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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十二章 流れ月序、橋の国と森の国編
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二十二章二十五話 『魔女のお茶会:五つの呪い』

魔女。


それはこの世界では、お伽話の中の存在だ。

共通認識では、それは友好的とは言い難く、まぁ意地悪で、魔法で色んなことを引き起こす。

誰かに呪いをかけたり。稀に気まぐれで、回りくどいやり方で誰かを助けたり。


魔女のお茶会、という言葉が残っている。


慣用句的には悪巧みをする者達の集まり、直接的には魔法に通じる者達が集う際に使う言葉だ。

その語源は、現代ではもう追う術がない。







アーチの向こうは、全く知らない土地だった。


地平線まで続く草原、馬車が通れるよう整備された砂利道と、点々と経つ古めかしい家々。手入れされた畑と放牧された羊、牛達を見ると農場なのだろうか。

振り返れば、今通ってきたアーチは跡形もなく無くなっている。


「心配しなくてもちゃんと帰す。さ、着いてきてくれ」


クローバーは30歳程度の、無気力そうな男だった。

遊牧民のような服装、小さな鐘のついた杖、ターバンのような帽子からは銀色の前髪がはみ出ている。

クローバーが砂利道を進み出すと、アシタバも後を追う形になる。


「なぁ、クローバーさん。質問は受け付けてくれるのか?」


「面倒だから断る……と言いたいところだが……。

 あんたからしたら分からないことばかりだろう。

 いいさ、道すがら、俺が答えられることなら聞いてくれ」


「その……まずあんたは味方なのか?」


アシタバの第一問に、クローバーは顔だけ捻って一瞥を寄越した。


「まぁ……敵ではない、かな。あんたに害意はないよ。

 ただ味方でもない。傍観する側……オリヴィエと同じ部類だと思ってくれ」


「オリヴィエとは知り合いなのか?」


「同じ呪いを宿した者同士」


今度は即答。同じ呪い……はオリヴィエも言っていたフレーズだ。彼もローレンティアと同じ呪いの所有者。


「それで、傍観者のあんたが何で俺を助けたんだ?

 俺が捕まってるのをオリヴィエに聞いたとか?」


「助けたわけじゃない。言っただろう、ちゃんと帰すって。

 捕まっていたのは初耳だが、別の場所には帰せん。

 俺は案内を頼まれたからあんたを連れてきたに過ぎないさ」


帰す、帰す。


「なぁ、ここは一体………」


「おう、クローバー。お客さんか?珍しいな」


急に声が聞こえて、アシタバはどきりと立ち止まってしまった。

見れば、道端の低い石垣に老人が座っていた。

ぱっと見は農夫、脇には鍬が置かれているが、何故か腰には剣をぶら下げている。

そんなちぐはぐな格好なのに、彼は不思議と自然の一部かのようにさり気なく存在していた。


「こんにちは。あぁ、今案内中だ。

 悪いね、暇なら羊達の様子でも見ていてくれると助かる」


「あぁーいいとも。お客さん、ごゆっくり」


会釈に応じて頭を下げると、アシタバはまたクローバーの後を追う。

視野を広げれば、畑には点々と農作業に勤しむ人影が見えた。

放牧された牛の様子を遠くから見守る者も……。

まばらだが、ここには生活をしている者達がいる。

ただ引っ掛かったのは、彼らの国籍がばらばらに見えることだ。


「なぁ、ここは一体どこなんだ?」


アシタバは、先ほど言いかけた疑問を口にする。


「ここは時空の交差点だ」


「時空の……?」


「ここには昨日も明日もない。時間の概念がないんだ。

 ここはずっと青空の下、夕方も夜も来ないのさ」


正直、言われた意味を理解するのに時間を要した。

太陽を見てみれば確かに、夕食を終えた先ほどよりは高い位置にあった。

時間の概念がない……?


「よく分からないな………」


「ま、一発で理解できたら天才だろうな。俺も全部を理解しているわけじゃない。

 分かっているのは、ここが俺の持つ"青き呪い"によって生まれた場所だってこと。

 いや、この空間自体が呪いって言った方がいいのかな。


 ここは俗世と隔離された離れ小島だ。俗世とは俺が門を創った時だけ繋がる。

 向こうで戦争が起ころうが何してようが、ここは無縁に平穏で長閑だ。

 門を創った時は、場所や時代を超えて繋がるみたいだな。

 あんたからするととんでもなく離れた場所同士や、過去も未来もここに繋がる。

 ま、色んな時間と場所が交わる交差点ってわけだ」


「…………」


突拍子もない絵空事……だが、前の世界でSFを読んだことのあるアシタバはまだ理解しやすかっただろう。


「あんたはここの管理人……なのか?村長?ここの奴らは元々いたのか?」


「ま、そんな感じかな。門はいつも適当に開くんだが、どうも適性のある奴のところに開くらしい。

 基準は分からんが……ここでの平穏な暮らしを望んでいる奴とか、なのかな。

 そういう奴が門をくぐって、気に入ったらここに定着する。

 時間のないこの村を停滞と捉えて、俗世に帰っていく奴もいるけどな」


「停滞………」


「そう、停滞」


空を見上げるクローバーの目は、遥か遠点で結ばれる。

きっと彼のいう俗世を思い出しているのかもしれない。

いい思い出がないのだろう、とは彼の横顔を見れば想像ができた。


「俺はそうは思わないけどな。ここはいいところだ。

 暴力も戦争も、対立も悪意もない。平穏な今を享受し、何にも怯えずに生活できる。

 そんな幸せに、どれだけの人が届かず死んでいったことか……」


恐らくは、戦火か。アシタバは否定も肯定もせず、ただ彼の後を追った。


「話が逸れたな。ま、オリヴィエが世界を俯瞰する傍観者なら、俺は世界を拒絶する引き籠りってところだ。

 きっと俺と同じような奴がここに来る。安寧の地ってやつだ。

 普段はさっき言った通りに新顔を受け入れる……だがあんたの、今回の場合は違う。

 案内を頼まれたんだ。だから多分、意図的に開いたんだろうな」


「案内……魔女のお茶会への招待ってやつか?」


「そうだ」


魔女。恐らく今陥っている状態の首謀者。

正直御伽話でしか触れたことのない存在だ。得体が知れない。


「……俺を呼びつけて、何が目的なんだ?」


「知らん」


「知らない?」


アシタバの聞き返しに、クローバーは初めて困ったような表情を見せた。


「ここは俺の管理する土地だが、俺もお茶会に招待された側だ。

 目的とやらもこれからあんたと同じタイミングで聞く。

 俺はあくまで案内役、この後はあんたと一緒の立場だよ」


「……魔女と知り合いなんじゃないのか?」


「いや?さっき初めて会った。

 門が開いた場所にいて、ここをひとしきり見物するとお茶会を開きたいと言い出したもんだ。

 人を呼びたい、案内して欲しいと言われた時は困ったが……。

 その後門を開くと、あいつの目的通りの相手と繋がった。

 相手が呪いの主だと、その時ようやく実感できたよ。

 そういうわけで、あんたが最後の招待客だ……ほら、あそこ」


クローバーが指差す、小高い丘の方を見た。

底抜けの青空と、真夏のように高く聳え立つ入道雲を背景に、緑に覆われた丘はそれだけで絵画のようだった。

その上に真っ白なテーブルと椅子……六脚ある内の四脚は既に人が座っている。

その中の一人、銀色の髪の女性は……アシタバがよく知った顔だ。


「………ティア?」


「アシタバ!!!」


呟きが聞こえたのだろう、椅子に座っていたローレンティアは跳ねるように立つと、丘を駆け降りてこちらへと走ってくる。


「アシタバ!アシタバ!無事だったのね!!!」


その勢いのまま抱きつかれて、思わずアシタバは仰反る……。

が、また会えた喜びの方が大きかった。

アシタバが失踪してから既に一ヶ月、予想外の場所での二人の再会だ。


「良かった、私、本当に心配で……その、酷いことされてないかって!」


「あぁ、大丈夫だ。外には出させてもらえないが、身の危険はない。

 ティアは?その、銀の団は大丈夫だったか?」


「…………」





再会の喜びから、表情を沈ませたローレンティアが語ったのはアラクネ生存戦後の銀の団の状況だ。

ディルの死……ツワブキと同じく付き合いの古い探検家仲間の悲報に、アシタバはしばらく硬直してしまう。


「その……すまなかった、そんなことになっているとは……。

 ティアも大変だっただろう」


「ううん、いいの。ディルさんは、みんなで送れたし……。

 こうしてアシタバが無事だったから。ねぇ今どこにいるの?私、すぐに助けに――」


「はいはーい、そこまでだお二人さーん。

 感動的な再会のタイミングだったとは僕も知らなかったが、後で時間は作ってあげよう。

 そろそろこっちの話をしてもいいかな?」


無遠慮に二人に割って入る声は、テーブルの一番奥から聞こえてきた。

目線を向ければ、一番造りの派手な椅子の前に女性が立っている。

黒いとんがり帽子に、黒い布切れをそのまま羽織ったような服。

長い黒髪の毛先が、風にゆらゆらと揺れる。

空間から浮いてるような独特な存在感は、この不可思議な場所で見せる不敵な笑みから来るのだろうか。

それとも、帽子の影の中でも鮮烈に両目に灯る、硝子のような虹色の煌めきから来るのだろうか。


「あんたは………」


言いかけたアシタバの方が止まる。脳裏に忘れていた光景が過ぎる。

彼女と会ったことがある。もっと、老いた姿の彼女に。

この世界に来たばかりの時に、会ったことがある。


その既視感は、既にローレンティアも体験していた。

彼女もまた、目の前の人物を見たことはあった。

アラクネ生存戦、魔力暴走(オーバーフロー)の混濁した夢の中で出会った……呪いのことを語っていた少女だ。


目を移せば、隣の椅子には赤い髪の少女も座っていた。

彼女もあの夢の中にいた。後ろ姿だけだったが、その薔薇のような真っ赤な髪は見間違うはずもない。

先ほどの黒い女性よりはやや幼く、だが赤い髪は膝辺りまで伸びていた。

切れ目の両目は面倒臭そうにこちらを睨み、友好的ではなさそうな雰囲気が漂う。


その反対隣には、いつの間にか椅子に座っていたクローバー。そしてその隣には……。


「お前……もしかしてオリヴィエか?」


アシタバが困惑したのも無理はない。

呪い、の単語が出た時から彼女もいるのではと予想していたが、そこにいたのは八歳ほどの、この場の誰よりも幼い少女だ。


「んー?そうだよ、わたしはオリヴィエ!お兄ちゃん、何でわたしの名前知ってるのー?」


アシタバは呆気に取られてしまう。

記憶より若い、黒い女。そして幼く若返りしているオリヴィエ。

どうやらここは確かに、時間の流れを超越した場所らしい。


アシタバ。ローレンティア。クローバー。赤髪の少女。幼いオリヴィエ。集まった五人を見渡すと、黒い女は満足そうに両手を広げた。


「さぁ、与太話はもういいかな!?

 僕の呪いを継ぎし者達よ、よくぞ“魔女のお茶会”へお集まり下さいました!

 今日はなんと記念すべき日だ!!」


言葉の最後には、クラッカーのような破裂音と紙吹雪が彼女の後ろから噴き出てきた。魔法だ。


「魔女………」


「いかにも」


アシタバの呟きに、その黒い女、魔女はにやりと笑う。

やはり記憶よりずっと若い、アシタバより若いぐらいだ。

ミステリアスで退廃的なあの時とは違う、若さに沿った自信と輝きのようなものがあった。

そして左手を顔の前に突き出して見せる……指がまだ(・・・・)全てあった(・・・・・)



「人差し指はあらゆる敵を穿つため、この世の全てを貫く、赤き呪い。

 フィグ、付き合ってくれてありがとうね」


人差し指を折り、隣の少女へ笑いかける。

赤髪の少女はこれまた面倒臭そうに、ふん、とそっぽを向いた。


「中指は高きより万事を見届けるため、この世の全てを見通す、白き呪い。

 オリヴィエちゃん、後でたっぷりお菓子をあげるね~」


「ほんと!?わぁーい!」


中指が折られると、幼いオリヴィエがぴょんと跳ねた。

魔王城で会ったどこか偉そうな態度とは違う……少女時代の彼女。


「薬指は誓いを紡ぎ繋ぐため、この世の全てを護る、黒き呪い。

 色々とお忙しそうなところ申し訳ないね、ローレンティアさん。

 でももう少し付き合ってもらうよ」


「……………」


薬指が折られるのと共に、場の雰囲気に従ってローレンティアも椅子に座る。

アシタバも同じく、彼女の隣に腰かけた。


「小指は約束を隠し通すため、この世の全てを隔てる、青き呪い。

 クローバー君、皆の案内ありがとうね。助かったよ」


「別に大したことじゃない。彼らの下へ門を開いたのはあんただ」


折られる小指を、羊飼いクローバーが蒼い瞳で見つめていた。

そして最後に魔女は、アシタバへ向き直る。


「そして親指は、世界の在り方を見極めるために。

 この世の全てと異なる、無色の呪い。

 アシタバ君……会えるとは思わなかったよ。改めて、ようこそ」


「………どうも」


この場の何もかもに理解が追いつかなかった。

時を超えた場所。ローレンティアと同じ呪いを持つ者達。

赤、白、黒、青、そして無色。その中の一人が自分で。目の前には魔女がいる。


こちらの世界に来たばかりの時に彼女と会った記憶が、アシタバの中でゆっくりと蘇っていく。


「改めて、僕がこのお茶会の主催者……【運命の魔女】アリスだ。よろしく頼むよ」


青空、入道雲、柔らかな太陽の光。輝く麦畑。遠くで鳴く羊の声。その中で笑う、若き日の魔女。

不可思議で規格外のその集まりは、そんな口上で始まることとなった。




二十二章二十五話 『魔女のお茶会:五つの呪い』

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえばクローバー君ってことはクローバーは男キャラ? 男でも魔法の一種である呪い持ち?これは魔女の呪いって特別枠なのかな?
[一言] ローレンティアからすればぱっと見で外見に異常なく受け答えも正常でひとまず手遅れではないとわかるアシタバと会えたのは望外の幸運ですね
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