八:96式装輪装甲車
森に挟まれた道を走る一台の車両。
マークス達は死骸を焼いた後、実験がてら支援要請にて車両を召喚した。
それは96式装輪装甲車と呼称される自衛隊車両の一種。一九九二年に陸上自衛隊で初めて制式採用された装輪装甲兵員輸送車でもある。
特徴として一番に分かるのが、タイヤの数である。一般人の乗る普通車が四輪に対しその二倍、八個のタイヤで構成されている為に一個二個パンクしても問題なく走行が可能。
さらに、基本的に二色からなる迷彩塗装ではなく、OD一色に増加装甲が取り付けられているため実質『Ⅱ型』といえる。
現在、後部ハッチ以外は全て開いており、金色と水色の髪が覗いている。
「…すごい」
「あぁ」
◆◇◆◇◆◇
――――移動する少し前。
ポリゴンが形成した≪WEPON BOX≫よりはるかに大きい鉄の箱。
「コレは……いったい」
開いた口が塞がらないとはこの事だろう。後の二人もポカーンとしたまま固まっている。
後部手動ドアを開け、念のため先に乗り込み確認する。両端に計十二人は座れるベンチシートと小さな覗き窓。少し進めば左に分隊長兼車長席、反対には銃手席、その奥にハンドルが見える。
特に変なものは見当たらない。
乗員室の天井に四枚ある小型上部ハッチを全部開ける。
「中に異常無し」
「あいよー」
チャーリーは操縦席ハッチを開け乗り込む。
「あヤベェ!!」
「どうした!?」
「ただでさえ狭いのに強化服着てるからケツ入んねぇ」
「痩せろデブ!」
「黙れペド!」
「早くしなさい!」
「「う~す」」
程なくしてエンジンがかかり、車体を揺らす。
聞いたこともない音と共に、鉄の箱が小刻みに振動し始めた事に驚く三人。
後部ドアを一度閉め近くのボタンを操作すると、駆動音と共に油圧式ランプドアが開く。
「お兄様。か、勝手に開いたよ」
「あぁ」
「怖がらなくて大丈夫ですよ。あれなら手、握りましょうか?」
「いや、遠慮しておこう」
「わ、私も大丈夫です。アスカさん」
「アスカ、でいいよ。ステラさん」
「私もステラでいいですよ」
「じゃあよろしくね、ステラ」
ニパッと笑うアスカに少し落ちついたようだ。安全なのがわかったが、それでもどこか恐る恐ると言った様子で乗り込んだ三人であった。
◆◇◆◇◆◇
―――そして現在。
操縦席のチャーリーは、ボカロを鼻歌で歌っている。
アクセルをあまり踏んでいないので、運転も雰囲気ものんびりとしている。
結局強化服は全員脱いで茶色のACU迷彩になった。
そういう俺はブローニングM2が取り付けられた銃座に腰かける。双眼鏡であたりを見渡すが、写るのは森と道と遠くの山々のみ。正直、暇だ。
後は車長席かベンチシートに座って、のんびりしている。
チェフを除いて……。綺麗な姿勢だがガッチガチに固まっている。
◆◇◆◇◆◇
特になにも起こらないので暇なアスカは実験ついでに出したチョコバーを齧っていた。
右を見れば立て掛けてある私のベネリM4にM72A7と実験で出したAKS-74U。
右斜め前は車長席でうたた寝してるギル。それから左にいくとまだちょっと落ち着いてないステラ、車内を観察してるルイスさん。
そして私の隣でキレーな姿勢で固まったまんまのチェフ。
のんびりしているけど暇だしなー。チョコバー無くなったし、どうしよう。このまま会話が無いってのもキツイし。
口の中を洗い流すついでに水筒の水を飲み干すと、空になった。
ふと、目の前のステラと目が合う。あ、そういえば。
「そういえばステラ。さっき魔法で焼くって言ってたけど、魔法使えるの?」
「うん、使えるよ」
「どんながあるの?魔法みたいなのは沢山見たことあるけど、本当の魔法は見たことがないんだ」
どんなのがあるか気になる。それはマークスも同じみたいで、顔はこっち向いて無いけど意識が向いてる。
すると、ステラは少し考えた素振りをする。
「だったら、私が使える魔法を見せる前に魔法の概要を説明するね」
曰く、この世界のありとあらゆる物に魔力という物質が宿っていて、そこら辺の石ころにもあるそう。でも大半の物は無いに等しい程の量なんだって。
で、人間や魔物は体内にある魔力を変換して超常現象、つまり魔法を起こす。
ただ個体差があるらしくて、魔法使いの素養はあっても素質が無くて駄目な人もいるらしい。
それにしても分かりやすい説明だね。頭にスッと入ってくるよ。
「そして次に説明するのはその人使える魔法の適性ね。これは色々規則性があって髪と目の色で決まるの」
「髪と目の色で?」
おうむ返しのアスカにステラは頷く。
「私は青色の髪と目だから水の魔法に高い適性があるの。お兄様のような金色の髪に青色の目は光と闇の魔法以外を使えるだけど、そこまで適性が高くないのが難点でね…」
「茶髪はどうなの?」
隣で固まったままのチェフを見て尋ねる。
「なぜかどの魔法にも適性がないの。でも、稀に土魔法に適性がある人がいて、重宝されてるよ」
いまいちピンとこないくて首をかしげたら、下水道の整備とか建築関係に携わってるんだそう。
下水道……あるんだ。
「最後にアスカみたいな黒髪だけど、それは勇者とその一族だけが持つ色で、どの魔法にも高い適性があるよ」
じゃあ、私もできるかな。そのうち"最強の魔法使い"とか呼ばれたりして。学園とかでイケメンと少女漫画展開とかありそう。
「ないない」
そんな事を考えてたら、マークスがにやつきながら否定してきた。ちょっと、心を読まないでよ。
「心は読んでない。顔に極太で書いてあるだけ」
黙れ変態。
「じゃああんたは何よ?エロゲ主人公とでも言うつもり?」
アスカがジト目で言い返すが、対してマークスはドヤ顔で答える。
「その学園の用務員」
「嘘つけぇ。不法侵入の強姦魔の間違いでしょ」
「それはアッチ」
そう言って指差したのは運転席。確かにアイツならヤりかねない。
そんな二人のやりとりにステラはクスクスと楽しそうに笑う。
「仲が良いんだね」
「産まれた頃からの付き合いだよ」
「兄弟なの?」
「違うよ。ただ切っても切れない呪いの黒い鎖で繋がってるだけ。それにもし兄弟だったとしたら、絶対私が姉」
「ペッ!」
眉間に皺を寄せてマークスは唾を吐くが、それを鼻で嗤うアスカ。
これ以上踏み込まない方が良い、と判断したステラは話題を戻す。
「へぇ。あ、そうだ、最後に魔法の実演したいんだけど、なにか容器とかない?」
「水筒でよければ」
そう言って空の水筒を差し出す。ステラは飲み口の上に両手をかざす。
「水球」
呪文が唱えられると、虚空からピンポン玉サイズの水が生み出され、水筒を満たす。
「初歩的なのだけど、これが魔法だよ」
少し飲んでみるとあんまりおいしくなかった。ミネラルウォーターと思ったら、精製水の味だった。おいしくない。
◆◇◆◇◆◇
下のやりとりを聞きながら見渡す。双眼鏡を覗いても風景は変わらず、空には鷹っぽいのが飛んでいるぐらいだった。
するとさっきまでなかった道の先に立つ砂ぼこり。走行中で危ないが、立ち上がる。
「チャーリー、止まれ」
「どうした?」
「前方に移動する集団がいる。このまま行けば五分もかからず接触する」
「りょーかい。止まるぞ」
徐行程度で移動していてため、すぐに停車する。車長ハッチからギルも顔をだす。
「どんなのが来た?」
「騎馬だ。数は三十ぐらい。先頭に男性、約二メートル、髪は茶、鎧を着た筋肉モリモリマッチョマンの変態なおっさん」
「何がなんでも戻ってきそう」
「ジャジャンジャンジャジャン♪」
「戻ったぞ!」
マークスのどこかずれたBGMに、某俳優の真似をするギル。
「後、魔法使いのカッコした若い兄ちゃんとかがいる」
「くわしく!」
振り向けば、今の状況説明に銃座までヨダレを垂らしながら登ってくるアスカ。双眼鏡をひったくると食い入るように覗くが、微妙に高さが足りないらしくジャンプし始めた。しかしそれでも足りなく、こっちに顔が向く。
「肩車して」
「ハイハイ」
おとなしく屈み、跨がったアスカの両足を脇に挟んでしっかり固定する。
「よっこらせッと。どうだ?」
「やっぱ、おっちゃんが攻めかなぁ。でもお兄さんが下克上するのもいいなぁ~。ゲヘヘッ」
「おい!涎垂らすな!」
「ゑ?ゴメンゴメン。……じゅる」
下から声が上がる。
「アスカぁ、巨乳のお姉ちゃんは~?」
「んー、いい男しかいない」
「チッ!!」
こっちまで聞こえてくる舌打ち。その後はエンジン音でよく聞こえないが、ブツブツ言ってるのは間違いない。そんなにハーレムが作りたいのか……。
対して二人の会話から今の状況を考えるギル。あまり情報が足りないので、同じ思案顔に尋ねる。
「ルイスさん、なにか心当たりはないですか?」
「賊か、あるいはシータスの地方機動部隊かもしれない」
「ディザストロ専門の討伐部隊…ですか」
「そうだ」
「賊だった時は殲滅、もしくは強行突破します」
「わかった」
「マークス、聞いてたとおりに」
「おう」
ギルが依頼人に了承を得たので、アスカを下ろしてブローニングM2のチャージングハンドルを引く。
「アスカ、ハッチを全部閉じて」
「はいはーい」
「チャーリー、いつでも出せれるようにしとけよ」
「オッケェ」
全読者へ、道端で非常事態だ。容疑者は男性、200cm、髪は茶、筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ。
◎ちなみに
アスカとマークスの誕生日は一日違いで、産まれた病院から高校まで一緒。それ以降は進路が別になったが、たびたびあっている。