四章八話 『その伝説の名は』
「アサツキ!!上はどうなっている!!」
ウォーウルフの迎撃を終えたアシタバとキリが四階へ駆けこんできた。
「分からん!何か、大きな衝撃があったが………」
アサツキの返答は最後まで続かなかった。
四階の屋根が割れる。轟音と衝撃と、瓦礫の雨。
「な――――」
四階、防護柵に向き合っていた男達は、その中心に突如現れたその怪物に驚愕する。
鳥王ジズが屋上から四階に降り立ったのだ。
そして既に、その土煙りの中から尾が伸びており―――。
男の一人を、貫いていた。
「全員離れろ!!!!」
アサツキが叫び、腰の剣を抜いた。
彼の使用人の女性、ナタネが貫かれた男性を素早く引き下げ、使用人の男性、ジャコウがその前に立ち、両腕でファイティングポーズを取る。
アシタバとキリも加わり、4人で包囲をする形になった。
なんだ、これは。
上の英雄達でも対応できなかった怪物ということだけは分かった。
アシタバはジズの足元に横たわる、血まみれのその赤髪を見ていた。
戦闘に不慣れな四階の男たちは絶叫とパニックだ。
キリが弾けるように素早く後ろへ飛ぶ。
背中を丸めた、その腹部に、ジズの尾による突きが繰り出されていた。
僅か数センチ。槍が腹部に刺さり手負いのジズを相手にして、素早さと反射神経において銀の団で比肩する者の少ないキリでさえ紙一重の回避だった。
アシタバの頭を過ぎるのはオオバコの安否と、キリへの心配、そして目の前の魔物の分析だ。
鳥類のモズには、早贄という習性がある。
スズメほどの大きさの丸く愛らしいモズには、他の鳥、いや生物全体を通しても稀な、猟奇的な習性がある。
捕えた獲物を木の枝などに串刺しにするのだ。
理由は明らかになっていない。冬のための食糧確保、だとか。
足の力が弱いため、木の枝を使って獲物を固定し食事を行っている、だとか。
肉食動物の本能に従った結果、だとか、様々に説はあるが。
アシタバはジズの尾を見ていた。
血に塗れ、ところどころ肉片が付着している。
獲物を串刺しにするという特性に進化を重ねた結果。
木の枝ではなく、自らの体の部位に突き刺すという選択。
その尾は魔王軍において最高峰の武器であり、ジズにとってフォークなのではないか―――。
「長く居座らせるな!!早々に決着をつけるぞ!!」
再び、現実。
もはや怒号に近いアサツキの声に呼応し、アシタバは腰の剣を抜き、ジズに思いっきり投げた。
尾を温存するジズはものともせず首を反らせて躱し、その剣を対面にいたアサツキがキャッチする。
「はッ!!」
左手で受け取った剣を右手で投げ返す。再び避けるジズ。再び剣を受け取るアシタバ。
その腰から伸びる、剣の柄と繋がっている鎖は、楕円を描いてジズを囲んでいた。
「今だ!!」
鎖を思いっきり引くアシタバ。
鎖の輪は狭まり、そして同時にキリとジャコウが両側から飛びかかった。
屋上よりも戦力が潤沢とは言えず、英雄もいない四階で、この初撃こそが最初で最後のチャンスだ。
包囲網に加わった四人がそれを理解していた。
だが、それはあまりにも圧倒的だった。その尾だけが早回しの世界で動くようだ。
飛びかかるキリの頭を横一閃、薙ぎ払い。
反対のジャコウの鳩尾へ、重い一撃を喰らわせる。
アサツキへの鋭い突き―――幸運にも剣で受けたアサツキは後方へ吹っ飛び。
そしてその尾で鎖を思いっきり引いた。
「……………ッ!」
その力に抗えない。アシタバは腰の鎖に引っ張られ、ジズの元へと引き寄せられる。
勝てるはずのない綱引き。もはや、四階の戦闘の敗北は必至だった。
地上、魔王城正面玄関前でローレンティアは立ち尽くしていた。
彼女の足元には大きな凹み。屋上からの落下によってできたものだ。
そして彼女の目の前には、多くのハルピュイアの死骸が転がっていた。
ざっくりと体が切りつけられている、南から続くその死体の列は、数にして40を超える。
「……………だ、誰が…………?」
ハルピュイアの襲撃時。
何匹か、矢に当たらずとも地上に降下していった個体がいた。
牛舎を狙ったのではないか、と言われていたが。
違う。誰かが、この数をここで相手していたのだ。
オオバコは、僅かな間の気絶から意識を取り戻した。
視界が血で滲んでいる。混濁した意識の中で、激痛が鈍く揺れる。
その中で、四階の男達の喧騒の奥、三階から上がってきた一人の男の姿を目に捉えていた。
ぼさぼさの長い髪に無精髭。南方の畑で会ったあの男だ。
慌ただしい戦場の中をゆっくりと、だが着実に歩み寄るその姿はジズの尾とは対照的、彼だけが穏やかな時空にいるようだった。
腰の剣を抜くと彼は、ジズが引っ張っていた鎖を一閃、断ち切る。
突然綱引きから解放されるアシタバが倒れた。
それに目もくれず、朱紋付き、鳥王ジズへ向き直る。
「――――貴殿は戦闘に参加しないのではなかったのか」
壁際で起き上がったアサツキが呟く。
剣を、ゆっくりと構える。
その剣は、かつて森の国の奥深くに刺さっていたものだ。
百年、誰も抜くことができなかった剣を彼だけが引き抜くことができ。
そして彼はその運命を手にした。二年前、魔王を打倒した人類最高峰の大英雄。
勇者、リンゴ。
それが暗黒時代に終止符を打ち、人類を救済した伝説の名前だ。
銀の団結成にあたって王族会議は、暗黒時代の五英雄全員に参加を持ちかけた。
【凱旋】のツワブキは応じた。
自身の老後。最高峰のダンジョンでの冒険。後進の育成。彼が受ける理由は多かった。
【刻剣】のトウガも応じる。
トウガ傭兵団を解散した彼は元部下への退職金を求め、前払いの多額の報酬と引きかけに銀の団に加わった。
【黒騎士】ライラックもまた、応じる。
彼の場合はあまり前向きな理由でなく、国に残ると貴族の相手が煩わしいから、というものだった。
残る二人。【豪鬼】のバルカロールは辞退をする。
そして勇者リンゴは、銀の団傘下には入らないが、条件付きで銀の団に帯同することに同意した。
1つ、最低限の衣食住を保証すること。
2つ、何の権限も要らない代わりに、誰の命令も受け付けない。
3つ、いかなる状況下の、いかなる戦闘参加要請にも応じない。
4つ、魔王城について知る全てにおいて、黙秘する。
つまり勇者リンゴは、自身が最深部まで行ったその経験を決して語らず、誰の命令も受け付けず、そして今回でさえ戦陣には参加しなかった。
その彼が今、朱紋付きが一匹、鳥王ジズの前に立つ。
屋上に降り立ってからこれまで、戦場を尽く支配していたジズが、初めてその存在感に後ずさる。
朱紋付きジズが魔王軍最高戦力の一匹なら、勇者リンゴは人類史上最高位の英雄だ。
四階の男たちはその、伝説と怪物の対峙を固唾を飲んで見守った。
決着はまさに、一瞬だった。
先に動いたのはジズだ。その尾がしなり、勇者リンゴへの薙ぎ払いをしようとし―――そして次には尾が真っ二つに裂かれ、切断された先端部分が遠くへ吹き飛ぶ。
勇者リンゴの剣だ。
かつて森の国で百年主を待った、聖剣と呼ばれるそれは、この世に切れないものはないと言われる。
ジズの尾は、綺麗な切断面を残して先端部分を失っていた。
あらゆるものを断つ聖剣。それは鍔迫り合いなど決して起こさず。
その前では、鎧も盾も強固な鱗も意味をなさない。
ジズの尾もその例に漏れなかった。痛みに吠え、みじろぎ暴れる。
その両肩にアサツキとアシタバが剣を投擲し、貫く。
再び悲鳴。一呼吸の内にジズに近づくと、リンゴは最後の一閃を放った。
胴体より真っ二つ。
二つに分かれて瓦解したそれはもはや、生物の形を失っていた。
崩れ落ちるジズにどよめく四階の男たち。
オオバコは薄れゆく意識の中で、立ち尽くすその男、リンゴを見ていた。
何にも興味がないような振る舞い。
崩れ落ちる魔物にも、自分が守った団員達にも目を向けず。
床に落とされたその眼はどこか………憂いの色が見えた。
勇者、その言葉はオオバコにとっては少し違う意味を持つ。あれが。
その姿を目に焼きつけながらオオバコは、痛みと倦怠感に包まれていく。
意識が、沈んでく。
四章八話 『その伝説の名は』




