第1話 黒い宇宙の白い星(前編)
その星は凍えていて、やがてそこに住まう全ての命が死に絶えるだろう。
星は命のゆりかご、しかしもうその役割を果たさない、
それは私が間違えたから…
だから白く変わり果てたこの星は眠る。
あなたも人も助けたかった
だけどそれは出来なかった。
私の愛しい妹
貴女はもう独りきり
どうかもう泣かないで・・・
私達の夢は潰えた。
姉妹はもう貴女だけ
溢れる涙を抑え夜空を見上げる。
滅びゆく銀の星の最後の夜
そこに流星が宇宙を走った。
驚いた、懐かしい気配がした。
優しかった彼女の息吹を感じた。
あの流星に願った。
私の願いを託した。
諦めたくない。
あの子を助けたかった。
罪を犯そう、エミテに逆らい
銀の星より・・・
白き星に祈りを願いをこめて
・
果てない漆黒の宇宙に、小さな青い船が漂っていた。
その中で黒い瞳と黒髪の男が、操縦席の計器を不思議そうに見つめ、しきりに首を傾げていた。
「・・・・時間がマイナス?なあフィロ、これ時間が巻き戻ってないか?」
その声は困惑に満ちていた。
彼の視線の先、そこには相対的な時間を示す計器があった。
その時計にマイナス400年を指している。
つまりそれは今が過去と言うことを意味していた。
彼の名はアレフ・バンデット、彼のいた宇宙の、彼の住んでいた星なら、ごく普通の名前なのだろう。
この宇宙では分からない。
顔付きからすると年齢は20代前半程に見える。
容貌は普通、とするには少しだけ端正よりだが、それよりも厳しい目つきが目立つ。
身長は普通よりやや上、体格は服に隠れて分かりにくいが、分かる者がが見れば相当に鍛えていることが分かる。
特徴といえばそれくらいで、あとは説明するほどもない、ありふれた男にしか見えない。
「跳躍時の経過時間がマイナス400年?何だこれは?」
そんな平凡な彼だが、今は困った様子で何度も首を傾げ続けるしかなかった。
彼は操縦席の背もたれにもたれ掛かかると、モニターの広大な宇宙をぼんやりと眺めた。
「フィロ、珍しく故障か?お前も私同様結構な歳だ、まあ仕方ないな」
『失礼な!』
突然、操縦席の中に若い女性の声がけたたましく反響した。
『この私が!三賢者様方の英知の結晶たるこの私が!故障?ナンセンス!あり得ないですから!自動修復機能は正常、メンテナンスも常に万全、何ら異常ありませんから!』
声は明らかに怒っていた。
怒れる声の名はフィロという。
さてが彼女?あるいは彼なのか。
一応女性の声なので、彼女としておくが、フィロは人間ではない、機械だ。
フィロは、遥か昔に滅んだとある文明によって開発された人工知能だ。
彼女は、アレフが外宇宙は旅立て祭、同じく古代文明の技術で造られた外宇宙間航行船、通称レイジー3に補助装置として搭載された。
つまりフィロは、宇宙旅行の水先案内人だった。
そんな彼女だが、目眩すら覚えるほどの超高度技術の結晶だ。
故障への対策は万全であり、彼女が故障を強く否定するの至極当然だった。
「故障でないのは分かったが、それが逆に問題だ。念の為もう一度確認してくれ。世に絶対はない」
そんな事情を知りつつも、アレフは納得していなかった。
『ふふんその必要はありません。私こそ絶対、完璧、完全無欠の権化です』
自信満々なフィロに、アレフは呆れ顔になった。
「その完璧様が、二つ前の宇宙で、対象の反応を見過ごしていたな」
『あー!聴こえない!聴こえませんよー!あれは例外中の例外!」
フィロの裏返った金切り声が、アレフの言葉を遮った。
『あー、ごほんっ!失礼しました。何やらノイズが混じった様です』
「フィロ、人間を学びたいのならもう少し淑徳を学べ。つまりうるさい」
アレフは見えないフィロの代わりに、眼前のモニターを睨みつけた。
『失礼しました。ま、まあ私も機械ですから、故障の可能性も万が一、いや無量大数分の一程度には有り得るでしょう』
「うるさいと言ったはずだ。もう一度機器の故障の可能性を洗え。故障ならそれで良し、そうでないなら、かなりの厄介事だ」
アレフはそこまで言うと、頭を掻きつつ盛大なため息を吐いた。
「もし計器が正常なら、ここは400年前、過去の世界になる。見ず知らずの宇宙の400年前だ。意味がわからん、最悪だ」
『お待ちください。現在全機器を再確認中です』
アレフ突然の低い脅しの効いた声に、フィロは少し怯えた声で返事をした。
『結果が出ました。機器は正常です』
「そうか、残念だ」
引き締まった面持ちのアレフが、低く鋭い声で話し掛けた。
『やはり、私達のいた時間軸から400年前の時間軸で間違いありません』
これにやはりフィロが生真面目な声で応えたのだった。
「事実は受け入れるとして、問題はこれからどうするかだ」
アレフは天井を仰ぎ嘆息した。
「まずは安全の確保だ。そのために周囲の状況の確認、そして現在の正確な時間の算出を」
『現在座標を確認中です。現在の時間ですが、相対時刻計から時刻ですが、母星時間で2月28日午前8時12分、跳躍前からマイナス400年2カ月12日2時間13分です。跳躍後からの経過時間は1時間15分です』
「もう一度確認する。ここは400年前の過去で間違いないな?」
『ありません』
「ありがとう、最悪だ」
『同感です…」
二人が押し黙り、それから重苦しいふ沈黙が辺りを支配した。
それから少しして、
『あああああ!何てことですかああああ!!!』
フィロの絶叫が響き渡った。
耐え切れなかったのは彼女の方だった。
『なんでー!!!なんでぇー!!ってなんですかぁぁぁぁぁぁ!!!』
「知らん。知りたければ自分で原因を探せ。私は戦闘専門、畑違いだ」
慌てふためくフィロに対し、アレフはどこか楽しそうな声で答えた。
『過去?過去って何ですかあー!一体どうすればぁ!』
「だから落ち着けと…いやいい、しばらくそのままにしてろ」
フィロの叫び声が鳴りやまぬ中、慣れていたのかアレフは自然な手つきで耳を塞いだ。
補足をしておく。
アレフ達は分断された数多の宇宙間を旅している。
今回、彼等は二つの宇宙の間を跳躍航行、いわゆるワープしただけだったのだが・・・
何故が過去に飛ばされて、そこは400年前だった。
そのため途方に暮れていた。
『タイムトラベルですよ、トラベル!そんなのデータが、前例が殆どないですよ!なんで!なんで過去!何で!』
「何でだろうな?」
『どうしましょうか!?ねえアレフ!どうしましょうか!』
「今さらどうしようもない、腹を括れ」
『いやあああああああああ!』
いつも通りの高度?な人工知能の天然ぶりに、アレフは本日二度目のため息を吐いた。
・
「取り敢えずそのタイムスタンプだかスリラーだかの原因も調べてくれ」
慌てふためくフィロが落ち着くのを見計らい、アレフが問い掛けた。
『それも調査中です。原因が解明できるか分かりませんが、ある程度の結論が出るまでには少し時間が掛かりそうです』
「出来るだけ急いでくれ。問題は、このタイム何たらの要因が、自然の偶然か或いは何者かの故意かだ。我々の安全に関わることだ、最優先にしろ。他は後回しで構わない」
『了解しました。提案ですが、三賢者様方に事情を話した上で、伺いを立ててみてはどうでしょうか?あなたと当時の賢者様とは面識はありませんが、私から説明すれば理解してくれるはずです」
フィロは彼女を創造した三人の賢者と称する者達への助言を申し出た。
「やめておけ。気持ちは分かるが、確実に面倒事になる」
アレフは心底面倒そうな面持ちで手をひらひらと振った。
「あの知りたがりどもだ、質問攻めで時間が無駄に潰されるどころか、即座強制送還もありえる。もしかしたらお前も貴重なサンプルとして解体されるかもしれんぞ?そうなった場合、私がどの程度穏便にでるか想像できるだろ?」
『あー・・・すいません、却下にします。でもどうしましょう?タイムパラドックスとか色々面倒な事になりそうなのですが。前例はありますが、事例が少ないので最善の対処法が分かりません』
「それについては考えがある。実はタイムトラベルとやらはこれが3度目でな、だから対処法も何となくは分かる」
『それ初耳です…』
絶句したフィロを尻目に、アレフは勝手に話を進めた。
「特に心配する事はない、多少無茶しても何とかなるものだ。何でも世界の修正力とやらが働いて、時間の矛盾を修正するらしい。だから今回も何とかなるだろ」
『…相変わらずいい加減ですねえ。まあ修正力の事は一応知ってます。簡単に言うと、邪魔なものを最後に消して帳尻を合わせ未知の力の様です。時を司る神の力との説もありますが、信じ難いですね』
「実際はエミ・・・何でもない気にするな。時の神ってのは寛容らしい。よほど邪魔でなければ何もしない。万一邪魔と認識されれば確実に消されるだろうが、まあ大したことではなかろう」
『はあ・・・それ、十分大した事ですからね』
フィロの盛大なため息が響き渡った。
『もう何もせず大人しくしましょう。計算では80日と約12時間後で、次の宇宙に跳躍できます。この宇宙は何があるか分からないので隠れて様子を見るとして、次のこの宇宙でコールドスリープをして下さい。400年過ごして時間の調節をします。それで全て元通りです』
「コールドスリープはともかくとして、期間が80日もあるは好都合、調査には十分な時間だ。当初の予定通り、体制が整い次第、探査予定の星に降りらとしよう」
『話聞いてました?駄目ですからね。絶対あなたは余計な事をして面倒事を起こしますと断言します。この間も壊れた橋を直したせいで、大陸間戦争に巻き込まれてましたよね?』
「・・・記憶にないな。歳を取ると忘れっぽくていかん」
『自称三千歳なんて信じませんからね。とにかく調査は駄目です』
「そうなると何も情報が得られないが、それだと賢者達に失望されないか?それにこれは私と賢者との契約だ。私は地球に帰る為にお前の運航能力を借り、その代償として、途中にある星々の調査を行う。約束を破るのは嫌いでな、だから契約は順守したい」
『はあ・・・卑怯です。賢者様方を引き合いに出されては、何にも言えません…分かりました、もう反対はしません。しかしどうか調査だけにして下さいね。いつもみたいな余計な手出しは厳禁です』
「努力しよう」
『…今回の調査対象の惑星は当初の予定どおりの距離あります。幸いにもタイムトラベルでずれたのは時間座標だけで、空間座標は問題なかったようです』
フィロはそう答えると、アレフの目の前の何もない空間に、薄青色に光る立体星図を投影した。
「これが調査対象か。随分白いな。観測結果は?」
アレフが指差した先には、冷たく輝く白い惑星が映し出されていた。
『いつも通りです。大気成分、重力、大きさ等ほぼ全てが、他宇宙の人類生存可能惑星とほぼ同じです。それとかなりの高魔力反応があります。ほぼ確実に中程度以上の魔法文明が存在します』
「魔法文明か。魔法技術が高く、代わりに機械技術が遅れている。精神的成熟度が高い傾向が多いが、肉体的退化が多い傾向がある、だったか?」
『まあそんなんですけど、やはりやめませんか・・・駄目ですか、そうですか、もう決定事項ですか』
諦めのため息を吐くフィロを尻目に、アレフは興味深そうに白い星を見つめていた。
そこはあまりに白かった。
そこは数多の命を育む母なる大地
しかしその姿はあまりに寒々しく、そして弱々しい。
「死に掛けている。国が滅ぶ時、そこには多くの騒乱がある。かなり高い確率でトラブルな確実に起きるだろうな」
『観察に徹すれば問題ないです。因みに、文明レベルはBマイナス、人口500万程度です」
「それでは得られるものが少ない。人口圏に入って直に接したい」
『修正力をお忘れですか?それに危険もあります。この星は滅亡寸前、末期です。原因はおそらくエネルギー不足です。踏み入れば確実に巻き込まれます』
「では、そのエネルギー不足の原因を調べるのは契約履行に必須だと思うが?」
『・・・了解しました。それなら可能な限り穏便な方法での情報収集をお願いします。ついでですので、この星の魔法術式の確保もお願いします』
「努力する」
『・・・本当ですか?どうかこのまま大人しく未来に帰らせて下さい』
「努力する」
『・・・努力する気ありませんよね?いいですか?万一私が危険と判断した場合、強制的に即座に連れ戻しますからね。なので危険もできるだけ避けて下さい』
「努力する」
『・・・いっそのことコールドスリープをしませんか?契約については私が賢者様に説明して何とかしますので。そのまま400年眠って元の時間に戻りましょう。まあ長期のコールドスリープには少しばかり致命的な欠陥があらますが、まああなたなら大丈夫です、多分』
ここでフィロが再び言い淀んだ。
「努力・・・今、致命的と言ったよな?具体的には何だ?」
『ちっ、聞いてやがった』
フィロのあからさまな舌打ちが響いた。
『えっとですねえ・・・あはは、200年以上のコールドスリープですとね、どうして副作用が・・・具体的には解凍時に脳細胞が破壊されます。あなたなら問題ないでしょうが、多少・・・まあ半分以上記憶が吹っ飛ぶかと」
「却下。何があろうとコールドスリープはしない」
アレフは問答無用でダメ出しをした。
「準備が整い次第星に降りる。楽しい現地調査だ」
『やはり考え直しませんか?過去の改変の恐れが・・・』
「その時はその時だ」
『あ・・・やっぱり何にも考えてない、この人』
ドン引きするフィロに、アレフは何処か楽しげ返すと、大欠伸と共に全身を伸ばした。
「失敬な、面白そうだとは考えてはいるぞ。何せ滅多に経験できない事だからな、怖さ半分、興味半分だ。失敗すれば高々消滅だ。割りが良すぎて申し訳なくなるほどだ」
『・・・もうやだこの人』
「さていつもの契約に伴う承認の確認だ。私の帰還の代償のため、これより現地調査に赴く。現地調査については死を含め全て自己責任とする』
『了解、契約に基づく調査対象への降下を承認します』
「まったくもって割に合わないが契約は契約だ、するべき事をしよう」
『なんでそんな嬉しそうに言うのですか・・・まあ思い起こしてみれば、あなたはどんな事があっても絶対にブレなかったですからね』
「そう褒めるな」
『褒めてないです。そのせいで、いっつも、いーっつも大騒動を起こしてますからね。責任を放棄せず解決してきた事自体は大したものですが、方法が力任せのゴリ押しで、現地にとんでもない影響を残したのは頂けません。おかげで、激怒した三賢者様方からの毎回お説教を頂くのは私なのですよ。本当に勘弁して下さい!』
「分かった、分かった。これからは善処する。で、どうする?調査を止めるか?何もしないで無為な400年を過ごし、何も得られなかったと賢者達に頭を下げるか?」
『そんな事・・・出来るわけないでしょうが!』
フィロは少し迷った末、吐き出すように答えた。
そうなフィロの様子を、アレフは何処か楽しそうに見守っていた。
『準備か整いましたので、転送可能距離まで移動します。転送は30分後ですので、あなたも準備をお願いします』
「了解した。調査事項は逐次報告してくれ」
『分かりました。幸運を祈ります。ああ祈るのは嫌いでしたね』
「ああ、神は大嫌いなものでね」
無駄に頼もしいアレフの返事に対し、フィロは半ば呆れ声で応じると、純白の機体の船首を、虚空に輝く白き星へと向けた。
これが白き星の物語が始まりだった。
これは故郷での大戦で時空振という災害に巻き込まれた主人公が、遥か遠い宇宙に跳ばされた後、故郷に戻るため幾つもの宇宙を渡り歩く冒険譚の一つとなります。
400年前とありますが、いわゆるやり直しものといったループものとはなりません。
また、この物語では、宇宙は分断されている設定となります。
多次元、パラレル、某格闘アニメのような多宇宙というものではなく、ピザがカットされてバラバラになっている、というイメージに近いものとなります。
なぜ宇宙が分断されたのかについては、この先の話で説明していく予定となります。