七:護衛開始
「ふざけんなゴラァア!!だれもフラグ建ててねぇぞおおおぉお!」
――――オオォォオ
―――オォォ
――ォォ
『Kisyuuuaaaaaa!!』
チャーリーの怒号が森に木霊すると、落雷のあった方から絹を裂くような雄叫びが返ってくる。それは猫の威嚇に金切り声を混ぜたような音で、背筋に寒気が走る。
「ヤバくない?」
「マジヤベェな」
「音は光ってから一秒ちょっと後に聞こえたよー」
「となると五百メートル以内にはいるな……、おーし警戒怠るなよ。雷が落ちた方に注意」
ひきつった顔のギルと苦虫を噛み潰しながら笑うチャーリーに対し、冷静にこれからの方針を纏める二人。それぞれガスマスク以外の外していた装備を付け直し、マークスは通信端末を取り出す。
「念のために」
通信端末を操作しある装備を召喚すると光の粒子が集束し、≪WEAPON BOX≫と書かれた暗緑色の長方形のケースが形成される。
「ほぉ……」
「これは…一体……」
「……キレイ」
ケースの留め具を外し開ければ、二段重ねになった六本の筒が露になる。
それは『M72 LAW』と呼ばれる使い捨て対戦車ロケット弾で、小型軽量かつ安価簡便の個人携行対戦車兵器。
ベトナム戦争から導入され、対戦車攻撃以外にも対装甲車・対人・はたまた壁破壊等、手榴弾感覚で使用されており、現在でもその簡便さから一部では現役である。
マークスが取り出したのは派生型の一つで、一九六五年から採用された『M72 LAW』に幾度の改良を施したアメリカ海軍仕様の『M72A7』。
バズーカと間違われるがそれはまた別の対戦車兵器である。
スリングを伸ばし背負うと、ギルも一本取り出す。
「こんなに必要?」
「なんとなく、な。使わなかったらそれでいいが、問題はこいつが通用しない時だ」
「異世界人に対してはお気楽なのに、こういう時は慎重だね」
「当たり前だろ、死にたくねぇもん」
「それもそうだね」
「とりあえず、もう一本ほい。俺とお前で二本ずつな」
「りょーかい」
「あ、あの~」
災厄とか言う化物対策をしていれば、おっかなびっくりな声をかけられた。声の主を見れば、今の空のように綺麗な色が映る。
「どうしましたステラさん?」
両手に武器のギルが柔和な笑みで応対する。
「その、持ってるおっきな筒?みたいなのは……」
「これ?M72っていう武器ですよ。ちゃんとした手順を踏まないとただの筒ですけどね」
「これが…武器なんですか」
「持ってみます?」
「いいんですか」
妹の後ろにいるルイスにギルが視線を送り許可を求めると、頷かれた。こちらは興味津々といった様子だった。
「どうぞ」
ドキドキワクワク。そんな擬音が聞こえてきそうであるがマークスは無視して散弾銃手と機関銃手にも渡す。
「ほい」
「おう」
「ありがと」
「え?」
「は?!」
何事かと振り返ればぽかんとした娘と驚愕で固まった三人がいた。
「どうした?」
「いやランチャー渡して手を離したら、ほら」
もう一本を渡して手を離した瞬間、光の粒子となって消えてしまった。
「「「え?」」」
「What’s happened?」
チャーリーがネイティブな発音をするがそれどころでは無い。さっきそこにあったはずのモノが消えたのだ。
試しにさっきあった空間に手をやってもなにもない。端から見れば変なことしているマヌケだ。
「何で消えたし」
「いやわかんないよ」
「てかどこ行った」
「消失扱いかな?あと他に考えられるとするなら~倉庫に送られたとか?」
「あー、ちょいまち」
通信端末で倉庫内の並び順を"入手順"に変更すれば……、ない。
「ない」
「補給の欄とかは?」
「そっちは~、あった」
画面に表示される『M72A7』の文字。
「んー、これ他のアイテムとかはどうなんのかね?」
「と言いますと?」
「小銃に手榴弾、弾倉とかその他諸々、持たせたらどうなんのかって事」
「あーなるほどね」
通信端末を操作し、先ほどのより大きい≪WEAPON BOX≫が形成される。
留め具を外せばぎっしりとつまっているソレら。
ロングブレードのサバイバルナイフ、黒い鉈、M67破片手榴弾に消耗した分の7.62×51mmNATO弾の詰まった二十発弾倉、AKS-74Uとその空弾倉、先程無くなったM72A7が二本、その他etc……。
◆◇◆◇◆◇
ステラさんに協力してもらった結果、わかった事は三つ。
一、銃、砲、爆発物、NBC兵器類は渡せない。
二、但し、分解した部品は渡せるが、組み立てると消失する。
三、近接武器(ナイフ、鉈、バールのようなものやモンキーレンチ等々)、衣類、食料品関係は渡しても消えない。
「大方のこんなもんか」
「だね」
「そういえばよー、この後どーすんだよ」
のんびりとした口調でチャーリーが呟き、全員の視線が集まる。
「言われてみればなんも考えてなかったな」
「私達としては、早く屋敷に帰りたいのだがな。父上に報告せねばならん」
「そうですねぇ、ルイスさん。俺達を護衛として雇いませんか?今回は場合が場合ですんで格安にしますよ」
「ふむ、それはありがたい。報酬の支払いの詳細は……」
「仕事が終わった後でかまいません」
「では雇うとしよう」
「交渉成立ですね」
お互いに握手を交わす。スラッとしたなりだが、握った手はしっかりしており、剣だこがあった。
「結構鍛えてるんですね」
「私はいずれ父上の跡を継がねばならん。民を守るのは領主の務めだ。民の盾にならずしてなんとする」
その目には確固たる意志があり、なかなかに好感の持てる人だ。
「んで隊長」
「何?」
「具体的な行動方針は?」
「ソレについては、どうしよっか」
隊長のあまりものノープランぶりに全員がずっこける。
「参謀!後お願い!」
「あんたねぇ」
おもいっきり呆れ返る作戦参謀。いつもの事かと割り切り、思案を巡らせる。
「とりあえず、さっきの道に行こう。その後は実験を兼ねてビークルを要請して移動。ダメだったら諦めて徒歩だね」
「だそうですよ」
「了解」
「ルイスさん達もかまいませんね」
「ああ、かまわない。ただその"びーくる"というのは一体?」
「それはぁ、まぁ着いてからのお楽しみという事で」
◆◇◆◇◆◇
マークス達の行動方針が決まってからの行動は早く、湖から襲撃のあった場所に舞台は移る。
豚の死骸が腐り始め、血と糞尿の臭いがよりキツくなっている。
「臭い……」
鼻を摘まんでげんなりとしているアスカ。目にも刺激が来ているのか涙目である。
「焼いたほうがいいぜ。伝染病が起きたら目もあてらんねぇぞ」
「それは避けたいのだが、どうしたものか」
「お兄様、私の魔法で燃やしてはどうでしょう?」
「それは良い案だが魔力は持つのか」
道に転がる二十を超えるの肉塊。それも一つ一つが二メートルはある。
「あ、えと、ちょっと厳しいです」
死骸を見ながら考える。隣でもアスカが処理方法を考えて唸る。
「焼夷手榴弾で焼けばいいんじゃないのコレ」
「だな」