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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十二章 流れ月序、橋の国と森の国編
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二十二章二十六話 『魔女のお茶会:運命の魔女(前)』

「さぁさぁ、まずは紅茶だね!紅茶を飲むか!!」


魔女アリスが指を鳴らすと、遠くの方からティーカップが飛んできた。

同時に彼女の周りには、クリーム色の泡が浮き上がっている。


「僕は上手いんだ~、紅茶淹れるの!ほらオリヴィエちゃん、お菓子!」


ぽん、と手を叩くと、もぐらのように焼き菓子の入った皿が机から飛び出て来た。

オリヴィエが歓声を上げている間に、紅茶の泡は空飛ぶティーカップへの中へと収まり、アシタバ達の前に着地していく。


「お茶会にはお茶がなくっちゃね。さぁさぁみんな、まずはリラックスしてくれ。

 緊張することはないよ、君達は僕の呪いを継いだ子供みたいなものなんだから!」


アシタバとローレンティアは思わず顔を見合わせた。

魔女というからもっと強張った場になるかと思っていれば、切り出しは随分と抜けていた。


「その……あの……呪いを受け継いだって……私は分かるんですが……アシタバも……?」


先にこの空間にはいたが、ローレンティアもまだ理解は追いついていない。戸惑う彼女に魔女アリスは笑う。


「ふふっ、勿論だよ。この場にいる人は全員、アシタバ君だってそうだ」


ローレンティアが困惑した顔でアシタバを見る。自分と同じ呪いがアシタバにもあったなど、予想外もいいところだ。

アシタバ自身も戸惑い、返す言葉はなかったが……。


記憶が蘇り始めている。自分は魔女アリスに会ったことがある。


「………あんたには色々と聞きたいことがあるんだが……」


「ふふっ、そうだろうねアシタバ君。だが今は紅茶をお飲みよ、紅茶をさ。

 そうだ、こうしよう!ただだらだらと質問タイムを続けてもつまらないよね。

 順番に一つずつ質問をしてもらうことにしよう!時計回りに二周だ!」


「ちょ、ちょっと待て……いや、一人二回だけってことか?」


「もちろんだよ」


魔女アリスという人物は、朗らかでふざけた性格の隙間に、たまに鉄のような温度を挟んでくる。

短いその言葉に、確かにアシタバ達は拒絶を感じ取った。


「あまり、ぐだぐだと場を続けるのは好きじゃなくてね。

 それにこの場を開いたのは義務じゃなく僕の細やかな善意ってやつだ。

 必要以上に付き合う気はない。ましてや君たちの疑問全部に応えますなんて言う気はないね。

 だから君達も、厳選に厳選を重ねた選りすぐりの質問を寄越してくれたまえ。

 ほら、最初はクローバー君!」


この魔女はどうも、自分のペースで話を推し進めるな。

と場の者達は理解し始めた。独善的だが、聞きたいことは山ほどある。

若干戸惑いながら、クローバーが先陣を切った。


「まず、目的を教えてくれないか。俺達をここへ集めたこと。

 俺の生まれ持ったこの呪いに関係しているのは察しがついているが……」


どうやら彼も、ローレンティアやオリヴィエと同じく呪いと共に生まれたようだ。三人は同じ銀の髪………。


(俺とあいつだけは違う………)


アシタバの視線に気づいた赤髪の少女、フィグは睨みを返してくる。


「ふむ、目的だね。それは説明責任ってやつと、未来の確証を得るためだ」


「………もう少し分かりやすく頼む」


「つまりだね、僕は呪いを生むんだろうが、僕にとっての時間軸ではまだ生んでない。

 それが誰に受け継がれるか、今の僕は知らないんだ。

 時を超えたこの場所だからこそ僕は未来の時間軸から君たちを招き、こうして顔を見ることができた。

 だから僕は……僕がこれから生む呪いについて、それが確かに受け継がれるとこの場で確証を持てたんだ………とはいえ!」


最後の一言は、場の空気を読んでねじ込まれたのだろう。

彼女にとっては受け継がれた呪い……でもローレンティア達にとってすれば自分の意思に関わらず押し付けられたものでしかない。


「君達も納得したいことだろう。己が持って生まれた呪いについて、ね。

 だから僕もこの場で説明責任を果たそうと思っているんだ」


さっき一人二回までしか答えないって言ってなかったか、という戸惑いは若干あったが。

最初の質問に対する答えとしては納得したのだろう、クローバーが背もたれへ身を預けると、隣のオリヴィエががばっと手を上げた。


「はいはーい!アリスちゃんは、なんでもできるのー?魔法!?すごいよねー!!」


「ふふふふ!いい質問だ!あぁそうとも、僕は何でもできるんだ!

 紅茶もお菓子もお手のもの、この空間だって原型は僕の魔法さ。

 なんだって僕は"運命の魔女"。あらゆる不可思議を現実にする者さ!」


「これは質問じゃなくて確認扱いにして欲しいんだが」


にこにこと笑っていたアリスとオリヴィエに、アシタバが割って入る。


「質問に対する回答はどこまでしてくれるんだ?質問者が満足したらそこまでか?」


笑顔が溶けるアリス。アシタバの言外の指摘を察したのだろう。


「……分かった、もう少し言葉を足そう。僕は山の国(シャムラング)生まれの悠久の魔道士だ。

 源流は運命……未来の可能性を超常に昇華させることができる。

 僕のマナは時空を超えて行き渡る……まさに天才ってわけさ」


言われたことはよく理解できなかったが……。

恐らく彼女が、未来から何かを前借りして魔法を行使できる、というのは分かった。

これまでの話から察するに、彼女はこの場の誰よりも古い年代の人物だ。


この答えで満足かな、というアリスの目線を受けると、アシタバは次の質問者、ローレンティアを見る。

彼女はしばらく押し黙って考えていたが………。


「どうして私達だったのでしょう」


「ふむ」


ローレンティアの声色は珍しく低く、鉛のようだった。

その言葉に込められた……自分に課せられた理不尽に対する想いを、アリスも感じ取れたのだろう。


「正直、明確な理由はなかったというのが答えになる。

 さっきも言った通り、僕のマナは時空を超えるが、その先まで事細かに選べるわけじゃない。

 マナに載せた願いに従って、世界と時代を跨いで相応しい相手が選ばれる。

 それが君達だった。そしてその選択自体には僕の意思は介在していない。


 だからまぁ……君達や、君達の母上には申し訳ないことをしたね」


その答えと謝罪だけで、ローレンティアが全てに納得をしたわけではなかったのだろうが……。

また押し黙ってしまった彼女を見届け、アシタバが口を開く。


「なら俺の番だな。俺の質問は、あんたが呪いに載せたって願いのことだ。

 何故あんたは五つの呪いってやつを生んだ。その理由を答えてくれ」


それがこの集まりの核となる問いかけなのは、この場の全員が理解していただろう。

一同の注目はアリスへと注がれる。


「五つの呪いを生んだ理由は、僕が確かめたかったからさ。あれは言わば、人類の試金石だ」


「試金石……何を試すんだ?」


「人類が、生き残る価値があるのかどうか」


生き残る?と、呑気に呟いたのはオリヴィエだけだった。

アシタバも、ローレンティアも、クローバーも、目の前の人物の本質に触れてしばらく硬直してしまう。

あの鉄の温度の言葉……明らかだったのは、彼女はその人類に自分自身を入れていない点だ。

他人事のように彼女は、人類絶滅の可能性を口にしている。


「はっ」


笑ったのはアシタバの隣、赤い髪の少女フィグだった。


「お前、なんだそりゃ。どこに立って言ってる台詞だ?」


挑発、苛立ち。けれど今の言葉で確信した。

この中で唯一、彼女だけは魔女アリスと同じ時代から来ている。

二人はこのお茶会が始まる前からの知り合いだ。


「どこに、ね」


先程までの、自分の才能にのぼせ上がったような声色は消えた。感じ取れたのは諦観だ。


「フィグ、悪いけど僕はもう自分を人類の中に見出せないよ。飽き飽きしたんだ。

 君には上から評価を下す高慢ちきみたいに聞こえたんだろうが……そう思ってくれて構わない」


「だったらなんで呪いなんて産もうとする。お前がまだ諦められてないからだろ」


責めるようなフィグ。憂いを見せるアリスは、否定はしなかった。


「……すまないね、話を戻そうか。

 あー、まぁ、キッパリ言ってしまうと人類は絶滅する。それが僕達が僕達の時代で見た未来ってやつだ」


反応は、その場の者でそれぞれ異なった。

人類の絶滅という言葉に、ピンと来ず首を傾げたのはアシタバとローレンティア。

納得をしたのはクローバー。オリヴィエも幼さ故に会話についてこれない部分はあったが、概ね彼と同じ側だ。

そしてフィグは顔を背ける、まだ決まったわけじゃねぇだろ、と毒付く。


「あー待って待って。今の言葉が君たちの時代でどうだかは言わないでくれ。

 因果の逆伝播の否定証明はされていないからね。

 僕のモチベーションにも関わりそうだ……つまり、ネタバレはしないでくれ。

 とにかく僕の時代では……僕が何かしなければ人類は絶滅するだろうと、確信できるような出来事が起こった」


フィグは色々と言いたいことはあったようだが、この場ではアリスに喋らせる方を優先したようだ。


「だからね、僕は呪いを産むことにした。

 さっきも言ったけど、正直今の僕はもう、人類を救うぞとかって使命に燃えているわけじゃない。

 人類には半ば諦めを感じてるし、このまま滅んでもいいんじゃないかって思うこともある……。

 けどまぁ……なんというか、生き残るための芽はあげてもいいんじゃないかって思ったんだ」


「その芽とやらが呪いなのか?」


クローバーの質問にアリスが頷く。


「君達が生き残る可能性だよ。脅威に立ち向かうか。守り通すか。逃げて隠れるか。流れに任せるか。それとも……新しい可能性があるのか。

 込められる願いは他人(ひと)から貰ったものだけど……こうして君達と出会えたんだ。

 どうやら僕は、なんとか上手くやるらしい」


アリスにも不安があったのだろうか。

未来に持てた安心に、彼女は柔らかな微笑みを見せる。


「……………」


アシタバとローレンティアから見れば。

二人の時代では、彼女の試金石とやらは終わっている。

魔王は倒された。人類絶滅の脅威は無くなった。

ならば呪いは役目を終えた………。


(………いや)


本当に、脅威はなくなったのだろうか。


「どうだい、アシタバ君。こんな回答で満足かな?」


挑発的なアリスの目線を受ける。

魔王が倒されたという話は恐らくタイムパラドックス……まぁ、ここで敢えて言及しなくてもいいだろう。


「沈黙、ということは了承と取ろう。じゃ次、フィグ、質問していいよ」


「…………」


今のアリスには、馴れ馴れしく話しかけられるのも苛立つのだろうか。

フィグは一つ睨みを効かせると、面倒臭そうに口を開いた。


「お前、本当に呪いを生み出す気なのか?

 人類の未来に影響しうる呪いだっていうなら……代償がどうなるかぐらいわかるだろう」


少し意外な質問だった。それは、アリスの身を案じた言葉に他ならない。


「ふふ、僕の気持ちは変わらないよ。そもそもこうして呪いを宿した子たちと出会えているんだし。

 大丈夫大丈夫、歴史がひっくり返るぐらいの超絶天才魔道士の僕さ、代償となる価値ってやつもとんでもないだろう。

 意外とあっさり成立しちゃうかも~~」


「お前なぁ……!」


「フィグ」


制する鋭い言葉。アシタバはまた一つ、二人の関係性を掴んだ。

血縁関係ではないのだろうが……アリスが姉で、フィグは妹。そういう間柄だ。


「僕はね、もういいんだ。この気持ちも変わらないよ」


諦観のような言葉と、寂しそうなフィグの表情。

二人が元いた時代でどんな道を辿ってきたのか、この時のアシタバにはまだ知る術がなかった。




二十二章二十六話 『魔女のお茶会:運命の魔女(前)』

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