二十五章九話 『究極魔法』
究極魔法。
魔道士達の最終奥義。魔法の終着点。
十分な鍛錬を積んだ魔道士が、己が切り札として習得する通常の魔法とは桁違いの大規模魔法。
魔法回路は複雑を極め、魔水晶を用いて数か月分のマナを注がなければならない。
←改行ミス
究極魔法の習得は、魔道士の最後にして最難関の修業と言われる。
その道は厳しく、そこまで至らない魔道士も多くいる程だ。
けれど暗黙の了解として、究極魔法の習得が魔道士の一流とそれ以下を分ける指標となっている。
魔王城、地下八階。
「今日、究極魔法の修行の工程自体は決まりきっているわ………拡張法というの」
霧の谷の上層部で、ローレンティアとグロリオーサが向き合っていた。
人が少なく、スペースは広く、ハイビスカスの領域魔法で安全も確保されている。
地下八階はローレンティア達にとって、絶好の修行場だった。
「まず小さな魔力で回せる小型の回路で、習得したい究極魔法のミニサイズを実現するの。
試作品ね。この時、究極魔法ほどの大規模魔法であれば例外なく、複数の試作品を作る必要がある。
私の“朽ちる散る落ちる三千世界”だと、影の操作に五つの回路、引力形成に三つの回路を作ったわ。
次に連結テスト。試作品の回路を連結させて動作に問題ないか確認、修正。
これはさっきより魔力が必要になるから、発動は本当に一瞬、目に見える変化も起きないような規模でしかやらないわ。
ちゃんと連動して動いた、という体感さえ確認できればいいからね」
「話だけ聞くと簡単そうだけど……。
どこが悪いか調べるのに結構苦労しそうだねぇ」
「………よく分かってるじゃない」
自分の習得時を思い出したのか、グロリオーサが遠い目を谷の向こうに向ける。
「連結テストが終わったら、いよいよ拡張ね。
出来上がった回路群を、形そのままに規模だけを膨張させるの。
当然必要となる魔力量も跳ね上がる。身体への負荷も大きいわ。
普通はここに一番体力と時間を使うわ。
魔力を溜めて、拡張テスト。回路の不具合を修正。また魔力を溜めて……って具合ね」
「時間を短縮するには?」
「マンドレイクの霊薬が選択肢の一つ。
そしてもう一つが、魔法回路の事前設計を綿密に行う事ね………」
「綿密に……?」
「よくあるのよ。規模が巨大になった時に何が起こるか、想定が甘かった……って話。
有名なのは、嵐を操る究極魔法を習得しようとした魔道士が、自分を突風から守る魔法回路を組み込み忘れて、拡張テストの時に吹き飛ばされた、ってやつ。
最終形の規模を忘れたまま連結テストまでやっちゃうと、拡張テストで欠陥に気付いて、回路設計のやり直し……となるわ。
まぁ完璧な設計は不可能に近いから、みんな三回や四回は再設計するんだけれどね」
「なるほど……じゃあ修業を早く終えるコツは、いかに最終段階を見据えて抜けのない回路を設計するか、ってところかな?」
「流石、物分かりがいいじゃない。イメージができたなら始めましょうか。
究極魔法の第一歩は、”貴方がどんな魔法を成したいのか”を具体的に据えることよ」
「うん……それなら、大体考えてある」
「攻撃!」
少しの後、地下八階のログハウスのテラスで、四人の魔道士がテーブルを囲んでいた。
究極魔法修業中のローレンティア。その師、グロリオーサ。
そして魔法回路設計のアドバイザーとして呼ばれたマリーゴールド。
地下八階でみんなが集まるならさぁ!と寄ってきたハイビスカス。
「うん、私の究極魔法は、攻撃用にしたいと思ってる」
驚きのまま固まるマリーゴールドへ、ローレンティアは落ち着いた声で語る。
「吸血鬼との戦いの時にね、私は防戦ばっかりで全然情勢を変えられなかった。
いや、今思い返せばメドゥーサの時も同じだったな。
守って、耐えて、誰かが助けてくれるのを待つ………。
メドゥーサもヴァンパイアも、正直運がよかった。トウガさんやアシタバが来てくれた。
でも次はそうはいかないかもしれない……だから、切り札って言うなら私は攻撃に転じる魔法がいい」
それは、ヴァンパイア血戦の悔恨を得たローレンティアの決断なのだろう。
あの悲惨な戦いから生まれた強き思いを、否定したくはなかったが………。
「私は反対」
グロリオーサはきっぱりと言い切った。
「ティアの呪いは防御指向……本来何かを守るのが得意なマナをしているわ。
究極魔法は魔法のハイエンド……最も難しい回路を全力で動かす奥義よ。
高難易度で真逆のことをやる、って究極魔法のセオリーからも技術開発の観点からもずれているわ。
そもそも、呪いをベースにした究極魔法ってだけでも前代未聞なんだから」
「う~~ん………わたくしも反対………ですかねぇ」
ローレンティアの想いを理解しつつも、マリーゴールドは苦々しい顔で同調する。
「グロリオーサの言う通り、三、四段ステップを抜かした話に思えます。
究極魔法は使い慣れた回路を中核に据えるのが基本……。
せめて攻撃用に開発した通常魔法を年単位で使って馴染んだ後、という感じですわね。
今のままでは端的に言って難しいか、モノにならない魔法が仕上がるでしょう」
「ふむ……」
まぁ、そう簡単にはいかない。そのあたりの難しさは、大体予測していたことだ。
「でもさ~~、ティアがやりたいって言うならなんとか方法考えるべきなんじゃないの~?」
理論を考える二人へ、ハイビスカスが呑気な感情論を放り込む。
「究極魔法って、精神的支柱だよー。魔道士が窮地に頼る切り札。
どんなに追い詰められても、あれがあるからって頑張れるわけじゃん。
だから、ティアが欲しいって思ったんなら、それをどう据えるかで戦略を練るべきじゃないのー?」
「まぁ、それも一理ありますわね………」
どちらの意見にも理がある。だから一同は、うーんと考え込んでしまった。
「…………唯一のプラス材料は、既にティアが攻撃的な魔法行使をした経験があるってことかしらね」
沈黙を破ったのは、グロリオーサ。
「ヴァンパイアとの戦いの時に繰り出せたってアレ……。
マナの消費量が大きいとか、現時点でデメリットはあるでしょうけど……。
ハイビスカスの言う方向性で考えるなら、それかしらねぇ」
「そうですわね、ひとまず試さなくては進みませんわ。
まずはその使い方で目がありそうか、実験するところから始めましょうか」
「これを作るのですか?うーん……なるほど……」
同刻、魔王城地下二階、織り子班の工房。
そこにはテーブルに設計図を広げるアシタバと、唸る織子班五人の姿があった。
「できるか?」
「できる……と思いますが……アシタバさんの望むような動きをするかは分かりませんね」
「それはトライアンドエラーだな、地下八階あたりで実験だ。
エゴノキさんに話は通してあるから、戦闘部隊から工匠部隊への正式依頼として対応してくれないか」
「えぇ、それは構いませんが………そもそもこれは何なのですか?」
織子班班長ハゴロモは、アシタバの持ってきた設計図を不思議そうに眺める。
それはまだこちらの世界にはない知識、アシタバの持ち込んだ”異物”。
「………秘密兵器だよ。それじゃ頼んだ。また分からないことがあったら都度聞いてくれ」
日の国戦争に備えた、アシタバの準備だ。
話を一段落させると、アシタバは工房を離れた。タスクが一つ終わり、次の仕事は―――。
(………魔水晶洞窟か)
幽霊、宝石狐の地雷原。
アシタバはチョロギ達へ、調査は一旦打ち切りにすると通達した。
お前プロの俺達を舐めてんのか、とか文句はあったが………。
魔水晶洞窟の主要道以外は、未知領域とする。これがアシタバの決断だ。
攻略は慎重にいかなければ――――。
「ひさしぶりだねぇ、アシタバ」
空気が反転するような感覚。
アラクネ生存戦以来か………色が褪せたような世界で振り返れば、そこにはマオが立っていた。
「ようやく戻ってきたのに、全然姿を現さないなと思ってたところだ」
「そう、気にしてくれていたんだ」
この異質な空気間の中でのマオとの会話も慣れてきたものだ。
どこまでも透き通るワンピース。見るたびに表情は暗く遠い。
原因は分からない……けれど彼女は恐らく、”魔王”の残骸……と、アシタバは予測をしていた。
アラクネ生存戦のあの日、賢人馬を止められたのが何よりの証拠だ。
「お前……幽霊なのか?」
アシタバは、思っていたことをそのままぶつけてみる。
他人には見えない、不可視の存在。アシタバの知る限り、幽霊という存在に最も合致するのは彼女だ。
「さぁ……それはどういうテイギのものなの?」
「そう言われると俺も知らないな………じゃあ質問を変えよう。
地下八階と地下九階……霧の谷とゴブリン達の里、その間に、お前の存在に関わる何かはあるのか?」
「………………」
沈黙。ない、というわけでは、ない。
「そうだね……アシタバがそこまでいっているなら、わたしがどこにいるか分かる時もちかいのかも……」
どこにいるか。アシタバは少し、マオの言葉を掴みかねる。
「ひさしぶりにあいにきたのは、ききたかったからなの。
アシタバは……ここのいちばんしたへ、いきたいっておもってるの?」
一番下。アシタバは一瞬、オリヴィエとの約束を思い出す。
「あぁ、そこを目指している」
「…………そう。なら………また、会うことになるね」
「アシタバ!!!」
「………………」
声を掛けられて現実に引き戻される、この感覚だけは慣れない。
我に返れば、目の前に困惑した顔のスズシロがいた。
「おいおい、どうしたんだお前……疲れてんじゃねぇか?」
「悪い、何でもない」
「仕事し過ぎじゃねぇの………?」
「いや、大丈夫だ。本当になんでもない………それで、用事は?俺を探していたのか?」
アシタバの体調をやや疑いながら、スズシロは大人しく自分の用事を伝えることにしたらしい。
「魔水晶洞窟の件だけどよ……あぁ、攻略禁止になったのは分かってる。
メントンが目を覚ましたらしいが、倒れたのは事実だしな。
でも、気になってることがあるんだ」
「気になってること」
アシタバは、少しスズシロを観察してみる。
狩人出身、罠の名手。観察眼と、敵の行動パターンの想像力。
アシタバが思う、最も探検家の才能がある人物は【月夜】のラカンカだが、スズシロにもかなり適性があると踏んでいた。
「宝石狐の地雷原について、さ。試してみたいことがある。
魔水晶洞窟、本当に攻略しないのか?俺、なんとか行ける気がしていて……」
「あそこはアシタバ班で攻略するつもりだ」
「え?そうなの?」
「あぁ、未知領域扱いにした。前はツワブキ班がそこへ切り込んでいたが……。
これからは俺達の仕事にするべきだと思ってる」
言い切ったアシタバに、スズシロはきらきらとした目線を向けた。
「うわぁ……アシタバ、まじで戦闘部隊隊長みたいになってきたなぁ」
「みたいじゃなくてなったんだ」
「じゃあ、分かった。アシタバ、お前に俺の考えを伝えておくぜ。
助けになるかは分かんねぇけど………」
アシタバはふと、昔のことを思い出した。お前の意見を聞かせろと、よくツワブキに言われていた。
「いや、助かるよ。聞かせてくれ、スズシロ」
「……………おかしい」
少しの後、地下八階。
谷の最上部の開けたスペースで、先ほどの魔道士四人が実験を繰り返していた。
離れた場所に建てられた、木の杭の先端が砕けている。
その魔法を放ったローレンティア、隣に立つハイビスカス、グロリオーサ、マリーゴールドの全員が呆然としていた。
「も、もう一度やって頂けます……?」
マリーゴールドの声に従い、ローレンティアがもう一度魔法を放つ―――。
彼女の肩の上で煌めく黒い閃光から黒い拳が放たれ、隣の杭を打ち割る。
「―――滑らかすぎる!!」
グロリオーサとマリーゴールドが同時に叫んだ。
目を丸くするだけだったハイビスカスも気持ちは同じだ。
絶対防御のローレンティアの”黒き呪い”、その真逆の行使法………。
三人はもっと、発現に苦戦するか、マナの激しい消費が見られるかと思っていた。
しかし、実際にはローレンティアの魔法行使はとてもスムーズだった。
以前悩んでいた、呪いの持つ指向性を感じさせないほど。ローレンティア本人でさえ驚いていた。
「ど、どういうことだろう………」
「ちょっと、ティア、背中借りるわよ」
返事を待たず、グロリオーサがローレンティアの背後に回ると、腰に手を当てて魔法的に何かを探り始めた。
ローレンティアは思わず、タイタニックのようなT字姿勢を取ってしまう。
「どうどう?なにか分かった~~?」
「今探索している途中………ちょっと待ちなさいよ」
「何か分かったらすぐに教えてくださいな!!」
「だから待ってって………んん…………?」
グロリオーサの魔法的探索と、両隣がはしゃぐ流れはその後しばらく続いた。
その間、ローレンティアはT字姿勢で立ち尽くしたままだったという………。
「結論から言うと………ティア、貴方の体内には今、魔法回路が二つあるわ」
「ふ……二つ?」
困惑したのはローレンティアだけではない。マリーゴールドも、ハイビスカスも同じ反応だ。
「そ、そんなことがありえるんですの……?」
「現にそうなっているから”ありえる”んでしょうね……正直前例は聞いたことがないわ。
元々あった呪いの回路。もう一つは最近できた形跡があった。
さっきの、攻撃魔法が抵抗なく使えたのは、その新しい方の回路を使っていたからよ」
「な、なんでそんなことに………?」
「確証はないけど、予想はついてる…………これは他人から継承した魔法回路よ」
「継承した………?」
話の着地点が見えているのは、グロリオーサだけのようだった。
マリーゴールドも紡がれる言葉に混乱するばかりだ。
「譲渡ってこと………?回路をですの?それこそありえませんわ。そんな話………」
「いいえ………ありえるわ。現にそうなっているから”ありえる”」
グロリオーサが自分の鳩尾を指す。
「私の魔法回路は継承したものよ………魔道士である私の母から………彼女の命と引き換えにね………」
場の誰もが絶句してしまった。新たに投入された情報………が、上手く咀嚼できない。
「それ………本当ですの?」
「えぇ、そういう家系でね………呪いの一種よ。
まぁ今回の件が土壇場で同じ形に行きついたのは、奇跡って言っていいかもね。
とにかく私が言いたいのは、”回路の譲渡”は非現実的な部類ではないってこと。
………条件が揃えば成立する、実例のある現象よ」
「じゃあ……実現性を置いとくと謎は………」
恐る恐る、ハイビスカスが発言する。
「誰から貰ったのか、ってこと……?」
”命と引き換えに”。”魔道士から”。それらの言葉で、ローレンティアにも想像が付いていた正解を、改めてグロリオーサが口にする。
「ティア……貴女、看取ったんでしょう。その時に貰ったのよ。
貴女の中には、エーデルワイスの魔法回路が生きている」
「………推測でしかないけれど。ティアの回路は呪い由来、かつ当時はマナが空だった。
だから譲渡しやすい状況だった………のかもしれない」
ローレンティアは改めて、自分の体内を意識してみる。
エーデルワイスとの、あの別れの瞬間はよく、よく覚えている。
「…………これはエーデルワイスのお土産ね」
「うん……………」
橋の国の民の為に、その身を捧げて。そして自分にも、力を残してくれた。
ローレンティアは思わず、泣き出しそうになってしまう。
「でもさ、これで方針は決まったよね!」
ハイビスカスが朗らかな声を挟むと、マリーゴールドも同調する。
「えぇ、今の状況であれば、エーデルワイスの魔法回路を究極魔法用に使うべきでしょうね。
ティアのマナの総量は増えてはいませんが、どちらの回路に流すかという選択肢ができた。
従来の防御は呪いの回路で。究極魔法用の攻撃魔法はエーデルワイスの回路で組む……。
それならば、芽がありそうですわ」
「えぇ………その方向でいきましょう」
かつての仲間が残してくれた力に、一同は少ししんみりしてしまい。
けれどどこか、奮い立つような想いがあった。
「ティア、修業の準備として、まず回路の設計をしなきゃいけないわ。
これは貴方からのイメージを聞いた上で、私とマリーゴールドでやってみる……。
それが終わったら、いよいよ修業開始よ」
「…………うん、分かった。ありがとう」
究極魔法………その修業は長く難しいとは聞いていた。
けれど、友が残してくれた力と共に挑めるのなら。
絶対に乗り越えてみせると、ローレンティアはそう意気込むのだった。
二十五章九話 『究極魔法』
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