五章二話 『この世は輪廻、巡りて廻る(後)』
「場所をお貸し下さったブーゲンビレア卿に感謝しなければなりませんわ。
やはり紅茶を楽しむには、それなりの場所というものが必要ですもの」
貴族区を歩くのは先ほどの魔道士三人、マリーゴールド、グラジオラス、ユーフォルビア、そしてローレンティアとキリ、エリスだ。
月の国代表ブーゲンビレアの館の門は開放され、庭の上に設けられた大きな庇が照り月の太陽光を遮っていた。
その下、芝生の上には紅茶やお菓子を載せたテーブルが据えられ、既に五人の参加者が席についている。
「ごめんなさい、てっきりローレンティア王女だけと思っていたので席が足りませんわ……。
とりあえずわたくしの席を使って貰えるかしら」
「いいえ、私は使用人ですから。配膳のお手伝いをさせて頂きます」
エリスは深々と頭を下げると、少し離れて待機しているブーゲンビレアの使用人達の側に立った。
「では、キリさん?」
「あなたの席が足りない。私は立つわ、護衛だもの」
ローレンティアの席の背後に立つキリ。
「しかし、うーん、それは…………」
使用人のエリスはともかく、客人の一人と見ていたキリを立たせることに抵抗があるのか。
はっきりとしないマリーゴールドに、ユーフォルビアが割って入った。
「マリーゴールド、彼女には彼女の役割がある。
あなたのそれは押しつけ。要するに、こだわりすぎ」
少ない言葉で意見を纏める人だな、とローレンティアは思った。
「そうだよ~それぞれが楽しく自由なスタイルでいればいいんだよ~。
ほら、クッキー食べる?」
先に座っていた一人、よもぎ色の髪の、緩々とした女性がクッキーを差し出す。
「いただきます」
キリがそれをもしゃもしゃと食べる。立ち食いだ。
「それなら紅茶もあるっすよ!いかがっすか!?護衛さん!」
荒々しい言葉遣いと若い風貌の、褐色肌の女性もカップを差し出す。
「では、いただきます」
ズズズと、紅茶を啜るキリ。立ち飲みだ。
その光景にマリーゴールドは少し面喰うが、やがてそれが彼女なりのあり方なのだと理解したようだ。
「…………そ、それではお茶会を始めましょう。皆様、ご足労感謝致しますわ。
今日はかの団長、ローレンティア王女をお招きしましたの。
みなで素敵なお話を致しましょう」
そうして、未だ戸惑いを残すローレンティアを置いて。
魔道士達の集まり、魔女のお茶会が開かれた。
「わたくし達は既に、先のハルピュイア迎撃戦で顔を合わせているのですけれど……。
ローレンティア王女には自己紹介が必要ですわね」
銀の団に所属する魔道士は全部で八人。
一人目、先陣を切ったのはマリーゴールドだ。
「先ほども申し上げましたが、わたくし河の国の貴族にして輪廻の魔道士、マリーゴールドと申します」
「あら、元貴族、じゃなかったの………。」
目の下に隈が多い、陰気な印象を受ける女性が横やりを入れた。
「貴族の身分を捨てて、魔法の道へ駆け落ちした貴族崩れ…………。
“呪われた王女”もだけど、あんたも有名よぉ………」
「失礼な!!無責任な噂です!私は家族を捨ててなどいませんわ!!
…………ともかく、今は一人前の輪廻の魔道士。
貴族出身だからって舐めて貰っては困りますわ。一通り修行は修めましたもの!」
金のロールをした煌びやかな髪形。
整った顔立ち。高貴な身分の出自に基づく服装と振る舞い。
堂々として気が強そうにも見えるが、少し空回りしがちな印象を受ける女性だ。
自分と似たような経歴の方がいたのか、と“呪われた王女”ローレンティアは彼女を見つめ。
マリーゴールドは顔を赤らめながらローレンティアの方へ目を向け、目が合うと慌てて反らした。
「そう、悪かったわね…………それじゃあ次は私かしら」
二人目、マリーゴールドの隣に腰掛ける、先ほど横やりを入れた隈の目立つ女性が喋り始める。
目に掛かるぐらいでぱっつりと黒髪が切り揃えられ、小柄な体は尽く黒い衣装で包まれていた。
「名前はグロリオーサ………生まれは日の国、涅槃の魔道士よ……。
別に私は、どうこう言う経歴はないけどね…………。
呪いに関することなら、私に任せて………」
「の、呪いですか!?」ローレンティアが驚き。
「冗談よ」グロリオーサが真顔で答える。
「でも知識ならあるわ………呪われた王女様も結構興味深かったりして………」
クク、と笑いながらゆらりと指を持ち上げ、ローレンティアを指す。
どう反応すればいいのか、固まってしまうばかりだ。
「だー、やめるっすよ!暗い、暗ぁーい!!お姫様困ってるっすよ!!」
三人目、隣の褐色肌の女性が手をばたばたとさせる。
「次は俺っすね!俺の名前はパッシフローラ!
砂の国から来た魔道士っす!
この褐色肌がトレードマークだぜぃ!」
先ほどキリに紅茶を渡した、少し荒い言葉づかいも目立つ褐色肌の女性。
砂漠地方特有の薄く少なめの布地の服。
それを意に介さんとばかりの開放的で、大雑把な女性だ。
髪は深紅、短めにまとめられ、サバサバとした印象を受ける。
「挨拶なんざパッパとしてきゃいいんすよ。ほら、次、次!」
「はいはーい!!私の名前はハイビスカス!!
森の国出身、悠久の魔道士だよ~。
ここには、植物が少なくって寂しいな~」
四人目、手を振り上げ、元気よく隣の女性が応じる。
先ほどキリにクッキーを差し出した、よもぎ色の長い髪の女性だ。
にこにこ、マイペースで楽しそうな雰囲気。
頭に被った麦わら帽には、彼女の名であるハイビスカスの花が添えられている。
「植物?」
「そうだよー、お花とか木とかー。樹人ちゃんはちょっと違ったなぁ~」
自分の世界に浸る彼女を見かねて、隣の女性が割って入る。
五人目、騎士の恰好と肩ほどで切り揃えられた金の髪。
「……私はグラジオラス。月の国より参った、夢想の魔道士だ。
王国軍の一兵として鍛練を積んでいた」
「グラジオラスさんって有名な方よね~。
魔法剣の使い手っていうだけでも十分だけど、更に師匠があのメローネ様なんですもの」
そのおっとりとしたお姉さん、といった印象の女性は初めて口を開く。
グラジオラスは頷いた。
「うむ、たまたまの縁だったが私の指導を請け負って下さった。
全く光栄なことだ。あの方の教えを十全に活かし、私はこの地この団で力を示そう」
月の国のメローネ。この世界でその名を知らない者は少ない。
現在、若くして魔道士の頂点に立つ存在であり、月の国の宰相を務め――。
そして魔王城に切り込んだ四人の勇者一行の一人。大魔道士メローネ。
勇者リンゴ、大戦士イチゴと並ぶ偉大な伝説だ。
「そそそ、そんな方の後に私が自己紹介なんて………。
ごめんなさい!私、そんな立派な人物じゃなくて!」
グラジオラスの隣、そのおどおどとした女性は顔面蒼白、目の前で手をぶんぶんと振った。
淡い紫の髪は、彼女の鼻あたりまで伸び、もはや目を覆っていた。
旅の僧侶のような出で立ち、六人目の少女。
「わ、私はエーデルワイスと申します……。
鉄の国出身、きょきょ、虚無の魔道士で………。
全然、駄目駄目な私ですけど、治療なら何とか…………」
「卑下はよくありませんわ。
治癒魔法においてエーデルワイスさんより秀でる者は、この銀の団にはいないでしょうに」
マリーゴールドがもっと胸を張りなさい、と言う。
聞いた覚えがある、とローレンティアは思っていたが、先々月の円卓会議、スライムの水の利用についての議論の際に、アシタバの体を魔法学的に調べた魔道士だ。
治癒能力についてはユズリハの太鼓判つきというわけだ。
「いえいえ、そんな、私なんか………。
ユーフォルビアさんやアルストロメリアさんには到底!」
「そう振られると凄くやりにくい」
七人目、ユーフォルビアは顔をしかめる。
水色のショートボブと傭兵の恰好の小柄な少女はため息をつき、自己紹介を始めた。
「生まれは波の国、泡沫の魔道士ユーフォルビア。
魔法の習得をしてからは、傭兵業をして各国をまわっていた……」
「駄目だよ~、ユーちゃんはもっと言わなきゃいけない経歴があるでしょ~?」
マイペースなハイビスカスが横やりを入れる。
「経歴?」
「…………所属はトウガ傭兵団。元、だけど」
流石にローレンティアは驚く。あの、五英雄の【刻剣】のトウガの。
「それじゃあ、彼の戦場にも?」
「ええ。今に言うトウガ平原で三年間。
魔王が消えて、あそこの戦線が霧散するまで携わった」
そこは、人類史上類を見ない激戦区の一つだ。
傭兵の出で立ちは戦闘慣れしているとは思ったが、そこでこの少女は生き残ったのか。
「ちなみにこの隣のは実の姉」
「どーも、ユーちゃんの姉のアルストロメリアです~」
八人目、最後はおっとりとしたお姉さん気質の女性だ。
今回の出席者の中で最年長だろうか。ゆったりと落ち着いた服装をしていた。
群青の深い色の髪はウェーブしながら彼女の腰まで伸びている。
「私も波の国出身で泡沫の魔道士。
同じく傭兵稼業をして各地を転々としていたわぁ」
「………んで、四年前からは黒砦に在籍」
隈の目立つグロリオーサが補足する。
「黒砦って………【黒騎士】ライラックさんの!?」
「そう、あなたの祖国だったわね、団長様」
にこりと笑う女性にローレンティアは戸惑うばかりだ。
この姉も、同じくあの激戦区を………?
「ま、エーデルワイスの最後のは卑下じゃないわよね……。
英雄の戦線で戦い抜いた、泡沫の傭兵姉妹………。
少なくとも魔道士の間じゃ有名な話よ………」
「言われるほど貢献できたわけじゃないわ~。
治療が優れた衛生兵、ぐらいのものだったわよ~」
手を頬にあらあらと、困ったような顔をする。
「まぁ、ともかくこれで全員の自己紹介が終わったわけですわね。
では、ローレンティアさんもお願いできるかしら」
隈の目立つ、陰気な印象グロリオーサ。
褐色肌、言葉遣いの荒いパッシフローラ。
マイペース、天然娘のハイビスカス。
騎士、【蒼剣】のグラジオラス。
おどおどとした、治癒魔法に長けるエーデルワイス。
傭兵、言葉数の少ないユーフォルビア。
おっとりとした、お姉さん気質のアルストロメリア。
まとめる貴族、マリーゴールドにローレンティアが応える。
「ええ。改めて、橋の国出身、銀の団団長ローレンティアと申します。
この度は魔法の専門家の方々の集いに、私のような無縁の者を呼んで頂き――――」
言い終える前に、ローレンティアの言葉が止まる。
テーブルにつく八人の魔道士が解せないという顔を向けたからだ。
「…………あの、何か?」
「無縁?」
ユーフォルビアの返答はやはり短い。それを補うようにグラジオラスが続く。
「ハルピュイア迎撃戦の折…………。
我々は魔道砲門を動かしながら貴嬢の戦いを見ていた。あの、呪いを」
「え、ええ」
「無縁などではない」
「ええ?」
「あれは、魔法の領域に属する何かだ」
五章二話 『この世は輪廻、巡りて廻る(後)』




