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GESU FOUR MAN ARMY  作者: 白黒 鈴
11/15

一○:妹


 なんか思い付いたので。


 シータス編?知らんな。


2020/3/18

 妹編三話を一話に統合しました。



 日は傾き、気温が急に下がり冷え込む中、市街から離れたとある道場。看板には”高山式抜刀術道場”。


 剣道着の少女が一人、幾度にも木刀を振るう。袈裟斬りからの斬り上げ、そしてもう一度袈裟斬り。その度に肩甲骨を隠せるほどに延び、一つにまとめられた黒髪が揺れる。


 短い動画を何度も何度も再生したかのように振り降ろされた木刀は同じ位置で止まる。

 美しくもある動作とは裏腹に心ここにあらずの顔。


「(お兄ちゃんが行方不明になって一ヶ月。失踪宣告書が出されてるせいで捜すこともできない。勤務地の国分駐屯地には休職願が出されてる。毎日電話してもつながらない。お父さんが伝手を使って調べてくれてるけど………)」



「(どこにいるの、お兄ちゃん)」



 木刀を握る手に余計な力が入り、剣筋がブレる。


 「先輩」


 少女は自分を呼ぶ声に意識が現実へと引き戻される。

 振り返ると白のセーラー服に、藍染めに黄色のチェックが入ったスカート。ショートに切られた黒髪と、人懐っこい顔立ちは同じ高校の後輩だった。


「師範がもう道場閉めるそうです」

「わかった、もう片付けるね」


 木刀を納め姿勢を正し、神棚に一礼する。


 道場の隅に向かい、戸を開ける。中には防具や竹刀、試斬台、木刀掛け等が置いてある倉庫だった。

 自分の木刀掛けに木刀を掛けて出ていこうとした時、ソレが目に入り足が止まる。


 掛けられた木刀の中でも異様さを誇る一本。隣にある自分の木刀に比べて長く、焦茶に染まったソレはもう、持ち主に振るわれる事は無い。


 触れると指先にうっすらと埃が付いていた。


「会いたいよ、お兄ちゃん」


 小さな声でポツリと呟かれる。聞けば誰しもが悲しんでいる事が伝わるもので、目には涙が溜まり始めていた。

 袖で目元を拭って切り換えると更衣室に足を進める。


 誰もいない更衣室は耳鳴りが起きてもおかしくない程に静まり返っていた。手早く制服に着替え、剣道着を教科書の入ったリュックサックに丸めて押し込む。

 忘れ物がないか確認した後、師範でもある叔父に挨拶し、道場を出る。


 外は暗く、冷えきった空気が肌を刺すようだった。昼夜の寒暖差が激しくなり始め、来週からは中間服でいこうと決める。


 お下がりの自転車は油が切れ始めたのか金切音をあげるものの、気にも留めずこぎだす。

 

 街灯と建物の明かりが照らす、静かな道を一人進む。


 やがてたどり着く我が家。築二十年になる二階建ての家はどこか色褪せて見えた。自転車をせりだした屋根の下に止める。施錠し、玄関に急ぐ。


 インターホンの上には"高山"と彫られた表札。


「ただいま」


 家の中はエアコンが入っているのか程よく暖かい。


「おかえり。今日のお昼はたりた?」

「売店で買い足した」

「あら、そう。ご飯出来るまでもう少しかかるから、先にお風呂入っちゃいなさい」


 長い黒髪を後ろで結んで、エプロンを身に纏った母。


 リュックを預け促されるままに風呂場に向かう。


 制服を脱ぎ、洗濯カゴに入れる。肩幅の合っていないTシャツも脱いでいき、薄桃色の下着だけになると、とても肉付きの良い体が露になる。


 毎日木刀を、時に実刀を振るい続けた結果、体幹運動によって引き締まって腹部は脂肪が少なく、うっすらと腹筋が割れているのが確認できる。


 それに対して胸部と臀部は別の意味で発達しており、下着が食い込み、その大きさを強調していた。


 窮屈な下着を力ずくに外し、洗濯ネットに仕舞う。


 一糸もまとわぬ姿。艶やかとも言える肉体に、たわわに育った大きな果実。ヘアゴムを外した長い黒髪の隙間からちらりと覗くうなじ、くびれた腰の下は綺麗な曲線を描く双丘。


 特定の年齢が好きな人と腐った人を除けば、誰もが羨む肉体。


 そんな美しい姿に対し物憂げな表情のまま風呂場に進む。


 熱いシャワーを浴び、汗を流し、体の隅々まで洗う。そしてもう一度泡の流し忘れが無くなるまでシャワーを浴びる。


 湯船に身を沈めると、湯に濡羽色の扇が浮かぶ。芯から温まる熱い湯だが顔色は一向に晴れない。


 少女の頭の中では失踪した兄の事が何度も思い返される。


 無限ループとも言える冷たい思考の海は心を凍てつかせ、火照った体を冷まさせる。



 ―――なんで?どうして?嫌だ。



 考えたくもないことが頭にへばりついて離れない。体を縮こませて寒さから守ろうとしても、意味は無い。


 そんな中、風呂場の戸を叩かれビクリと体が硬直する。


「ご飯できたよ。着替え置いとくから、早く上がっておいで」


 母の優しい声音にお湯の熱さが戻り、冷たい海は暗闇の奥底に鳴りを潜める。


 風呂から上がり、髪は大まかに、体はしっかりと吹き上げる。


 脱衣場に置かれていた着替えは自分の下着と男物のシャツとズボン。


 パンツを穿き、ブラを着ける。締め付けられた膨らみは少し動いただけで揺れに揺れ、"ブチン"の音と共に解放される。溜息と共に少女は諦めてブラを外し、ゴミ箱に投げ捨てる。


 ノーブラのまま黒地のシャツを取る。左胸に白文字で『Автомат Калашникова образца 1947 года』と書かれており、全体的にシンプルなデザイン。

 次にズボン。買った時は白かったズボンは使われ続けた結果、灰色にくすんでいた。

 上下ともにサイズが大きい男物がゆえ、体はすっぽり収まりかなりの余裕がある。


 残った水滴を拭き取り、食卓に向かう。



◆◇◆◇◆◇



 椅子が四脚並べられた食卓には三人分の料理が置かれており、母ともう一人、上下共に迷彩色の男が座っていた。


「ただいま」

「お父さん、おかえりなさい」


 角刈りの頭に強面の顔。手には缶ビール。父は仕事から帰ってきてすぐにご飯を食べるときは必ず飲んでいた。


「さぁ、ご飯たべましょ」

「うん」


 母に促され自分の席に座る。


「「「いただきます」」」


 手を合わせたら食べ始めていく。味噌汁、おかず、ご飯と。


「(味が全然しない)」


 母の料理に味付けがされていないのではなく、自分の味覚が消えてしまったのにも馴れてしまった。


「お父さん」

「どうした」

「お兄ちゃん…、みつかった?」

「いや、今日も進展無しだ」

「……そう」


 ここ一週間の夕飯時になされる会話はこれだけ。


 味のしない料理を直ぐに食べ終える。


「ごちそうさま」


 もう用はないと言わんばかりの口調。食器を流しに下げたら早足で二階に向かう。


 残された夫婦はここ最近の娘の荒れっぷりに揃って嘆息する。


「限界が近いかもしれんな」

「私はあなたが手を握ってくれてるおかげでまだ正気を保ててるけど、あの子の場合そうはいかないわ」

「暴飲暴食にふて寝で済んでいるあたりマシ、か」



◇◆◇◆◇◆

 


 階段を上がり、自分の部屋の隣の扉にすすむ。


 小さな部屋は天井まである本棚やデスク、シングルベットが場所を占めるので足の踏み場は広くない。壁には拳銃を構えたキャラクターが描かれたのゲームのポスターが貼っており、どれだけ熱中していたかがよく分かる。


 ベットに倒れ、枕に顔を埋める。日中母が干したのだろうか、布団を日に当てた特有の臭いと暖かさ。


 やがて少女は胎児のようにその身を丸める。




「(お兄ちゃん……会いたいよ、会いたい会いタイ会イタいアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイ)」




 少女の瞳から光は消えかけていた。



◆◇◆◇◆◇




 土曜日の朝。大半の人間がまだ寝たいと布団を被り直す午前六時半前。


 カーテンの隙間から、まだ暗いながらにも朝日が差し込む。照らす先は、無垢な表情で眠る少女。


 だがしかし。そんな静かな朝の一幕は、朝六時半を告げる機械音に壊される。

 目覚まし時計の騒音に反応して、少女は身じろぎする。半分無意識のまま、音の発生源に手を伸ばして止める。


 仰向けになり、大きく体を伸ばすと、動きに合わせて大きな二つの山が揺れる。

 時間を確認しようと手に取ると、自分の部屋に置いてある筈の目覚まし時計。時刻は六時半を過ぎようとしていた。何故ここにこの時計が有るのか疑問に思うが、直ぐに頭から抜け落ちる。


 無理矢理体を起こし、ふらふらと部屋を出て階段を下りる。


 洗面台で顔を洗い、針鼠のような寝癖を梳かしていく。跳ねた髪が無くなれば、ヘアゴムで一本にまとめる。

 歯を磨き口をすすぎ終わる頃には、空腹で寝惚けた目も覚める。


「おはよう」

「おはよう。朝御飯、もうできるよ」


 大時では朝からニコニコと上機嫌な母がフライパンの中で暴れる厚切りのベーコンをひっくり返し、その横に卵を二つ落とす。


「あ、おはよう」


 父はとうに朝食をすませて、新聞を読んでいた。ただ、その横顔は大規模演習から帰ってきたかのように疲れて見えたが、少女は気にも留めない。

 少女は気づいていないようだが、父親の顔がやつれているのに対し、母親の顔は何時にもましてツヤが増していた。


「今日は居合の昇段審査でしょ。はい、しっかり食べときなさい」


 テーブルに並べられたのはカリカリに焼けた厚切りのベーコンと、軽く塩コショウの振られた目玉焼き。きつね色のトーストは香ばしく、食欲をそそる。


「もうそんな時期か。合格したら何段になるだっけ?」

「三段」

 

 トーストにバターをたっぷりと付けて胃に納める。濃いめにしてもやはり味はしない。


「お父さんは休みだから送っていこう。会場、どこだい?」

「第二高校」

「あぁ、第二か」


 二枚目のトーストは目玉焼きを載せて齧る。断面から目玉が半熟だったために黄身が垂れる。



◆◇◆◇◆◇



 朝食後は自分の部屋に戻って、紺色の生地に紫の線が入ったジャージに着替え、リュックに入れたままの教科書を机に置く。必要なモノが入っているのを確認し、階段を降りる。


 玄関には、包みを持った母が待っていた。


「はいお弁当と、おにぎり」


 渡された弁当とおにぎり包みをリュックの底にしまう。


 年季の入り始めたスニーカーを履き、白のハーフヘルメットをとると、玄関を出ると一台の大型バイクが出発の時を待ち望んでいた。


 特徴的な四角いヘッドライトで、車体をライムグリーンに塗装されたバイク。燃料タンクに会社名の『kawasaki』、シートの下側には『ZRX1200R』と刻印がある。


「最近乗ってなかったから調子悪いな」


 父親はスタートボタンを押してエンジンをかけようとするが、"キュルキュル"の音だけで一向にエンジンがかかる気配がない。一度燃料コックなどを確認してからセルモーターを動かそうともう一度始動(スタート)させるが沈黙したままである。


「バッテリーが死んだかな?おーい寝坊助~起きろ~」


 そう言いながらバッテリーの近くとエンジンを軽き、セルを回す。二回ほど押し続けた時、遂に鋼鉄の馬の心臓が爆音を上げて拍動し始める。

 最初は不規則に爆音が響くが、直ぐに安定した静かな音に変わる。サイドスタンドを立ててエンジンが暖まるのを待つ。


 待つ間に父親は手袋を嵌めて、灰色のフルフェイスヘルメットを被る。エンジンの静かな音に力強さが加わると二人乗り(タンデム)用の足場(ステップ)を展開して跨がる。アクセルを何度か入れて完全に暖気が終わったのがわかると、サイドスタンドを畳んで両足で体勢を維持する。


 少女もハーフヘルメットを被って、父の後ろに跨がる。両脚でバイクを挟んで、手は父の脇腹に添える。


「しっかり捕まってね」


 愛する娘からの返事は無く、代わりに腰に当てられた手の力が強くなる。それに満足した父親はクラッチを握ったまま、ギヤを入れてアクセルを徐々に開ける。


「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」


 少女の母が手を振って見送る中、クラッチが入れられたZRX1200Rは進み出す。


 住宅街を抜けて農道へ。そのまま主要道路に侵入して信号を右に曲がり直進。次第に父親の勤務地である駐屯地が見える。駐屯地を突き当たり左折し、しばらく進むと、会場の高校の正門が見えてくる。対向車がいない事を確認した少女の父は、右折ウィンカーをだして正門をくぐる。


 朝の高校は制服を着た生徒は見当たらないのにも関わらず、駐車場は満車状態。乗って来たのは昇段審査の関係者と他の部活動の保護者ぐらいで、バイクで二人乗り(タンデム)してきた少女にはあまり関係はない。


 ロータリーをゆっくり回って停車する。少女が降りると、父親はエンジンを止めてサイドスタンドを立てて降りる。

 ハーフヘルメットを脱いで父に渡すと、バイクのシートを開けて収納ボックスに直す。


「じゃ、試験頑張ってね」


 そう言って父親はエンジンをかけて走り去る。


 残された少女は駐車場に止まっている一台のバンに足を向ける。すると残り数メートルのところで運転席のドアが開く。


「おはよう。待ってたよ」


 出てきたのは叔父でもある師範で、後部ドアを開けて細長い袋を取り出す。若葉色に梅の花が刺繍された刀袋。銀色の鈴がついた黄色の房紐で結ばれた中身は、幼少期に居合を習うようになってから握っている刀。


 受け取った少女の手にはとても重いモノだった。


 少女が感傷的な気分におちいるなか、自分の刀袋と荷物を取り出していた叔父の視界にあるものが映る。


「アレ?何でこれが?」

「どうしたの、叔父さん」


 振り返った叔父の手には、墨で染め上げた黒い布地に白い鴉が刺繍された刀袋。それも少女の刀袋と同じ銀色の鈴のついた黄色い房紐で結ばれているが、少女の持つ袋より明らかに長い。


「それ、お兄ちゃんの……」


 一年以上前に兄が演舞で使った時以来に見たソレは少女を強く惹き付ける。


「(お兄ちゃんの………。お兄チャンオニイチャンオニイチャンオニイチャンオニイチャン)」


 暗い闇の奥底に鳴りを潜めていた海が、冷たい波となって少女の心を襲う。


「叔父さん。お兄ちゃんの大太刀、使わせて」

「いやぁ、流石に駄目…だ……よ」


 やんわりと断って更衣室に向かうように促そうとするが、姪を見て叔父は言葉を失う。


「ツカワセテ」


 少女に光の消えた瞳で叔父を睨み、大太刀を奪おう手を伸ばす。異常な目をした姪に渡してはならないと後退るが自分のバンにぶつかる。逃げ場を探そうとするが、時すでに遅く、細い手が大太刀を掴む。


 せめてもの抵抗をと、力を込めた。



――――瞬間。



「ツカワセテヨ」



 今まで一度も姪から感じたことの無い、凍りつくような殺気と尋常ではない威圧感に思わず手を離してしまう。大太刀を手にいれ、恍惚とした表情で頬擦りする姪の姿に、叔父はよろよろとへたりこむ。


「アリガトウ、オジサン」


 その言葉に身の毛がよだち、全身から冷や汗が吹き出るなか、叔父をおいて少女は歩き出す。その後ろ姿はまるで玩具を買って貰った子供のようだった。




◆◇◆◇◆◇




 少女が指定された更衣室に向かう最中、不思議なことに通路に人は誰もいなかった。


 少女は自分以外人間の気配無い事が分かると、自分の刀を脇に挟み、黒い刀袋を結ぶ黄色の房紐に手を掛ける。

 刀袋の房紐をほどくと、現れる赤い柄巻き、所々金箔の剥げた鍔、黒塗りの鞘。それは見間違うことなき兄の大太刀。刃渡りは四尺(約百二十センチ)近くあるわりに刀身の反りは深くなく、重量は拵えを入れて約三キロ。抜刀するだけでも長い鍛練と高い技術力が要求される、使い手を選ぶ特殊な大太刀。


「お兄ちゃんの大太刀。フフッ」


 刀袋から露出した大太刀に口角が上がり、愛おしく抱き締める。



 少女が喜びの絶頂にある時、それは起こった。



 頭の上と足元に幾何学模様の魔方陣が現れる。円の内側には謎の言語で文字が書かれており、魔方陣は色を増しながら回転を始める。


 反射で脚が動き、逃げようとするが、影のようにまとわりついて離れない。


 回転は時間がたつにつれて速くなり、輝きが強くなる。


 逃げられない事を少女は悟ると、大小二本を両脚に挟み、背負っているリュックの肩ベルトを引っ張り、余裕のあった背中とリュックの隙間をなくす。次に二本とも刃が下向きになるよう、刀袋ごと左脇腹とリュックのベルトの付け根の間に差し込んで固定する。

 しかし大太刀の鐺が重みで垂れ下がりバランスが崩れるので、他の調節用ベルトで縛って吊り下げる。

 最後に自分の刀袋の房紐を手早くほどき、鯉口まで剥き出しにすることで、とりあえず抜刀が可能な状態に持ってくる。


 対策が終わる頃には二つの魔方陣は更に回転を速め、閃光を放つ。目を閉じてもなお強烈な光に、少女の意識が白一色にかき消される。


 閃光が消えた後、そこに少女の姿はなかった。


 

 少女は謎の魔方陣の光に包まれた後、目を開けるとそこは白一色しかない謎の空間だった。

 見上げても空は無く、果てに地平線も無い。雪景色の世界なら凍える寒さの筈だが、此処の空気は生温い。


 周囲を確認しようと振り返った先に一人の青年がいた。

 短く切られた白い髪に黄金の瞳。童顔は小麦色に焼けており、どこか危うさを感じさせる雰囲気は近寄りがたい。


 少女は音がしないよう、尚且つ相手に判りづらく静かに鯉口を切る。


「初めまぁぁぁあ!?」


 微笑みを顔に貼り付けた青年は、少女を歓迎しようと近付くが、無言の居合斬りによって驚愕に変わる。


 鯉口を引っ張り肩ベルトの付け根まで持ってくると同時に、腰を右に捻ってからの抜刀。相手の右脇腹から左肩に切り裂く左切り上げは、威嚇の為に少し上に放つも避けられてしまう。しかし青年を恐怖させるのに充分だったようで尻餅をついていた。


 切っ先を青年の首に添え、冷たい瞳で青年を見下ろす。


「貴方が何者で、何の目的があるかは知らないけど!今すぐ帰して!」

「あー、それが」


 青年の目は泳ぎ、歯切れの悪い口調で答える。


「もうこっちに喚んじゃったから、それは出来ないんだ」


 少女の怒声に申し訳なさそうに手を合わせて謝る中、刀を大上段に構える。

 冷徹な瞳に光は無く、代わりに殺気がギラつく。

 その姿は振り下ろすのは辞さず、青年を正中線に添って二つに割る勢い。


「言い残すことは、無いね」


 相手の意思を無視した口調はとても恐ろしく、身の毛がよだつ。青年は怯え、冷や汗を大量に吹き出しながら、少女を止める。


「待って!待って!お願いだから話を聞いて!」

「なんですか?」


 刀を握った手はそのままに、峰を肩に預ける。

 通常、大上段で構え続けるのはかなり体力を消費する。こうすることで体力の消費を抑えつつ、振り下ろせば首を撥ね飛ばすことはできずとも、喉笛を裂くことができる。


「手短にお願いします」

「僕は神様をやっている者なんだけど、邪神が僕の大事な箱庭を壊そうとしているんだ。どうか助けて欲しい」

「嫌です」

「即答!?」

「当たり前です。貴方は見ず知らずの他人に、いきなり大切なものを寄越せと言われて『はい、わかりました』と渡せますか?」

「渡せないけど、いきなり斬りかかってくる人に正論を説かれてもねぇ」


 少女は無言で構えを大上段に戻す。慌てた自称"神"は一つの提案を出す。


「じゃ、じゃあ箱庭を救った暁には君の願いを一つ叶えよう。例えば、君の探している人に会わせるとか」


 自称"神"の、心を見透かした言葉に少女は動揺する。直ぐにポーカーフェイスを保ち直すが、頭の中は大好きな兄が思い起こされ、どうすべきか思考する。


 どの道この神の言うとおりならば、少女は元の世界に戻ることは不可能。なら状況を変えるには青年の提案をのむ他無い。だが信用することが出来ない。


 一時の黙考の後、刀を納める。


「いいでしょう。ただ」

「ただ?」

「仮に貴方の箱庭と言うものが救うことが出来なくても、絶対に私を元の世界に戻してください。でなければ、何が何ででも貴方を殺します。必ず」


 有無を言わさぬ冷徹な瞳に、神は冷や汗を浮かべながら、何度も顔を縦に振る。


「わ、わかったよ。ただ箱庭に行くなら先立つものがあるから、渡しとくね。まず言語能力。後はその二つの武器を強化かな」


 立ち上がりながら手の平程の大きさの魔方陣を三つ展開し、少女に飛ばす。


「はいこれ。これを持って召喚されると、能力と強化が発動されるようにしてある」


 魔方陣は少女の前で止まる。


「それじゃあ、箱庭に送るよ」


 この空間に誘拐された時と同じ、頭上と足元に魔法陣が展開される。



「頑張ってね」




 魔方陣が閃光を放つ。



◇◆◇◆◇◆




 少女を送り出したあと、自称"神"のいる空間に一人の女性が立ち現れる。


 年の頃は二十か、そこいらの淑女。古代ローマのポンパロールさながらの服からは、少女より大きな谷間が露出。背中を覆い隠す程の長い桃髪とサイドアップに、肩甲骨の下から白い翼が生えた姿は、まさしく天使。


「こっちも終わったよ」 


 事後報告なのに甘く誘惑する声。そのたった一言で幼い顔が色欲に溺れた獣に変わり、大峡谷に飛び付く。そんな本当に神なのか怪しい獣を女性は優しく受け止める。


「良く頑張ったわね。あなたを害する野蛮人との契約なんて守る必要無いわ。後は私に任せて」


 光の無い濁った瞳で青年を抱き締める。恍惚とした顔で。

 自称"神"は女性の服を引き裂いて豊満な肉体を貪り始める。


「そうよ。あなたは私だけ見てれば良いのよ。他のことは忘れましょう」


 白い空間は暗くなり、二人の姿は闇に溶けて消える。




◇◆◇◆◇◆




「成功だ!」

「やったぞ!」


 目映い閃光に意識をかき消された後、聞こえてくる歓声。目を開けた先には諸手を上げて喜ぶ人々。

 肌、目、髪の色は様々で、格好もイギリス近衛兵さながらの赤い軍服の者から、腕章を外したナチスドイツのSSの制服に動物の耳を生やした女性、と中々に国際色豊かな光景。


 隣には通っている高校の制服を着た少年がいた。


「(人種は違うけど、お父さんとお母さんの正装みたい)」


 周囲を眺めていると、恰幅の良い初老の男が近づいてくる。

 橙色のスーツに太い金の飾緒と幾つもの勲章を付けた、ド派手な格好から相当のお偉いさんである事が分かる。


「初めまして。私はこの国、ローシン王国を統治する国王、ローシン・コフスカヤ・チェンタウロです。貴方方の御名前は?」

「俺は大牟田おおむた 与太郎よたろうです」

「貴女の御名前は?」


「私は……」


 名乗る事に躊躇ってしまうが、意を決する。




「私の名前は高山たかやま 末晴すえはる





 もう手遅れでヤバイ人。


設定

 少女

 お兄さんが行方不明になってから兄成分オニイニウムが足りてない。おかげで満たされない飢餓感に襲われ、暴飲暴食に走る。結果、急激に体が成長した。


 少女のお母さん

 専業主婦で予備自衛官。現役の時は格闘記章持ち。第一空挺団でも敵わないくらい強い。美人。少女の悪癖はこの人から譲り受けたモノ。


 少女のお父さん

 現役の自衛官。しかも偉い人。CQCの訓練中に今の奥さんに一目惚れされて強襲(告白)された。苦労人。

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