五章五話 『この世は虚無、全て無に帰す』
「ち、治癒魔法ですか………それは何か、理由があるので……?」
魔道士は治癒魔法を一番最初に習う。
みんなの視線を受けて答えるのは、治癒魔法で一番の、おどおどとしたエーデルワイスだ。
「あ、あのですね…………。
これは論理式的に初心者向きだとか、細い魔術回路でも行使できるとか、そういうのとは全く別の理由で………。
迫害を避けるために学ぶんです」
「迫害…………?」
「ひひ、聞いているのよ……………。
あんたも呪われた王女とかで、国じゃ大変だったみたいじゃない………」
陰気な笑みを浮かべて、グロリオーサがローレンティアを指す。
「グロリオーサ」と、グラジオラスが短く制した。
「何よ……私が言いたいのは、あんただけじゃないってことよ………。
程度の大小はあるけど、魔法の素質っていうのは幼少期に必ず問題を引き起こすの……。
異常現象、他の子供と違う異質……髪の色も派手になりがちだしね…………」
ローレンティアはパッシフローラの深紅の髪や、ユーフォルビアの水色の髪を見る。
おっとりとしたアルストロメリアが説明の続きを請け負った。
「つまり魔法の素質を持つ子は悪目立ちするのよ。迫害を受けやすいの。
まだ魔法学が体系的にまとめられる前、虐待されたり村を追い出された子は沢山いたわ。
そうやって恨みを持った子たちが魔法を学ぶものだから、古くから魔道士は人に敵意を持つ者、害をもたらす者が多かったの。魔女狩りなんていうのもあったしね」
「その結果、いっそう民は魔道士を迫害し、魔道士は民を恨む。
しばらく悪循環の時代が続いた」と、ユーフォルビア。
「…………転機があったのですか?」
「それが奇しくも、魔王の登場なんだよねー」
マイペース、ハイビスカスが答える。
「魔王軍の登場で、各地で戦闘が起こるもんだから怪我人もいっぱい増えてー。
元からあった医学、医師だけじゃ対応できなくなったのー」
「そこで活躍したのが魔道士というわけです」
マリーゴールドも続いた。
「元々村に住めない魔道士達は、住処が戦争に巻き込まれることも多かったのです。
仕方なく彼らは戦士達に手を貸し、傷を癒し。
各地で戦士達と魔道士の奇妙な共同戦線が張られ、結果魔道士は戦場から徐々に人々へ受け入れられていきました。
傭兵団や騎士団の中には魔道士を帯同させるところも増え、酒場には求人が出回るようになったのです。
決定打はメローネ様ですわね。
あの方が魔王打倒に携わったことによって、今日、魔道士は世間的に受け入れられるようになったのです」
「………お堅い貴族界以外は」
グロリオーサ、と諌めるグラジオラスに、彼女は悪びれる様子はない。
「そ、そういう名残でですね、私達は最初に治癒魔法を学ぶんです。
………私達は普通の人達の中にあって異質です。
だからまずは、価値を示して好き嫌いを保留にしてもらうんです」
再び、エーデルワイスの説明に褐色肌のパッシフローラも続いた。
「傷をなおしゃー、相手も無碍にはできないっしょー?
恩を売るんっすよ。そしたらちゃんとした人は庇ってくれるようになる。
そうやってちょっとずつ受け入れられていって、人の輪に入っていく。
治癒魔法はそのための手段なんすよ」
価値を示す。人の輪に入っていく。
その言葉は、ローレンティアの中で重く響いた。
「………早く習得したいですね。治癒魔法」
「なになに~団長さん、傷を治したい御方でもいるのかな~?」
にこにこ、ハイビスカスが割って入るとローレンティアは顔を赤らめて手をぶんぶんと振った。
「い?いいいいいや!そういうことじゃ!」
「あらあら、隠さなくてもいいのよ~女同士じゃな~い」と、アルストロメリア。
「いえ!隠しているわけじゃ!!」
「は、破廉恥なことはともかく……。
誰かを想うのも、修業のモチベーション管理に有効ですわ」
と、何故か顔を赤らめるマリーゴールド。
「だからそういうわけじゃなくって!!」
「えー?アシタバ君っすよねそれ」
褐色肌、パッシフローラの発言に、少し場が止まる。
「…………………え?」
「見てれば分かるっすよー。
咲き月、初日も一緒に穴に落ちてたし、スライム狩りの時も一緒に歩いてましたよね?
樹人の時も同じ攻略メンバーでしたし……」
お前、そこまで追い詰めるか、という一同の雰囲気を察したのか、パッシフローラはやべぇという顔になる。
「え?え?」
ローレンティアは涙目だ。今度はパッシフローラが慌てる。
「い、いや~これは俺の勝手な推測!推測なんっすよ!!
各月の報告の度によく一緒に名前があがるもので!!
ホラ、自分年中他人の色恋沙汰を追っかけてる脳内真ピンク欲情女なんで!
そういうの過大解釈しちゃうっていうか!!」
「それは関心しないな。魔道士たるもの、常に自分の研鑽を考えよ」
グラジオラスがよく分からない角度の横やりを入れる。
「それに、アシタバ団員について思うのは変ではない。
彼はこの四カ月、継続的に成果を上げている。
団長として気にかけるのは当然というものだ。なぁローレンティア王女」
「は、はい!…………そうですね。
そう言われると、アシタバのことをよく考えているような………」
(それ、恋……)と、グロリオーサ。
(恋ですわ……)と、マリーゴールド。
(恋だね~~~)と、ハイビスカス。
(団長職が板に付いてきたな!)と、グラジオラス。
「………あのー、その、でも…………」
おどおどとしたエーデルワイスがもじもじと、何やら言いにくそうにしている。
「どうしたんすか?」
「アシタバ、彼女がいると思ってた」
エーデルワイスの代わりに答える、そのユーフォルビアの発言に、お茶会は一瞬静まる。
「な、なんですって!?」マリーゴールドが勢いよく立つ。
「私と姉さんとエーデルワイスはよく診療所に顔を出してた。
樹人の件の後、アシタバは入院中だったけど……。
深夜帯によく女の子がお見舞いに来てた」
「本当なんっすか!?アネさん!!」
「え、ええ……本当よ」
喰ってかかるパッシフローラに、アルストロメリアが答える。
「知ったる仲、というか……知り合い以上だったのは確かねぇ」
「キ、キリじゃなくてですか!?」
ローレンティアは背後に立ってラスクを貪るキリを指した。
「い、いえ、違いますぅ。その方は金髪でもっと髪も長くて………。
キリさんに負けず劣らずの美人さんでした」
「というより、可愛い系?とても愛想がよかった」
顔を寄せるエーデルワイスとユーフォルビア。
言いにくそうに、アルストロメリアが続ける。
「それにほら………樹人の件の直後はアシタバ君、手が不自由だったから………」
「だったから…………?」
「その女の子が、食事を口に運んであげたり……」
あーん、を!?
「もー駄目じゃないっすか!確定じゃないっすか!!」と、パッシフローラ。
「決まってませんわ!略奪愛もまた真の愛と、宮廷物語『ライラック英雄伝 禁断の愛編』に―――」と、マリーゴールド。
「いや、あれは嘘っぱちよ~」と、アルストロメリア。
「わー、わー!!大変だーー!!」と、ハイビスカス。
ガシャン、とローレンティアがフォークを落とすと、お茶会の間がまた静まった。
「う………う…………?」
ショック、を受けている。どうしてショックを受けている?
それは人間関係を断たれていたローレンティアにとって、またしても初めての経験だ。
彼女は、それを知らない。
「と……とにかく今回はこの辺でお開きにしましょう!
次回の開催はまた追って連絡しますわ」
マリーゴールドが多少無理やりに場をまとめた。
「だ、団長さん!元気だすっすよ!
治癒かけましょうか、治癒!」
褐色肌、パッシフローラはまだ慌て気味だった。
「そうだよー元気が一番だよー!!
元気になりたかったら、私のところにおいでおいでー」
マイペース、ハイビスカスは朗らかだ。
「ショックか、ローレンティア王女。なに、心配するな。
親しい女子がいたところで、仕事に手を抜くやつではあるまい」
騎士グラジオラスは見当違いの励ましを重ね。
「……………相手、呪いたかったら安くしとくわ」
隈の深いグロリオーサも見当違いの提案をする。
「だ、団長様ならもっといい人に出会えますよぅ!」
おどおどとしたエーデルワイスは既に敗北を決め込み。
「私達は私達で、診療所に来た娘が誰なのか調べておくわ~」
姉妹ユーフォルビアとアルストロメリアが、ようやく実のある提案をした。
席を立ち、去っていく魔道士達。
机に突っ伏していたローレンティアは、一人残った人影にようやく気付く。
「…………何を蹲っていらっしゃるのです」
マリーゴールドはいつでも堂々と、自信に満ち溢れている。
「行きますよ」
「………どこへ?」
「謎の女の捜索に、です」
卒業から少し後………今から八年前になる。
王族付き使用人となったエリスは、母親に報告しに里帰りした。
町の診療所、ベッドに横たわる母親は、疲れと衰えの抜けない顔から迎えの笑顔を振り絞る。
長く歩いていないだろう細い足と、弱った体。
「お母さん………私、王族に仕えることになったの」
「手紙で聞いているよ。本当によく頑張ったね。あんたは私の誇りだよ」
「よしてよ……でもこれで奨学金も返して、お母さんにも楽させてあげられる。
もっといい治療も受けれるだろうし……」
「エリス」
母親は笑顔を引っ込めて、真剣な顔つきになる。
「あんたはいい子だ。頭もいいし、ちゃんと努力もできる。
これから何があっても大丈夫だろう。
だから無駄な心配なんかしなくていいんだ。
私はそんなに長くないよ。自分の体だしよく分かる。
あんたが身を削って稼いだお金を、私なんかに使わないでくれ」
「………それは聞かない。お母さんを助けたいのよ。理由は要らないでしょう?
いいから、お母さんは自分の体に専念して?」
「だから―――」
「お土産ね!もってきたの。王都で有名なお菓子なのよ!」
母親の忠告を、まだ幼いエリスは笑って流そうとする。
全部このためにやってきたのだ。身を削って学業に全てを注いだことも。
家柄に恵まれた者達からの、妬みや嫌がらせに耐え続けたことも。
母親は諦めたように眼を瞑る。
「………私が何とかするよ。だって、王族使用人なんだから」
その数日後、彼女は王直属の近衛兵に連れられ、王都の片隅にある館へと案内された。
耳を塞ごうとしても、同級生達の影口は彼女の耳に入ってくる。
名ばかりの王族使用人。実態はただ押しつけられただけだ。
国がその扱いに困っている、王族の陰を。
エリスは成績だけなら王族に仕える資格があるし………。
平民出だから、押しつけるのにうってつけなのだと。
エリスはその部屋に入る。
まだ、その呪いが本格的に明らかになる前のことだ。
銀色の髪と、硝子細工のような美しい顔立ち。
暗い部屋の隅で怯えて蹲る………人を怖がり、こちらに警戒の目を向ける彼女を。
幼い王女ローレンティアに、エリスは初めて出会った。
五章五話 『この世は虚無、全て無に帰す』




