五章十一話 『流れ月分・円卓会議(前)』
照り月中旬の夜。
魔王城地下一階、大階段の脇にあるクロサンドラの酒場、『サマーキャンドル』で二人の男が酒を飲んでいた。
探検家ツワブキ。そして同じく、探検家アシタバ。
もう夜も深く、農耕部隊も樹人の実験場から引き上げている。
クロサンドラの二人娘も寝床に就いており、黙ってグラスを拭く店主を除けば、二人だけの夜だった。
「それでどうだったんだよ。昨日、先月分の円卓会議があったんだろう?」
ややペースを抑え気味のアシタバがツワブキに問いかける。
ツワブキは相も変わらずの酒好きっぷりで、顔が真っ赤だ。
「んー?まぁ、色々あったが問題ねぇよ。
お姫さんはお前の班で働いてもらうことになる」
「………あんた、なんでティアを引き入れた」
アシタバの刺すような視線。ツワブキも真面目な顔で受け止める。
「こういう時のあんたが何も考えていないわけじゃないのは知っている。
理由が、目論見があるんだろう?
だが形式上でも、俺はリーダーとしてあいつの上に立つことになるんだ。
それは教えてもらわないと困る」
「まぁ道理だなぁ」
観念したのか、ツワブキは手元のグラスをカウンターに置く。
「話してやろう。だがまずは昨日の円卓会議のことからだ」
そして彼は話し始める。
昨日、流れ月分の円卓会議のことを。
円卓会議を行う会議室には、落ち着いた魔王城に戻ってきた貴族達が揃っていた。
「まずは謝罪と、感謝をしなければならないな。
大事な時に魔王城にいられず、本当に申し訳なかった。
勇敢に戦った者達のことを考えると心疚しいばかりじゃ」
円卓会議一番の高齢、月の国ブーゲンビレアが深々と頭を下げるので、ローレンティアは慌ててしまう。
「そ、そんな!お気になさらず!」
「そのご老体で戦場に残るのは無理というものでしょう。なぁツワブキさん」
実際のところ、ブーゲンビレアは彼ほどの人物を戦場になぞ置いておけない、という月の国側の強い要望により、強制送還に近い形で国に返されていた。
クレソンの振りにツワブキが応える。
「先月の戦闘は、銀の団の非戦闘員を守る防衛戦の様相だった。
守る対象は少ない方が助かる。
迎撃戦時の離脱に関して、少なくとも俺は何も言うつもりはねぇ。
あなた方は魔物と戦うためではなく、国を代表して来ているわけだからな。
そもそも礼をいうのはこっちの方だ。
あの魔道砲門はかなり役立った」
「それはよかった。国の技術者に訊ねたところ、もう少しこの地で使ってもらって具合を見たいとのことじゃ」
「ひょー、置いてってもらえるのか。ますますありがてぇ!」
「うぉっほん!」
日の国ゼブラグラスが1つ、大きな咳をした。
「……戦闘へ携わった者たちへは私も思うところがあるが、意外なことにここは感謝の言葉を述べ合う場ではない」
それがちだった話が戻り、円卓会議は先月分の報告を消化していく。
ハルピュイア迎撃戦については、被害状況、消費資源、敵軍勢、朱紋付きの存在などを資料にまとめ、各国に順次報告中。
来月は特に武器と医療品について、厚めの支援が来るとのこと。
ウォーウルフの襲撃があったが、地下一階の農耕部隊の実験場には特に被害なし。
「現在、宿舎がハルピュイアの襲撃によって倒壊したこともあり、団員の方達には迎撃体制時のまま魔王城2階、3階で寝泊まりして頂いていますが………。
大工班シラヒゲ班長からは、新しく宿舎を建てず今の状態を正式に採用してはどうか、という意見を頂戴しています」
「………つまりこれからずっと、団員達には魔王城で寝泊まりしてもらうと?」
橋の国アサツキの問いにユズリハは頷く。
「そんなもの……団員達は納得してくれるのだろうか」と波の国ウォーターコイン。
「理由は?メリットがあるんやろ?」
エゴノキの問いに、ユズリハは手元の資料を読み上げる。
「1つ、今後も魔物の襲撃がないとは限らない。魔王城上階が防衛に向いていること。
2つ、夏の避暑と冬の防寒について。
石造りで風通しのいい魔王城は夏の生活に向いており、また手を加えて密閉性を上げれば冬の寒さにも対応できる。
感覚的な嫌悪感と真下にダンジョンがあることを除けば、魔王城は暮らしやすい建物である、とのことです」
「また壊されるかもしれないものを作りたくない、というのが本音ではないのか」
日の国ゼブラグラスが穿った見方をする。
「既にあるものを利用した方が手っ取り早いのはそうじゃろう」
月の国ブーゲンビレアが大工班の肩を持ち。
「ツワブキさんの意見が聞きたいわ」
砂の国シャルルアルバネルがツワブキに話を振った。
「難しいところだな。探検家としちゃ、ダンジョンの上に家を構えるのは勧められねぇが……。
ハルピュイアの襲撃は運よく予測できた類だった。
仮に次回があるとして、それも準備できるとは限らねぇ」
「宿舎で団員が寝ている時にハルピュイアが来ていたら、犠牲は計り知れなかったな」
橋の国アサツキに、そういうことだとツワブキは賛同する。
「つまり戦闘部隊隊長としちゃ、魔王城暮らしは賛成だ」
「魔王城に暮らすなど………!」
鉄の国グリーンピースが苛立ち。
「言っておくが、魔王城を居住区に改修することが銀の団の使命なんだからな?」
ツワブキが怖い笑顔でそれを制する。
投票の結果としては、賛成9、反対3………案は、可決。
反対者は鉄の国グリーンピース、河の国ワトソニア、波の国ウォーターコイン。
銀の団団員はしばらく、魔王城2、3階で暮らすこととなる。
「ま、これからのウォーミングアップだな。
嫌な奴もいるだろうが、慣れて貰わなくっちゃ困る」
結局賛成票を投じたツワブキが、背もたれに身を預けながら呟く。
「ウォーミングアップと言えばツワブキ、お前の戦闘部隊も編成が終わったそうだな?」
鉄の国グリーンピースの切り出しだ。
「それ自体は構わん。だが、資料に載っているこの編成はどういうことだ。
アシタバ班所属、ローレンティア王女………」
敵意とも取れるその視線を、ツワブキは悠長に受け取る。
「そうだな。次はその決議を取ろう」
「―――グリーンピース達三人はどうやっても反対側だろうと思っていた」
再び、深い夜の『サマーキャンドル』。
円卓会議を思い出すツワブキとアシタバの会話だ。
「ダンジョン攻略に、かのローレンティア団長………。
お前まだ武功を上げる気かって見えるよなぁ。
グリーンピースとしちゃ、お姫さんの武功のおかわりは避けたかったはずだ。
だから俺も最初から計算に入れてなかった」
「ティアの戦闘部隊参加について、円卓会議での決議はどうなったんだよ」
「賛成七の反対五。案は可決だ。
反対したのはグリーンピース達三人に加え、森の国ベルガモット、月の国ブーゲンビレア」
「ブーゲンビレア?聞く限りでは話の分かる奴みたいだが」
「そうさな、俺が根回しのために前もって伺った時も丁寧に話を聞いてくれた。
だがどんな理由があろうと、若い娘の戦場への参加に賛成はできない、だそうだ。
ベルガモットも、駄目よ、女の子なんだから~とクネクネしてたな」
「賛成の方はよくついてくれたな?」
「俺と本人はいいとして、工匠部隊エゴノキ、農耕部隊クレソンは基本肯定的だ。
橋の国アサツキもだな。
っつーわけで根回しの時点で、ブーゲンビレアのおっさんに断られて、残る二人を味方につけなきゃいけなかった」
「残る二人っていうと…………。
日の国ゼブラグラスと砂の国シャルルアルバネル?」
「ああ。ゼブラグラスの方は難しくもなかったな。
お姫さんがダンジョンにかまけるようになりゃ、円卓会議で脇が甘くなるかもしれねーぜ、と囁いただけだ。
実際そうさせる気は毛頭ねーが、あいつにとっちゃ有難いんだろう。
ありゃあついでにダンジョンでくたばってくれると、ぐらいにも思っているかもなぁ」
狡猾。ツワブキを通して話を聞いてアシタバが持つ、ゼブラグラスに対するイメージはそれだ。
「シャルルアルバネル。こっちは厄介だったなー。
あいつにとっちゃ、お姫さんが参加しようがしまいがどっちでもよかったんだろう。
だから参加してほしい俺に対して、反対気味の姿勢を見せてきやがった。
駆け引きだな。だから俺も取引に応じる羽目になった」
「取引?吹っ掛けられたのか」
「馬鹿言うな。俺を誰だと思ってやがる。然るべきところに落とし込んださ。
ローレンティア戦闘部隊参加、その賛成票の代わりにあいつが買っていったのは、スライムシートの購入権だ」
「スライムシートの購入権?」
顔をしかめるアシタバに、まあまあとツワブキは話を続ける。
「咲き月の会議だ。あいつは水浄化について、スライムの使用に賛成した。
あいつの故郷、砂の国にカプア湖ってでっけー水源があってな。
今は汚染されて亜水になっている、そこの浄化を見据えて、シャルルアルバネルはこの銀の団でスライムシートを試しているんだ」
「その、カプア湖の浄化をする際のことでか?購入権っていうのは」
「ああ。スライムシートの利用にあたって、何が一番大変か分かるか?」
「購入費か?」
「違う。人里にも出て、倒すのも容易な魔物だ。
仲介業者がどう頑張ったってスライムシートの値段は底が知れてる。
問題は量だ。湖を浄化するなんて方法自体もまだ不透明だが、スライムシートが大量に要ることは確かだ。
加えて、スライムシートは使い続けると消耗して破れる。補充も必要になる。
量、それと継続的な補給ルート。この2つだ。
そしてそこは、魔物に接する探検家業界のみならず、各方面に顔が広いこの俺の領域だ。
シャルルアルバネルは良い相手に良い条件を提示した」
確かに、魔物資源の流通においてツワブキの存在は大きい。
「王国の騎士団使ってスライム狩りなんて、手際悪いに決まってるぜ。
それよか常日頃ダンジョンに潜る探検家達が、物のついでで倒したスライムの皮を集めた方が早い。
探検家組合に、あの討伐しやすいスライムの皮を砂の国が買ってくれるって情報を流す。運び屋やハネ過ぎない仲介業者もつかせてな。
湖1つを対象としたでっけー国策事業だ。一枚噛みたい奴は多いだろう。
そこに俺が顔を出して、誠実な奴選んで流れを潤滑にしてやる……。
それが賛成票に対する俺側の対価だ」
自分のどうでもいいことで、故郷の問題解決の一助になるならそれも良し。
亜水に困る人々を助けるのも、放っておけばツワブキはやるだろう。
お互いの手札と事情を見て、凹凸をかっちり合わせる。これが取引というものか。
ひたすら探検家業に没入してきたアシタバには新鮮な世界だった。
「………で、あんたがティアを戦闘部隊に引き入れた理由ってのはいつ出てくるんだよ?」
「まぁまぁ、もう少し聞け。最後までな」
早くしてくれ、というアシタバの視線を受けながら、ツワブキは楽しそうに昨日の円卓会議の続きを語り始める。
五章十一話 『流れ月分・円卓会議(前)』




