六章九話 『照り月・円卓会議』
照り月の末、照り月分の円卓会議が開かれることとなる。
円卓会議に集う八国の代表者たち。三人の部隊隊長。
そして体調を回復したローレンティアだ。
「皆さま、お集まり頂きありがとうございます。
これより5回目となる円卓会議を開始致します」
銀の団秘書ユズリハが開始を宣言する。
と言っても流れ月分の会議を半月前にやった手前、それほど内容があるわけではない。
専ら会議の話題を占めたのはツワブキ達の地下二階探索だ。
「群れで擬態し狩りをする大蜘蛛!
いやはや、考えただけでも恐ろしい……」
探検家の経歴があるアサツキが、資料を見て心底嫌そうな声を上げる。
「すまない、私はいまいちイメージできないんだが、地下一階の下にその魔物がいるというのは大丈夫なのか?」
地下一階の実験場を請け負う農耕部隊隊長クレソンが訊ねる。
「待ち構える型の魔物ってのは、気休めになるかね。
とりあえず戦闘部隊からは交代で見張りを付ける」
答えるツワブキは更に言葉を重ねる。
「馬鹿デカい母蜘蛛のサイズ。人を騙す擬態性。
群れで狩りをし、強者を音もなく捕縛する習性。
どこへ紛れ込むか分からず人を食べる………厄介すぎる魔物だ。
母蜘蛛が食べられるまでは放っておく形になるが、やはり根絶するべきだと俺は思うんだ」
はぁと溜息をつく。呆れたような目は、隣の少女へと注がれた。
「だが、お前は残すべきだと主張するんだな?お姫さんよ」
「――――はい」
真剣な顔で、団長ローレンティアは応える。
「私達は、あの蜘蛛と共存する道を模索するべきです」
「…………お姫さん、そりゃあマジで言ってんのか」
円卓会議の二日前。ローレンティアはツワブキの元を訪れていた。
迷宮蜘蛛の今後について相談するため―――つまり、根回しだ。
「あの蜘蛛が出す糸は紡績業に役立つ、と考えます。
あれほど大型な、糸を出す生物は他にいません。
あの重い体を支えるほどに頑丈です。あの糸にはきっと多くの使い道がある」
真剣な眼差しのローレンティア。ツワブキは呆れたように頭を掻く。
「…………あんたもか」
「も?」
「いいや………まぁとにかくな――――」
「俺は反対だ」
現在、円卓会議上にてツワブキは反対を示した。
「理由は人魂の時と同じだ。飼うにしちゃリスクがでけぇ。
人魂と違って、今度は人間よりデカく人間を喰う魔物だ。
直接的な危険が大きい」
「珍しく意見が合う。団長殿は魔物を飼うのがお好きらしいな?」
厳しい声の鉄の国グリーンピースに、河の国ウォーターコインも続く。
「擬態性も捨て置けない。
地下一階にいつの間にか混じって、農耕部隊の者達が被害を受けることも考えられる」
「何より――」
日の国、ゼブラグラスも割って入った。
「私達があんなゲテモノの飼育の許可を降ろしたとなれば、信用に関わる。
円卓会議は何を考えているのだ、とね。
分かっていただけるだろうか、団長殿。あなたはそういう類のことを仰ってる」
今までの魔物とは違う。
人間を捕食し、攻撃的で、しかも好ましくない見た目を持っている。
「そうや、幾ら商機があろうと今回はあかんで団長さん。
いいモノができようと、化け物蜘蛛を飼うことは信用に関わる。
何より迷宮に擬態する蜘蛛なんて共存向きやないやろ」
工匠部隊隊長エゴノキも加わった。
「いえ―――」
けれどローレンティアは食い下がる。
「あの蜘蛛達は大蜘蛛の中でも、最も私達との共存向きに進化した種です」
「んあ…………?」
一同はローレンティアに、何やら言いだしたぞと険しい顔を向ける。
「第一に、動きが遅いこと。
ツワブキさんも体験されたでしょうが、群れと擬態という脅威性を排除すれば、彼ら単体を相手取るのは戦士にとって容易いことです。
迷宮蜘蛛は最も御しやすい大蜘蛛と言える」
「…………否定はしねぇ」
ツワブキが同意する。
「第二、彼らの食事です。アシタバが調べたところ、彼らは小動物の他に、体の岩壁を生成するためなのか土や石を食べるそうです。
飼うにあたっての食糧も少なくて済む可能性がある」
真摯に訴えかけるローレンティア。
「後にも先にも、これほど飼育向きに進化した大蜘蛛は現れないと私は思います。
根絶してしまってはそれまで………」
「つまりあんたは、もったいないっていいたいのね?」
砂の国シャルルアルバネルの静かな声色。ローレンティアは頷く。
「…………それでは、皆様の賛否を伺いたいと思います」
潮時を見計らって秘書ユズリハが、円卓会議の意見を伺う。
その流れを見ながらツワブキは、三日前に自分の元を訪れたアシタバのことを思い出していた。
「迷宮蜘蛛を銀の団で飼う許可が欲しい」
と、部屋に来るなり訴えかけてきたアシタバを見て、ツワブキの心境はやっぱりかが半分、マジで来やがったが半分といったところだ。
ローレンティアがツワブキに根回しに来るより前のことになる。
「………一応理由を聞いとくぜ」
「まず第一に、迷宮蜘蛛が最も御しやすい大蜘蛛であること、第二に、彼らの食事の半分ほどが土や岩で補えることだ。具体的には………」
アシタバは円卓会議でローレンティアが言ったような事柄を述べていく。
「―――で、問題の飼うメリットだが………あいつらの石の製造能力に関心がある」
「製造能力」
よく目を付けるなとツワブキは感心するばかりだ。
「石や岩を食べるだけで、斧を弾く硬度の岩壁を作り出す魔物だ。
建築材にも使えるだろうが、石以上の使い方も考えられる」
「………まさかお前、迷宮蜘蛛を鉱山として見てんのか?」
頷くアシタバに、ツワブキはもはや呆れる。
「はぁ…………悪ぃが却下だ。
俺にはどうしても、どこをどう引っ繰り返そうと、大蜘蛛を飼うに足る理由があるとは思えねぇ」
「だが………」
「だが、じゃねぇ。アシタバ。
俺達は動物愛護家でも自然保護団体でもねぇんだぞ。
ガキが一人ふらっと蜘蛛牧場にでも迷い込んだらどうする。
考えるのも惨いとは思わねぇか。
俺は、そういう可能性が残るものを認めるわけにゃいかねぇんだよ」
今更言うまでもないことだが、ツワブキはアシタバを買っている。
それは数多の大冒険をこなしてきた彼の経験の中にない、全く知らない、だが正確な知識をアシタバが持っていることもだが。
自分と根本的に考え方が違うから、という理由が強い。
相棒であるディルも同様に彼は選んでおり、ディルとアシタバが性格的に似ていることもこれに起因している。
生命に敬意を払うのがアシタバなら、ツワブキは多様性を尊重する。だが。
「お前のそれは、もっと早くに矯正しておくべきだった」
この、今回の違いだけは、ツワブキはよくは思っていなかった。
「………それ?」
「お前は今まで一人で探検家をしてきて、組合でもそんなに他人と絡まなかったから問題にはならなかった。
だがこの銀の団で、集団生活で………お前のそれは少ししまっとけ」
「だから、何をだよ」
「魔物好きを、だ」
険しいツワブキの顔。
「お前の生命に対する敬意は悪いとは思ってねぇ。
だが兼ね合いってもんがあるだろう。
銀の団の中には故郷を魔物に滅ぼされた奴も多い。
家族や知り合いが殺されたことも。
魔物の肩を持つような奴は信用されないし、敬意を払うのが同じだと見られかねない」
「俺は他人の評価なんかどうだっていい」
「お前はそういう奴だろうな。
だが、それでも他人の評価とやらを気にしなきゃいけない理由を2つ教えてやる」
ツワブキが掲げる二本指を、アシタバはやや反抗的な目線で見ていた。
「1つ、お前が班のリーダーになったことだ。
お前の下にはお姫さんとキリ、オオバコがついている。
お前の評価は少なからず三人の評価に影響するぜ」
「あいつらは関係ないだろ」
「他人はそうは思わねぇ。人のコミュニティってのはそういうもんだ。
アシタバ、お前は関わり始めた。あいつらと繋がった。
この魔王城の集団生活の中で、その繋がりは責任を生む。
今までみたいに一人だから、関わらないからと好き勝手できるわけじゃねぇってことだ」
言い分は分かる。が、納得はできなかった。
「2つ、集団の中での意見の通し方だ。
お前は交渉っつーかなんつーか……カードの切り方ってもんを知らない」
「カードの切り方?」
「例えば、俺ぁ戦闘部隊隊長【凱旋】のツワブキだ。
比肩する者のいねぇ大冒険と偉業の数、魔王軍との戦いにおいての貢献具合、経験の多さに基づく魔物への深い理解……。
それらが評価されて俺は、銀の団の円卓会議に席を貰った。
ここの最上位機関で意見を言える権利を得たわけだ。
分かるか、アシタバ。俺の経歴と評価がそれをもたらしたんだ」
「…………何かを成したいなら積み上げておけと?」
「そういうこった。身分。武勇。知識。能力……他人からの評価。
この集団生活で自分の意見を通したいなら、周囲を納得させるに足るものが必要だ。
メリットやリスクを説明して説得するのも正しいが、人に関わらず生きてきたお前には自分の意見に支持を集めるって視点が欠けている」
正しい指摘だ。とアシタバは痛感する。
アシタバがずっと認め続けてきた、【凱旋】のツワブキの政治的知見。
ツワブキが最も長けているもので、アシタバに最も欠けているものだ。
「お前にゃメリット、デメリットを整える能力はある。
だがな、いくらお前がそのあたりの条件を整えたところで、魔物好きの魔物贔屓の案なんて聞いてすら貰えないかもしれないんだぜ。
ここには魔物を恨んでいる奴は多いんだからな。
もしお前が魔物を残そうと、これからも考え続けるなら。
いいか、お前が魔物好きっていうことは周囲に知られないようにしろ。
アシタバという男は理論的に、公平にものを考えるって評価を受けろ。
………いや違うな。お前はどこまでも公平過ぎなんだ。
つまり、あー、とにかく、魔物贔屓と見られないように振る舞え」
「…………………………」
「それがカードの切り方ってもんだ。
成したいことのための評価は常に保っておく。備えておく。
評価が十分で、メリットデメリットの帳尻が合い、周囲を納得させられると判断できた時。
さも興味がないかのように物事を推し進めるんだ。
自分が認めている奴の公平な意見なら、たとえ魔物絡みだろうが考えてくれる奴らが出てくる」
考える。アシタバは言葉を受け取りながら考える。
正しい。だから自分はどうするべきかを。
「いいか、大事なことは、然るべき時までカードは伏せておけってことだ。
今回は無理だ。諦めろ。
大蜘蛛なんて探検家でも嫌う奴が多いキモい種だろうが。
それが厄介な進化を遂げたんだ、賛同なんか得られねぇ。
今蜘蛛を飼いましょうなんて言えば、お前の評価は蜘蛛好きのキチガイだ。
もう今後、お前が魔物の扱いに関して何を言おうとも考慮されなくなる。
大蜘蛛の生存を認めさせるほどのものは、まだお前は積み上げられていない」
それは、言い返せない………。
だがアシタバにはとても重く響く、大蜘蛛への死刑宣告だった。
それでも何もしてはいけない。来るべき時のために、今カードは切れない。
「組合の奴らが聞いたら驚くだろうが、銀の団でのお前の評判はなかなかいい方だ。
スライム利用による水供給、樹人利用による食糧供給、ハルピュイア襲撃の予測に関わったんだ、まぁ当然だわな。
蜘蛛達を救うにゃ足りねぇが、それは大事にとっとけ。
お前が本当に、魔物の今後ってやつを考えるならな」
ツワブキの言葉をアシタバは反芻する。
彼もまた、こと集団生活、駆け引きにおいてはルーキーだ。
魔王がいなくなり、残された魔物達がどう生きていくのか、向き合うために魔王城にやってきた彼も。
駆け引きというものを学んでいくことになる。
「俺からの忠告は以上だ。
それから後1つだけ、お前に確認しときてぇことがある」
部屋の去り時を感じていたアシタバを、ツワブキはそう引きとめる。
「…………なんだ」
「お前、誰の味方だ」
それは、奇妙な質問の類だった。アシタバは少し意図を考え、そして。
「生きようとするものの味方だよ」と、自分なりの答えを引っ張りだす。
「それだ、アシタバ。ここは魔王城だぜ?
人間達を追い払おうと魔物が蠢き、故郷を滅ぼされた人間達は魔物を憎む。
ここでは人か魔物かだ。アシタバ。もう一度聞くぜ。お前、誰の味方だ」
アシタバは即答をしなかった。そう、それこそが。
それこそが探検家、そして転生者アシタバの抱える異常性だ。
「そうだ。そうだな。そうなんだよ。お前はそこで即答をできねぇんだ」
「………いや、俺は人の味方だよ」
「ダァホ、とってつけたような言葉なんざ分かるわ。
さっき、俺はお前が公平過ぎると言ったな。
あぁお前は公平だ。人にとっても魔物にとってもな。
アシタバ、魔王城では人か魔物かだ。公平なんてのは許されねぇ」
黙る。
そう、アシタバにとって最も痛いところを、ツワブキは的確に見抜いていた。
「お前が公平で居続けようとすれば、それはいつかお前の足を掬うぞ。
積み上げるも何もなくなる。
この戦線で、味方じゃない奴なんか信用できねぇからなぁ」
ツワブキはアシタバを買っている。
いずれ自分の副官にさえしたいと思っている。
しかし人類と魔物の戦線上においては、彼は全くアシタバのことを信頼してはいなかった。
「お前は俺の仲間だ。いつかでいい。ちゃんと俺達と共に来い」
否、ツワブキは待っていると言った方が正しい。
投げかけられた言葉を、その意味を、アシタバが十全に理解したとは言い難い。
ここでもアシタバには成長が必要になる。
それは奇妙にも、戦場において叩き上げられるローレンティアの王の器とは真逆。
日常でこそ紡がれるそれを、切りよく言いまとめるのは難しい。
絆か。繋がりか。郷土心か。帰属意識か。あるいは。
愛と、呼ばれるものだった。
六章九話 『照り月・円卓会議』




