2-17 青の精霊核の地
私達は、ぞろぞろと連れ立って家を出た。
目的地はすぐそこなのだが、クララさん達は夜に到着し休む為に家からは殆どでていなかったので周辺の案内も兼ねた移動となった。
「えっと、まぁここは家なんですけど表に回ると私のお店があります。店の前の道を行くと、今はあまり大きくないですけど畑があるんですよ。畑の脇を通ってる用水路を辿ると、魔樹の根元にある泉までたどり着きます。そこが目的地なんですけど…見て周りますか?」
「聖女様、大丈夫ですか?」
クララさんの状態を確認するべく、スマリナさんが声をかけた。修道院の療養所に勤めていたスマリナさんは、クララさんの周辺のお世話や容態の確認を主に置いて動いているようだ。
幼馴染のジオディットさんは、その際の補助としてスマリナさんと行動を共にしている。クララさんに行動に補助が必要になると手を貸すのが仕事の様だ。
白薔薇騎士団の皆さんは、貴族平民に問わず関係が良好だ。恐らく、ヴィドルシス教皇国を出る際に残ったメンバーが団長ナサメアさんの言う信用のできない人達で、同行したメンバーは平民であろうとも同志なのだろう。
奴隷制度を知った時、扱いの酷さから貴族もきっと禄でも無いと決め付けていたが全てがそうではないのだと、当たり前の事を意識した。国民は守るべき民であり、手足ではない。そんなクララさんの考えからもアステア王国は素敵な国であったのだろうと思う…。
「大丈夫ですよ。折角今は調子が良いのです、少し歩かせて下さい。」
クララさんが優しくスマリナさんに語り掛ける。
「では、家の表に回りましょう。こちらです。」
「アディさん、このご自宅には店があるのですか?他に住民がいるのですか?」
「あー、いえ…お店は趣味で作った物で…開店から6年、お客さんは0名です。あはは…」
チェルシーさんの問いに答えると、奇怪な顔をされた…。ですよねー。普通そうなりますよねー…。誰もいないのにお店を構えるなんて、ちょっと頭可笑しいと思われてもしかたないですよね…。
「そ…、そうなのですか。…しかし、お店を持つと言う事は住民の受け入れも視野に入れているという事ですよね。開拓団の様に一定の支援もなくそれを志すとは…アディさんは、やはり素晴らしいお人です。」
「あ、いや!そういう訳でも…その…」
「住民の受け入れを考えていないのにお店を構えたのですか?」
趣味を生かした雑貨屋さんをやりたいと言う、私の前世夢をめちゃくちゃ先走って立ててしまった店舗兼自宅…。一方で、この場所を守る為侵入者を拒む姿勢…言われるまでこの矛盾に気が付かなかった…。あれ、私って凄い阿呆なんじゃ…私の使命と夢の方向性が、他方向を向いているぞ…
返答に困っていると、店の前を通りかかったロンが声を掛けてきた。
「あのよ、貴族様よ。アディ姉は、阿呆なんだよ…何も無い所から、精霊様の知識だけで一人で8歳まで生きてきたんだ。常識とかそういうの全部すっとばして、精霊様に言われた「此処を守る事」と「楽しく生きる事」の両方をやってる。そこの矛盾は、どうでもいいんだ。俺等は、アディ姉を助けて一緒に生きる。それだけだ。あんま困らせないでやってくれ。俺、人族の貴族とか慣れて無くてよ…、無礼だったら謝るよ…じゃあな。」
それだけ口にすると、プイと顔を背けて抱えていた藁を担ぎ直し馬の繋がれた柵へと向かった。阿呆って…阿呆ってっ!ロンのくせにっ!矛盾してるの知ってるなら教えてくれてもよかったじゃんっ!ムキーッ!!後で、尻尾握りの刑だっ!
私の憤慨を余所に、クララさん達は顔を見合わせ堪えきれずに笑い出した。え?なんでっ!
「いやいや、すまぬ。アディ殿。神の使いであっても、人族の子。改めてそう思ってしまってな、あまりにその…可愛らしくてな。」
「わたくし、声に出して笑ったのは久方振りですわ。ごめんなさいね、アディさん。では、わたくしたちがお客様第一号の誉れを頂きましょう。後ほど、宜しくお願いしますわ。」
「あ、はいっ!では、畑の方にいきましょう!」
やったーーー!お客さんだっ!苦節6年っ!ついにっ!よしっ!さっさと色々済ませて、案内しなきゃっ!!
「ここが、うちの畑ですっ!私の"大地豊穣"に組み込まれているので、だいたいいつも実ってます。手に入れた作物が夏野菜系ばかりなので、小麦を中心にトマトと瓜とトウモロコシしかないんですけどね…。森に行けば、木の実やきのこ類も手に入るので不自由はしてないです。」
「うわーっ!私が故郷に戻ったら、他のお野菜の種を届けるよ!うちの両親、農場で働いてるんだっ!こんなにいい畑、見た事ないよっ!もっと色々植えたらすっごいいいと思うっ!…あっ、いいと思うですっ!」
「本当ですか!?ジオディットさん、ありがとう!お芋ありますか?あ、敬語なんかいいですよ。私、貴族じゃないし。」
「でも、神様の使いだし…そういう訳には…」
そう言いながらジオディットさんは、団長のナサメアさんをチラリと見た。
「ジオディット。君が、そう振舞えるならば構わない。我等は、友となった。そこに身分は無い。私は…、貴族出身だからね、なかなか言動を正す事ができない。これは、生まれながらの事だから仕方の無い事だ。特に、君とスマリナとアディ殿は同じ年だ。君達が率先してくれれば、我等も助かるよ。」
「団長っ!任せてくださいっ!」
やっぱり、昨日今日で普通に友として振舞うのは中々に厳しいものがある。少しづつ、そうなってくれたらいいなぁ~きっと皆は、私の見えない身分を重く捉えるんだろう…まずは、平民で同じ年のスマリナさんとジオディットさんと仲良くなる事からはじめるぞっ!
「えっと、じゃあそろそろ次いきましょうっ!戻って泉までいきますね。」
「そこが、わたくしが行くべき場所なのですね。一体、どういう事なのでしょう…」
「お爺ちゃんのあの事だけだと、なんとも判断し難いですが…クララさんの病に関する事か、加護絡みじゃないかなとしか…」
「この森に来てから、悪化し続けていた病が和らぎましたが、加護が関係するとは…」
「私は、神様から精霊様に当てたお手紙ですが、その際にある物を持たされていました。精霊様、全ての力を失うと一度消えてしまいますが、100年掛けて核として産み落とされるそうです。その核を、他の精霊様が保護し育て、また精霊様としてこの地に戻るそうです。」
「そのような事があるのですね。」
「不思議なお話ですよね。でも、事実です。そして、此処がこの地に戻る為に作られた…【青の精霊】様の泉ですっ!」
全員の足が、揃って止まった。【青の精霊】様の泉は畔まで来ないとその力を感じる事ができない。最初は生活の一部になりすぎててその神聖さを感じずにいたが、森を離れる様になった頃からこの泉が特別であるという物を感じるようになった。
「これは…此処にヴィラシス様がおられるのですかっ!?」
クララさんが珍しく声を荒げた。きっと、自分の内にある加護の残滓に近い魔力を既に感じているのだろう。興奮した面持ちで、両手を胸の前で組み食い入るように滝を見つめている。
「私が、その手に持っていたのは【青の精霊】様と【赤の精霊】様の精霊核でした。それを目印に他の精霊様に見つけてもらえたんです。ここから、少し離れた場所に【赤の精霊】様の地もあります。今から100年程前、この死の大地ができたのはご存知ですよね?あれは、【赤の精霊】様の人族への怒りだそうです。そして、それを止めようとした【青の精霊】様と共にその力を失い、今精霊核として此処にいます。復活のその時まで…」
「あの、この泉に入っても宜しいでしょうか…」
「どうぞ、問題ないですよ。【青の精霊】様のお力で、常に浄化された泉です。決して穢れる事がないんですよ。」
「有難う存じます…」
そう告げるとクララ様は、手袋とスカーフを取った。そして、周りの目を一切気にする事なくワンピースをスルリと脱ぎ肌着のみの姿となって静かに泉に入っていった。泉に入る前に見えたその素肌は、痛々しくどす黒く変色し顔以外の大部分を侵していた…。
クララさんは、まるでそこに居るのが解っているかの様に泉を進み滝の所まで行き、緩やかに祈りの所作を行い滝の出る岩にその手を触れた。
すると、泉の水面がキラキラと反射し始め、滝の付近からゆっくりと波紋が何重にも広がり始めた。
「綺麗…」
誰かがそんな声を上げたが、誰の声かを確認する為に振り向く事ができなかった。
その美しい光景から目を離す事は、誰一人叶わなかった──────