招待
「ん…」
うっすら開けた視界から、青白く眩い光が入ってくる。周囲が白くモヤがかかっている。どうやら眠っていたようだ。岩間に波打つ水の音と、ほのかに香る磯の匂い。ゆっくり上体を起こす。
「いっ…てて…」
その反動で首が物凄く痛む。一体何が…
徐々に視界がはっきりして、辺りを見渡すと、僕と同じように目覚めた人、まだ眠っている人、僕より早く起きたのだろう、既に歩き回ってる人までいた。
何より驚いたのが、ここは恐らく島だった。僕らのいるここは砂場か広がり、少し先には水平線まで見通せる海原。後ろには、木々で軋めく森地帯が広がっている。
「なんなんだ…ここは…」
その時、背後から声をかけられた。
「おいお前、知ってる事全部吐きな。隠し事しやがったら殺す。」
こいつは確か、見覚えがある。
「おい!聞こえなかったのか?知ってる事、全部言いやがれ!」
「待てよ誠二、何もいきなり突っかかんなくてもいいだろ。ここにいる奴ら、皆状況は同じだと思うぜ。」
そうか、誠二って、あの国際指名手配犯の殺人鬼、井上誠二か。どうりで見たことある顔だった。
「大丈夫かい?ごめんね、彼、すぐ気が立っちゃうみたいでさ。俺は村上和人だ、よろしくね。君の名前は?」
「えと、成瀬です。瑠衣…です。」
この人は井上誠二の知り合いなのだろうか。妙に親しげというか、ともあれ良い人そうだな。
「ふーん、成瀬瑠衣…ねぇ。」
なんだろう、この含んだ言い方は。
僕はこの時、村上和人という人物にも覚えがあることを思い出した。途端に顔が強ばってでもしたのだろう、村上和人が口の端で微かに笑った。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。何も取って食おうなんてするわけじゃないんだから。ね、現在逃亡中の麻薬密売王グループの運び屋さん。」
やはりそうだ。僕を知ってたんだ。同時に僕も知ってる。中国マフィアとの売買の時に、相手方のお付きとして居たサンとかいう男だ。
「おい村上!やっぱしだ。こいつも強盗罪で札が回ってる犯罪者だ。」
井上誠二は変わらず聞いて回ってるようだ。
「あいよ。まぁ、そんな事だろうとは思ったけど、案の定か。」
僕は未だに現状を把握出来ずに戸惑っていた。
「あの、何が起きてるのか、知ってるんですか?」
村上和人は言った。
「あのね、僕達は恐らく、拉致された。でも、その時の記憶が全く無い。君もそうでしょう?」
確かに、言われてみたら何も思い出せない。いつからの記憶が無いのかもあやふやだ。最後の記憶は、思い出せる限りでも、二月九日の夜、後輩と食事をしていた部分。だがそれも、経過した時間が分からない今、どのくらい前なのか一切割り出せない。
「とりあえず」
村上和人が続けて言う。
「皆!済まないが、ここに集まってくれないか?」
そう言うと手を叩いて注意を促す。
そういえば、既に全員目覚めていた事に気付いてなかったみたいだ。
しかし、どれも見た事のある顔ぶればかり。そう、指名手配犯揃いの犯罪者達だ。
「ええと、まずは人数確認しちゃいたいな。ひい、ふう、みい…」
数を数え始める村上和人。
「うん、僕も合わせて20人。さて、どうしたものか。」
と、その時どこから現れたのか、森の方から砂を踏む重い足音が聞こえ、全員一斉に音のする方へ目を向ける。そこには2メートル以上あるような大男と、その横に並ぶ小さい少女。
大男は、顔に麻袋のようなものを被り、両目の位置に雑な穴が開けられており、背中には大きな刀を背負っている。かなり大きい。刀身だけで体の半分以上もある。
反して少女は、身の丈も大男の半分も無く、肌が白くブロンドの髪は腰まで伸びている。とても綺麗な容姿だ。目はオッドアイなのか、左右で色が違う。
皆、僕と同じように人物分析に忙しく、何も口にしない。いや、出来ない、の方が正しいかもしれない。
「あのぉ…今何が起きてるのかわかる方ですかぁ?」
突然、1人の女性が群れの中から覚束無い足取りで挙手をしながら出てきた。妙に堅苦しい話し方で割って入ってきたこの女性は、三浦紗枝、もちろん犯罪者だ。
「あのぉ、一体なにっ…」
その時、大男が凄まじい速さで背中の刀を抜き、三浦紗枝のおどおどした挙手の手の平目掛け、真一文字で弧を描く。
地面に落ちる5本の指。同時に悲痛な叫びをあげる三浦紗枝。
「我に近付こうとしたでな、こやつの防衛本能により威嚇したまで。騒ぐな。こやつを焚き付ける事になるぞ。」
大男が刀を集団に向けるのと同時に、皆が慌てふためく前に、少女はか細く、それでいてよく耳に届く透き通った声で静かに言う。
「うむ。それで良い。」
騒ぎにこそならないものの、どよめきを隠せずザワつく集団、その中で、痛みに悶えすすり泣く三浦紗枝。
そしてついに、僕らは地獄へと招待を受けた事に気付く。
「ではこれより、人狼サバイバルを行う。」