五章三話 『この世は涅槃、底より湧き立つ(前)』
オオバコとアシタバは魔王城南方に来ていた。
打ち捨てられた畑の傍、枯れ木に寄りかかるようにその男は寝そべっていた。
ぼさぼさの黒い髪と無精髭。勇者リンゴだ。
「何の用だ。戦死者への恨み事でも言いに来たか?」
目線は向けない。どこか空を漂う雲へ向けられている。
英雄、と言われる人物像とは正反対。
皮肉と惰性が積み重なった男がそこにはいた。
「まぁ言いたくはあるな。なんであんた迎撃戦に参加しなかった。
もっと戦線に加わってくれりゃあ、カシューは死ぬこともなかったんじゃないのか」
「参加はしていたさ。地上で、はぐれたハルピュイアの相手をしていた。
あいつらが一階を制圧すると面倒臭いからなぁ。
いざという時、二階の非戦闘員が逃げ出せなくなる。
まぁ、それでも屋上で戦っていれば戦死者を減らせていたっていうのは同感だ」
「………じゃあ、なんで」
「教える義理はねぇよ」
冷たい拒絶。アシタバとオオバコはその場に立ち尽くし、それに勇者リンゴは構いもしない。
しばらくの間。
「………兄貴もそうやって見殺しにしたのか」
オオバコが呟いた。リンゴは、最初は意味を掴みかねたようだ。
顔をオオバコに向け、よく観察し、そして驚きと少しの喜びに顔色を変えた。
「お前……………まさかイチゴの弟か!?そういや弟がいるって言ってたなぁ!
懐かしい!よく見りゃ似てるな!この髪の色!はは、デカい体までそっくりだ!!」
まるで旧友に会ったようにリンゴは声を弾ませる。
立ちあがり、オオバコに駆けより………。
そして、オオバコの厳しい目が彼を迎えた。
リンゴも、喜ぶでもなく怠惰でもなく、真剣な顔つきになる。
「分からなかったぜ。あんた、本とかじゃもっと精悍な顔立ちだったろうが」
「ありゃあ作者の趣味だ。美化されているんだよ」
向き合ってしばらく気まずい沈黙。先に根を上げたのは勇者リンゴの方だ。
「………見殺しになんかするもんか。あいつは長いこと組んでた戦友だった」
悲しい、悲痛な表情。これもまた勇者像とは違う。
「俺達二人は前衛で、俺が攻撃、体の頑丈なあいつが防御を担当していた。
………あいつが死んだのは、魔王戦でだ。難しい戦いだった。
その中で、あいつは俺達を庇って攻撃を受けたんだ。
メローネが……仲間の魔道士が最善を尽くしたが、駄目だった」
言い訳のような語り。それでもオオバコは目を緩めない。
「………ハルピュイアの戦いに参加しなかったのは、それが俺と銀の団との契約だからだ。
俺は元々こんな計画反対なんだ。なんでわざわざ魔王城に住もうとする。
人間達のツケは人間の国で払え。だから偉い奴らには何度も何度も言ってある。
俺は銀の団には帯同するが、それは銀の団に追いやられた戦争難民の奴らを魔物の脅威から守るためだ。
自発的に参加し、魔王城へ切り込む奴らまで守りはしない。
それは自業自得って言うもんだ」
もはやリンゴも厳しい目つきだ。リンゴとオオバコは再び睨み合う形になった。
再び、しばらくの沈黙。
「……………分かった」
オオバコはリンゴに背を向けると、魔王城の方へと歩き出す。
「自業自得だと?ふざけるなよ。誰かがやらなきゃいけねぇんだ。
兄貴の死もそうだったってのかよ」
歩きながらオオバコは、その感情を吐きだしていく。
「兄貴は、お前みたいな奴のために死んだのかよ」
その言葉を、勇者リンゴは黙って受け止める。
アシタバはオオバコと分かれ、残ることにした。
勇者リンゴ。その姿を、見ていた。
「な、んて……………?」
王女ローレンティアは驚く。
「だから、貴女の呪いは魔法の領域。そもそも魔法の1つが呪いなのだし」
手早く補足するユーフォルビアに、隈の深いグロリオーサも追従する。
「そうよ……ま、あなたレベルの呪いは、どうやったら実現できるのか見当もつかないけど……」
「………………………」
今まで耳を塞いできたし、目を反らし続けた。
自身の呪いに、初めて彼女が焦点を当てた瞬間だ。
「はっきりと申し上げますわ。
ローレンティア王女。貴女には、魔法の素質がある」
マリーゴールドの指摘に、またもローレンティアは呆然とする。
「素質…………?」
「呪いは、マナの塊!
あれだけ強固な呪いがついているんなら、団長さんはでっけーマナの水瓶って言ってもいい!!」
褐色肌のパッシフローラが威勢よく指摘する。
「その流れの路を作ってあげれば、団長さんの体内には、魔法に使えるマナが巡るよー!」
マイペースなハイビスカスも元気に応じた。
「そ、そういうのは魔術回路と呼ばれまして……。
それを持つことが魔道士としての第一歩なんです」
オドオドとしたエーデルワイスが説明を加え。
「持ちさえすればあなたは…………。
マナの貯蔵量が多いんですもの、一流の魔道士になる可能性があるわぁ」
おっとりとしたアルストロメリアも賛同する。
「つまり、だ。今一度言おう」
騎士、グラジオラスが凛とした声で締める。
「貴嬢は、我等と無縁などではない。
魔法の資質を持って生まれた者は、幼少期から異質が伴い迫害を受けやすいのだ。
我々は貴嬢を仲間と思ってここに呼んだ」
「あなたが望むならば―――」
マリーゴールドが、優しい目線をローレンティアに向ける。
「魔法を習いませんこと?」
しばらくの後。
お茶会のテーブルの真ん中に、大きめの瓶が置かれた。
透明なその瓶の中には水が貯められている。
その下部に、オレンジ色、ゲル状の何かが沈んでいた。
「これは…………?」
ローレンティアの疑問にマリーゴールドが応える。
「魔道士になる者なら誰でも通る入門試練……“瓶の中の宝玉”ですわ!!」
「ほ、宝玉?」
「正確には、瓶の底にあるのは宝石の類ではない。魔力を込められた、油」
「あ、油…………」
ユーフォルビアの指摘に、ローレンティアは唖然とする。
「内容自体は簡単よぉ。
水の底に沈められている魔力付きの油を、上まで引っ張り上げればいいのぉ」
「………手で?」
「手を使わず」
おっとりとしたアルストロメリアが、うふふと手を口に添えた。
「底の油は魔力を通されていて、魔法による操作に敏感になっているの………。
だからたとえ少量でも魔法を作用させれば、油は反応する………」
「手を瓶に添えてねー、ふーん!!って頑張るんだよー!
そしたらそのうち油が動くようになってーぇ、最後には持ち上げられるようになるのー」
隈の深いグロリオーサ、マイペースのハイビスカスが補足する。
「油を動かそうと挑戦し続けることで、体内のマナが暴れてマナの可動範囲を押し広げる。
そうして路を少しずつ開拓し、最終的には円環になり、魔術回路が仕上がる。
魔道士の誕生、というわけだ」
騎士、グラジオラスの説明。ローレンティアは目の前の瓶を繁々と見つめた。
「よろしければ持ち帰って頂いても構いませんわ」
「…………ええ、そうさせてもらう」
マリーゴールドの声にも振り向かない。
ローレンティアは食い入るようにその瓶を見ていた。
その姿をマリーゴールドは見守り、そしてくすりと微笑む。
マリーゴールドの、修業時代のこと。
「橋の国にお前さんと似たような娘がおるようじゃのう」
ある日、魔道士イエライシャンは釜の中身をかき混ぜながら、背後の彼女の弟子マリーゴールドに話しかけた。
しわくちゃでフードを深く被った、いかにも魔女といった風貌だ。
「………ふぇえ?」
汗だくで煤塗れ、髪は乱れヨタヨタのマリーゴールドは、何とかその声を絞り出したといった様子だ。
彼女の前には人と同じ大きさの巨大な瓶。その底には油ではなく鉛の塊が沈んでいた。
「かの国の王族にいるらしいのさ。呪いを抱え、銀の髪を持って生まれたお姫様が。
あそこは神殿なんかも手がける建築国家、王族に呪い持ちが生まれたとなっちゃどうなることか………」
ククク、と高みの見物を決め込む老婆は楽しそうだ。
「そうですか、呪い………魔法の素質と変わらないので?」
「まぁ、面倒なところはあるが概ね変わらない。
おんなじだよ。自分の館を焼き払ったあんたと」
「…………………………」
マリーゴールドは、澄んだ目でイエライシャンを見た。
「………わたくしの家族はそれでも、優しかった。
新しい家を用意し、一緒に住もうと言ってくれた。
他の方とどこか違う歪な私を………その王女様はどうなのでしょう」
「さァね………噂じゃ、王都からは隔離されているって話だが」
「………そうですか」
会話を切り上げるとマリーゴールドは、再び瓶に向き合う。
鉛が振動する。が、持ち上がるまでは至らない。
「住む家もあって、家族に受け入れて貰えた。
なのになんでアンタ、私のところなんかに弟子に来たんだい」
イエライシャンの問いかけに、マリーゴールドは瓶の中身を見据えたまま答える。
「わたくしには立派な、二人のお兄様がいます。
たとえわたくしがいなくとも領のことは、父上からの後継ぎは、お兄様達が滞りなく行うでしょう。
わたくしは、別の形で貢献したいと思ったのです」
イエライシャンは瓶に向かうその少女を見る。
この子を初めて見た時は、弟子になんかするものかと思った。
貴族の恰好をした世間知らずのお嬢様だ。
寝床も食事も、できのいいものを用意する気などなかった。
「わたくしの持って生まれたこの異常を、磨きあげて力と為して。
領に住む方々や、わたくしの異常を笑って受け入れてくれた父上、母上、二人のお兄様を支えるために使いたいのです。
魔法の知識を持った貴族など希少でしょう。
きっと他の方では対応できない何かを解決できるのではないかと」
だがその少女は何度断っても食い下がった。
その鉛を瓶から取り出すまで何も教えないと言って以来、彼女は風呂も入らず、寝る間も惜しんで瓶に向き合った。
「わたくしは応えたいのです。わたくしに手を差し伸べてくれる人達に。
善い人は報われるべきなのです。
わたくしがその摂理を実行しないわけにはいきません」
それは病的な、脅迫的な恩返しの義務感。だが、それがどうした。
異常を持って生まれた魔道士、捻じれ、歪みは切り落とせなかったへその緒だ。
歪んでいて当然。問題は在りようだ。その歪みをどう抱えてこの世界に立つのか。
その点でマリーゴールドは、既に完成された魔道士だった。
「願わくば…………。
修行が一段落したあかつきには、その方の元へ会いに行きたいですね」
「呪われた王女のことか?警護もある。一筋縄じゃいかんだろうが、何故?」
「………伝えたいのです」
優しい顔つきになる。
「わたくしという人間が興味を持っているということを。
独りではないということを………できれば友人になりたいのです」
オオバコとの会話の後。
勇者リンゴはしばらく立ち尽くすと、アシタバの方へ向き直った。
「な、ん、で、お前はじろじろ見ているんだぁ?
見世物じゃねぇんだ、あっちへいけ!」
下手をするとその辺のチンピラと変わらない。
両手で頭をぐりぐりするリンゴから、たまらずアシタバは距離を取る。
「んーなんだぁお前。見た顔だな」
「そうかい、こっちは知らん。いや、名前はそりゃ聞いているが」
「んー…………あぁ、お前、初日に団長さんと穴に落ちた……」
「アシタバだ」
「あー?アシタバって、スライムや樹人の件にも関わった奴だろ?お前が?」
こくんと頷くと、リンゴは少し意地悪そうな顔になる。
「へー、お前がね。提案したわけだ。
魔物、樹人を飼って作物育てさせましょうってな。
お前、なんであんな提案したんだよ。
この勇者様のいるこの地で、不遜な提案だなぁオイ」
大仰に手を広げる。
「殺せよ、魔物なんかさぁ。
魔王もいなくなって、あいつらはもうこの世界の邪魔ものだ。
要らねぇんだよ。なんであいつらを残しておくなんて判断をした」
アシタバは、勇者のその言葉を動じず受け止める。
「――――なんでって、信じているからだよ」
目は鋭く。強く、勇者リンゴを射抜いた。
「誰にも、何にも。
この世界で生きることに、権利も罪もありはしないんだ」
アシタバのその顔を。
勇者リンゴは見守るような、縋るような目で、見つめていた。
五章三話 『この世は涅槃、底より湧き立つ(前)』




