1-30 親を訪ねて
30話目です。
パンを作ってから三日、準備がやっと整った。短ブーツが思ったより上手く行かず時間が掛かってしまった。
エウは、スクスクと育っている。少し大きめに作っていたワンピースももうツンツルテンだ…
「うーん、エウちゃんワンピース作り直す?」
「アデーウたいへんでしょ?こえでへいきっ!」
「でも足が丸出しだよ?お腹冷えない?」
「いーーのーーーーーっ!」
イヤイヤ期かな?まだ口が上手く回り切らないながらにしっかりと反抗してくる。
といってもそれはとても可愛いイヤイヤで、手伝いたい!とか、お風呂イヤ!とか、ぬいぐるみだけでなく全部のおもちゃと寝るっ!とか…一番困ったのは木登りだ…流石猫と言うべきか教えてもいないのにスルスルと登る。その辺のマテバシイならまだ問題ないが魔樹に登ってた時は寿命が縮んだ…エウは魔樹を全く恐れないし、寧ろ木の根の穴は今エウの秘密基地だ。全てが恐れるんじゃなかったのか…よくわからない。
荷物を並べ最終確認をする。
背負子にエウを乗せるので、肩下げのカバンを作った。内容物の大部分が食料だ。水は魔法で出せるのでこれでも普通よりかなり少ないんだと思う。パンとクッキーとジャムに干し肉、岩塩。ナイフを布に包み木製食器と共に小さな鍋に入れてにしまう。大きめの布を1枚とタオルを数枚。タオルと言ってもただのタオルサイズの布だけど…。
休憩を挟みながら二日かけて【死の大地】を抜け、【暗い森】の手前でもう1泊。3日目に早朝から全力で森を抜ける予定だ。地図によれば一番浅いとこなら全速力で数時間で抜けるはず。アイツに出くわすかもしれないので【暗い森】で長居をするつもりはない。
アイツは森の魔法を使った。恐らくだが、凶暴化しているが元々は森の主だったのだろう。
【緑の妖精】も気難しいらしいのでホイホイと手を貸すとは思えない。森の魔法は何ができるか解らない。あの時は木が動いた。森全体が敵になるかもしれない…エウが居るのだから無理はできないな…
「アデーウ?おでこシワシワよー?」
相当難しい顔でもしていたのかエウが心配して覗き込んできた。
「大丈夫だよ!よしっ!ちょっと早いけどお風呂入ろうか!!」
「えーーっ!あっついのイヤッ!」
「温めにするから入ろう?」
「うー…はいる…」
エウを連れてお風呂場に向かう。入ると決まればエウは自分で服を脱ぐと奮闘しているのを横目に火と水の魔法でお湯を用意する。用意が終わって脱衣所に戻るとやっと頭が抜けたエウが得意げな表情をしていた。かわいいなぁ
「エウちゃん、パパとママに会いたいよね?」
「うー…」
エウはその点に関して我がままを言った事がなかった。パパとママと兄のお話はたまにしてくれるが、会いたいという事は一度もなかった。嬉しそうに話す姿は、家族から疎まれていたという様な様子はない。
「パパとママとお兄ちゃん、好きだよね?」
「うんっ!だいすきっ!アデーウもだいすきっ!」
「あのね、明日エウちゃんのパパ達を探しに行こうと思うんだ。」
「うー…エウは、ここにいたらダメなの?」
「そんなことないっ!そんな事無いよっ!…でも、きっと皆心配してるよ?」
エウは一生懸命何かを考えている。そしてポツポツと話し始めた。
「パパもママもにーにもすきなの…でもこあいおじさんがいっぱいいるの…エウはダメなの…」
目に涙をいっぱい浮かべて一生懸命話してくれる。
赤ちゃんだからと避けていたがもっと早く話すべきだったかもしれない。湯船の中でエウを抱きしめながら濡れた頭を撫でる。
「エウちゃんは…家族に会いたい?」
「あいたいっ!…でも…でも…」
無理に返す必要もないんじゃないか…そう考えたが一度は親元に戻すべきだと振り払う。
「一回、会いに行こう!おじさんが何かは解らないけど、私がお話するよ!もしだめだったら…また一緒にここに帰ってくればいい!」
「パパもママもにーにもここにこれる…?」
「お部屋はいっぱいあるよっ!エウの家族が望むなら一緒に住もうっ!」
「うん!あでーう、ありがとー!だいすきっ!」
お風呂を上がってからエウはせっせとおもちゃを集め、どれを持っていこうか吟味していた。
結局ぬいぐるみだけを小さなポシェットに詰めた。
翌日、天気は曇り。いつもの事だ。
カバンを肩から提げ背負子を右手に、左手をエウと繋ぎ森を歩く。
「これから石と岩ばっかりのとこを進むよ。私の魔法で走るからエウちゃんは背中で大人しくしててね?」
「しってるよっ!くるしかったときみたよ!」
「そっか、良く覚えてたね」
「ちょっとしかみてないけど、えう、ちゃんとおぼえる!」
「休みながら行くけど、つらかったらすぐ言ってね?」
「えうだいじょうぶ!」
そんな話をしつつ広くなった森をゆっくりと歩く。途中に生えてた木苺をエウが見つけ、ハンカチに包んだり小枝を振り回したりと楽しそうだ。
この森とも暫しの別れだ、今回の旅はどんなに最短でも5日はかかる。最短は帰りにエウが居ない場合、村が見つからなければもっと長くなるが最大でも7日の予定だ。まだオープンもさせていない雑貨屋の入り口には「一週間程留守にします」と木の板を下げてきた。無駄な事だが念の為。
森の端に着き、背負子にエウを乗せロープで体を固定する。風の力を借りて背負子を背負う。三歳児に近くなった子を8歳児が背負う。中々危うい光景だろうな…まぁ走り出してしまえば重さは差ほど気にならない。
「エウちゃん、準備はいい?そろそろいくよ?」
「うんっ!えうだいじょうぶだよ!」
「辛かったらすぐに声かけてね?」
「はーいっ!」
「じゃあ、いくよっ!!"アクセラレイション!"」
「きゃーーーっ!ニャニャーッ!」
エウの楽しそうな声が聞こえる。大丈夫そうだ。風の保護のお陰でエウも問題なく呼吸ができている。エウが歌う歌を聞いたり、一緒に歌ったり、お話を聞かせたりしながら、翌日には予定通り【死の大地】の端までやってきた。ここで一泊して明日早朝、【暗い森】を抜ける。眼下に広がる森を見ていると治ったはずの傷が引きつる感じがした。
夜明け前、少し早く目覚め身支度を整え、エウを起こす。まだ眠そうなエウを急かし手早く朝食を済ませる。食後、範囲を最大にして検知を行った。…引っかからない、大丈夫そうだ。
「ウエちゃん、行くよ!この森は危険だから昨日よりももっと速く走るよ。静かにできるかな?」
「できるよっ!えう、しーっってできるっ!」
「よし、じゃあいくよっ!」
気配察知に引っかかるのは、兎や大鼠ばかりだった。あれらは問題なく振り切れる。接近しすぎないようにだけ注意をし【暗い森】を駆け抜けた。エウはぬいぐるみを動かし一人遊びをしていた。大物だ。完全に安心しきっている。いい子に育ったもんだ…。
昼過ぎには【暗い森】を抜けることが出来た。ある程度森から距離を取り今日は早めに野営の準備をしはじめる。エウには、シイクッキーと水を渡し大人しくここで待つ様に言い聞かせ、私は獲物を狩りに【暗い森】に戻った。兎を2匹仕留め戻った。
「おかえりー!これがうさぎさん?」
「そうだよー。悪い子になったうさぎさん。これからお肉にしちゃうから離れててね」
「えうもみる!ごはんだいじって、パパがいってた!えうもおぼえる!」
「そっか。…むりして見なくていいからね?」
エウは兎の解体をしっかり見届けた。これには流石に私も驚いた。見せていいものか悩んだが、この世界では動物の解体は生活の一部だ。私なんかよりよっぽどこの世界の住人としてエウは生きている…。現代日本人の記憶を持つ私にはなかなか理解し難いな。生き方が違うのだ、教育方針も違って当たり前だ。私の長男は、動物が大好きだった。お肉が牛や豚だって知った直後は暫く食べるのを嫌がった。解体を見せる教育を行う親なんて多くは無い。この世界で私は親としても未熟である。できていると思っていたが飛んだ思い上がりだった。
2匹の解体を終えた頃にはもう夕方に差し掛かる頃だった。皮の処理を終えた頃にはもういい時間だろう…森も危険だが見知らぬ土地も危険だ。慎重にいこう。
親を訪ねて4日目朝、出発の準備を整えているとエウが歩きたいと言い出した。
座りっぱなしに飽きてしまったのだろうか。ならばと少し歩く事にした。
「エウちゃん、どっちだと思う?森沿いに歩こうかと思うんだけど。」
「うんとねー…あっち!」
暫し考えたエルが明確に方向を示した。
「ここ知ってるの?」
「わかんないっ!でも…でもあっちなの!」
「よし、じゃああっち行ってみよう!」
30分程歩いて少し休憩し、また歩いては休憩し、たまに抱き上げ歩き、3時間程経った頃、丸太が積み上げられた場所に出た。樵の作業場だろうか…今は人がいないが、普段はここで作業をしている人がいるのだろう、手入れをされた斧が切り株に刺さっていた。
「もう少しで村につくかもしれないね!」
「…うん」
少し前まで元気に歩いていたエウ。今はあからさまに元気が無くなっていた。
エウが言っていた「コワイおじさんたち」…短いワンピースの裾をぎゅっと掴むエウの手を取り、木材を運んだであろう荷車の轍を追いかけ歩き出した───