六章六話 『勇猛果敢な逃走劇』
マリーゴールドの陣が解かれ、一斉に走り出した十六人。
突如現れた敵に迷宮蜘蛛達は驚き、しかしすぐに迎撃体制を整える。
進む方向へ立ち塞がる蜘蛛達。前足を持ち上げその口を晒す。
自分を大きく見せる威嚇のポーズだ。
「それは不合理だな。せっかくの防御を捨てている」
パシュン、とアシタバ達の背後から矢が放たれる。
ラカンカ班所属、狩人、【月落し】のエミリアだ。
彼女の矢を口に受けた蜘蛛はたまらず蹲る。
「そうだ、蹲れ。私には射にくいが、他の者には戦いやすい」
「その必要もないぞ」
応じるのは、蒼く光る剣を手に持つ騎士にして魔道士。
ツワブキ班所属、【蒼剣】のグラジオラス。
「一、刀、両、断!!」
迷宮蜘蛛を、その石壁ごと両断する。
勇者リンゴの聖剣に次ぐとも言われる、その切れ味こそがグラジオラスの魔法剣だ。
「気合い入ってんなぁ……よっしゃ、俺もさっきみたく蜘蛛達の上を飛んで……」
そのヤクモより早く、蜘蛛達の背中を蹴って飛び移り、誰より先に洞窟へ近づく者がいた。
アシタバ班所属、斑の一族、ナイフ使いのキリ。
飛びながら、蜘蛛達の関節にナイフを打ち込んでくおまけ付きときている。
「捕まっただけあって、燃えてんのな~。
銀の団、三大女傑の大暴れだぜ。俺達も負けちゃいられねぇ!」
目標の洞窟にある程度近づいたところでツワブキが踵を返し、迷宮蜘蛛達に向き直る。
それに従う者、ツワブキ班、ディル、グラジオラス。
トウガ班、トウガ、ヤクモ、ヨウマ、ユーフォルビア。
アシタバ班、オオバコ。
8人が一列となり、蜘蛛達に向かい合う。つまり時間稼ぎの側だ。
「とにかく暴れるだけ暴れろお前ら!!
魔物尻ごみさせるのは原始的な暴力だけだぜ!!」
叫ぶ彼らを背に、アシタバ達は洞窟へと走る。
一番に到達したのは、迷宮蜘蛛の背を足場に八艘飛びをかましていたキリだ。
彼女はその場につくと、近くの敵を手当たり次第相手し始める。
バランスが悪いと【刻剣】のトウガは言ったし、関節を狙うべきだと【凱旋】のツワブキは言った。
1体につきナイフを2本。蜘蛛の膝、石壁の隙間に正確に打ち込んでいく。
彼らはたまらず自重と石壁を支え切れなくなり、地面へ転げ、そしてのたうち回る以外に動けなくなっていった。
三階へと続く洞窟、その手前にはラカンカ班の四人が集まり、地面を凝視する。
「ウォーウルフの足跡………駄目だ、分かんねぇな」
「ラカンカ、しっかり!」
「だー、俺は別に痕跡辿るスキルなんざ持ってねぇよ。そういうのは狩人の仕事だ」
慌ただしく言い合うラカンカとピコティは、熱心に地面を観察する【月落し】、狩人のエミリアを見る。
「…………後ろ足で土をかけたな。蜘蛛が歩き回っただけでこうはなるまい。
成程、確かに賢い魔物だ。だが所詮四足、器用な工作ができるわけではない」
その呟きを終えると、すくっとエミリアは立ち上がる。
「アシタバ!レネゲード!!左手側だ!」
その声に呼応し、キリを中心とする乱戦の場からアシタバとレネゲードが抜け出る。
「レネゲード、いけるか!?」
「大丈夫だ」
ここまで来れば、ウォーウルフ達の迂回路の場所は限られてくる。
エミリアが足跡を確認した以上、その入り口は確かにこのフロアに存在し。
それはそもそも、地下三階に続く洞窟の近くにある。
蜘蛛を避けるための道だ、フロアを横切る形になる位置にはなく。
そして上へ目指すのであれば高い確率で壁に設けられる。
洞窟近く、向かって左手、壁に張り付いている迷宮蜘蛛。
「あれだ、アシタバ!」
レネゲードの指さす方へ、その壁へ、アシタバは剣を突きたてて貫く。
アシタバの目にはただの岩壁にしか見えない……………が。
キィィィィィイイイ、という金切り声をあげて、その壁が手前へ倒れこんでくる。
壁の裏側には黒々とした体、八本の脚………迷宮蜘蛛だ。
「ふっ!」
ひっくり返り、脚をバタバタとさせる蜘蛛の光景はかなりグロテスクだったが、アシタバとレネゲードは間を置かず腹に追撃を打ち込んだ。
ぴんと伸びる脚。やがて力を失い、抵抗がやむ。
「………………………」
しかし、アシタバとレネゲードの顔色は晴れなかった。
倒れた、その迷宮蜘蛛が張りついていた壁に穴などなかったからだ。
ただ、岩肌の窪みに収まっていただけの蜘蛛だった。
「………こいつじゃなかったのか。他に―――」
「他にはいない。条件に合う蜘蛛はこいつだけだ」
次へいこうとするアシタバをレネゲードが制する。
ここまで積み上げて、それでも違った。
「…………奴らは蓋で隠しているんだ。
迂回路を使おうとやってきたウォーウルフに鉢合わせないよう、蜘蛛が体を張って穴を隠すことはきっとないんだ」
「蓋は?見抜けるか?」
「……………」
レネゲードの感覚的な超策敵能力とでもいうべきそれは、生物の気配に対して鋭く発揮されるが、無生物はその限りではない。
立ちすくむ。当てがない。どこをどうやって探す。
背後、蜘蛛達に対する防衛線を請け負ったツワブキ達。
「―――海底浮月。速度低下Ⅲ」
ユーフォルビアの体から再び泡が生まれ、放たれ、目の前の蜘蛛達へと当たっていく。
「サンキュー魔道士さん!!」
動きがゆっくりになった蜘蛛の関節めがけ、オオバコが斧を振るった。
ユーフォルビアのみならず、ツワブキやディル、トウガも他のサポートをしつつ保たれていたライン。
だがそれも限界が来ていた。
「…………やべぇな」
あの巨大な、巨大な母蜘蛛が、方向展開を終えツワブキ達の方を向いた。
深い黒の球体の目がツワブキ達を見降ろし、そして巨大な前脚をゆっくりと持ち上げる。
「やべぇ、やべぇぞ!!ここまでだ!!」
蜘蛛の子を散らすという表現そのままに、ツワブキ達に群がっていた迷宮蜘蛛達が退避する。
直後、巨大な母蜘蛛の前脚が勢いよく振り落とされた。
衝撃。轟音。地響き。
「全員無事か!!」
土煙りの中、ツワブキの叫びに残る七人は姿を見せて応えた。
「あのデカブツとやりあうのは自殺志願者のやることだ。
撤退するぞ!!俺に続け!!」
ツワブキ達は地下三階へと続く洞窟の方へ走り出す。
時間稼ぎはもう無理だ。祈るしかない。
先に洞窟の方へと向かった奴らが、迂回路を見つけていることを。
「――――諦めてたまるか」
穴のない岩肌を睨むように、レネゲードが呟いた。
地下二階に降りる前、おどおどとしていた彼の面影はもはやない。
狼騎士レネゲードという男は、日常の中では危険を恐れ、怯え蹲るが、危険の中では生に手を伸ばし最後まで足掻き続ける。
それが八年、彼が生き延びる要因となった才能だ。
迷うアシタバを置いて膝立ちになると、岩肌へと体を寄せる。頬など、壁に密着する形だ。
彼はそのまま蟹のようにずりずりと、横へ横へと移動し始めた。
それはひどく恰好のつかない所作だ。
アシタバも何をやっているのか訊ねようとして、口を止める。
空気の流れを感じ取ろうとしているのだ。
迂回路にはめ込まれているであろう蓋の、隙間から流れ出ているかもしれない――。
あるとも分からない、僅かな、僅かな風を。
生へとしがみ付く。
彼の元へと、洞窟前の調査を終えたエミリア達や、撤退してくるツワブキ達が集まりつつある。
仲間の騎士たちは死んでいった。故郷の者たちも死んでいった。
自分だけが生き残った。期待をされたのだ。これ以上を死なせるわけにはいかない。
それが、独り生き残った騎士が掲げた誇りだった。
「―――――あったぞ」
震える声。言った本人も信じられない、といった様子だった。
「あった。あった!!アシタバ、手伝え!!掘り起こすぞ!!!」
間髪いれず、アシタバがレネゲードの指す壁へと剣を突き刺す。
「縁は?」
「ここだ!!」
レネゲードが空気の流れを感じ取ったそこへ、アシタバは取りだした別のナイフを突き立てた。
「そっちからテコで持ち上げてくれ!俺も引っ張る!!」
ナイフをレネゲードが、剣をアシタバが持ち、二人で力を入れる。
堅く、重いそれが、動き。動き。その岩が剥がれる。背面には糸の塊。
そしてその先にはぽっかりと穴が開いていた。
ようやく、ようやく彼らはそれに辿りつく。
「見つけた…………俺達の脱出口だ」
「ツワブキ!……ツワブキ!!」
巨大な蜘蛛の追撃を避け、洞窟へ向かうツワブキに必死に呼びかける者が一人。
「なんだぁ、グラジオラス」
ツワブキ班、魔道士グラジオラスはツワブキに併走しながら訴えかける。
「私を戦わせてくれ!せめてあの巨大な蜘蛛に一撃入れないと……。
呆気なく捕まり、何も返せず敗走など!」
それは、死や流血とは程遠い月の国の王都で育ち、勇者一行の一人、大魔道士メローネの弟子として注目され、誇り高き王国騎士団の中で育ってきた彼女の価値観だった。
「………敗走じゃねぇ、戦略的撤退だ」
「私にとっては同じことだ!!」
叫ぶグラジオラスは急転、たじろき黙る。
ツワブキが今までにない形相で彼女を睨んでいた。
それは魔王城に来て以来、ツワブキが初めて見せた…………。
怒り、だ。
「俺にとっちゃあ、お前のそれはどうでもいいことだ。
強えぇだけの奴はダンジョン攻略にゃいらねぇ。
名誉ある死が欲しいならどうぞ余所でやってくれ。次、同じことを言ってみろ。
俺の全権限を使っても、お前には銀の団から去ってもらう」
気圧され、黙るグラジオラス。
彼らの頭上に再び高々と前脚が持ち上げられ、振り下ろされようとしていた。
「―――ったく、お前よりお姫さんの方がよっぽど分かってるぜ」
迫る、迫る、その巨体の一撃の落下地点、ツワブキ達の前方に立っていたのはローレンティアだ。
走り抜けるツワブキ達。そこへと重い、巨大な前脚が振り下ろされ。
「私が受け止めます」
「任せた!」
既に信頼があった。
ローレンティアの呪いが唸る。影から何重もの黒い腕が湧き出て、その脚を阻む。
激しい圧と音、超巨人の鉄槌と、絶対防御の呪いの激突。
「………………?」
その巨大な一撃にも全く動じなかったローレンティアは、渦巻く呪いの中で違和感を覚える。
―――なんだ?
共に生まれ、長らく一緒に生きてきたローレンティアも知らない。
彼女の呪いは、迫る敵意の大きさによって展開の規模を変える。
超巨大な母蜘蛛の、重い重い一撃は彼女の人生で最大級の敵意だ。
そして彼女が今月中、熱心に取り組んでいた瓶の中の宝玉。
それによって仕上がった彼女の魔術回路を、その呪いが滑らかに循環する。
加速し、加速し、加速して。
溢れだす。
それは、黒い竜巻だった。
母蜘蛛が地面に振り下ろした脚の下で蠢く、蠢く。
黒い手が湧く。旋風のように、渦を巻いて奔る、奔る。
脚の周りの子蜘蛛達が、渦巻く手に吹き飛ばされた。
脚が押し返され、母蜘蛛はグラリと揺れる。
黒い竜巻が渦巻き、暴れ、唸る、唸る。
竜巻の如く。烈火の如く。洪水の如く。化け物の如く。
彼女の手を離れて。
「――――魔力暴走…………!」
ツワブキ達は、足を止め。
地下二階に新たに現れたその怪物を見ていた。
六章六話 『勇猛果敢な逃走劇』




