九:筋肉モリモリマッチョマン
騎馬集団が止まり、先頭の一頭だけ前に進む。跨がっているのは、俺が最初に確認できた筋肉モリモリマッチョマンの大男。
チェフの鎧と似た鎧を着込み、元の体躯が大きい為に厳つくみえ、更に険しい顔がソレを増長させている。
長年使い込まれてるであろう鎧には、無数の傷痕がある。しかし何ヵ所かはまだ他と比較すればくすんでおらず、新品に交換したか増設したようにも見える。
背中には大型の剣を背負っており、普通の人間には扱えそうにない。
俺が武器屋の親父だったら絶対こう言っている。
――"あんたにピッタリだよ"と。
剣は鞘に収まっているが、その鞘でさえ幅広く肉厚。明らかに叩き潰す事を主眼に置かれた武器。
本当に抜剣できるのだろうか?高校の時、リアルのギルに大太刀の抜刀を見せて貰ったが、かなり難しい事を覚えている。
彼我の距離は数メートル。お互いの顔がはっきり見える。
「私は地方都市シータス所属の地方機動部隊隊長、アドルノ・シュルツワだ!その変なものに乗っているお前は何者だ!」
野太くよく耳に響く声。
アドルノと名乗った男の後ろにいる連中からは殺気が放たれ、「少しでも変な動きをすればぶち殺すぞ」と言わんばかりの視線。
直ぐに抜剣して突撃するつもりか、片手を柄に添えている者もいる。
賊でないことはわかったが、もし突撃してくるのであれば、ブローニングM2の押し金に当てた親指を押し込むつもりだった。
『うるせー。こっちまでよく聞こえる』
『ルイスさんに確認してもらったけど、本人だよ』
ヘッドセットから伝わるギルの文句とアスカの情報を聞き、親指の力を抜く。
「俺らは仕事中の傭兵だ」
「身分証はあるか」
「身分証は無いが、身分を証明できる人物ならいる」
「ギル、頼む」
『了解』
無線機で呼ぶと、返事はすぐに返ってきた。
後部ドアが開き、ギルとルイス、チェフの三人が降りてくる。
ギルはルイスを斜め前を進み、SCAR-Hをローレディポジションで構える。セレクターは単発射撃に設定され、人差し指はまだトリガーガードに添えているが、何か起きれば直ぐに対処、いや処理する気でいた。
96式装輪装甲車の陰から出てきたルイス達にアドルノは驚き、騎馬から降りる。
「ルイス殿!?それにチェフじゃないか!」
「お久しぶりです、師匠」
チェフの肩に手を置き、"夢ではない"と厳つい顔が喜色に染まる。
殺気を飛ばしていた後ろの男達もルイス達の登場に驚き、剣呑とした雰囲気が薄らぐ。代わりに「何故あの人がここに」とヒソヒソと会話がなされる。
「一体何があった。それにこいつは?」
アドルノの視線の先には濃い緑の装甲車と、黒一色で不健康そうな男。
気だるげに見えるものの、溢れでる警戒心は名乗った時と変わらない。しかし警戒心の中にある暗器のような鋭い殺意は消えている事にアドルノは気付いた。
「それは私から説明しよう」
ルイスの声に小さな声が鳴りを潜め、96式装輪装甲車のアイドリング音だけが響く。
「帰省中、災厄化したオークが率いるオークの群れに奇襲された」
一度は安堵した顔がみるみると強張っていく。
「生き残ったのは私と妹のステラとチェフの三人。他の護衛は殺され、私も殺されるすんでの所を助けてくれた」
「そのオーク共は結局」
「彼らが一方的に全滅させた。その後護衛の遺品は回収し、遺体は彼らが埋葬してくれた」
一方的全滅させた。その一言に事の成り行きを見ていたもの達がどよめく。
「ただその後に通り雨に降られてな。黒い雷を見た。貴殿らがここに来られたのもそれが理由であろう?」
「はい。私達の方でも黒い雷が観測された為、ディザストロ討伐命令が降りました」
「だろうな。正直な所、私も参加したいのだがその前に屋敷に帰り、父上に顔を見せなければな。それに私の細剣がこれではな」
柄を握り細剣を抜く。しかし細身の刃は数センチしかなく、剣としての役割を果たす事の出来ない状態にあった。
出発する前に回収できる物は全て回収し、折れた刀身は鞘の中に納められている。使おうにも己の手を切る羽目になるのは目にみえている。
「部隊から護衛を出しましょう」
「いや、必要無い。彼らがいるし、災厄相手に数を減らす訳にはいかない」
彫りの深い顔が唸りを上げて渋く染まる。
「彼らは実力もあるし、信用できる」
「お待ち下さい」
アドルノとは違うどこか鼻につくような声。
近づいて来たのは明らかにインテリな若い男。銀髪碧眼、中肉中背でローブを羽織っており、中に鎖帷子と革鎧を組み合わせた物を着込んでいる。
見た目からしてマークスの正反対の性格に見え、更に目元だけを見ればキツネのようだ。
「(面倒くさそうなのが来た……)」
煙草を咥えるが、火を点けず天を仰ぐ。
「先程のルイス様のお言葉を疑う訳にはいきませんが、念のため魔結晶を確認させていただいても?」
本当に倒した証拠が欲しいらしい。後ろで何人かが同調して頷く。
ノンフレームの眼鏡掛けさせたら会社の人事部に居そうだなコイツ。
そんな事が思いながらもポーチの中を探れば、お目当ての品は直ぐにみつかる。
「おい兄ちゃん」
「なんだ」
「ホレ」
ポーチから出した魔結晶を放り投げる。
前降りもなく魔結晶を投げ渡す行動に目を見張り、落っことしかけるもののなんとか受けとる。
「(意外とおっちょこちょいかもしんねぇ。気のせいか?)」
男は魔結晶を陽の光にあてる。目つきは鑑定士が骨董品を見ているようだ。何度も角度を変えて確かめると、確信めいた面持ちで頷く。
「間違いないですね。取り巻きのオークの討伐証はありませんか?」
「あー。そこら辺なんも考えず全部焼いた。道沿いに進んでいけばまだ灰が残ってるはずだ」
「分かりました。後程確認しましょう」
「あー後そうだ」
「なんでしょう?」
「雷はそのあたりに落ちた」
般若面をまだ見やすくしたような顔の眉がピクリと動き、鋭い視線を向けられる。
一瞬、睨み合うが受け流すような態度を崩さない。
「嘘は言ってないようですね。それとコレはお返しします」
放物線を描いて舞う魔結晶。しかし重量があるせいかあまり飛ばず、装甲車の縁にギリギリ届くか届かないと言った距離。
内心慌てて腕を伸ばしキャッチすると、重量に落下のエネルギーが加算され、重く手にのし掛かる。
普段ならば難なく受けとめるが、いかんせん慌てて腕を伸ばした為か、力が入らず手の甲を角にぶつける。
かなーり良い音がした。そして痛い。箪笥の角に中指ぶつけたくらい痛い。
横目で投げた張本人を見やれば口角がほんの僅かだが上がっていた。
「(これから仲良くヤっていけそうだ)」
ぶつけた所を擦りつつも尋ねる。
「で、俺達はもう行って良いのかな?」
「えぇどうぞ」
アドルノは何か言いたげな顔をするが、部下達に道を開けさせる。
インカムのスイッチを押し込む。
「もうハッチ開けていいぞ」
『『はーい』』
ガチャリという音と共に上部ハッチが開き、二人が顔を出す。
「ルイスさん、装甲車を出すんで乗ってください」
「わかった」
三人が乗り込み後部ハッチが閉じられる。
「チャーリー、徐行程度で出してくれ。あんま吹かすなよ?」
「あいあいさー」
アイドリング状態からサイドブレーキがおろされ、ノロノロと動き出し、木々と騎馬の間を進み抜けていく。
次は地方都市シータスでのお話。
※しばらくドンパチはお休み。