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白き星に祈りを込めて  作者: ななしとせ
第1章 白き星の異邦人
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第1話 黒い宙の白い星(後編)

 静寂が包み込む白い大地に、冷たい細雪がゆっくりと舞い落ちていた。


 白は死、死とは冷たい

 この地にはいかなる命も許さない。


 だからここは静寂だった。

 それなのに、今は大地は喧騒に満ち、そして多くの命が散っていた。


 そこには既に戦いの地だった。

 多くの銃声が飛び交い、その隙間にに悲鳴と怒号とが入り混じる。

 時々聞こえる怨嗟と断末魔の声


 かつて白かった静寂の地は、今や喧騒と血の赤へと染め尽くされていた。


 ・


 この戦いが行われている国の名は、サイカ魔導国、この星に残されたわずか三つの国の一つだった。


 ここはその国の西方にある第二都市ウェネス、その南東約600ミーン(約900メートル)だった。


 この国と争っているのは、アメリア政党民主国

 戦闘は、アメリア軍南方面第1師団約5千人が、都市ウェネスに侵攻し、これをサイカ魔導国のウェネス防衛隊が迎撃として向かい合ったことから始まった。


 アメリア軍の目的は、第2都市ウェネスの占領と、都市の資源と生産設備の確保


 戦闘は、アメリア軍の奇襲により、当初はアメリア側が優勢だった。

 しかしその優勢は始めだった。

 直ぐにウェネス側が押し返し、戦況は完全に膠着に陥っていた。


 これには理由がある。

 アメリア側の目的は、都市と資源、そして都市施設の確保である以上、過剰な火力での攻撃は許されない。

 そのため、彼等は奇襲での外壁破壊を行い、そこからの精鋭部隊突入での、都市長等各主要人物及び主要拠点の制圧を目指した。

 しかしこれは見事に失敗に終わった。


 奇襲と同時に集中砲火で外壁を破壊を目指したのだが、いくら砲撃を加え外壁は崩れるどころか、傷ひとつ付かなかったのだ。


 アメリア軍は無知だった。

 この都市には、かの魔術師マニリア・ナーガがいた。

 かの天才魔術師一族の中でも随一の天才と言われる女性魔術師マリニア

 この外壁の防御術式は彼女自身が理論を構築し、そして自ら施した。

 その硬さたるや、理論上では、物理攻撃の一切が通じないとされていた。


 それをアメリアの軍人たちは知らなかった。


 奇襲作戦が失敗したのは当然であり、だからアメリア軍は打つ手もなくなり、戦況は膠着へと陥っていた。


 ・


 作戦の失敗から5日が過ぎていた。

 その間、アメリア軍は何度か攻撃を試みたが、やはり都市外壁に崩す事は適わず、何一つ成果を得られずにいた。


 普通なら撤退するのだろうが、何故か彼等はそれをしなかった。

 上がするべきをしなければ、当然そのしわ寄せはした下へと行く。

 こんな場合、普通なら下級兵の間には、不満と悲壮とが蔓延するのだが、そうはならなかった。

 それどころか、彼等はどこから楽観的で陽気だった。


 何故なら、彼等は希望があったからだ。

 彼等はそれを待っていて、そして五日の時を隔て、それはようやく訪れた。


 ・


 それは遠くから響く小さな音だった。

 やがて小さな音は少しずつ大きくなり、やがて少し振動を加えた。

 音は騒音にら振動は地響きへと変わった頃、アメリア兵達の前にそれは現れた、


 それは天を衝く巨大な鉄塊

 巨大な八本の脚で胴体を支える巨大な兵器だった。


 その姿はどこか蜘蛛を連想させ、全高は20ミーン(約30メートル)を超えていた。

 丸い黒色の胴体の上部には、巨大な砲台が複数設置されている。

 その巨大な砲身は、一発でも当たれば1個大隊程度を軽く殲滅できる事が容易に想像できた。


 それだけではない。

 その巨体の周囲には、青い魔力障壁が張り巡らされ、その巨大な全身を完全に覆い尽くしていた。

 その障壁は複雑な術式で構成されている事は明らかで、生半可な攻撃では壊すことなど適わない。


 巨大な体に絶対の攻撃力と絶対防御力

 それこそがアメリア軍の待っていた希望だった。


 ・


 ゆっくりと進み続ける巨大な鉄塊が、とうとう都市ウェネスの前にまで辿り着く。


 いつしかアメリア軍から大きな歓声が湧き上がり、対してサイカ軍は重苦しい沈黙に包まれていた。


 サイカの兵達が絶望に顔面を蒼白とさせるが、しかしそれはまだ始までしかなかった。

 鉄塊は一体ではなかった。

 一体、また一体と現れ、やがて12体もの鉄塊が、ゆっくりと都市を包囲をした。


 半ば混乱状態に陥ったサイカ軍が、正面の鉄塊へと集中砲火を浴びせかけた。

 1000を超える砲撃が鉄塊に命中し、鉄塊が砲撃で生じた黒煙に包まれた。

 わずかな沈黙の中、風に黒煙が流される。

 現れたのは無傷の鉄塊、その防御障壁すらほころび一つない。


 アメリア側から大歓声が上がり、同時に全ての鉄塊達が動き始めた。


 鉄塊達の砲塔が一斉に旋回し、砲身の先端が都市の外壁へと向けられる。


 全ての砲身からの一斉放火されるだろう。

 その瞬間。天空から舞い降りた赤い閃光が舞い注ぐ。


 光が全ての鉄塊を貫き、そして爆散させた。


 ・


 それは突然の光だった。

 圧倒的な熱量の奔流だった。


 光に貫かれた鉄塊は一瞬で爆散し、残骸となって崩れ落ちた。

 何か起きたか理解できないアメリア軍の兵士達は、その光景をただ呆然と見つめていた。


「・・・え?」

 ようやくして誰かが呟いた。

 それが彼等にとって、次の悪夢の始まりだった。

 今度は呆然と立ち尽くす彼等の頭上に、光の奔流が降り注ぎ始めたのだ。


 光に飲まれた者達は、むしろ幸福だったのかもしれない。

 彼等は膨大な熱の中に一瞬で蒸発し、苦痛なくこの世をされた。


 光に近い者達もまだ幸福だったのかもしれない。

 彼等は全身を焼かれ消し炭となった。

 断末魔などない。圧倒的な力が死の叫びすら消し去った。


 不幸だったのは生き残った者達だった。

「何が起きた?」

 不幸なアメリア軍の誰かが呟いた。

 答えられる者はいない。


「空に何かいるぞ!」

 若いアメリア兵士が叫んだ。

「あれは・・人?」

 兵士達の視線がウェネスの上空へと注がれる。

 そこには無数の人影が浮かんでいた。


 ある兵士が、望遠鏡を覗き込むと同時に恐怖に顔を歪ませた。

「まっ、魔力強化体だぁぁぉ!!!」

 彼が叫ぶと同時に,アメリア軍に絶望と恐怖とが駆け抜けた。


「馬鹿な!まだ5日だ!あいつらはあと最低10日は戻らな」

 叫びは光の中に消えた。


「まだカイッツェへの異形体討伐のはずな」

 その声もまた光にかき消された。

「やばい!やばい!ここから逃げない俺達はこ」

 その声も消え、

「死にたくない!死にたくない!死に」

 その声も消えた。

 数多の絶叫が消え、やがて戦場からアメリア軍の声が消えた。


 ・


「斉射やめ!」

 無数に浮かぶ人影の一人が高らかに叫んだ。


 人影は皆、灼熱で赤化した砲身の武器を両手で握っている。

 その武器の恐ろしい力で、アメリア軍を蹂躙したであろう事は間違いない。


「敵軍は殲滅だ。味方の救助にうつるぞ。遅れるとうるさい奴がいるからな」

 先程命令した人影が呟いた。

 その人影は女性の姿をしていた。


「了解しました、ディーファ大隊長殿、しかしこうもギリギリだと心臓に悪いですよ。もっと余裕が欲しいものです」

 そう呟いたのは、女性の隣に浮かぶ男性の人影だった。


「黙りなさい、シェイド。あなた副官なのよ、もう少し立場をわきまえなさい」

 今度は、先程の女性とは別の女性の影が、少し怒りのこもった声で答えた。

「クリス、俺のこの口の聞き方は許可された事だ。細かいこと言いなさんな、老けるぞ」

「余計なお世話よ」

「お前達、少し黙れ」

 シェイドと呼ばれた男とクリスと呼ばれた女性が互いに睨み合うが、ディーファ大隊長と呼ばれた女性がこれに割って入った。

「時間の無駄だ、ケンカなら後にしろ。それとも処罰が欲しいか?」

「も、申し訳ありません」

「失礼しました」

 鬼気すら感じられるディーファの迫力に、顔面を蒼白とさせたシェイドとクリスは即座に謝罪した。


「まあいい。どうせ勝敗は決したのだからな」

 そう言うと、ディーファは遥か下方に広がる地表の様子をつまらなさそうに眺めた。


 そこでは僅かに生き残ったアメリア兵達が、蜘蛛の子が四散するように、完全に統率を失い散り散りに逃げていた。


「これでボルガン司令もしばらくはおとなしくさせられる。あの馬鹿が欺瞞工作に騙されたせいで、都市防衛は要の私達が我々を遠征をさせられたからな」

「まったくです。マリニア様が機転を効かさなければ、今頃どうなっていたことか」

 呆れ顔のディーファで話しかけるディーファに対し、シェイドが首をすくめて応えた。


「さあ凱旋だ!こんなつまらんことはさっさと終わらせて、我ら魔力強化体第二大隊の宿舎に帰るぞ!」

 ディーファは凛とした透き通るような声で高らかに宣言した。


 ・


 ディーファ、彼女は美しかった。

 成人と呼ぶにはまだ若く、およそ17歳から18歳程に見える。

 顔立ちは端正で、瞳は大きめながらもやや鋭く、そこにスラリと伸びた鼻とすこし薄めの唇が見事に調和している。

 肌は透き通るように真白く、腰まで伸びた艶のある黒髪が濡れたような光沢を放っている。

 身体つきはやや細いが、均整は取れ、女性的な魅力がある。

 そしてその身体を包むのは黒を基調とした軍服で、彼女の艶やかさと凛々しさとに調和し、その魅力を醸し出していた。

 何よりも惹きつけるのは、赤く光る瞳だった。

 それはまるで宝石のように赤く輝き、見る者の心を強く惹きつける。


 彼女の名は、PT・アルマ・アルファ・ディーファ

 その身分は、サイカ魔導国第2都市防衛軍に所属する、魔力強化体第二大隊を統率する大隊長

 しかし彼女は純粋な人間ではない。

 彼女は造られた生体兵器だった。


 ・

「シェイド、都市の被害は?詳細は省け,おおまかで構わんぞ」

 ディーファが隣の男へと話し掛けると、シェイドと呼ばれた男が頷いた。

 彼もまた、白く透き通る髪と肌とを持ち、またその容姿も美しい。


「かなり軽微ですよ。都市外壁の防御術式は無傷、人的損害も多少の死者はいますが、まあ軽微と言って良いでしょうね」

「それは何より。お優しいマリニア様も胸を撫で下ろしておられるだろう。アメリアどもの残党は?」

 ディーファは微笑みながら安堵の息を漏らした。


「そっちは六割八分が死傷、残存戦力も酷いものです。統率を完全に失い、涙を流しながら逃走中ってとこですね」

 言い終えると、シェイドは端正な顔に軽薄な笑みを浮かべた。


 ・

 ディーファの問いに答えた者の名はST・カリス・イスカ・シェイド

 彼はディーファの助言、補佐を行う、大隊長副官という役割である。

 彼もまた端正な顔立ちをしている。

 ディーファと同様に黒髪に赤い瞳を持ち、体は長身でやや細身ながらも、見る者が見れば鍛えられた肢体だと分かる。

 しかし極端ななで肩のためなのか、全体的に気怠げな、つまりはやる気がなさそうな雰囲気を出していた。


 ・


「終わってみればつまらない戦いでしたね。伝説とまで言われたアメリアの決戦兵器、もう少し歯応えを期待したのですが、あれで拍子抜けです。中形異形体の方がまだマシでしたよ」

 本来シェイドは、上司のディーファに相応の態度で察すべきなのだろう。しかし彼のそれは、あまりに軽い様にも見える。


「はあ・・・馬鹿なの?」

 そんなシェイドの態度を見るクリスの表情は、目を吊り上げ冷ややかだった。

「シェイド!相手は大隊長なのよ!話し方を改めろって言ってるでしょうが!失礼よ!」

 クリスは我慢しきれずシェイドを怒鳴りつけた。


 ・


 この怒れる女性の名はSt・カリス・イスカ・クリス

 彼女は役割は大隊長伝令

 大隊長ディーファの直接の指揮下にあり、大隊長命令の各中隊への伝達や他部隊との伝達、その他業務の統率を行う。

 立場的にはシェイドと同格で、そのため何かと奔放な態度が多いシェイドを諫めることが多い。


 彼女の容姿もまた白い髪と肌、そして美しい容姿という、ディーファと同様の特徴を備えていた。

 ただ身体つきは、細身のディーファと異なり豊満、特に胸回りが顕著で、成熟した大人としての美しさを醸し出している。


 ディーファ、シェイド、そしてクリス

 彼女達は常に3名一組で行動する事で、魔力強化体第二大隊の中枢として部隊指揮を行っている。


 そして彼等魔力強化体第二大隊は、ウェネスの危機に駆け付け、その窮地を救ったのだった。


 ・


 魔力強化体

 彼等は兵器だ。


 身体特徴はほぼ人間に等しい。

 異なる外見上の特徴と言えば、病的なまでに白い肌と髪と真っ赤な瞳、そしてわずかに尖った耳ぐらいだろう。

 何も知らなければ、人間と見分けはつかない。


 しかし彼等は人間として認められていない。

 彼等は人間を基に、魔法術式により造られた創造物だ。

 これにより彼等は、強大な魔力と超人的な身体能力を得た。


 その力を形容するならたった一言

 『凄まじい』


 彼等は誕生により、現行の如何なる兵器、軍隊は陳腐化した。

 彼等を有するサイカ軍は、この星の最高戦力としての地位に至っていた。


 ・


 そんな『凄まじい』力を持つディーファ達魔力強化体第二大隊は、サイガ魔導国第二都市ウェネスの防衛部隊である。

 その総数133名、これだけで都市一つの防衛には過剰すぎる戦略と言える。


 そのため、彼女達には時折雑用が押し付けられる。

 それが異形体の討伐だ。


 ウェネス周辺に大規模な異形体発生が観測された場合、彼女達は防衛任務を外され、これを討伐することにあたる。

 そしてこの雑用の隙をつかれたのが、今回のアメリア側の侵略だった。


 正確には少し異なる。

 今回のカイッツェ地方に異形体発生との情報が、実はアメリア軍の欺瞞情報で、これに都市防衛隊司令官ボルガンは見事に騙された。


 これでディーファ達は無駄な出動をさせられ、結果彼女達不在の都市ウェネスに隙が生じた。


 当然、欺瞞工作を仕掛けたアメリア軍が見逃すはずはなく、ディーファ達最大戦力不在の都市ウェネスに侵略したのだった。


 ・


 この事態を予測していた者が二名いた。

 一名はディーファ、そしてもう一名が

 都市ウェネス最高権力者、都市長マリニアだった。

 ディーファは出動前、マリニアと協議し、ある作戦を決めていた。

 それが出動後、アメリア軍の監視範囲外に潜伏し、戦闘開始後に引き返す事だった。


 都市襲撃後、マリニアの命令の下に引き返したディーファ達はこれを殲滅した。


 結果ウェネスの被害はほぼ皆無だった。


 ・


 あれほどのあふれていた喧騒は、今は少しだけ薄らいでいた。

 そんな中、上空にいた魔力強化体第二大隊の隊員達が、続々と外壁へ降り立つと、間髪入れず壊された防御術式の修復を始めていた。

 ディーファは上空に待機したまま、作業に勤しむ部下達の様子を満足げに見下ろしていた。


「さすがマリニア様、見事だ。これしか言いようがない。敢えて希望を与えそれを打ち砕く。これで敵の誇りは粉砕だ。恐れいていた伝説兵器やらも張り子の虎と分かったしな。これで残る懸念はあの忌まわしい獣人だけだ」

 これまでの多忙な任務がひと段落つき、ディーファはようやく一息ついた。


 本当ならもっとはやく敵を壊滅させられた。

 しかし都市長マリニアが止めさせた。

 彼女はアメリア軍の情報を、伝説と呼ばれた巨大兵器の詳細を求めたのだ。

 そのため、ディーファ達は敵の巨大兵器が戦場に現れるまで潜伏した。

 そして巨大兵器の戦力分析終了すると同時に、これを完全にアメリア軍と共に殲滅した。


「威張りくさるだけの都市防衛ガンの面子を潰れたし、良いかとずくめだ。素晴らしい、本当にリニア様は完璧だ。素晴らしい」

 ディーファは満面の笑みで語っていたが、それを見るシェイド達は苦笑しながら肩をすくめていた。


 これを見てディーファは眉を顰めた。

「なんだお前達、マリニア様の素晴らしさが分からんのか?」

「えっと・・・あっはい」

「そうですね、はい」

「だろう!分かるよな、分かるよな!」

 どこかぎこちないシェイド達の返事してだったが、ディーファは満足した様に頷いていた。


「おっと忘れていた」

 ディーファは表情を引き締めると、今度はシェイドに向き直った。

「シェイド、追撃部隊を引き上げさせろ、残りは放置だ。体制の再構築を最優先にする」

「了解ですが、敵は完全に放置ですか?流石にそれは怒られますよ」

 ディーファの指示にシェイドが首を傾げた。

「一応逃走する敵への警戒は必要では。第一個中隊ぐらい当てた方がよろしいですよ」

「あ・・・」

 これまで凛としていたディーファが、ポカンと口を開けた。

「ま、まあそれで良かろう。えっとクリス、その通りに伝達だ」

 誤魔化す様に長い髪を掻き分けながら、ディーファは元の凛とした表情で指示を始めた。

「第一中隊を敵残存部隊への警戒待機にする。攻撃を受けた際の反撃を許す。第ニ中隊は防壁術式の被害確認、第三中隊は都市防衛だと伝えろ。それとバレットには念を押しておけ、勝手な戦闘は許さんとな」

「了解、前科持ちには良く言い聞かせておきます」

 クリスは首元に掛けた首飾り型の通信機を操し、透き通る美声で、各部隊への命令をテキパキと伝達し始めた。


 この様子をシェイドは愉快そうに眺めていた。

 そしてクリスの指示が終わるのを確認すると、わざとらしく肩を竦めた。

「大隊長、逃げた敵を完全に殲滅しなくて良いのですか?ボルガン様に怒られますよ?」

「それは怖いな」

 ジェイドのわざとらしい愚痴にデーファもまたわざとらしく身震いする様子を見せた

「ボルガン様の説教で貴重な時間が奪われてしまう。怖い、怖い。クリスの説教よりも怖い」

「ディーファ大隊長、ご希望とあれば今すぐにでも差し上げますよ」

「クリス、すまなかった。本当にすまなかった」

 クリスの絶対零度の視線で睨み付けられ、ディーファは今度は本当に身震いした。


「まあ大隊長、問題はそういう事ではなくてですね」

「分かっている。説教なら私だけで受けておく。お前達は雑務でもしていてくれ。時間の無駄は私だけでよかろう」

「あはは、さすがに大隊長、器が大きい。いや上司の鏡ですよ」

「シェイド!いい加減にしなさい!」

 上司に対し軽率な態度を取り続けるシェイドに、我慢の限界を迎えたクリスがとうとう激昂した。

「私が何度あなたに!」

「クリス、止めろと言ったはずだな?止めろ、良いな?」

「・・・はい」

「シェイドもだ。私は軍の硬い雰囲気が嫌いだ。そんなもの士気を落とすだけだからな。だから私はお前の軽口を許している。が、限度は弁えろ。度を越えれば私とて怒る、覚悟しておけ?まあそんなもの、本当に怒ったクリスには遠く及ばんがな。クリス、その時は遠慮いらないぞ。好きにやれ」

「了解!」

「・・・はは、了解です」

 頷くシェイド達に、ディーファは突き刺すような鋭い視線をぶつけた。

「さっさと終わらせて、みんなを休ませてやろう。いつ死ぬか分からない身の上だ、少しでも楽しませる時間をとらせてやりたい」

「はい」

「了解しました」

 ディーファの厳かな声の引き締めに、シェイド、クリスの順に厳粛な声で返事をした。

「私達の損失はサイカの損失。全ては恩国のため。それが私達の存在意義だ。ゆめ忘れるな」

 その鋭い視線から押し寄せる強い圧力に、彼等はただ無言で頷くと、それぞれの作業を黙々と始めた。


 ・


「間違いないのか?数は?」

 粛々と作業が行われている中、突然クリスが叫んだ。


「何があった?報告しろ」

 ディーファは不快そうに眉をひそめた。

「上空警戒班から報告です。結界に侵入する気配が多数、明らかに人間ではないそうです」

 そう呟くなり、彼女は魔法術式の圧縮詠唱を始めた。


 ・


 魔法術式とは、魔力を糧とし、様々な現象を起こす日常の業

 この星で魔法術式は珍しくなく、むしろ生活に根付いた当たり前の代物だ。

 同然魔力強化体達も魔法術式を使う。彼等を創り出した人間よりも遥かに巧みに、そして強力に。


 クリスの流暢な詠唱を響くと同時に、彼女の感覚が広大な範囲へと感覚が拡大され、あらゆる気配を感知させる。

 これは術者の周囲の生体反応を探る『探査』と呼ばれる魔法術式だった。


 瞳を閉じるクリスの脳裏に、周囲のさまざまな生命体の気配が映し出される。

 近くに仲間達、そして都市の防衛隊、やや遠くには逃げ惑うアメリア軍、そして異常な速度で接近する異様な気配


 その異様な気配の正体をクリスは知っていた。


 ・


「異形体と特定!都市に接近中です」

 それは想定される最悪の事態だった。

「なんだと!」

 思わずディーファが叫んだ。

 クリスは瞳を閉じたまま報告を続けた。

「数約300、まずいです、速い」

 驚くディーファ達に向け、クリスは厳しい声で報告を続けた。

「方位、11時から3時方向、小型300、中型が50、更に大型が2」

「大型が2体!」

 今度はシェイドが叫んでいた。

「大型1体が約3セクタ(約4.5分)で地上待機部隊と接触します」

 その時のクリスの声は悲鳴に近かった。


 ディーファの反応は早かった。

「各中隊に至急報、異形体の接近を知らせろ。各中隊での行動を許す。早急に各小隊を合流させ、各中隊判断での迎撃を実施させろ。都市には一匹たりとも入れるな。これは厳守だ」

「了解!」

「シェイド、お前からで構わん。大型異形体に接触する部隊に連絡だ。早くそこから逃げろ、絶対に戦うな、とだ」

「クソ、早すぎる!失礼しました、もう接触しました。ああクソ!後方警戒任務の331分隊が交戦、反応がひとつ消え・・・誰か死にました」

 途端、ディーファの表情が歪む。

「助けろ!一番近い迎撃可能な部隊はどこだ?」

「ないです!いえ・・・我々ですが」

「躊躇うな、行くぞ!クリス、バレットに伝えろ、もう一体の大型をお前がやれ、ただし死ぬな、とだ」

 ディーファに問いにシェイドが返答する。

「了解」

「クリス、大変だろうがお前も来てもらう。各部隊の情報収集と伝達は移動がてらにだ。やれるな?」

「任せて下さい」

「シェイド、戦況の逐次分析を頼む。場合よっては別行動だ」

「了解」

「少しでも多く助けたい!行くぞ!」

 直後、彼等は高速飛行の魔法術式を展開させ、一瞬にしてその場を飛び去った。


 白いはずの星に、炎の赤が大地を焼く。

 しかし氷雪は綻びを白に染め、やがて全てを沈黙の色へと包み込む。

 生きるものはもはや少なく、それなのに殺し合う。


 白き星は何も語らない。

 ただ雲間から覗く銀色の星が、大地を冷やかに照らす。


 そこは冷たい地だった。

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