に駆け抜ける中、二つの展開された魔法術式を同時に展開させる。


 筋力を引き上げる『肉体強化』と、

 圧縮空気を弾丸として放つ『風撃』


 彼は『肉体強化』された脚で大きく前に弧を描くように跳ね、頂きから『風撃』で作った圧縮空気の弾丸を撃ち放つ。

 風撃は化け物の右肘を正確無比に撃ち抜いた。


「ガッ!〜!」

 右肘を吹き飛ばされた化け物が、堪らず苦悶の叫びを上げる。

 間髪入れず、降下したアレフの右回し蹴りが、苦悶にうめく化け物の顔を蹴り飛ばした。


 術式で『肉体強化』を受けた肉体からの蹴りの威力は凄まじく、猛獣すら容易に昏倒させる。

 狙い違わず化け物を撃ち抜いた蹴りは、10倍近くは体重差があろう相手をいとも容易く吹き飛ばした。


 着地したアレフは素早く体制を整えると、石ころの様に地面を転がり続ける化け物を睨みつけた。

「反応が遅すぎる。何だこれは?」

 残心の構えを取るアレフは不満げに呟いた。


「フィロ、違和感がある。あれではまるで人間だ」

『回答には細胞採取での遺伝子分析にが必要です。可能なのは細胞レベルの解析までです。なおアメリアのデータベースでは、異形体と呼称され、この星の人類共通の敵とされています。こいつらは人を捕食します。気を付けて」

「こいつの口から人の腐臭がするのはそのためか。生かす理由が消えたな」

 アレフの目が見開かれると同時に、周囲の空気が凍りつく様に張りつめる。

 凄まじい殺気が彼の周りを立ち込める。


「悪いな、人に害をなす以上、お前は敵だ」

 異形体と呼ばれる化け物を睨みつけながら、短剣を引き抜いた。


 ・


 襲われていたアメリア兵は、感知外の範囲に逃げたのか、認識できなかった。

 まず無事で間違いだろう。その先で襲われては元も子もないが、それはもうどうしようもない。


「礼の一つでも欲しかったが、つまらん自己満足でよしとしよう」

 自虐気味に笑うアレフの眼前で先、うずくまっていた異形体がゆっくりと立ち上がる。


 アレフを遥かに凌ぐ大きさの黒い化け物が、天高く怒りの雄叫びを上げる

 それは人に似ながらも、しかし人ではない何かだった。


 全身は黒い剛毛で覆われ、肩からは4本の剛腕が生えている。

 しかしその顔は体格に比べ異様に小さく、目を凝らせば整った中年女性の者とわかる。

 その表情は泣き崩れたていた。

 泣き崩れ、女性の顔から人外のおぞましい叫びを上げていた。


「フィロ、化け物の背中に別の何かの気配を感じる。探ってくれ」

『背中?あっ、はい。背中には・・・え?背中に少女らしきものが張り付いている様に見えます』

 フィロは明らかに怯えた声で答えた。


 フィロの言う通り、異形体の背中には少女の姿が埋もれる様に張り付いていた。

 そして少女もまた泣き崩れ苦叫んでいた。


「ディアー、ヘイルカァァ~~~~~!!!」

「アアアアアア~~~~~!」


 女性と幼子、二つの顔から叫びが上がる。

 ドス黒い醜い叫び、しかしどこか哀しくも感じさせる。


 アレフには、その叫びが何かを訴えるかの様に聞こえた。

「あれは言葉だ。何を言ってる?」

 張り詰めていたアレフの殺意が僅かに緩んだ。

「フィロ、何でもいいから情報をよこせ。何かおかしい」

『あれはアメリア語です』

「翻訳は?」

『それは・・・』

 フィラが言い淀んだ。

『可能ですが、すいません、聞かない方が良いです。絶対後悔します。それでも翻訳しますか?』

「やってくれ。気にするな、最悪は覚悟した」

『了解。通信機でのアメリア語自動翻訳を開始します』

 即答するアレフに対し、フィロはそれでもためらいがちに答えた。


 ・

 翻訳結果は最悪だった。


「誰かぁぉ!!!」

 それは中年女性の悲鳴だった。


「お願い!苦しい!助けて!」

 続くそれは、まだ幼い少女の助けを求める声だった。


 おぞましいはずだった化け物の叫びは、ただ助けを求める声でしかなかったのだ。


「ママ~~~どこにいるの~~」

 背中の少女が母を求めて泣いていた。


「ああ・・・リン・・・リン・・・・」

 少女の悲鳴に呼応し、中年の女性が切実な声を漏らした。

 二つの顔からは、涙が止めどなく溢れていた。


 その光景にアレフは顔を歪めた。

「・・・・親子、か」

 彼は『解析』の魔法術式を展開した。

 異形体は体の内部を解析するためだった。

 

 術式により、異形体の体内の詳細は情報がアレフの脳裏へと送り込まれる。

「内臓は二人分、だが動脈が共有されている。あれでは分離できない」

『単なる癒着ではありません。何かしらの形で融合しています。詳細は不明、全データベースにもありません。ど、どうしましょうか?』

 困惑しながらもど落ち着きを崩さないアレフに対し、フィロは動揺を隠しきれていなかった。


「ああ~~~~~リン~~~」

「うわああ~~~~~ママ~~~どこ~~」

 動けないアレフの前で、母子が再び悲鳴を雪原に響き渡らせた。



 彼女達母子は、互いに寄り添っている。

 しかし互いに背中合わせで、近くにいながらも、お互いを見つめることが叶わない。

 声は聞こえる。しかし姿は見られない。

 温もりを感じるが、触れ合うことが許されない。

 共にいながらも、会う事が叶わない。


「あれはもう無理だ」

 アレフが冷たい声でうめいた。

『残念です。助ける方法はありません。どうしますか?』

「言わせるな」

 フィロの問いにアレフは溜め息を混ざりに答えた。

「最後の救いとは死,それだけだ」

『非難はしません、この『異形体』は人間を襲う危険生物で、この星では例外なく発見次第処分されています。助けられたという記録は皆無です。だからあなたは正しい』

「免罪符はいらんよ。罪は罪だ」

『逃げませんか?無理に殺めることはありません』

「それは駄目だ。何も救えない」

 アレフは力無く笑いながら却下した。

「この先も彼女達はは人間を襲うだろう。苦しみながらだ。もう解放してやろう」

『この星の事はこの星の者がすべきです。あなたは関係ない』

 アレフは首を振った。

「私は咎人だ。手が血で汚れるなら、既に汚れている者で。無垢が無垢たるために、黒をより黒く。それが私の役割だ」

 アレフは静かに告げる。

 そしてその手に握る短剣に、魔力を込め始めた。

 魔力を帯びた刀身は鈍く輝きくと、やがて元の3倍近い長さの刀身へと伸びた。


「恨むなら私を恨め」

 アレフの目が見開かれ、突然辺りが静寂に包まれた。

 空気が張り詰め、存在しないはずの重さ与える。

 その中心には彼しかいない。

 化け物を睨む彼の存在が、全てに見えぬ圧力を与え、化け物さえも沈黙させた。


「苦痛はない、一瞬だ」

 紡ぎ出されてその声は、恐ろしい程に重く、そして冷たい。


 続き左の手のひらを化け物へと向けた。

「動くな」

 途端、凄まじいほどの殺気が放たれ、化け物の体を貫いた。


 その瞬間、まるで時が止まったかのように、化け物の動きが完全に止まった。


 殺気(それ)は死を告げる絶対の意志だった

 それは冷たく、重く、そしておぞましい楔、

 それは受けた者の魂を震撼させ、そして体を縛り付ける。

 それ故に、受けた者はその場で恐怖に竦み、心凍り付かせる。


 恐怖に動きを止めた化け物は、次に小刻みに震え始める。

 そしてこれから先の運命を悟ったのだろう、親子の瞳から涙がとめどなく溢れ出した。


「もう苦しむことはない。これで終わりだ」

 アレフは「解析」の魔法術式で、再び異形体の身体を覗き見る。

 細めたその瞳には、親子の脈動する二つの心臓が映っていた。


 それは刹那だった。瞬きよりも更に短い一瞬すらない間だった。

 アレフの姿がかき消えた次の瞬間、彼は異形体の懐で、親と娘の心臓を短剣で貫いていた。


 とても静かだった。

 断末魔もなく、母と娘の二人が静かに雪原に崩れ落ちる。

 心音も叫びも、そして命の音さえなく、あるのは親子だった何かの死体だけ。

 そこは静寂に満ちていた。


 ・


『あ、あの・・・』

「頼む、少し静かにしてくれ」

『・・・はい』

「汝らが負うべきものは何もない。今は安らかにあれ。女神ラーナよ、願わくば汝の闇の腕で、この御魂みたま達に安らかなともしびを」

 彼は静かに目を閉じ、母娘の冥福を願う。


 殺した者に祈る資格などない。だからこれは祈りではなく、願い

 そして責任逃れ、そして偽善とも知る。

 しかしそれでも願わずにはいられない。


 何をしようと、殺した事実は変わらない。

 だから迷える狼は途方にくれ、空を見上げる。

 そこに銀色に瞬く星が、冷たく雪原を照らしていた。

おおよそ一週間で更新する予定です。


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