2-6 忘れさられた名前
「よしっ!できたーっ!…字、間違ってないよね…」
私は、確認し終えたそれに熱を加え、小箱に慎重に押し当てた。
───ジューーーッ! 木の焦げる、よい香りがする…
「これでよし…やったっ!完成だっ!」
私は、小箱に刻まれた焼印を眺め口元を緩めた。ニヤニヤが止まらない。何故こんな事に気が付かなかったのか…これまでの自分に疑問を投げかける。
昨晩、何を作ろうか、何が喜ばれるだろうか、考えを巡らせている中でふと気が付いたのだ…
「あれ…私の雑貨屋さん…名前が…ない…雑貨屋に名前がないっ!!」
「贈り物は包装にも気を使わなくては」と巡る考えの中で思い立ち、包装紙について考えていて気が付いたのだ。お店の名前のテープとかあったらかわいいよなぁと…
そこからは必死で考えた。店の名前とロゴマークを。もちろん贈り物も。気が付けば朝だった…
明るくなって直ぐ、鉱石置き場に急ぎ作成を開始した。
そして、完成した。 雑貨屋「Mana Tree」
伝書燕に添える手紙には、素直にエルの事を書いた。妹が、燕とお友達になったのでまた来て欲しいという内容だ。色々考えたけどシンプルが一番。
添えるお礼の品には、クリスタルガラスの置物にした。置物といっても、4cmにも満たないサイズのブルーイロンデルモチーフの置物だ。高価な物を頂いたので見合う物をと考えたのだが、金属とアクセサリーを除外して考えた結果こうなった。丁度良いサイズの小箱に綿花の綿を詰めた。
その小箱の蓋部分に押された「Mana tree」の名前の入ったロゴマーク。
「フフッ…」
ニヤニヤが止まらない…考えさえまとまってしまえば、魔法であっという間だ!この勢いで、お店の看板とソニア母さんとエルの髪飾りを作らなければっ!そう意気込んだ時、工房の外からソニア母さんの声がした。
「アデールいるの?開けるわよ?今日は朝早いのね…」
「あ、ソニア母さん。おはよー」
「おはよう。ってアデール?もしかして寝てないの?」
「ははは…。わかっちゃう?」
「…それはそうよ。」
ソニア母さんは、困った顔で笑った。直に戻るからと工房を出て、戻ったソニア母さんはどんぐりコーヒーを2つ手に持って戻ってきた。どんぐりコーヒーを受け取り、息を吹きかけ少し冷まして口に含む。苦い…けど、おいしい。
「どう?落ち着いたかしら?」
「うん、ありがとう。そうだ、これ見て?どうかな?」
小箱からクリスタルガラスのブルーイロンデルを取り出し、ソニア母さんに手渡した。それを受け取り、目を細めて眺めている。
「駄目かな…?金のヘアピンとじゃ釣り合わないかな?」
「贈り物は価値じゃないと思うの。…でも、これはとても素敵よ。何かの水晶?」
「ううん、ガラス。ただちょっと密度が違うの。クリスタルガラスって言うの。綺麗に加工ができるんだよ。ガラスよりも丈夫なの。綺麗でしょ?」
「ガラスなのね。凄いわ。きっと喜んで貰えると思うわ。」
「よかったー!なんかホッとしたー。」
「さぁアデール!今安心して眠くなってしまうと、生活が狂ってしまうわよ?みんなを起こして来て頂戴!朝ごはんを食べて伝書燕を送り出すまでは寝れないわよ?」
「そうだった。起こしてくるっ!」
3人を起こし、いつもの様に家族全員で朝食を取った。最近ソニア母さんのパンの腕前が凄まじい。機織や服作りの仕事はずいぶん前に取られてしまったのだが、最近は酵母作りもソニア母さんの仕事だ。酵母の種類を分け、使いこなしている…パン屋さんにだってなれそうだ。
今は眠気を堪え、朝食の片付けをエルと二人でやっている。
「エル。お礼の品と手紙が出来たよ。」
「そっかー、もうできちゃったのかー。さみしいけどしかたないね。」
「また来て貰える様に書いたから…また会えるよ。」
「うんっ!片付け終わったらハンネ連れてくるねっ!」
その後、家族全員でハンネを見送った。ハンネは元気にクララさんの元へと飛び立った。次来るのはいつだろうか…そんな事を思いながら空を眺めていると眠気が襲ってきた…
「眠い…」
「アデールどうした。眠いのか?」
「…うん、ちょっと熱中し過ぎて寝るの忘れちゃった…でも、まだ寝る訳には…」
「…そうか。それじゃあ、目の覚める物をあげよう。付いておいで」
「あーっ!エルもいくー!!」
ヴァン父さんに連れられ、エルと手を繋いで森を進む。ロンは今日の鉱石採取があるからと温泉の方へと向かった。
暫く森を進むと少し開けた場所にでた。そこには、低木に絡むように青い葡萄の様な実をつけた蔦が生えていた。
「葡萄…じゃない。なんだろこれ。」
「お父さん、これ食べられる!?」
エルの目がキラキラとヴァン父さんを見つめている。
「食べられる。だが…
ヴァン父さんが言葉を続けようとしたのを最後まで聞かず、エルはその葡萄のような実を口にした。
「…ぶえっ!まずいっ!なにこれっ!!」
エルが口に含んだ直後、眉をしかめ、一口噛んだ瞬間に吐き出した。ヴァン父さんが申し訳無さそうに言葉を続けた。
「食べられるが…ピリっとした絡みがあって、眠気に良いと思ってな…」
「お父さん!先に言ってよっ!」
先走ったのはエルの方なのだが、父さんはエルの頭をポンポンと撫で「すまん」と言っていた。お父さんが娘に弱いのはどこの世界も一緒だね。その様子を眺めつつ、先程の実に手を伸ばす。ヴァン父さんが折角教えてくれたのだし、一粒でも食べてみようと恐る恐る実に歯を立てる。
程よい歯ごたえと共に、鼻を抜ける香りとピリっとした辛さを舌に感じた…。これ…知ってる…。記憶を探り何だったかを思い出す…そうかっ!
「これっ!胡椒だっ!!ヴァン父さん凄いよ!大発見だよ!!」
「そうなのか?」
「うんっ!これで料理の幅が広がるよっ!」
「えーっ!?これ食べるの?まずいよっ!?」
「コレそのままじゃ食べたら辛いけど、加工すると料理のアクセントになるんだよ?」
「そうなの?ご飯、まずくならない?」
「いっぱい使うんじゃないから、きっと大丈夫だよ。持って返ろうっ!」
3人で胡椒の実を収穫し、お昼ギリギリに家に帰るとすでに昼食ができていた。
昼食を済ませ、すぐに胡椒の処理をはじめる。半分はそのまま塩水の入った瓶に詰めた。確か生胡椒の瓶詰めがそうだったはず…。残り半分は房からはずし、板の上に広げて乾燥だ。乾燥したのを磨り潰せば私が知っている胡椒になるはず…たぶん…乾燥の塩梅が解らないので自然に任せる事にしよう。
作業が一区切りしたので、眠気覚ましに少し散歩をした。
風が気持ちいい。歩きながら寝てしまいそうだ…ちょっとヤバイかもしれない…そう思ったので、引き返す事にしたのだが…本当にヤバイ…凄い眠い…限界だ…
フラフラと家が見える所まで歩いてきたのだが、ついに限界になり近くの木の根元に腰を下ろした。ここなら私が起きずに暗くなっても見つけてもらえるだろう…もうそんな自分勝手な事しか考えられなくなっていた。
心地よい風が吹く中、私は眠ってしまった。
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「ん?アディ姉?」
「…」
「アディ姉?寝てるのか?こんなとこで…あぶねぇな…」
寝ている姉に声を掛けるが反応がない。弟が肩に手を掛け起こそうとしたその時、姉の体が倒れソレを受け止める為に弟は慌てて自分の膝を姉の下へと差し入れた。
「!?」
寝ている姉を座った状態で受け止める形となった弟は、完全に思考停止していた。
その後、暗くなっても戻らない姉と弟を父が探しに来てすぐに発見されたが、弟の必死の懇願に寄ってその事は姉に知らされる事はなかった。