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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十三章 流れ月、ヴァンパイア血戦編
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二十三章二十五話 『修羅』

橋の国(ベルサール)王城正面。【黒騎士】ライラック対、首無し卿(デュラハン)


(ーー初めて入った(・・・))


後輩の騎士の血飛沫の中で、ライラックは冷静に敵を観察し続ける。

成果を掴むのが彼らへの手向けだ。そして今、その糸口を見つけた。

ライラックの槍が、首無し卿(デュラハン)の鎧の隙間を貫いた。


デュラハンの剣が唸る。回転し繰り出される斬撃を、ライラックと騎士団長が必死に抑え込んだ。

深手を負いながらも参戦した騎士達が後退していく。


(……なんで入った?)


左腕の肘、甲冑の隙間への刺突。その瞬間デュラハンの体は震え、すぐに身を捩って槍を外した。

痛かったのだ。有効だった。気になるのは何故それができたのか。

バノーヴェンでもここでも、デュラハンは後ろに目があるかのようにこちらの攻撃を的確に弾き続けた。

それが何故、攻撃が通ったのか………ライラックは既に理解していた。

今の攻撃は血飛沫越しに繰り出されたからだ。血のカーテンが槍の照準を隠した。


(見えないものは防げない。つまり……デュラハンはよく見て(・・・・)いるんだ)


「何か掴んだ、という顔をしているぞ、ライラックよ」


左腕の動きが僅かに変わった。負傷ダメージは確かに入っている。

考える時間が欲しい………。


「―――さっき騎士道がどうだの言っていたな」


ライラックは会話による時間稼ぎを選択する。


「そうだ。今ので満足してもらっては困るぞ。まぐれというやつだ、そうだろう。

 我が見たいのは其方達に備わる力だ。騎士道だ」


「…………騎士道」


ライラックの思考の大半は、首無し卿(デュラハン)の実態、その解明の方に注がれる。

だからその返答は余分な思考の混ざらない、彼の本心そのままだった。


「そんな言葉で飾れるほど大層なものは俺の中にはない」


戦場に行く前に訓練は受けた。そこで騎士たるもの、という座学は学んだ。

それでもその後に赴任した黒砦の経験が、彼の内面の多くを占めるに至った。

幾百。幾千。同胞を見送って。彼の中に残ったのは、”誓い”だ。


志半ばで倒れていった若き騎士達の想いを、終戦と共に彼は引き継いで背負っていくことを決めた。

誇りや騎士道と首無し卿(デュラハン)は言うが、そういう煌びやかなものではない。

無念。夢。正義。条理。血塗られたバトンは軽くなかったが。


「俺は、いなくなった奴らに顔向けできる奴でいたいと――そう願ってきただけだ」



顔向け。

ライラックは思考を回す、回す。首無し卿(デュラハン)の正体の手掛かり………。


思い出したのはまさにライラックが新兵として王都に来た直後。

騎士団長の指導の下で、槍の振るい方を習っている時だった。


見本を示してもらって、それを自分の動きとする。

同期は見よう見まねで槍を振るうが、なかなか上手くはいかなかった。

動体視力に優れるライラックでも一度では真似できず、何度か手本を見せてもらった。

だが首無し卿(コイツ)は一度見ただけで真似られる。そこに違いがある。



「お前の正体の話をしよう、首無し卿(デュラハン)


生態の解明が、門番ゴルゴダ戦で最も重要であるとライラックはよく理解していた。

だから大声で、周囲の騎士に響く声で語りかける。

自分がどうなろうとも……この情報が残れば次の戦いの大きな武器となるだろう。


そして首無し卿(デュラハン)も傾聴の姿勢を見せた。

敵の情報共有を見守る愚行……だが、人間の強さを探る首無し卿(デュラハン)にとって、ライラックが何を見出したのかは興味があった。


「ほう……面白そうだな。正体といったか」


「結論から言えば、首無し卿(デュラハン)、お前は”視る”ことに特化した魔物だ」


血飛沫でこちらの攻撃を見失ったこと。

聴覚や嗅覚に優れる魔物、熱源を感知する生物もいると聞いた。

けれど首無し卿(デュラハン)はそれらとは違う……人間と同じ視力で周囲を察知する。


その仮説は次に、”何故首無し卿(デュラハン)は一度剣術を見ただけで真似られるのか”という疑問に行き当たる。

ライラックは、自分がどうやって槍の型を習得したかを思い返した。

一つの視点だけで、平面的に見るだけでは動きの全てを捉えられなかった。

結局は複数の角度から同じ動きを観察し、三次元的に捉えることでその型を習得できた。


そこから先を推測するための生物学の知識も、既にライラックは獲得している。

ミノタウロスの時に習った両眼視野……立体視。

そして魔物勉強会で習った複眼……これはアラクネ生存戦で、風来王イェンという魔物が有していたらしい。

つまり―――。



首無し卿(デュラハン)。お前は複眼を有する魔物だ。

 お前は頭部を無くした代わりに、そこにあった感覚器官を体中にばら撒いた。

 恐らくは鎧の隙間がある首元、脇腹、肘と手首、膝と足首。

 複数の目は多角的に正面の敵の動きを捉え、一度見ただけで剣術の全てを理解できる。


 人間の強さを識ると宣う門番おまえが、人間おれたちを深く観察するために進化した形だ」



門番ゴルゴダ首無し卿(デュラハン)

その進化の形は、門番ゴルゴダの中でも最もシンプルなものだった。内訳としては四つ。


一つ、四肢を動かす筋肉構造。これは人間の剣術を模倣するという目的下で育った結果、人間と全く同じものになっている。見方を変えれば上限設定ハンディキャップ……このために首無し卿(デュラハン)の強さは人間が到達できる域を出ないが、人間の剣術を身を以て学ぶことができる。


二つ、鎧のような体表。首無し卿(デュラハン)の鎧は、着脱可能な兜を除き彼の体の一部だ。これは多くの太刀を受けるために硬く進化し、人間に擬態するために鎧に酷似した。


三つ、複眼。これが首無し卿(デュラハン)の持つ最たる独自性になる。人間ならば頭部に二つ持つのみの目を、彼は二十四に増やし四肢にばら撒いた。これにより首無し卿(デュラハン)は全方位を常に視界に収める。


四つ、映像処理能力。最も装甲の厚い胸部にある首無し卿(デュラハン)の脳は、人間に比べ映像処理能力が特段に発達している。二十四の映像をリアルタイムで処理し、現実で起こった事象を脳内で三次元再現可能。故に、一度見た剣術を模倣し、また敵の動きを完全に見切ることができる。


アシタバの世界でも、人工知能の発達により、複数のカメラを利用した三次元動作の観測は実現されている。首無し卿(デュラハン)がやっているのはそれと同じだ。



「――バノーヴェンで共に戦った奴が、お前のことを”背中に目がついているようだ”と評したが……間違いではなかったということだな。その上で、さっき入った(・・・)時に身を捩ったところを見ると、鎧の隙間に刃を通されるのは十二分に効くらしい……目を一つ潰された。そうだろう?」


「…………ふむ。流石だ、と言っておこう。その通りだ」


取り囲む騎士達はどよめいてしまう。ライラックが言い当てた首無し卿(デュラハン)の実態。

これで敵は、未知の魔物から彼らの知る理屈の中の生物となった。


「だが、それが分かったところでどうする?」


浮足立った騎士達の雰囲気を両断するような、首無し卿(デュラハン)の声だった。

正しい、とライラックは思う。首無し卿(デュラハン)の実態はシンプル……故に、有効な対策も打ちづらい。


「煙幕を焚け!!燃やすのは何でもいい!!早く!!!」


挟撃の形で首無し卿(デュラハン)を挟んでいた騎士団長が叫ぶ。

部下の対応は早く、近場にあった騎士団の旗を毟ると、松明用の着火剤で火をつけた。

風上へ移動………煙を首無し卿(デュラハン)の方へと流していく。


「お前が目のいい魔物だっていうのなら……目を潰す戦いにするまでだ」


「いいのか?其方達も見えないだろう」


「構わん……お前の剣筋を潜り抜けるより、煙の中で鎧の隙間を探り当てる方がまだ勝機がある」


ライラックの制止は間に合わない。煙の充満を見届けると、騎士団長は号令を叫ぶ。

直後、彼と多くの騎士達が、煙の中の首無し卿(デュラハン)目掛けて駆け出した。


守り切れない。だが覚悟の上なのだ。煙の中から襲い来る剣に切り払われようと十、二十の剣を向け。

その中の一つでも、相手の目を潰すことができれば。


(―――馬鹿野郎)


毒づく、失望する。けれどライラックの中で疑念が残る。

目のいい敵に煙幕。妥当な手だ。ライラックも同じことを思った。

だがそれでいいのか?視界を塞ぐのが首無し卿(デュラハン)に有効な手?ならば………。



ならばなぜ首無し卿(デュラハン)は、”流浪の霧騎士”などと呼ばれていたのだろう。



「自らの命を捧げる、その気高さは褒めよう。だが浅慮だな。失望したぞ」


煙の中から聞こえる声は、ライラックの背筋を凍り付かせた。


「自分の不得手とするものがあれば、それを克服できるような鍛錬の場に己を置く。

 騎士とはそういうものだろう?誇り高き者達よ」


流浪の霧騎士。それは首無し卿(デュラハン)に贈られた二つ名だ。

理由は、彼の遭遇談が専ら、霧の濃い山道だったから。

首無し卿(デュラハン)は、視界の悪いその環境を意図的に選び続けた。

目が見えずとも、敵の位置を捉える感覚を養うために。


「―――”八尺瓊無間界ヤサカニ”」


煙の中で九閃、剣が煌めき同じだけの首が飛ぶ。

それは”流浪の霧騎士”として鍛えられた首無し卿(デュラハン)スタイル……目に頼らず敵の殺気を察知する。



 


いなくなった奴らに顔向けできる奴でいたい。

先ほど口にした、自身の中にある誓いがライラックの体内で弾ける。


(戦友が目の前で死んでいく。まだ俺は守れていない。

 あいつらが誓った平和の時代を―――)


煙の中で目を潰されたのは彼も同じだ。それでも、それでも。


(ここで何も為せないなら―――俺は何のために英雄を背負った)







橋の国(ベルサール)王城、正面上空。


「疲れてきたようだな」


黒き呪いを拳と成し、敵へ放ち続けるローレンティア。

蝙蝠を散らし、足場にして飛び回ってそれを避ける吸血鬼(ヴァンパイア)

前者の顔は蒼白で、後者には余裕がある。


「黙れ」


一発、鋭く放たれた拳が再度吸血鬼(ヴァンパイア)の頬を叩く。

交戦の中で何度か入る一撃……だが、吸血鬼(ヴァンパイア)を倒すには至らない。


「我でも分かる。その形態は本来扱えないのだろう。

 翼で水中を泳ぐようなものだ。見合わない使い方は、過剰な負荷を主に与える」


息が荒い。体が重い。吸血鬼(ヴァンパイア)の指摘は正しいのだろう。

通常よりもマナの消費量が激しい……けれど、やめるわけにはいかない。


「ま、そうでもしなければあれ以上の時間稼ぎはできなかっただろう。

 しょうがなかった、とは認めてやるぞ」


エーデルワイスをあんな目に合わせた敵が目の前にいるのに。

倒せない。届かない。力が足りない。涙が零れてしまう。

身に収まりきらない怒りと悔しさ―――。


一方で、吸血鬼(ヴァンパイア)は地上の異変に気付いた。

何か、煙が焚かれている……渦中は首無し卿(デュラハン)だ。


「向こうも出来はともかく策を弄し始めたか。やれやれ………」






煙幕の手は、もはや賭けだった。

敵の実態に対するライラックの考察は正しかった。

”不得手とするものがあるならば”と敵も言った。

効果は薄くても、敵の全力を削いでいるのは間違いない。


だが、だがこれは。


「―――”八尺瓊無間界ヤサカニ”」


煙の中でも敵の殺意を捉える首無し卿(デュラハン)の型。

九人の部下の首が飛び、騎士団長も何とか一閃を凌いだが、返し手の二閃目で左腕に骨まで達するほどの太刀傷を負った。

駄目だ。負ける。唯一見出せたと思った勝機は幻と消えた。


(誰か―――)


その時。


鈍い金属音が、煙の中に響き渡った。

剣がぶつかり合う音でもない。肉が断たれる音でも、鎧がすれる音でもない

さっき聞いた…………鎧の隙間に、槍の突きが入った音色。




「な…………」


煙の中央で、首無し卿(デュラハン)の動きが止まる。

その右肘内側の隙間に、【黒騎士】ライラックの一撃が刺さっていた。


その結果に、首無し卿(デュラハン)は激痛も忘れ珍しく呆気に取られてしまう。


まず、殺気を感じなかった。

煙の中で迫りくる騎士達からは殺気を感じたのに、肝心の攻撃を放ってきたライラックからは全く。

そして狙いの的確さ。この煙の中で、相手も視界が奪われた状況は同じはずなのに……。


「鍛錬の場に己を置く……と、お前は言ったな」


ライラックの声に抑揚はなく。再び目の前で仲間が殺され……静かに憤る。


「俺は、お前たちの起こした地獄で血を吐き続けてきたぞ」


同僚の戦死。上司の衰弱死。部下の自殺。

血と屍が折り重なる黒砦で、ライラックは戦い続け。

気配を殺すやり方も。土砂降りの雨や霧の中で敵の輪郭を掴む感覚も、体得していった。

体得しなければ、生き残れはしなかった。


あいつらが死んで、自分は生き残った。

あいつらが夢見た平和な時代を見届けるために。


「人の強さが知りたいのなら、目に焼き付けて死んで行け、首無し卿(デュラハン)


槍を抜く。鎧の隙間から血が噴き出る。

再度槍を構え、刹那理解した。同じ突きでは読まれる。

煙の中でも敵の影の動きを観察する。動きの機微を想像で補填する。

同時に直感を得た。首無し卿(デュラハン)は、自分ほどに煙の中のを持っていない。

捉えられるのは位置取り、大味の動き……これは毎日戦場にいたライラックと、山奥で稀に人間と手合わせするのみだった首無し卿(デュラハン)の経験差。

見出した標的へ、反射神経に任せた即興アドリブの型で突きを放つ。


「―――見事」


激痛、よりも、恐怖、よりも。首無し卿(デュラハン)は感激してしまった。

これが誇りだ。追い詰められて花開く人間の武器。それに今、自分は立ち会えている。

ライラックの二撃目が、首無し卿(デュラハン)の左脇腹の隙間を穿つ。その中にあった目が潰れる。


「見事だライラック!!我が見たかったのはそれだ!!

 もっと見せろ!!来い!!この身朽ちるまで相手をしてやる!!!」


長年の謎、その答えに触れた首無し卿(デュラハン)は滾り、大剣を振りかぶり。

手応えを重ね、極限の集中の中にいるライラックも次の槍を構える。


「遂げようぞ、誇り高き騎士の決と―――」




その瞬間、首無し卿(デュラハン)も含めた誰もが凍りついてしまった。

ライラックの左肩から血が噴き出る。骨まで達する深い傷。



空から急降下した吸血鬼(ヴァンパイア)が、ライラックへ奇襲を仕掛けていた。




「ライラックさん!!!」


ローレンティアが叫ぶ。敵が向きを変え、突如地上の戦いへ横槍を入れにいった。


持ち前の反射神経で致命傷を避けたライラックは顔を歪ませ。

敵であるはずの首無し卿(デュラハン)は呆然とし。

襲撃を成功させた吸血鬼(ヴァンパイア)は、ニ撃目を振り下ろす。


再度噴き出た血はライラックのものではなかった。

彼の盾となるべく飛び出し、爪で肺を貫かれた騎士団長の血だ。


「あんたーー」


槍の薙ぎ払い。距離を取る吸血鬼(ヴァンパイア)

その場に崩れ落ちる騎士団長。ライラックは片手で応戦体制を続ける。


「何故……何故だザナドゥ……」


首無し卿(デュラハン)が震えた声で問う。

目の前に求めた答えがあったのだ。使命の果てに近づけるはずだった。

それが、それが……ライラックの肩の負傷を見れば、彼に後遺症が残ることは……もう二度と、あの場面が再現できないことは分かった。


「悪いな、アヴァロン」


そうは思っていないだろう、にやけた口調で吸血鬼(ヴァンパイア)が答える。


「それはお前の求める答えだ。我の答えには、こちらの方が都合がいい」


"最悪の魔物"。それは味方の想いも鑑みず。決闘への奇襲に躊躇いもなく。

ただひたすらに、敵を殺戮して煽る。

英雄を殺してより得られるだろうーー"憎悪"を。


吸血鬼(ヴァンパイア)!!!」


猛る、空から落ちてくるローレンティアが無数の拳を放った。

対する吸血鬼(ヴァンパイア)は黒い雨をすり抜け、彼女には目もくれずライラックへ駆ける。

左腕は奇襲の負傷で動かない。敵は朱印付き(タトゥー)


(あぁ………)


ライラックは敵を見つめながら槍を構えた。


(死ぬのか)




逃れ得ぬ死の予感。敵の英雄を屠れる高揚。

を振り払ったのは、二人の間に通された一本の矢だった。


射手……【鷹の目】のジンダイ。


ライラックも吸血鬼(ヴァンパイア)も、バルコニーから矢を放った男へ一瞬、目を奪われた。

吸血鬼(ヴァンパイア)の頭上からはローレンティアが迫る。


「ザナドゥ……貴様……!」


と、首無し卿(デュラハン)が叫ぶ。


「いいだろう。残飯処理はお前にやろう」


吸血鬼(ヴァンパイア)がそう呟くと、方向転換しバルコニーへと跳躍した。


「待……て……!!」


ローレンティアが拳の切先を変えて何とか止めようとする。

それも届かず、蝙蝠をニ、三蹴りながら吸血鬼(ヴァンパイア)はバルコニーへ迫る。


「おい………」


ライラックはしばらく戦闘中ということも忘れて、駆け登る吸血鬼(ヴァンパイア)の背中を、その向こうの戦友の顔を見つめてしまう。


「ジンダイ………?」






ずっと。ずっと。ずっと。

黒砦の日々の中、想像しない日はなかった。

槍を持った前衛兵は魔物に殺され。運よく弓を手にした自分は安全圏で矢を放つ。

先輩も。同僚も。後輩も。砦の高台から、ただ死を見届けた。


自分もそうするべきじゃなかったのか。彼らと共に命を懸けるべきだった。

遠くで死にゆく仲間を眺めながら、虚しく矢を放つ自分は。

仲間の屍が積み上がってできた城壁に守られて生きながらえた自分は。

いつか直接、死を振り下ろされる日が来てもしょうがないと。それは"報い"なのだと。


そうでなきゃ仲間に申し訳ない。自分がみっともない。

そう、終戦の日に思った。



ジンダイが矢を構える。

激戦の中で何千と繰り返した所作は美しく、こちらへ迫り来る吸血鬼(ヴァンパイア)へ照準を合わせる。


怖くはない。何度も想像して、そうなるべきだとさえ思った光景だ。

唯一の心残りは、ライラックに悪い記憶を残してしまうことか。


(俺は……死にたかったんだろうか)


敵が迫る。まだ打たない。

至近距離、最も命中率の高い瞬間の一撃が、自分が果たせる最後の役目だ。


(分からねぇが、でも……お前が死ぬのは嫌だったんだ、ライラック)



指から矢羽が離れる。吸血鬼(ヴァンパイア)との距離は三歩ほど。

胸部の中央を突く、ジンダイの一撃。



は、吸血鬼(ヴァンパイア)の右腕で薙ぎ払われた。


「ーーーだよな」


失敗、諦め、結末を受け入れ。猛り、嗤い、結末を確信する。


「貴様ら全員、すぐに楽にしてやる」




吸血鬼(ヴァンパイア)の左腕が振るわれる。飛び散る血は、ジンダイのものではなく。

彼を庇うように飛び出した、ブッドレアが切り裂かれていた。




二十三章二十五話 『修羅』

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― 新着の感想 ―
門番の皆さんに必要なものが分かりました。脳みそと心臓と勇気です。オズの魔法使いをお訪ね下さい。 目的に真っ直ぐなのは評価できるんだけど物覚えが悪くてびっくりだよ。わからんの?わからんかったの?マジかw…
デュラハンからすれば不本意だろうけど…デュラハンの騎士道ではどういう行動に出るケースなんだろう そして殺傷力も機動力も耐久力も全てが強いヴァンパイアやばいな 他のゴルダナが捕縛なり観察なりの必要上そ…
マジでヴァンパイアはハラスメントが主のスタイルなのに威力が高すぎるんだよなぁ…まぁハラスメントじゃなかなか憎悪までいかないから、もう根本的に設計が優秀なんだろうな… アシタバー早く来てくれ〜!無理か笑…
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