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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第六章 照り月、消失迷宮編
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六章八話 『騎士と泥棒と、王と傭兵』

【刻剣】のトウガという人物は、強く、頼れる、無敵の男だった。


トウガ傭兵団での日々、傭兵ヤクモが彼に持ったイメージはそれだ。

どんな窮地に晒されても凌ぎ、跳ねのけ帰還する。

どんな戦場を任せても構わないという強さが彼にはあった。


だが彼の仲間はそれほど強くはない。

新兵は呆気なく散っていき、熟練の者も度々命を落とした。

もはや、傭兵団に古株の者は少なくなっていく。

ヤクモが傭兵団入りした時には沢山いた、トウガより傭兵歴の長い者も、平原での戦線が終結する頃には一人としていなくなっていた。


彼はよく、戦線の後ろにある湖の方を見るようになった。

そこの畔には、遺体を回収できた者達の墓がある。

どんな戦線でも強く、無敵に存在した男のその姿が。


死に引きずられていくようだと、ヤクモは思ってしまう。







地下二階へツワブキ達が探索に向かった同日の、夜。

班長達が集まり情報共有をしている間、残りの班員達は思い思いの場で体を休めていた。


オオバコ達はアシタバに指示され、気を失ったままのローレンティアを診療所へ連れて行き、マリーゴールド達がエーデルワイスを呼びに行った。

彼らトウガ班のメンバー、ヤクモ、ヨウマ、ユーフォルビアの三人は、魔王城東側の空き地で腰を落ち着けてトウガの帰りを待つ。


「ヨウマ、おめーよくも簡単に捕まりやがったな」


ヤクモの言っているのは消失迷宮で、傭兵ヨウマが迷宮蜘蛛ダンジョンスパイダーに捕まった件だ。


「………悪かった。不注意だった」


「不注意だった、だぁ!?」


ヤクモは立ち上がり、苛立った顔でヨウマを見降ろした。


「あの戦場で、不注意で死んでいった奴なんかごまんといたな。

 でも俺達は違った。幸か不幸か生き残ったんだ。

 そして無理言って、トウガさんについてここへ来た」


「………分かってる」


「分かってねぇ!俺達はもう、トウガさんを一人にしちゃぁいけねぇんだ!

 それは無理言ってここまでついてきた俺達の責任だぜ。

 俺達が、あの大剣の傷を増やすわけにはいかねぇんだ!!」


湖の方をぼうっと眺めるトウガの姿を思い出してた。

どれだけ屍が積み重なっても、彼は一度も涙を流さず、悲しむ素振りを見せなかった。

その代わりに彼は困ったような、寂しそうな笑みを見せる。

歴戦を経て不敗の英雄も、心が歪に変えられていた。


「ヤクモ、その辺にしておいたら?」


魔道士ユーフォルビアが助け船を出す。


「だってよ………!!」


「私も捕まったから強くは言えないけど……。

 今回の蜘蛛の擬態、レネゲードさんなら見破られたみたい。

 彼が気絶なんてしていなければ、そもそも私達は不用心に魔物の巣に足を踏み入れるなんてことはなかった」


う、とヤクモが呻く。


「レネゲードさんが気を失った原因は?」


ユーフォルビアのその言葉に、ヤクモはヨウマと肩を並べて反省する。

そこに遅れてトウガが姿を現した。手をぷらぷらさせ、のんびりとした様子だ。


「トウガさん!!」

「班長会議、終わったんで!?」


ヨウマとヤクモが勢いよく立ちあがり。


「ああ、まぁな。座ってていいよ。ちょっと水取ってくる」


「水なら取ってきている」


まるで秘書のように、ユーフォルビアがトウガに水を手渡す。


「サンキュな。おーしお前ら集まれ。今回の反省会といこうか」


無感情のユーフォルビアと、怒られるのではないかと顔を固めるヨウマとヤクモ。

彼らは円を成し、そして今回の探検を振り返り始める。







「此度は本当にすまない。独断専行が過ぎた。結果、皆に迷惑をかけることになった」


同刻、地下一階の酒場『サマーキャンドル』でも、ツワブキ班が集まり反省会を開いていた。


班長、探検家【凱旋】のツワブキ。

探検家【隻眼】のディル。

騎士【狼騎士】のレネゲード。

頭を下げているのは魔道士【蒼剣】のグラジオラスだ。


「いやいや、少なくともローレンティアの件に関しちゃこっちの方が助けられた。

 礼を言う。蜘蛛に捕まった方は、あー………。ま、今後の勉強だな」


ツワブキは1つ顎を撫でると、本題とばかりに身を乗り出す。


「グラジオラス。俺はお前の竹を割ったような性格は好きだ。

 何事にも動じない果敢さも、磨き上げてきた魔法も頼もしい。

 だがな、ことダンジョンにおいて騎士の誇りは何も守れねぇぜ。

 必要なのは臆病とも揶揄される慎重さだ。

 レネゲードを気絶させたまま進行したのは、まぁ今回の俺のミスだな」


ツワブキは頭を掻く。


「……お前の事情は浅いながら理解しているつもりだ。

 魔道士でありながら王国兵、当代唯一の魔法剣の使い手、そして世界最高峰の大魔道士、勇者一行メローネのたった一人の弟子……。

 歪な生まれの上にデカい看板が乗っちまった。

 これまでのお前は、正道を突き進まなきゃいけなかったんだろう。

 そうじゃなきゃ周りがお前を認めてくれなかった。違うか?」


グラジオラスは無言で応える。


「だがこの銀の団では、一旦それは忘れろ。

 慎重に重きを置くお前を馬鹿にする奴は俺が国へ返す。

 仲間を救おうと自らを危険に晒すのは、まぁ目を瞑ろう。

 そんでも、どんな状況でも算盤そろばんは弾け。

 それが俺がお前を班に置く絶対条件だ」


「………承知した」


堅い顔のままグラジオラスが頷いた。


「武勇を持つ魔道士で騎士、グラジオラス。

 そして魔王城付近で八年生き残った騎士、レネゲード。

 俺ぁお前らをそういう理由で班に誘ったわけだが、お前らの組み合わせの良さも勘定に入れていたんだ」


はてな、を浮かべながら、グラジオラスとレネゲードが顔を合わせる。


「グラジオラス、お前は勇敢で強いのはいいが、時に大胆過ぎて慎重さに欠ける。

 レネゲード、お前は慎重で警戒心高いのは探検家向きだが、臆病すぎてビビり過ぎ、もう少し思い切りがいるぜ。

 お前ら騎士同士にして、お互いを見習うにはいいコンビなんだよ」


はてなが消え、二人の互いを見る顔は少し真剣になった。


「俺ぁここで次世代の育成も考えてんのさ。

 レネゲードは若者っつーにはちと年が行きすぎかもしれねぇが……。

 二人にはかなり期待しているんだぜ俺は。大いに育ってくれよ」


はい、と返事をする二人を、ツワブキは楽しそうに眺めていた。







診療所前。


魔道士エーデルワイスを見つけ、診療所に送った後、ラカンカ班も反省会を執り行う。

班長、大泥棒【月夜】のラカンカ。

狩人【月落し】のエミリア。

元トウガ傭兵団、泥棒見習いピコティ。

魔道士マリーゴールド。


しかし、木材に腰かけるラカンカの前にエミリアとピコティが正座をする形だ。


「……で。お前達はまんまとあの蜘蛛達に捕まったわけだが」


ラカンカが無表情に喋る。エミリアとピコティは怯えた様相だ。


「まーしょうがねぇよな。

 何せ初見殺しの迷宮に擬態する待ち狩りの魔物だ、キリやグラジオラス、ヨウマも捕まってる。

 あのツワブキでさえ魔物が壁に擬態しているなんて見抜けなかった。

 しょうがねぇ、しょうがねぇ――――とは、俺は言わねぇ」


いつも飄々としたラカンカの真剣な眼差し。

それは怒っているともとれる雰囲気だった。


「ピコティ。お前は俺から技術を盗みまくってトラップの専門家になるんだろう。

 それが相手の罠に捕まってどうする。誰もお前を信用しねぇぞ。

 エミリア。獲物を狩るのは得意だが、狩られるのは想定外だったか?

 あれだけ接近されて弓使いのお前にゃ辛い相手だろうが、言いわけは聞かねぇ」


背後で心配そうに様子を伺うマリーゴールドを置いて、ラカンカは言葉を続ける。


「俺は最初に言ったよな。俺の班はトラップを請け負うって。 

 それは直接的な戦闘は他の奴らに任せるってことだ。

 危険を仲間に押し付けるんだぜ。だからトラップ解除の仕事は責任持って完璧にこなさなきゃいけねぇし、ダンジョン攻略で足を引っ張るわけにはいかねぇ。

 敵に捕まるなんてもっての他だ」


ピコティは年相応、怒られて涙を浮かべ。

エミリアは自分の不甲斐なさに、目を閉じ沈黙を守る。


「お前らが足を引っ張るようなら俺は一人でやらせてもらう。

 その方が戦闘部隊全体にとって効率がいい。

 大体エミリアだって他の戦闘向きの班の援護役の方がいいだろうし、ピコティだって、俺がトウガに頼んで――――」


言葉は途中で途切れた。

マリーゴールドのチョップがラカンカの頭に振り下ろされたからだ。


「痛ってぇ!!」


頭を抱えながら、何すんだとラカンカがマリーゴールドを睨む。


「その辺りにしておきなさいな。お二人とも自分の非は重々承知でしょう。

 あの迷宮内で、誰が捕まるかなんてくじ引きのようなものでしたわ。

 それにわたくし聞いていますのよ。

 あなたもトラップを1つ解除し忘れて、初日にローレンティアを穴に落としたのですってね」


人差し指を突き付けるマリーゴールド。ラカンカはう、と気まずい顔をする。


「ありゃあ銀の団がデスマーチ課しやがったからで…………。

 それも言いわけか。あ~邪魔すんなよ。こういう儀式は必要だろうが」


「経験を得るための痛みは必要ですわ。言い過ぎだと言っているのです」


マリーゴールドはふんと鼻をならすと、涙目で正座を続けるピコティに寄り添い肩に手を添える。


「あなたは何を生き急いでいるのです」


ラカンカはその言葉を真顔で受け取った後、観念したかのようにため息をつく。肩の力を抜く。


「………分かった。とにかくピコティは、あまり俺の目の届かないところへいくなよ。

 エミリアも、閉鎖的な場所じゃ弓も使えねぇんだから気をつけろ。

 ダンジョンじゃ何が起こるか分からないんだ。

 ……………誰かが死んでもおかしくなかった」


夜空を見上げ、呟くようにラカンカが言う。

班の三人は、真剣な顔でその言葉を受け取った。







アシタバ班も同様に診療所に集まる。


椅子に腰かける探検家、【魔物喰い】のアシタバ。

窓際の壁にもたれかかる探検家見習い、オオバコ。

出口付近に立つ元殺し屋、キリ。

そしてベッドで横になるのは、王女ローレンティア。


「しょ、処置はこれで終わりです」


ゆっくりと目を覚ましたローレンティアを見届けて、傍にいた魔道士エーデルワイスが立ちあがる。


「グ、グラジオラスさん達のおかげで早期に暴走を止められました。

 一晩も寝れば元通りになると思います。 

 い、今は魔力暴走オーバーフロー後の混乱期で、上手く喋れなかったりするでしょう。

 ゆっくり付き添ってあげてください。わ、私もまた深夜に顔を出します」


「ありがとう。感謝する」


アシタバの言葉にペコリと頭を下げると、エーデルワイスは診療所を出ていった。

ローレンティアは静かだ。ぼぅっと診療所の天井を眺めていた。


「………ティア。聞こえているのか?」


言葉は出ない。口が半開きのまま、ゆっくりと頷いた。

目は天井へ向けられたまま、焦点はどこか遠くに合わせられていた。

意識が、どこまでも浮ついているような様子。

痛ましい。これが魔力暴走オーバーフロー後の状態。

好んでなるものでも、好んでさせるものでもない。


「………ティア。キリ達から話は聞いた。

 ツワブキ達の撤退を身を挺して支援したそうだな。

 班長としてまず礼を言う。本当にありがとう」

 

頭を下げるアシタバに、ようやくローレンティアが目線を向ける。

虚ろな、霞んだ儚い目。


「だが、俺個人としては良かったとは言えない」


その儚い目を強く受け止め、アシタバはゆっくりと言葉を送り始めた。


「全部結果論だ。ティアの暴走は俺も予測してなかった。熟練の魔道士達もだ。

 だからあの場で、呪いを使って巨大な母蜘蛛の攻撃を請け負うと判断したことは責められない。

 責められないけど、間違っていたと言わなきゃいけない。


 結果―――そう、結果だ。

 ティアが魔法の習得を頑張っていたことは知っている。

 呪いをダンジョン攻略に活かしてやろうと決意したことも。

 でも今回の暴走でツワブキは、呪いを使わせることを躊躇うかもしれない。

 あんな不安定なものを連れてはいけないと。

 お前のあの姿を見て、信頼を寄せるのをやめる奴がいるかもしれない。

 ………暴走が止められずに、もっとひどい事態に陥っていたかもしれない」


それは、今まで一人でダンジョンに潜っていたアシタバが初めて直面する恐れだ。

大泥棒ラカンカも同じものを感じていた。

そして【刻剣】のトウガが戦場でずっと背負っていたもので、【凱旋】のツワブキがハルピュイア迎撃戦で初めて痛感したものだ。


危険も、失敗も、怪我も。

全て一人で背負い、処理をしてきた今までとは違う。

指の隙間をするりと抜けた脅威が、仲間の背中を討つ恐怖。


「………お願いだ。無理はしないでくれ」


悲痛な顔でその言葉を絞り出す。

本当はもっと言いたい言葉があったのだろう。

だけど、ティアの決意を知っているから飲み込む。


霞んだ目を向け、ローレンティアはアシタバのその姿を見守っていた。

ああ、私は。失敗してしまったんだな、と改めて実感する。

エリスとの約束を守れなかった。

過程はどうあれ、心配をかけてしまったのだ。


その後悔を強く胸に刻みつけ。

ローレンティアは未だ混濁する意識の底、深い眠りへと沈んでいく。






再び、トウガ班。

円になって座るのは、傭兵【刻剣】のトウガ。

同じく傭兵、ヨウマとヤクモ。

同じく傭兵にして魔道士、ユーフォルビア。

トウガ傭兵団出身の四人だ。


「………俺はまぁ怒るつもりはないんだ。誰だって最初は失敗するさ。

 ヨウマの蜘蛛に捕まったのはグラジオラス達もそうだったし、ツワブキも見当がついちゃいなかった。

 ヤクモとレネゲードの件も、まぁ変な結果にはなったがあれはあれで正しい」


意外そうな顔をするヤクモへトウガが目線を向ける。


「俺達のいた戦場じゃ、皆が肩を並べて戦線を張っていた。

 誰かの弱音は横の奴へ伝染する。

 尻を叩いて勇気づけてやらなきゃならなかった。

 傭兵としてヤクモ、お前のレネゲードに対する態度は正しい。


 ………だがな、もうここはあの草原じゃなくて魔王城だ。

 俺はトウガ傭兵団を解散して、俺達はダンジョンを攻略していく戦闘部隊の一員になった。

 分かるか?やり方を変えていかなきゃいけないんだ。」


穏やかな落ち着いた声だ。三人ともが彼の話に聞き入っていく。


「ここじゃ無謀な勇気より、繊細な臆病さが正義だ。

 臆さないことより、生き残ろうとすることが正義だ。

 命を投げうって戦線を守る必要はない。

 危なくなったら撤退して次に備えりゃいい。

 あの平原の戦いは、戦争は終わったんだ。

 俺達も次の時代の戦い方に適合していかなきゃいけない。

 蜘蛛に負けている場合じゃないな?」


初めてふふ、とヤクモ達が笑った。


「ゆっくりでいいんだ。新しい生き方を身に付けていこう。

 それからもう1つ。ヤクモ。ヨウマ。ユー。

 ここに一緒に来てくれてありがとう。礼を言う」

 

突然頭を下げるトウガに、思わず三人は固まった。


「ト、トウガさん……!?」


「そ、そんなのやめてくださいよ!」


「俺はあんまり、伝えるの苦手だが………。

 正直、お前らがいてくれて助かっているんだ。

 この剣は、一人で向き合うには重くてな」


朗らかにトウガが笑う。

その後ろに悲しみが流れていることは、いい加減三人は理解していた。


トウガ傭兵団、そのリーダーとして。

どんな戦況下でも不敵に笑い、仲間の死にも悲しむ素振りを見せないようにし、怯えも恐怖も、ひた隠しにしてきた男の、それが末路だった。


【刻剣】のトウガは、壊れている。


表面とその裏の感情が一致しなくなっていた。

彼の背中を見る者達に応え続け。

戦場にいて彼は、歪にならなくては自己を保てなかったのだ。


その彼が、新しい生き方を身につけようということが。

ずっと、湖の方を眺めていたようなトウガが、ありがとうと、自分達に焦点を合わせたことが。

ヤクモ達には堪らなく………何か、報われたように感じた。


「これからもよろしく頼む。ここで、一緒に生きていこう」


再び、頭を下げる英雄に。

戦争で幾度となく命を救われた三人は、負けじと低く頭を下げる。


傭兵。金のために戦う、自己完結の戦士達。

彼らもようやく、その変化の方向性を定め始めた。

 



六章八話 『騎士と泥棒と、王と傭兵』

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