六章二話 『断末魔さえ消え去りぬ』
地下一階から伸びていた洞窟は、半円状の螺旋を描いて下に続く。
大階段のような舗装された道ではなかったが、歩ける部類の岩肌だ。
壁には人魂達の松明が並ぶ。
「なんか、地上二階とか探索した時とは違うなぁ!ダンジョンーって感じだ!」
洞窟の岩肌を繁々と見ながらオオバコが呟く。
「ローレンティア、できるだけ私の側を離れないで」
キリは既にナイフを手に持ち、ローレンティアの側に身を寄せる。
「分かったわ。お願いね」
ローレンティアは護衛としてのキリに身を委ねるようだ。
地下二階に向かいながらアシタバは、今回参加する面々を観察する。
――――ラカンカ班。
【月夜】のラカンカと【月落し】のエミリアのコンビがいる班だ。
地下一階、魔王城上階の探索にも参加した二人。
トラップならお任せ、エミリアの矢も心強い。
他の班員は、ラカンカに馴れ馴れしく話しかける少年ピコティ。
とてもそうは見えないがトウガ傭兵団の一員だ。
足を引っ張る程ではないだろう。
もう一人、マリーゴールドといった魔道士は少し心配だ。
金の髪をロールさせた、いかにも貴族といった髪型。
さすがにダンジョン向けの服装をしてきたみたいだが………。
――――トウガ班。
トウガ傭兵団出身の者達で構成されているだけあって、既に実績と連帯感、貫録さえある安定感がある。1つ挙げるとすれば、ダンジョン攻略の経験がないのが懸念材料か。
リーダー、五英雄の一人【刻剣】のトウガに、アシタバ達を打ち負かした傭兵ヨウマとヤクモが続く。
魔道士ユーフォルビアの実力は分からないが、実績と出で立ちから心配するレベルとは程遠いだろう。
―――――ツワブキ班。
歴戦の探検家【凱旋】のツワブキ、【隻眼】のディルのコンビに当代唯一の魔法剣使い【蒼剣】のグラジオラスを加えた班だ。
ここも安定感がある。が、しかし。
アシタバは、ツワブキ班の四人目……騎士レネゲードと言った男に視線を送る。
スポーツ刈りのような髪に、痩せこけたような頬が目立つ。
筋肉はついていたが、猫背の姿勢と恐怖に染まった顔、びくびくと周囲を警戒する目線が、彼に頼もしいという印象を与えはしなかった。
「大丈夫っすか?顔面蒼白っすよー?」
初対面の年上の男の、緊張しているところにそう声をかけるものだから、まったくオオバコは大した奴だとアシタバは思ってしまう。
「そ、そうかい?いや、すごく緊張していてね。怖いんだ」
「怖い?」
「私はダンジョンが嫌いでね……魔物も、怖いんだ………」
それは、ツワブキ班の一員としては意外な言葉だった。
「おっさん、辛気臭いこといってんなよー?」
見かねたヤクモが会話に入ってくる。
「うじうじしてんじゃねーぞ、男だろうが。
あんたのそれ、味方にも伝染るんだよ。しゃきっとしろ、しゃきっと!」
相変わらずのサバサバとした言動だ。
グイ、と顔を近づけるヤクモに、レネゲードは上体を反らせる形になる。
「し、しかし怖いものは怖いんだ……」
「だからな~、虚勢でもいいから張れってこった!
魔物が怖えぇなら、俺がもっと怖い目にあわせてやろうか~ぁ?」
ボキ、と拳の骨を鳴らすヤクモに、レネゲードはひ、と悲鳴を上げ。
足元の岩肌から足を滑らせ、転んで頭を強打した。
「……………………」
「…………あっれ~?おい、おっさん?おいおい、大丈夫か!?」
慌ててしゃがみ込むヤクモに、アシタバとオオバコも駆け寄った。
「おいおい、何やってんだ」
「お、俺じゃねぇよ!このおっさんが………」
「どいて」
毅然と割って入ったのはトウガ班、ユーフォルビアだ。
慣れた振る舞いでレネゲードの横に屈むと、手の杖を掲げ、空色の光を発し始める。
「………出血はなし。大丈夫、気絶しているだけ。でもしばらく起きそうにない」
「よ、よかった………」
「ヤクモ、次やったらトウガさん怒るよ。私はもう怒ってるけど」
う、とヤクモは青ざめる。
ツワブキ達と最前線にいたトウガは、感情の読めない顔でヤクモを見ていた。
「………うちの奴がすまないな。どうする、一旦戻るか?」
レネゲード達から少し離れ、最前線のトウガにツワブキが答える。
「まぁ、困ったもんだが傭兵としちゃ間違っちゃいねぇな。戻りはしねぇ。
軽く頭を打った程度みてぇだし、進みつつ目覚めるのを待とう。
おーい、オオバコ!!」
ツワブキがレネゲードの傍にいたオオバコに呼び掛ける。
「なんすかー!?」
「悪りぃけどレネゲードしばらく担いでくれねぇかな。
お姫さん、オオバコの傍にいてくれ。いざという時は頼む」
「分かりました―!」
「りょ、了解しました!」
「す、すいませんっしたツワブキさん!」
ヤクモが勢いよく頭を下げ、ツワブキは手をひらひらとさせる。
やーいヤクモ怒られてるー、などというピコティの煽りは、ラカンカが脳天チョップで黙らせた。
その後もしばらく歩き、そして一同はようやく地下二階に到達する。
洞窟の最後だけが階段として整備されており、そこを降りると目の前には石造りの迷宮が広がっていた。
「迷宮、かぁ…………」
2メートル半、ぐらいの低めの天井のフロアだった。
チェス盤のマス目のような正方形のユニットが連続的に配置され、正方形の角が4つ重なるところには柱が据えられている。
正方形の辺の部分にランダムにレンガ模様の石壁が置かれており、それがフロアを遮り道を作って、迷路の様相を成している。
全貌は見えない。
しばらく一行は立ち尽くしたが、行くか、というツワブキの声に呼応し迷宮を進み始める。
進路は、2メートルほどの横幅の道だ。
両脇はレンガ模様の壁で覆われ、どこか圧迫感を受ける。
曲がり角に当たっては曲がり、T字路にあたってはツワブキの勘で適当に進む。
最後尾のアシタバがラカンカから受け取ったロープを持っていた。
端は入り口の柱に縛られている。これまで辿った道筋を残すためだ。
「しかし迷宮かー。さっきの洞窟とは違って想像してた感じじゃないな。
こういうダンジョンはよくあるのか?」
未だ気を失っているレネゲードを横に寝かせ、腰を降ろしながらオオバコが呟いた。
一行は十字路に突き当たると、三方向を一旦探索してみることにする。
三班が三方向をそれぞれ担当し、レネゲードを抱えるアシタバ班は十字路で待機だ。
「いや、こういう人工物的なダンジョンはかなり珍しい。
基本的にダンジョンってのは魔物に征服された土地を指すんだ。
砂漠とか鉱山とか、湖とか。迷いの森も樹人に制圧された森だしな。
しかし………迷宮かぁ」
ため息をつくアシタバの様子に、ローレンティアも話の輪に加わった。
「何か、気乗りしない感じなのね?」
「あぁ。正直、嫌な予感がするんだよなぁ」
「嫌な予感?」と、オオバコ。
「まず1つ、全然魔物を見かけない」
アシタバが人差し指を掲げる。その通りだった。
地下二階に降りてから迷宮を歩いて今まで、松明の人魂を除けば彼らは全く魔物に遭遇していない。
「確かに魔王城にしてはって気もするが、魔王城上階もガラ空きだったじゃねぇか。
魔王もいなくなって、二年放置された場所だぜここは。
以前何かいた、でも今はいない、ってことじゃねーの」
オオバコは楽観的だ。
「それもそうなんだが……俺もツワブキもディルさんも、知らないんだよなぁ」
「何を?」
「こういう類のダンジョンを。見たことがない」
沈黙。アシタバ以外の三人が、呆気に取られる。
「じょ、冗談だろ!?ツワブキさん達は英雄、伝説の探検家だし、アシタバだってそれなりにやってきた探検家なんだろ?」
「でも知らない。探検家組合でもこんなダンジョン、聞いたこともない」
「迷宮といえば、ミノタウロスのお話とか聞いたことあるけど……」
ローレンティアが幼い頃本で読んだ話を思い出す。
「ミノタウロスは迷宮のような洞窟に住む。
こんなレンガ造りの人工物的なところにはまずいない。
ゴブリン達が建てたにしても、いまいち意図が掴めない」
「侵入者を退けるためではなくて?」と、キリ。
「迷宮でか?その目的なら、もっといい方法がいくらでもありそうだがなぁ……」
悩むアシタバを、三人が不安そうに見る。
熟練者が事態を把握できていないということが、これほど不安だとは。
その時、口を閉ざした四人の下へドタドタという足音が近づいてきた。
十字路に勢いよく顔を出したのはツワブキだ。
「アシタバ!アシタバ!!グラジオラス戻ってるか!?」
珍しく焦っている顔だった。後ろからはディルも顔を覗かせる。
「グラジオラス?いや、戻ってきていないが……」
「あ~~~~~~」
ツワブキが面倒臭そうに頭を掻く。
「逸れたのか?」
「あいつ強えぇのはいいが、それを自負して独断専行しがちなんだよなぁ……。
ダンジョンじゃ素人だってのに」
ツワブキがそう言い終わらないうちに、今度は逆方向から別の男が顔を出した。
トウガ班班長、【刻剣】のトウガだ。
「アシタバ、ヨウマを見なかったか?」
「………ん?いや、見てないが……」
「ほら、やっぱり戻ったわけじゃないっすよ!」
背後のヤクモが少し焦った顔で叫ぶ。
「どういうことだ?」
トウガが困ったように腕組みをした。
「………ヤクモとヨウマ、一緒に行動をしていたんだが、ヤクモが少し目を離した隙にヨウマがいなくなったらしい」
「あいつが何も言わずに姿を消すなんて、ちょっとおかしいっす!」
「あの、ユーフォルビアさんはどうされたのです?」
おずおずと訊ねるローレンティアに、トウガとヤクモは顔を見合わせた。
「…………あれ、あいつどこいった?」
二班が戻れば三班目も戻る。
怯えた顔で背後につくマリーゴールドと共に、今度はラカンカが真剣な面持ちで現れた。
「アシタバ、ツワブキ達を呼べ。ピコティとエミリアが消えた」
「あ、消えた?」とツワブキ。
「なんだ、集まっているじゃねぇか。
ピコティがはしゃいで枝道を熱心に調べていたんだが、曲がり角の先で消えた。
ピコティを探しているうちにエミリアもいつの間にか消えた」
「逸れただけだろ?迷っているんじゃねぇの」と、オオバコ。
「違う。あいつらは消えた。ピコティは危なっかしかったから、どこかへいけるぐらい長く目は離さなかった。消されたんだよ」
「…………消された?」
「このフロアの、何か、脅威に」
集まった戦闘部隊の者達は静まり返る。
ラカンカの言葉を全員が反芻し、そして危機意識が足を這い上ってくる。
いるのか。何か得体のしれない脅威が、すぐそこに。
「………ツワブキ、これは一旦帰った方がいいぞ。
もっと人数を集めて集団であたった方がいい」
アシタバが提案し、傍のロープを引っ張り………。
そしてそのロープは、全く抵抗がなかった。
「……………………?」
少し驚きながらアシタバがロープを引く。
するすると、抵抗もなくロープは引っ張られ。
やがて、その先端が姿を現した。
「お、おいラカンカ!!入り口でちゃんと結んだのかよ!!」
と、オオバコが慌てて喰ってかかる。
「結んだ。よくその断面を見ろ」
ラカンカは落ち着いている。ロープの先端には噛み千切られたような跡があった。
「ロープは切られたんだ」
その瞬間、弾けるように立ち上がったのはキリだ。
ロープの伸びていた、アシタバ達がやってきた方へ駆けだす。
「――――――キリ!!」
判断は間違ってはいない。
未だ見えない脅威、ロープを噛み千切った何かがいるのなら、消える前にそれを確認するべきだ。
ナイフを両手に彼女は角を曲がり、アシタバが慌ててそれを追いかける。
「キリ、一人で行くな!!」
アシタバも、角を曲がり。
そしてそこに、キリの姿はなかった。
「………………………え?」
長らく真っ直ぐの道だ。
枝分かれはなく。どこかへ行く時間もなかった。
ツワブキ班、魔道士、【蒼剣】のグラジオラス。
トウガ班、傭兵、ヨウマ。
トウガ班、魔道士、ユーフォルビア。
ラカンカ班、泥棒見習い、ピコティ。
ラカンカ班、狩人、【月落し】のエミリア。
そしてアシタバ班、元殺し屋、キリ。
探索に参加した16人のうち、6人が姿を消した。
やがて消失迷宮と呼ばれる地下二階、そのダンジョンが。
静かに、彼らに牙を剥き始めた。
六章二話 『断末魔さえ消え去りぬ』




