九章六話 『次女スズナと狩人の夜』
「えー、本日はお日柄もよく……」
などと、母コウメがかしこまるからセリは、何とも歯がゆい気持ちになる。
いつもそんなんじゃないだろう、と。
マダム・カンザシの手入れを受け余所行きの出で立ちとなったセリは、一階食堂の奥まったスペースでお見合い相手と対面していた。
ツバキ。農耕部隊隊長、クレソンの三人息子の長男だ。
彼の隣のクレソン夫人ヒイラギが、ええ、本当に~などと世間話に花を咲かせる。
マダム・カンザシの言うとおり、精悍な顔立ちだ。
格好つけより実利を重んじた短めのヘアスタイル。
のはずなのに、衣装と相まって落ち着いたおしゃれを演じている。
口数は決して多くなく、陽気とは言い難い。黙って俯瞰的に周囲を見渡すような目だ。
セリはやや緊張した顔でそれに向き合っていた。
相手があのクレソン家の長男と聞いた時は驚いたものだ。
そもそも父親からして農耕部隊隊長、貴族や英雄ツワブキと並んで円卓会議に席を設けられている。
ただの農家かと問われれば、勿論そんなわけではない。
血筋を辿れば彼らは貴族の分家の血筋、名家であるブーゲンビレア卿と同じ源流らしい。
澄み月の円卓会議で、樹人の畑利用の責任者にブーゲンビレアが名乗り出たのはそのあたりの関係に起因するのだが。
ずっと昔の話、クレソンの一族は貴族位からは降り、代わりに貴族の庭園を管理する庭師の一族となった。
世界を見回しても最高峰の研究国家月の国において、輪をかけて学問を愛するブーゲンビレア卿の家の庭園を管理する一族だ。それはもはや、庭園というよりは実験場だった。
彼らが品種改良に成功した種は多い。
クレソンという男は更にその家を出て、庭師ではなく農民という道を選んだ、とは聞いているが。
つまりは単なる農民、もっと言えば所有する土地を魔物に奪われた難民の一家などに釣り合いなんかとれるわけがない。
「緊張しているんですか?」
「え、ええ………」
ツバキに声をかけられ、セリはわたわたと対応した。
「はは、俺も同じですよ。どうもこういう席は初めてで」
嘘付けや、とセリは心の中で突っ込む。余裕綽々じゃないの。
断頭台にでもかけられた気持ちだ。自分が良い見世物にでもされている気分。
難民の私がこんな席になど―――と、そこまで思いかけてセリは目線を上げる。
とびきり自由でいて欲しいんだ。ナズナはそう言った。
弟達がいて。今までずっとそうだった。背中を丸めるわけにはいかないんだ。
上げた目線の先、ツバキが何か嬉しそうに笑い、セリの振るった勇気は困惑に変わる。
「まーわたしらはこの辺で。後は若い子たちに任せましょうかねぇ!」
その困惑に追い打ちをかけるように、母親達はいそいそと退出の準備を始める。
「ちょ、ちょっと!?」
「セリ、うまくやんなさいよ~」
見合い相手を前にして、母コウメはかかかと笑いながらセリの肩をバシバシ叩き。
そうしてセリはツバキと二人、取り残された。
「え、え~っと……」
「…………少し、歩きますか。その方がいいでしょう」
さらっと言って立ち上がる。
慣れやがってこのやろう、とセリは羨みながらも、彼に従った。
考えていることがよく分からない人だな、というのがセリの第一印象だ。
狩り、二日目。
再び夜になると、マリーゴールドが岩陰に魔法陣を敷き直し、アシタバ班、タチバナ班、ラカンカ班の全員が集まる。
「今日は現れるといいなーカルブンコ」
体を動かすのが好きなオオバコには、狩りの待ちは辛いところのようだった。
スズナとスズシロは罠の方を凝視する。林の方はキリとエミリアが。
「ま、そう簡単にはいかねーんじゃねぇの?」
罠をかける側としては経験の薄い、大泥棒ラカンカは欠伸をし。
「いや、恐らく今日中に来るぞ」と、狩人エミリアがそれを否定した。
「根拠は?」
「勘だ」
言い切るエミリアを、ラカンカは少し呆れた目で見る。
「だがあながち的外れとも言い切れないな。見てみろ」
ラカンカがアシタバの指す方向を見ると、地下三階入り口付近にツワブキ達が待機していた。
トウガ班、ストライガ班……。12人が勢揃いだ。
「ツワブキかレネゲードあたりが異変を察知したんだろうな。
何となく今日はフロアの雰囲気が違う。
ダンジョンのそういう、全体的な空気を変える存在っていうのは1つだ」
「ボ、ボス………」
魔道士エーデルワイスが理解する。
つまり、戦車蟹の何らかの動きがあるかもしれない。
「アシタバ、狩りは好機だと思うが。
お前が撤退するべきっていうなら俺は、それに従うぞ」とスズシロが振り返り。
「………いや。どちらにせよやるべきことはある。現状維持、狩りは続行しよう」
夜が更けていく。
狩りは持久戦だ。斑の一族のキリの適性は予想がついていたが、それに劣らないスズナとスズシロの集中力は、アシタバにはやはり意外に思えてならない。
「そろそろ帰ろう」
なんて言葉をスズシロに吐く。難民時代のスズナの記憶だ。
馴染みのない山に潜っては、経験のない動物相手に食糧を求めて悪戦苦闘する。
「暗くなる。魔物も出るかもしれないし」
「もうちょっと待ってくれ。この罠をかけ終わったら撤収する」
疲れていた。故郷を奪われてすぐに一家は貧困に叩き落とされた。
余裕のある土地を求めて流れ行く。
母やセリ姉やナズナが縄やなんかを綯っては売って金を稼ぐが、一家全員の食費には届かない。
一家で唯二人、伯父から狩りを教わった自分とスズシロの責務は理解していた。
少しでも多くの食糧を。山菜を探して山を歩き回り、罠の設置と矢の射出に神経を尖らせる。
一匹逃せば、妹達は一晩空腹に苛まれることとなる。
特にハコベラとタビラコは体を作っていく時期だ。
彼らの成長を、ちゃんと守れることができるのだろうか。
誇張でもなく、そこは彼らの戦場だった。
誰に責められるわけでもないのに、品の少ない食卓は彼らに力不足を感じさせた。
失敗を笑える環境ではないから、彼らはそれを身に刻み貪欲に成長の糧とする。
ゴギョウ兄の抜けている今、スズシロは長男のようなもので。
セリ姉が妹達の面倒を見ているのだから、スズナは狩りで役目を果たさなければならない。
セリ姉は何度も気負わなくてもいいと言ってたが。
「………分かった。私ももう一回回ってくる」
不甲斐なさと自己嫌悪が彼女達の身を焦がし続けた。
一度弓が壊れた時に、修理をするためセリ姉が自分の首飾りを売った。
それを思い出すとスズナは今も自分が許せない。
深い集中と睨むような目に秘めた衝動を、抱えながらスズナは夕闇の森へと溶けていく。
「来た」
一番に見つけたのはスズナだった。一同は彼女の下に集まり、その視線の先を追う。
金色の、大きなトウモロコシのような体……カルブンコだ。
罠の設置した場所から15メートルと言ったところか。
「うおおぉお、来た来た!チャンスじゃねぇか!」と、オオバコ。
「まだ遠い。仕留めることは可能だが、今回は生け捕りだろう?」と、エミリア。
「ああ。もう少し待って―――」と、アシタバは言葉を止めた。
隣のスズナが岩陰から大きく身を乗り出し、弓を構えたからだ。
「………え?」
「ふッ!」
直後、矢を放つ。矢は真っ直ぐカルブンコの方へと飛び――カルブンコの後方に着弾した。
「ちょ………!」
流石に慌てるアシタバ、呆然とする一同、それに構わずスズナは次の矢を構える動作に入る。
一方のカルブンコはすぐそばに矢が着弾したことを受け、既に逃避行動を始めていた。
短い両足をバタバタと動かし、矢と反対方向に逃げ……そしてその先には、箱罠のゲージがあった。
「おお?」
追いこんでいる?とアシタバが理解した瞬間、カルブンコは勢いよく曲がる。
「あぁ駄目だ、警戒されてる―――」
「いや、よく追い込んだ」
鋭いスズシロの声。彼が手元のロープを引く。
地中を伝うそれは逃げ惑うカルブンコの足元まで伸び、止め木を外す。
次の瞬間、カルブンコの体は宙に浮く。否、足元が崩れ落ちた。
これも初歩的な罠………落とし穴だ。
「っしゃ!!」
カルブンコの落下を確認すると、スズシロが岩陰から飛び出す。
続いてスズナ。キリ。エミリア、アシタバ………。
捕獲は成功していた。
ぽっかりと空いた、半径3メートルほどの穴にカルブンコが収まりジタバタともがいている。
穴の側面には網が敷き詰められており、それもカルブンコの抵抗を妨げていた。
難民時代を経た、これがスズナとスズシロの狩り……一人が獲物を追いたて、もう一人が仕留める。
勢子と呼ばれるその概念が地方のごく一部で見られるこの時代で、二人は独学でそのスタイルに行き着いていた。
今回は生け捕り。だからスズナが矢で獲物を罠の領域へ踏み込ませる。
そしてスズシロが何段重ねかの罠を張り、確実に獲物を仕留める。
「おおお、すげーじゃねぇかスズシロ!!すごい!すごいぞ!!」
オオバコは底抜けに嬉しそうな表情で、スズシロの背中をバンバンと叩く。
「痛い痛い!とにかく後処理は手早くいこう。このまま網に包んで箱罠に押し込むぞ。
アシタバ!タチバナさん!ラカンカ!ピコティも手伝ってくれ」
アシタバも感心しつつ、腕の負傷をピコティにサポートされながらカルブンコの投獄に手を貸した。
「追いこみをするとさ、動物って思考を簡略化するんだ。
箱罠が見えたなら入るか無視するか。近くに別の罠があるとはなかなか考えなくなる」
これで白銀祭を見据えた地下三階の目的は達成。
後は欲を言えば、カルブンコの尾を三本くらい手に入れられれば。
「…………?」
暴れるカルブンコが入った鉄籠を数人限りで担ぎ、地上へ撤退しようとする最中。
その異変をいち早く感じ取ったのはキリとアシタバ、そして離れた場所にいたツワブキ、ディル、レネゲードだった。
林の方から遠吠えが聞こえてくる。
初めは1つだったそれは、段々と数を増やし厚みを増していく。ウォーウルフだ。
その異質な大合唱に全員が警戒をし………けれどもそれ自体が、アシタバ達の感じ取った異変ではない。
それは言うなれば、林の方を支配した緊張だ。
カルブンコ。ウォーウルフ。そして祝福兎が発する………。
何に対して?それは――――。
「おい、なんだあれ…………」
オオバコが緊張した顔で、湖の真ん中あたりを指差している。
アシタバは素早く振り向き、そしてその姿を確認した。
人魚。
湖中央にぽつんとあった岩場にそれは姿を現した。
桜色の鮮やかな魚の下半身に、白の長髪、妖艶な美女の上半身。
目だけが魚に似た白い円形をしている。海の魔物の代表格だ。
「――――やばい」
アシタバの声はかき消される。唄だ。岩場に腰かける人魚は唄を歌い始めた。
叫ぶような素振りでもないのに、その歌声は不思議とフロア全体へと響き渡っていく―――。
「耳を塞げ!!!鉄籠は降ろしていい!!!」
全員が素早くそれに従った。知っていたからだ。
こちらの世界でも人魚は有名、その歌声は聞く者を海に引きずり込むと知られている。
「“黙して潜む消失陣”を!?」
耳を塞ぎながらマリーゴールドが指示を仰ぐ。
「あれが戦車蟹の行進に巻き込まれたらどうなる!?」
「巻き込まれません!!反らします!!歌声による干渉も弾きます!!
入るのは不可ですが、出るのは自由です!!」
「よし、頼む!!」
マリーゴールドが首飾りの先の魔水晶を砕き、彼女の究極魔法、“黙して潜む消失陣”を発動させた。
地下三階の入り口では、ツワブキ班、トウガ班、ストライガ班が突撃準備を整えていた。
「全員耳栓しとく前に聞いとけ!!人魚は放っとけ!直に奴らが来るぞ!!
細かい指示はできなくなるから、言っておいたことを忘れるなよ!!」
耳栓をつけ、駆け出すツワブキ。その後を三班十一人が追う。
知性魔物と習性魔物という区分けの他に、有名な分類方法が1つある。
魔法魔物と非魔法魔物。
つまりは魔物の中にも、魔法要素を扱えるものと扱えないものが存在する。
人魚は有名な魔法魔物だ。彼女達の歌声はマナを含んで聞く者に作用する。
そしてこれは初めて知られる事実だった。
「人魚が進軍を操っている………?」
男達の突撃に仕方なく従いつつ、ストライガ班、学者シキミが呟く。
その場において人魚は、明らかに彼らを呼んでいた。
「―――待機、スズシロ、ラカンカ、ピコティ、マリーゴールド!!
カルブンコの鉄籠を頼む!折を見て脱出してくれ!!
それ以外は何か耳に詰めてくれ!!ツワブキ達の加勢に向かう!!」
展開された魔法陣の上で、一同は役割に従い機敏に動く。
服の切れ端等を耳に詰めてていく。
「完全な防音じゃなくていい!
あいつらの歌声をそのまま耳に通さないようにするだけで十分だ!」
指示を行いながらアシタバは、林の奥にそれを見た。
地響き。めきめきと、林の奥の木々が倒される音。
暗い、星を模した火精霊達の明かりの下。
その赤い巨体、戦車蟹が姿を現した。
「地中に潜っていたのか………!」
「アシタバ、それだけじゃないようだ」
【月落し】のエミリアが湖岸線の向こう、地下四階に続く洞窟を指差した。
「………この機を逃さないか」
ガァガァガァと、人魚の歌声を撥ね退けるような大合唱。
迎撃戦の記憶が蘇る。2メートルの空飛ぶ巨体、海怪鳥の群れ。
かくして舞い月の地下四階に、騒乱が巻き起こることになる。
弱肉強食、生きる者達の大戦争。
人魚は湖の中心で歌声を上げ。
戦車蟹は林の奥から行進を始める。
祝福兎やカルブンコは逃げ惑い。
海怪鳥がそれを狙うべく、大挙してやってきた。
ウォーウルフは縄張りを守るべく、動き始め。
アシタバ達はその戦争へ、切り込んでいく。
九章六話 『次女スズナと狩人の夜』




