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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十一章 泣き月後、探検家若手の会編
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二十一章十話 『山賊上りは女の扱いを知らない』

「チャボイさーん!お手紙のお届けに来ましたよっと!」


魔王城から南に位置する古びた塔の扉を、使用人ナズナが開ける。

ぎぃという音と新しい風に、鳩の何羽かが飛び立った。

鳩飼いと鳩たちの、銀の団の郵便局。その塔の真ん中で、鼻の曲がった老人が目を細めて客人を出迎える。


「おぉ、ナズナちゃんか。今日も元気な声だのう」


前任のハトムギより人生経験豊かで物腰が柔らかく、茶目っ気もあるチャボイはすぐ銀の団に馴染んだ。

人生に悩む若人が、たまに相談に来るほどだ。


「今日は何の用かいね?人生相談かい?そろそろ一人暮らし始めたいとか?仕事が大変とか?」


「手紙を届けに来たっていったでしょ、ほらほら、伝書鳩の準備してよ!

 一個は波の国(セージュ)探検家組合ギルド、ハッカクさん宛て。

 戦闘部隊の人達で報告書レポート書いたんだって。スズ兄も書いたんだぜ!」


「はいはい、ほほう、なかなかの重さ、大作じゃな」


「それからこれ、ローレンティア様から。

 橋の国(ベルサール)のセトクレアセア様にって」


「……王宮封書か」


封を閉じた印を指でなぞり、チャボイの顔が少し強張る。

数ある封書の中でも最も厳正に扱うべき代物。


「分かった、送っておこう。

 しかし、こっちは本人が持ってくるのではなかったのだな」


「本人が?どういう意味?」


ぽかんとするナズナの声を聴いて、チャボイは口を噤んだ。


「………いや、なんでもないよ」










「ん~~~とりあえず完成!!!」



魔王城地下八階。

このところずっと制作に取り掛かっていた、谷の最上層と最下層を繋ぐ螺旋階段の下で、ハイビスカスは声を弾ませる。

彼女の成長させた樹をベースにしているそれは、緑豊かな地下八階の景観に馴染みながらも、ところどころに彼女好みの細工が施されている。

手すりの上の木彫りの小鳥。伸ばした枝から生やしたハートの葉。目を楽しませるために、半周ごとに階段脇に添えられた花。


「細かい部分はちょこちょこ直してくかな!

 ふふん、どぉーおガジュマル、私の初作品!」


「……俺やディフェンバキアさん達も大分手伝っただろうが」


と言いながらも、隣にいたガジュマルは改めて高い高い彼女の力作を見上げてみる。

その大きさからかなり工期がかかると見られていた建造物は、予定の4倍程度の早さで完成してしまった。

要因は、二度目の魔力暴走オーバーフローを迎えたハイビスカスの能力がディフェンバキア達の見立てよりも高度であったこと。

そして朝早くから夜遅くまで、ハイビスカスが建築に打ち込んだことだ。


「そだね!ガジュマルもありがとう!!

 いや~でも、自分が手塩にかけた建築物がダンジョンの中にドーンと建つと確かに、ダンジョン建築家としての手ごたえを感じるねぇ」


ハイビスカスはいつも通り朗らか。そのにこにことした笑顔を、ガジュマルは横目で観察する。


「あ、そうだ、ゴーツルーさんから聞いたよ、ディルさんの送魂式!

 ヤクモくん達が取り仕切るんだって!?」


「……あぁ」


それは既に、銀の団全体に告知されていたことだった。

ハルピュイア迎撃戦以来の送魂式……明日の夜にヤクモとヨウマ主催で執り行わる。

ディル本人の気質は社交的とは言えなかったが、戦闘部隊のサブリーダーの立ち位置は人々からそれほど遠くない。

だから団員達はほとんどが参加を表明し、一部の者は既に屋上の設営に取り掛かっていた。


「へぇ……いいね。ありがたい話だ」


最後に自分と共に戦い、そして命を落としたディルには何か思うところがあるのだろう。

ハイビスカスは懐かしむような表情をすると、次にはパっとした笑顔を向けて来る。


「私は地上うえには行けないから参加できないけどさ!

 代わりに頼みがあるんだ!」


「わかったわかった、何でも聞いてやるよ」


「さすがガジュマルぅ!モヒカンのくせに!!」


「モヒカンは関係ねぇ」


人の死を悼んだと思えば、いつもと変わらない笑顔ではしゃぐ。

ハイビスカスの体の一部は、結局元には戻らなかった。

草葉や花が体から伸びたまま。聞けば食事を取らなくてもよくなったらしい。

“箱庭内から養分を吸い取れるから”だとか……。


(マジで人間から離れちまった……)


それから目を逸らすというわけではないが、ガジュマルは建造物の方に再び視線を戻した。


「……一仕事終わっちまったな」


「なーに言ってるのガジュマル!これから地下九階までの道を整備しなきゃなんだし!

 螺旋階段の途中にも色々オブジェ建てたいよ!

 だからガジュマルも手伝ってよね!」


笑う。笑う。ハイビスカスは、いつも通りに。







その夜、ディフェンバキアと交代で上層に上がってきたガジュマルは、食堂で夕食を取っていた。


「ガジュマル、顔色晴れねぇじゃねぇか。ハイビスカスちゃんの方は上手くいってるんだろ?」


同じテーブルには車椅子のオオバコとズミが同席し、地下八階の様子を尋ねていた。


「……まぁ、いつも通りには見えるんだよなぁ。

 目の前のことを楽しんで、にこにこと笑って……前と一緒だ」


悩むガジュマルを他所に、二人は顔を見合わせる。


「う~~ん……ハイビスカスさん、意外とそういう性格なのかなぁ。

 ちょっと信じられないけど……」


「ま、だとしたらお前のミッションは完了ってことでいいのかな。元気づいてるならよ。

 俺も昨日アセロラちゃんに会ったが気持ちは上向きみたいだったし……。

 スズシロもストライガとはうまくやってるみたいだ。

 ティアも最近調子を取り戻しつつあるみたいじゃねぇか、ズミ。

 っつーとやっぱり、最後の関門はツワブキさんってとこか……」


「ヤクモ達は、明日の送魂式が鍵って見てるのかな。

 僕達も出来る限りは手伝いたいね」


「う~~ん………」


二人の会話を裂くように、ガジュマルは低く唸った。


「そう……見ていいんかなぁ。

 ハイビスカスが元気づいてるって……元々能天気な気質だし……。

 心の整理も、もう………」


「んなわけないじゃーん、ガジュガジュ」


突如の横槍は、ガジュマルの後ろから飛んできた。

振り返れば背後のテーブルには、サンゴとシンジュ、ニーレンベルギアとベニシダのベニシダ班の四人が座っていた。


「盗み聞きしていればガジュガジュともあろう男が、やれやれ情けないなぁ~」


「盗み聞きしてんかい。ってか情けないって……」


「私達もプルネラちゃん達誘ってもっと地下八階に行かないとねー。

 ガジュガジュ達だけだとハイビスカスが心配だわ」


「心配……」


言い返そうとして言い淀んでしまう。

正直なところ、自分がハイビスカスの状態を完全に把握できているとは思えなかった。


「女の子があんな地下に取り残されて、不安にならないわけないでしょ?

 ガジュガジュさぁ、頼むよ~?

 ガジュガジュとズミ君は女心分かるって認めてるつもりなんだから!

 あんまり呑気なこと言わないでよね!」


「うっ………」


ガジュマルは、肩身の狭そうにしているズミと思わず目線を合わせた。

俺は?とオオバコが小さく呟く。


「……あの子は、今まで一人で生きてきたみたいにみえるね」


助け舟だったのだろうか。ベニシダがいつもより優しい口調で会話に入ってきた。


「ウチの海賊団に入ってくる奴には、たまにそういう子がいたよ。

 男性不信とか、周りに信頼できる人がいなくてそうなった場合が多かったが……。

 あの子は普通に人懐っこい。だから多分、山奥とかで一人で生きてきたんだろう」


「……当たってますよ。本人から聞いた生い立ちがそれです」


「なら多分、あの子は人に頼ったり心を打ち明けたり、そういう経験がないんだろうねぇ」


諭すような言葉をかけるベニシダ。考え込むガジュマル。

その姿を見ながらオオバコは、昨日の出来事を思い出していた。







「アセロラちゃん」


時点としては、アセロラが勇者リンゴに会ってきた帰り道だった。

魔王城近くで車椅子で待機していたオオバコを見つけると、アセロラは微かに微笑む。

前とは違う、大人の女性のような振る舞い……感情をはっきり出さなくなったが、排他的じゃなくなったのは見て取れた。


「オオバコ。待っててくれてたの?」


「お前が家から出て散歩にいったっていうからよ、一目散に飛んできたんだ」


「ははっ、わざわざ車椅子で?」


「当たり前だろ。親友の妹の一大事だ」


ピコティから少し話したとは聞いていた。その効果なのだろうか。

引きこもっていたという話よりは、気分が上向いているように見えた。


「俺ぁ大家族の次男だ、弟妹の世話はたっぷり見てきたからな。

 親友がいない時に妹の面倒見るくらいわけねぇのよ。今はこんな脚だがな。

 だからまぁ、今回みたいに思い詰めすぎることがあったら俺に相談しろ。

 キリでも、ナズナちゃんやナナミでもいい。あんまため込み過ぎんな」


ベニシダがハイビスカスを“人に頼ったことがない”と評するのは翌日のことだが、それより前からオオバコはアセロラに対して同じような印象を抱いていた。

にこやかで人懐っこく、みんなの輪の中心にいて。

でも自分の弱みは決して見せない。


「溜め池に放水口を取りつけないのは馬鹿のすること、だったよな?」


「パクリ?」


「感銘を受けたというんだ、これは」


アセロラは困ったような、飽きれたような笑みを浮かべる。

その顔を見れば、少しは彼女の悩みを解せたんだろうかとも思えた。


「……あたし、団長さんにひどいこと言っちゃった」


「ティアに?」


オオバコも記憶にはあった。

アラクネ生存戦決着後、アシタバと一緒に帰ってこなかったことを、アセロラはローレンティアに問い詰めていた。


「気にすんな。向こうも気にしてねぇよ。なんなら一緒に謝りに行ってやろうか?」


「う~~ん………いい!正直今更会えないよー」


「そんな気にする性格じゃねぇけどなぁ……」


「団長さんがいい人ってことは知ってる。勿論オオバコも、キリもだね。

 みんながお兄の友達になってくれてよかったって、あたしは本当に思ってるんだ」


アセロラは顔を反らして、兄がいるかもしれない地平線を眺めていた。

その横顔に、オオバコは微かに既視感を覚えた。


「だからさ、お兄が帰ってきたら盛大に祝ってよね」


「……勿論だ。それならアセロラちゃんも笑顔でいねぇとな。

 折角あいつが帰って来てもお通夜じゃ悪いだろ」


「はは、うん、そうだね。大丈夫だよ、オオバコ。

 ちょっと引き籠っちゃったけど、あたしはもう復活だからさ」


「………」


まだ満天の笑みとはいかない。

その横顔を、オオバコは静かに観察していた。








近頃弟達に会えていないな、とふと思った。


地下八階から上がって来るのが遅かったガジュマルが、食堂での夕食を終え自宅に戻ったのは深夜に差し掛かった時刻だ。

八人家族の暮らしには3LDKが割り当てられ、弟妹の計らいでガジュマルには個室が与えられていた。


キャロット達はもう寝てしまった頃合いだろう。

起きている間に会えなかったことを申し訳なく思いつつも、弟達を起こさないよう忍び足で帰宅する。


“人に頼ったり心を打ち明けたり、そういう経験がない”。


暗い部屋でベッドへ向かう間、ガジュマルはベニシダの言葉を思い出していた。

正しい言葉なのだろう。ガジュマルの中のハイビスカスに対するイメージとも一致する。


(結局は、俺が相談相手として信頼されてもらえてないってことなのか……)


ならば、“銀の団盛り上げ大作戦”をどう実施するべきか―――と。



「うぉぉおお!!?」


自室に入った途端、ガジュマルは奇声を上げてしまう。

誰もいないはずの自室、その中央に月明りに照らされた亡霊が二人……否、それはよく見れば、彼の弟だった。


「ネギ!レタス!!お前ら何してんだ、びびらせんな!!」


「………兄ちゃんを待ってたんだ」


弟妹の中では最年長の二人でも、この時間だと眠いらしい。

二人は正座の恰好でうとうとしながらも、ガジュマルを見上げる。


「俺を待ってた?」


「……ここなら寝てても素通りされないと思って」


目をこすると二人の目は真剣味を帯びていて、ガジュマルにも本気度合が読み取れた。

そもそもこんな夜まで待っていたのだから、伝えたい大切なことがあるのだろう。

ガジュマルはじっと二人の言葉を待つ。


「ガジュ兄、最近夜遅いよね………。

 地下八階からここまで結構あるのに、仕事終わったら俺達に顔出す為に帰って来てさ。明日もまた行くんでしょ?」


「あぁ、ハイビスカスが大変な時期だからな……」


ガジュマルは少し自省をしてみる。仲間のためとはいえ家族を疎かにしすぎただろうか。


「最近、お前らをほったらかしにしすぎたな。

 アシタバやディルさんがあぁなったんだ、お前らも不安になるよな。

 家族サービス不足、お兄ちゃん失格だったな」


「……いや、そうじゃないんだ」


「ガジュ兄、ネギや私はね、私たちがガジュ兄のしたいことの足手まといになっちゃってないかって心配してるの」


「足手まとい……?」


呆けるガジュマルは、しばらく意味が分からなかった。


「僕はガジュ兄には、すごい感謝をしているんだ。

 野垂れ死にするだけだった僕を拾ってくれて、守ってくれて。

 お金を稼いで、今日まで育ててくれて、家族になってくれて。

 返しきれない恩を貰ったし、一生懸けて返していきたいってそう思ってる」


「んな借金みたいに………」


「それで、その第一歩として僕達が早くできるようにならなきゃいけないのは“自分のことを自分でする”だって思うんだ。

 生活費を稼いでもらうんじゃなく、面倒を見てもらうんじゃなく。

 家族の縁を切りたいってわけじゃない。むしろ支え合う形になりたいんだ。

 

 だから実は、レタスとは早く親離れできるようにって相談してきた」


「お、お前らがそこまで考えなくても………」


「なら、必要なのは親離れじゃなくてガジュ兄の子離れかもね」


レタスが優しく微笑む。その余裕で、二人が長年悩んできたことを打ち明けられていると気付けた。


「最初の話に戻るけど、私たちが怖いなって思ってるのは、私たちがガジュ兄のしたいことの足手まといになっちゃうことなの。

 ガジュ兄がしたい、できたらいいって思ってる事より、私たちの世話を優先することがあったら、それはとっても悲しいし申し訳ないって思っちゃうの」


「……そういう時は相談するよ、兄ちゃんは」


「しないよ、ガジュ兄は。

 今までも大変で辛いことは、私達に相談せずに処理してきたでしょ?」


言われて、それを否定できないことにガジュマルは気付いた。

レタスが少しだけ寂しそうに笑う。

そういえば。弟達に辛い感情を吐露したことはなかった。

そうするべきだと、それが長男だと思ったから。


“人に頼ったり心を打ち明けたり、そういう経験がない”。


もしかして自分がそうだったのかと、ガジュマルは思い至る。


「ガジュ兄さ、僕たちはもう、力を合わせれば自分達のことは自分でできるよ。

 だからね、これからはガジュ兄のしたいことをもう少し大切にして欲しいんだ」







その夜は、ガジュマルにとってうまく寝れない夜だった。

どうやってベッドに入ったかも覚えていない。


ネギやレタスには心配をされていたのだろう。

そして、今まで守るとばかり思っていた二人の成長を見た。

嬉しさと、そして意外な気付き。

彼らから見れば自分こそが、本心を打ち明けない相手……。


(あいつらを頼りにしてなかった……ってことだよなぁ。

 ハイビスカスと一緒だ)


ゆっくりと自省をしていく。

成長した弟達へ、もっと大人として接すること。

そしてハイビスカスと自分が同じだと言うなら……。


(俺がすべきことは……)





二十一章十話 『山賊上りは女の扱いを知らない』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 年長組ーーーーー!! あかん本編進んで欲しいのに銀色学級組スピンオフ見たくなる [一言] いつか魔王城の外まで箱庭が広がれば良いね 本人は捕らわれてても体の一部くらいは日光浴させたげた…
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