プロローグ 青空
あの星空は美しく、それに冷たい。
全身を血に染め、虚ろな少年はぼんやりと死を臨む。
しかし『ソレ』は滑稽そうに嗤い・・・
そして少年を祝福した。
望まぬ祝福は、それは呪い等しい
つまりあの時、少年は呪われた。
故に語ろう、これは抗う人間の物語
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とある星の話をしよう。
とある理不尽で滅びつつある
とある哀れな星の話だ。
その星はかつて緑豊かで命に溢れていた。
しかし今は黒、死に染まっていた。
黒とは闇
闇が命を、緑を食らい、
そして星すら飲み込まれようとしていた。
その闇の正体を誰も知らない。
ただ突然現れ、そして全てを理不尽に食らうだけだった。
神は滅びもういない。
ただ人だけが抗った。
しかし人は無力で、多くの者が死に、やがて心が折られ、そして諦めた。
もはや抗う者などなく、ただ闇に食われる時を待ち、震えていた。
間もなく星が闇に完全に覆われるだろう。
そんな時だった。
ある幼い少女がいた。
彼女はこの星でただ一人諦めなかった。
少女は目の前で家族を闇に殺された。
残されたのは最愛の妹だけ。
だから彼女は妹を守ると誓い抗った。
泣きじゃくる妹を左腕で抱きしめて、右手に握るのは小さな短刀で、闇に立ち向かった。
妹のため、少女は勇気を絞り抗った。
闇が小さな少女を嘲笑う。
勝てるはずがないと。
闇が嗤い声を轟かせる。
勇気などただの無謀と。
その身体を矮小さと嗤い
その存在を愚かと嘆く。
少女の瞳から涙がとめどなく溢れ出る。
それでも少女の心は折れなかった。
恐怖に挫けず、絶望に心を折らず
目を背けなずに抗った。
少女は必死に短刀を振るった。
しかし闇に届くわけもなく、刃は虚しく空を切るだけ。
それでも挫けず何度も刃を振るう。
しかし闇が食らいつき、少女から短刀を奪い取った。
少女は武器を失った。
しかしそれでも少女は諦めず、闇を睨み続けた。
闇が無力な少女を嗤う。
それでも…
それでも少女の心は折れなかった。
恐怖で身体がすくみ、絶望で心が打ちひしがれても、それでも少女は立っていた。
「よく頑張った」
誰かの声がした。
それは優しい声だった。
そして青い光が闇を切り裂いた。
闇の絶叫した。
驚きに少女が振り返る。
そこに黒髪の男が立っていた。
男が手に握る白刃を幾度も振るう。
その度に、綺麗な弧を描いた刃先から青い光がほとばしり、闇を易々と切り裂いていく。
切り裂かれた闇の間からわずかに光が差し、少女達を照らす。
闇は怒り狂う。
報復を誓い、男に迫り来る。
巨大な炎を、絶大な雷光を、
不可避の嵐、抗えない死を振り下ろす。
しかしその全てを男の刃が放った巨大な赤い光が薙ぎ払った。
闇が絶叫した。
それは断末魔で、それを闇は消滅した。
残されたのは、どこまでも広がる青空だった。
そのあまりの美しさに、少女はこれまでの全てを忘れ、ただ心奪われ呆然とした。
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『何やってるのですか。完全に禁止事項ですよ』
突然男の懐から女性の声が響いた。
「見捨てろと?ふざけるなと賢者達に言っておけ」
驚いた少女が辺りを見回すが、そこには男の姿しかない。
首を傾げる少女に、男が微笑んだ。
「良かった、怪我は大した事ないようだ」
男が腫れた少女の頬を優しく撫でる。
突然の白光、同時に痛みが消えた、腫れが引いていく。
いつの間にか、少女の頬は元通りだった。
『時間がありません。強制転移します』
再びどこからか女性の声が響き、男の身体が青い光に包まれた。
男は名残惜しそうな表情で、少女の頭をもう一度優しく撫でる。
「忘れないでくれ、君の見せてくれた勇気こそ本当の強さだ。
力に頼るだけしかない私よりも、君は遥かに強く、尊い。
この先の困難が続く。だが諦めないでくれ。諦めず前に進めば必ず克服できる。
心からの敬意を君に。君に出会えたことを光栄に思う」
さようなら、と最後に言い残し、男は青年は光りの中へと消えた。
空に響く微かな音へと少女は見上げる。
そこにあったのは涙が出るほど美しい青空と、
そこに走る一筋の光の軌道
どうしてだろうか
少女にはその光の中に彼がいると分かった。
「ありがとう」
少女が感謝の言葉を贈る中、光は遥か宙へと消えて行った。
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これはとある星の物語
やがては神話に変わる物語なのだろうわ
しかしこれは旅人が紡ぐ数多の紙片の一つ
だからこそ、旅は続き、物語は終われない・・・