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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十五章 照り月、戦闘部隊隊長編
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二十五章十一話 『記憶の欠片(後)』

『見てみてー、お父さん!花飾り―!!』


花畑の中で笑っている女の子……これは父親の記憶だ。

長閑な丘の上。平穏な日常の一部。記憶の意外な出だしに、アシタバは面食らってしまった。


『はは、綺麗だろう。山の国(シャムラング)の花は逞しく、そして美しいんだ』


山の国(シャムラング)……今は亡き国だ。彼らはそこの住民だったのだろうか。




『兄さん、いつ帰ってくるかしらね……早く戦争が終わってほしいわ』


若い女の記憶……会話相手は彼女の母親だ。この時点で、複数人の記憶が入り乱れている事に気付いた。


『兵役だなんて……あぁ……無事に帰ってくれればいいのだけれど………』


『あの子は大丈夫だよ…………』


戦争。兵役。いつの時代の記憶だろう。背景から情報を得ようとした瞬間、次の記憶へと映像が映る……。




『あぁ………駄目だ………この国はおしまいだ………』


老人の記憶だった。地面にへたり込んでいる。

先ほどの平穏な記憶とは違う……雨の日だ。

記憶の主が窮地に陥っているのは感じ取れた。

周囲の群衆はパニック状態で、逃げなければ、どこへ逃げるか、絶叫があちこちで木霊していた。

老人の視野は地面で埋め尽くされ、騒々しさと無力感だけは伝わってくる。

老人の言葉の意味、何に絶望しているのか……は、次の記憶で分かった。




『どうして、どうしてこんな………。

 我々が過ちを犯したというのか……!!』


老いた女性の記憶だった。

高い身分の者だろうか、彼女は高台の屋敷からパニックの群衆を見下ろす立場だった。


『こんな、こんなこと………』


認められない、という声は、目の前の現実に向けられる。


白い山が見えた。


館からは、街を挟んだ反対側の山の傍。

雨と霧で詳しくは分からないが……山ほどの大きさで、山にしてはありえない配色。

記憶に見ているだけでも、無機質な非現実感に押し潰されそうだ。





『弟子にとってって言ってるんだ。光栄に思うがいいさ。

 なにせ才能溢れるこの僕の師として歴史に名を刻めるんだからさぁ!!』


最後の記憶を見た瞬間、これがマオの記憶なのだと直感で分かった。

雨の日とは違う。視界に映るのは、黒いとんがり帽子を被った少女の後ろ姿………。

多少幼いが、服装で判別がついた。時空の交差点で会った魔女……アリスだ。


その向こうにいるのは、うるさいガキに困った顔を隠さない老婆……。

宙に浮かぶ泡に腰掛けている。魔道士だ。


『はぁ………あんたねぇ、自分の言っていることが分かっているのかい?』


『あぁ、もう一度言おうか!?十分な衣食住、そして魔法教育!

 君がそれを提供してくれれば、この僕アリスとマオ、天才たる二人の師になれる名誉を君に贈ろう!!』





閃光が、瞼を走った………気がした。


記憶の濁流から目覚めた。腰の右側を貫く激痛が、アシタバを現実に引き戻していた。

気付けば腰から下げていた、這い茸(スプリガン)の粘液に包まれた宝石が瓶ごと両断されている。


キリだ。記憶に呑まれる寸前に、辛うじて値千金の仕事をした。

宝石から解き放たれた衝撃は、彼女とアシタバを穿ち。

そして刹那、目があった。


「オオバコ!!」「ティア!!!」


キリがオオバコを現実に戻すべく、回し蹴りを放つ傍らで、アシタバはローレンティアに駆け寄り肩を揺さぶった。


「ティア、ティア、目を覚ませ!!防御は意味ない、撤退するぞ!!」


気を失わなかったのはキリのおかげだ。だが第二射が来るとも限らない。

だからこの場は、残る二人を起こして早く逃げる―――。


「ティア!!!」


「う、うーん………」


ティアが唸ったのと、魔水晶を背に乗せた這い茸(スプリガン)が輝きだしたのは同時だった。

第二射、絶体絶命。避ける術は見つかっていない。

自分達だけでも逃げるべきか。逡巡する間にも、輝きは強さを増す―――。



直後、アシタバは這い茸(スプリガン)に向かって駆け出していた。

半分賭けだ。ティア達を起こして撤退は間に合わない。

残る選択肢は、敵の行動より先に現象の源と思われる魔水晶を破壊すること。

問題は、アシタバの竜殺し(ドラゴンキラー)でどこまで砕けるか………。


(くそ…………!!)


剣を構え、魔水晶の中核へ突きを放つ…………。




その直前、再び光景がスローモーションになった。


這い茸(スプリガン)の背中へ伸びていく剣先。

その隣に、空間から切り取られたようなマオの姿があった。


接近するとはっきりと分かった。

マオは、このスプリガンから発現している"現象"だ。


ーーこれを壊したらお前とはお別れなのか?


「ううん……いったでしょう、あの子は枝葉……。

 あぁ、でも、この姿であうのはさいごになっちゃうのかな………」


最初に出てきた時も唐突なら、お別れも唐突だ。

結局アシタバは、マオという存在の実態を朧げな想像でしか掴めなかった。


魔王の記憶が、どういう経緯でこの地に残ったのか。

何故彼女はアシタバにしか見えなかったのか。

そして……枝葉というなら、幹はどこにあるのか。



「しんぱいしなくていいよ」


マオは、柔らかく笑う。


「またすぐにあえるから」



直後、魔水晶の砕ける音が洞窟内に響き渡る。

竜殺し(ドラゴンキラー)が魔水晶を貫いていた。

破片が舞う。輝きが消え去っていく。それと同時に、マオの姿もアシタバの視界から消えていった。



「た………助かった……のか………?」


後ろで正気を取り戻したオオバコが、呆然と呟く。

気付けば周囲は静寂だった。アシタバの息が荒く。剣を引き抜くと、ぱきぱきと魔水晶の破片が零れ落ちた。

一瞬、大型の這い茸(スプリガン)との戦闘が起こるかと思ったが………。

相手はこっちを見つめるような間の後に、背を向けてのそのそと洞窟の奥へ退散していった。






その後、アシタバは情報整理を全て後回しにして魔水晶洞窟からの退却を判断。

一同は以降、特に危険に見舞われることなく、地下八階まで撤退を完了し。

そして地下八階の入り口際に設けられた、戦闘部隊の寝泊まり用ログハウスにて、情報交換の場を設けた。


「まず最初に確認だが………みんな、山の国(シャムラング)の記憶を見たか?」


アシタバの切り出しに、全員が頷いた。


「俺、山の国(シャムラング)の商人のおっさんとか……国から必死に逃げようとしてる女の子の記憶を見た気がするぜ」


と、オオバコが言えば。


「私も……パニックで逃げまどっていた人の記憶があった………」


と、ローレンティアも同調する。


山の国(シャムラング)ってどこだったっけ……?魔王軍に滅ぼされたってのは知ってるけど………」


「あー、俺も名前は聞いたことあんだけどいまいち知らねぇんだよなぁ」


「ここが山の国(シャムラング)の跡地よ」


古城に籠っていたが故の世間知らずのローレンティアと田舎育ちのオオバコへ、キリが素早く補足を入れる。


「魔王軍に最初に滅ぼされた国……そして魔王軍が湧き出た(・・・・)土地だって呼ばれている」


詳細の説明はアシタバの役目、という意味だろうか。

キリからの目線を受け取ると、アシタバも補足に加勢した。


「その通り。山の国(シャムラング)は【獣王】ベヒーモスによって滅んだが、当時既に国の多くを魔王軍に占領された状態だった。

 魔王軍の発足……その時期の詳細な情報は、実はあまり残っていないんだがな。

 分かっている範囲を繋ぎ合わせるとこうだ。まず、アトス領という地があった。

 地理的には山の国(シャムラング)内の、雨の国(カーシャ)との国境近く。

 国内で三番目の都市とされ、山に囲まれた城塞都市の様相だったそうだ。

 魔王軍は、そこで生まれたと言われる」


「目撃談が残ってるってこと?」


ローレンティアの質問に、アシタバは首を振った。


「一番最初に連絡が途絶えたのがアトス領、って話なんだ。

 元々孤立気味の都市だったから、行商人たちが気付くのが遅れたってのもあるが……。

 山の国(シャムラング)の王都が事態を把握した時には、アトス領やその周辺は魔物の巣窟と化していて接近不可能になっていた。いわゆる魔王軍圏さ。

 見知らぬ魔物の軍勢に、山の国(シャムラング)や隣国の雨の国(カーシャ)は後退を続け……。

 後に【放浪公子】デンドロビュームが魔王城を発見するまで、魔王軍の内部は謎のままだったんだ」


「その話から推測するなら、私達の見た記憶はアトス領の人々のもの、ってところでしょうね。

 パニック状態は魔王軍の”発生”の時のもの、と考えるのが妥当………」


「おいおい、そりゃ歴史的発見ってやつじゃねぇの。今まで情報がなかったところだろ?」


冷静に状況を整理するキリ、興奮した声を上げるオオバコ。


「その通り………だが魔水晶は割ったから、もうあの記憶は見れないだろうなぁ」


「あぁ………まぁ仕方ねぇか。俺達ピンチだったもんなぁ」


あれを割ったのは正解だったのだろうか。

アシタバはその内省に入りかけた頭を目の前の三人へと切り替える。


「とにかく、順番に情報を整理していこう。

 あのデカいスプリガンは……"水晶食い"とでも名付けるか……魔水晶洞窟のボスって見てもいいのかな。

 幽霊(ゴースト)は、あいつが打ち出す記憶の塊だった。

 接触した者はその記憶を見せられ、俺達みたいに起きれないと最後には記憶を失う。

 自分の記憶と幽霊(ゴースト)の記憶が混濁する、と俺は推測する」


「異論はないけれど……他の幽霊(ゴースト)の目撃例は?

 みんな魔王城近辺で見たってわけじゃないんでしょう?

 あんなのがそこらにいるとは思えないわ」


キリの指摘。


「あぁ、確かに……。ま、スプリガンに限らず記憶の残り方があるのかもしれない。

 魔力暴走(オーバーフロー)とか……ここは調べようがないから、推測だけになるな」


アシタバは考察を進める。


「ボスたる"水晶食い"は、自分の縄張りを守るために幽霊(ゴースト)を使っていた。

 といっても、記憶の塊を打ち出すだけだが……。

 実際、仲間の一人でも気絶すれば俺らは退却せざるをえないだろうしな」


「レネゲートさんやメントンさんの気絶は、"水晶食い"なりの威嚇だったってことだよね。

 ………そもそも、なんで"水晶食い"は記憶を持ってたんだろう?」


ローレンティアの真っ当な指摘に、三人は少し沈黙してしまう。

それが今回の疑問の核と言ってもいいだろう、


「恐らく、元々魔水晶が好きな個体で、記憶を蓄積しやすい体質だった、というのもあるかもしれないが……」


「記憶の内容からすると、山の国の"魔王軍発足時"の時代に居合わせて、その記憶を吸った……はずよね」


「そう……問題はどうやって吸ったか、だが………うーん………うーーん……」





結局。


アシタバやキリが思考を進めるが、それ以上の手がかりはなく、情報共有会は締めとなった。


あの(・・)マオは消えたのだろう。

あれは、"水晶食い"から滲み出ていた記憶の塊だった。

蓄積された、山の国の民と魔王の記憶……。


(何かがあったんだろうな。大人数の記憶が固着されるような、衝撃(インパクト)が)


マオはまた会えると言っていた。

魔王城を進めば再会するのだろうか。



ひとまず、アシタバは幽霊(ゴースト)騒動の収束を宣言。

以後、魔水晶洞窟の探索は慎重に行われたが、結局新たな幽霊(ゴースト)の被害は確認されなかった。


アシタバ班は未解決の謎を残したまま、次のフロア……地下九階へと挑むことになる。






二十五章十一話 『記憶の欠片(後)』

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