十章七話 『二日目:昼の集い』
昼。
来客達は、一度魔王城一階の食堂に集まる。昼食、全員が揃って行う昼食会だ。
使用人エリスや建築家シラヒゲの指示の元、何とか取り繕われた一階食堂に十二席が並ぶ。
視察者と、その案内役の何人かが向かい合う形の六対六だ。
片方―――。
橋の国第二王子、セトクレアセア。
月の国第一王女、セレスティアル。
月の国宰相、大魔道士メローネ。
鉄の国第二王子、レッドモラード。
河の国貴族、モントリオ。
雇われの護衛、大司祭【黄金】のオラージュ。
対面するは―――。
銀の団団長、ローレンティア。
農耕部隊隊長クレソン。
戦闘部隊隊長、【凱旋】のツワブキ。
鉄の国代表、グリーンピース。
河の国代表、ワトソニア。
工匠部隊隊長エゴノキ。
正直なところ、なんとか取り繕われたとはいえ元々は魔王軍用、今は銀の団員用で、王族たちの使用に相応しいとはとても言えなかったが………。
橋の国セトクレアセアとしては、自国の者が団長である以上、他国の王族の前で下手な口出しはできず。
月の国メローネはその辺りの事情を察して口を閉ざし。
鉄の国レッドモラードはそもそも、そういった装飾には興味がなく。
河の国モントリオは、王族達が文句を言わない以上は黙り。
つまり何とか、問題になることはなく会食は無事開かれた。
円卓会議の代表者達が抱える、こういった場に慣れた使用人達がヘルプに入って、ランチの調理と配膳をテキパキと進めていく。
「まー悪かねぇ、悪かねぇよこの会食は。
書類で色々情報が入っちゃいるが、現地のお偉いさん方からも話は聞いときたかった」
鉄の国王子レッドモラードは気取らずに言った。妻は宿泊先に待機させたようだ。
「他の視察の方々とも挨拶はしときたいと思ったしな」
言葉に反して、鉄の国の振る舞いは粗忽だ。
セトクレアセアやメローネ、モントリオは微妙な顔で対応する。
テーブルマナーも、戦士上がりのそれだった。
ローレンティアはと言えば、慣れない会食、チョンボをしないよう他人の所作を模倣するのに必死だ。
対面の兄セトクレアセア、斜め前の月の国王女セレスティアルの手元を観察する。
事前にエリスに叩きこまれた教養とのすり合わせ。
兄はまるで解体作業のように目の前の料理を片づけていき、セレスティアルも歳不相応の落ち着いた振る舞いだ。
必死に頭を回すローレンティアが視線を上げると、セレスティアルと目が合い……。
そしてふいと、すぐにそっぽを向かれた。
(嫌われている………?)
テーブルマナーとボロを出さないことに必死な団長を置いて、王族貴族の話し合いは進んでいく。
「しかしなんだな、改めて大司祭様がいらっしゃるとは思わなかったぜ」
雰囲気作りに積極的なのはツワブキだ。場の空気を和らげていく。
「ま、あまり来たいところではなかったがな」
その意志をくみ取ったのか、勇者一行オラージュはそれに応えた。
「相応の額を積まれた。なら私はそれに応えるさ。兄らも憶えておいて欲しい。
それなりの護衛が欲しいのなら、これからは是非私も選択肢に入れてくれ」
修道女服に対して、やや切れ味の鋭さを感じさせる雰囲気だ。
「金次第でか?」と、ツワブキ。
「金次第でだ」
「そりゃあいい、それじゃ俺の全財産をぶっこんであんたに依頼するぜ。
魔王城の地下……あんたら勇者一行が見た情報、あらゆる経験を俺にくれ」
「それは断る」
ツワブキの提案を、オラージュは即座に否定した。
「リンゴの奴は口を閉ざし続けているんだろう?なら私はそれに従う」
「金があれば何でもするんじゃねぇのか」
「大抵のことは、な。金でも買えないものが3つある。愛と命と、それから誇りだ」
つまり勇者の仲間としての誇り。
ツワブキは元々そこまで期待していなかったのか、すぐに引き下がった。
「了解。大魔道士さんも同じなんだろ?」
二人、メローネとオラージュは冷えた視線を交わし合い。
「そうですね。まぁ勇者一行の話はこの場では控えることに致しましょう。
まずクレソンさん。農耕部隊のお話からお聞きしたいのですが―――」
厨房。
円卓会議の代表者たちが抱える使用人達が給仕のためせわしなく動く。
「エリスロニウム」
と、ローレンティア使用人エリスは不意に呼び止められる。
声の主は栗毛のツインテール、小柄な使用人。セトクレアセアの側に立っていた人物だ。
「アニス」
「貴賜名はスターアニスよ」
「………スターアニス」
身長に反して凛として気が強く、使用人として見れば素は口うるさいが、猫を被るのが上手く問題にはさせない。
エリスは彼女をよく知っていた。同級生だからだ。
「久しぶりじゃない」
「…………………」
学年二位のエリスが、王位第八席ローレンティア。
つまりエリスと同級生で、王位第四席セトクレアセアの使用人である彼女は―――。
「何かいいなさいよ」
嘲るように笑う。学年一位、スターアニス。
「久しぶり。元気そうで何よりだわ」
「こちらこそ、何とかやっているみたいでちょっと意外だったわ。
魔王城に来る前に辞めてるかと思った」
エリスは、彼女のことが苦手だった。
平民出の自分と違い、代々王族に仕える由緒正しき家に生まれ、そして学生時代、常に自分の上に在り続けた。
邪険にされた自分とは違う。
彼女は一位に相応しい家柄と社交性を身につけており、ガリ勉のエリスを彼女が打ち負かす様を、同級生達はにやにやと笑いながら見てくる。
エリスが努力を重ね、渋り顔をする講師から貰う最高評価を、アニスは何でもないように積み重ねていく。
彼女の周りには常に笑顔があった。自分を嗤う顔も含めた、笑顔が。
「ほんっとあんたって根暗ね。相変わらず」
笑う彼女にエリスは何も返せない。
「カルブンコを捕えたっていうのは本当か!?」
がたと、王子レッドモラードが机を揺らす。
「ああ、捕まえた。尻尾の方も4つ手に入れたから、なんならお土産に持って帰るといいぜ」
にやにやとツワブキは言う。
武の者レッドモラードは、嬉しさにわなわなと体を震わせた。
「あぁ!流石だ!!カルブンコの土産?ハルピュイアの迎撃?
ミノタウロスの駆除?戦車蟹の殲滅?
今やお伽噺でさえあるあんたの冒険譚はやはり、偽りじゃねぇ。
惜しい。惜しいぞ。どうだ、そっちの言い値でいい。
我が国史上最高の待遇を約束しよう!
鉄の国の王国軍でその力を振るう気はないのか?」
「あー光栄なことだが、俺ァ冒険馬鹿なんでな。
国王軍ってのはどうも堅苦しくていけねーや」
「はは、自由な【凱旋】のツワブキらしい!」
勇猛を愛し強さを理とする鉄の国の王子にとっては、ツワブキは尊敬すべき大戦士のようだった。
「それに比べて」
と、レッドモラードは視線をグリーンピースに向ける。
「お前は何をしたんだ?」
はしゃぐ子供のような姿から一転、その冷たい目は俯くグリーンピースを見下していた。
その急転、その温度差にローレンティアやワトソニアは戦慄と呼べるほどに呆気にとられ。
それ以外の者達は、特にツワブキやグリーンピースは理解をしていた。
それが鉄の国の国民性なのだ。強きを際限なく讃え、弱きを徹底的に見下す。
「ま……まぁまぁ、レッドモラードはん、グリーンピース君かて人魂退治とか、ちゃんと武功を立てているんやで?」
「火消しなんぞを我が国では武功と呼ばん」
エゴノキの助け船を、レッドモラードは切り捨てる。
「お前はハルピュイアを一匹でも倒したのか?ミノタウロスの攻略には参加した?
戦車蟹の戦場に足を踏み入れようとしたのか?
弱い者は将足りえん。鳥王ジズに一太刀でも入れていれば見直したがな。
グリーンピース。やはりお前は俺の国にはいらん」
円卓会議でいつも威張り、強い言葉を放ってくるグリーンピースの、切り捨てられ縮こまる姿をローレンティアは見ていた。
恥辱に体を振るわせる。顔にはほんの少しの怒りと、それを形にできない自分への情けなさが泥になって浸る。
ローレンティアはグリーンピースを良く思っているとは言い難かったが、その光景は嫌だった。
「―――教育に悪い」
その詰まるような空気に一筋、鋭い切れ込みを入れたのは大魔道士メローネだ。
「その辺りにしていただきましょうか。これ以上をというのならお二人だけでお願いします」
ローレンティアは見ていた。メローネの隣………。
王女セレスティアルは能面のような顔で、二人の経緯を観察していた。
「鳥王ジズ。それについてツワブキ殿に聞きたいことがあった」
再び、場を転換したのは橋の国セトクレアセア王子だ。
「地に蔓延る魔王軍敗残兵が片付いて以来、初めての朱紋付き確認。
その意味は大きい。実際のところどうなのだ?
王族会議は朱紋付きはいなくなったと見て話を進めているが……。
まだ朱紋付きがいる可能性はどのくらいある?」
「それは私も気になっておりました。
鳥王ジズは明確な討伐報告がなかったということですが、他にもそういった朱紋付きがいるのですか?」
セトクレアセア王子、宰相メローネからの問いに、ツワブキは腕を組み直して答える。
「先に大魔道士さんの質問から答えるが………。
明確な討伐報告のない朱紋付きはいる。というか沢山いる。
そもそも目撃証言なら、朱紋付きはいっぱいある」
「好奇な噂というわけか」
そう、とモントリオ卿にツワブキは指を向ける。
「作り話が混じり過ぎて、真偽がごちゃごちゃだ。
鳥王ジズだってそういった虚言の1つとさえ考えられていたんだ。
中には生物的にありえねーだろ、って目撃証言も……。
全くこのご時世でそりゃあ、無責任なんてレベルじゃねぇんだがよ」
静かな怒りを隠さない。
「つまりは、討伐報告の有無で朱紋付きの全容は計れねぇ。
その上でセトクレアセア殿の質問に答えるわけだが……。
ま、なくはねーと思うよ。ただ生物的にはかなり限定されるはずだ。
知性魔物はその魔王への忠誠から、今日まで何も行動を起こさなかったってのは考えにくい。
となると習性魔物。大空を飛びまわるジズのように人前に現れる周期が長い、あるいは全く現さない魔物。
海のクラーケンなんかは朱紋付きだって話だろ」
「………それ以外では?
例えば飛び交う朱紋付きの虚言の中で、ツワブキ殿が真実である可能性が高いと見ているものは?」
セトクレアセアの質問。ツワブキは少し言葉を溜め。
「………2つ。首無し卿と淫夢」
その話は聞いたことがなかったな、とローレンティアは関心を寄せる。
「デュラハンってあの、流浪の霧騎士の?」
レッドモラードにツワブキは沈黙で答える。
「………あいつらと直に遭遇した奴を知っている。
んで討伐報告もまだだ。だから多分、生きている」
少し、真面目な顔になる。
ツワブキのその表情は、ローレンティアの印象に残った。
十章七話 『二日目:昼の集い』




