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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十章 泣き月、幻想庭園編
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二十章七十一話 『Day5 私の運命』

これから何をして生きていこうか、なんてことを思った。


世界は、魔王軍との終戦を迎えていた。

麓の家に住む女性が、魔王が倒されたのだと言っていた。

ハイビスカスが魔王軍の侵攻を迎え撃った森は、今や平穏と静寂を取り戻している。


お前はこの森でないところで居場所を見つけなさい。

とは、生前に老婆から言われていたことだった。

彼女は自分が長くないことを悟っていたのだろう。

独り残る自分を心配して、そんな言葉を言ったのだ。


「お前を受け入れてくれるところはきっとある。

 お前を守ってくれる場所を。お前が守りたいと思う場所を探しなさい」


本当にそうなのだろうか。老婆の墓は守り切った。

その手入れをしながら余生を過ごすことだって、ハイビスカスは悪くないと思えた。

でも……正直に言えば、老婆も戦いもない森は、どこまでも静かで。

鳥や狼の声はやけに大きく。人々の声はどこか遠く聞こえた。



「聞いたかよ、銀の団って話。魔王城の移住希望者を出身問わず募ってるらしいぜ。

 何が好きであんな僻地に行くんだか………。

 きっとまともじゃねぇ奴らが集まるんだろなぁ」


森の端を通る商隊の話を聞いて、ハイビスカスは森を発つことを決意する。

もはや彼女を縛るものは何もない。水が合わなければ帰ってこればいい。


かくしてハイビスカスは銀の団へ志願することとなる。

まだ見ぬ彼女の運命に出会うために。








魔王城地下八階、上層。


「おい早く、早くしろ!もういいな!?」


「あぁあクソ!不安だがしょうがねぇ、もう行っちまえ!」


というラカンカの叫びと共に崖を飛び降りたのは、【凱旋】のツワブキだ。

手に握られているのは、ピコティが蜘蛛女(アラクネ)の糸から作った蚊帳を、更に作り直したロープだっだ。

命綱を素早く伸ばしながら崖を垂直に走る、走る。

異変の起こっている下層へ、最短距離で走る。


「谷底で何が起こってやがる……クソ、待ってろよ!!」








(…………ディル)


息を殺し地面に伏すハイビスカスの目線の先で、蜘蛛女(アラクネ)とディルが対峙していた。

ディルの耳と指があった場所から、血が流れ続けている。


よく見れば、蜘蛛女(アラクネ)側にもダメージがあった。

脇腹には、もっと深い傷跡……こちらは糸を包帯の様にして手当てがされている。

ヤクモ達と、ラカンカによる負傷だ。


(もう誰かが戦った後なんだ………無事なのかな………ディルも…………)





ディルは体の欠損と痛みへの思考をすぐに打ち切った。

止まないものをいつまでも考えていても仕方ない。

機械的でさえあるその切り替えは蜘蛛女(アラクネ)の予想を上回り、ディルの接近を許してしまう。


「このッ…………!」


響く金属音、鋼糸と槍の衝突。

直後、蜘蛛女(アラクネ)の両手から染み出した赤い雫を見てディルは二歩下がる。


(糸の戦術と魔法はもう見てる。組み合わせの幅を予想しろ。

 魔法が俺の肌に触れたらアウトだ………)


敵の次の手を、ディルの目は捉えていた。

こちらに掲げた手の平、その指先から向こう側へ伸びる糸。


「――――“紅玉鬘・血尸赤口シャッコウ”」


それは弾性力のある糸によってパチンコのように放たれる、五つの赤い雫だった。

予め見切っていたディルは、足元の大蟻ビッグアントの死体を脚で蹴り上げ盾にする。





蜘蛛女(アラクネ)という魔物の武器・・は、大きく三つに分けられる。

すなわち、蜘蛛としての身体能力ボディと、七種類の糸と、二種類の魔法だ。


身体能力、これは彼女の八本の脚に集約される感知器官だ。

振動、地面の震えだけでなく広範囲の音も聞き分けるそれは、蜘蛛女(アラクネ)の失った両目を補って余りある。


七種類の糸。通常のクモと同じく、蜘蛛女(アラクネ)も糸を使い分ける。

足場などに用いる、標準的な糸。罠や鎖鎌のスタイルで好んで用いる、粘着糸。

竜殺し(ドラゴンキラー)でも切れない硬度を誇る鋼糸。今使ったばかり、敵の意外性をつく弾性糸。

周囲の音や振動を拾う感知糸。電場・磁場の変動を感知する雷糸。

配下の糸に命令を伝える疎通糸。

知性魔物たる彼女は、これらの糸を適切に使い分け敵を追い詰めていく。


二種類の魔法……片方は微弱な雷魔法となる。

周囲の生体電流を感知し外敵を見つけ、配下の蜘蛛に詳細な指令を送る、後方支援用の魔法だ。

戦闘で用いるのはもう片方、赤い雫の重量魔法。

無重量から重りへ、任意に状態変化する魔法で敵の捕縛を狙うのが蜘蛛女(アラクネ)の基本戦術だ。


魔法と糸の組み合わせによって、蜘蛛女(アラクネ)は三つの戦術を操る。

張り巡らせた糸に赤い雫を滑らせ、敵を行動不能にする“紅玉鬘・彭侯白服ハクフク”。

弾力糸と重量により、弾けるように奇襲を仕掛ける“紅玉鬘・血尸赤口シャッコウ”。

鋼糸と重量により、ギロチンに似た斬撃を放つ“紅玉鬘・蓋東青古セイコ”。



(………………)


蜘蛛女(アラクネ)の脚が振動を感知した。気配が上に移る。

ディルが、大蟻ビッグアントの死体を幾つも上空に放り上げたのだ。


(……学習した?いやらしい手を打ってくる………)


地面を駆ける足音が鳴った。否、それは千切って投げた大蟻ビッグアントの脚、フェイクだ。

続けざまに、上空に投げられた死骸が蜘蛛女(アラクネ)の周囲に着弾する――――。



「見事、ね」



瞬きの後に、二人はまた鍔迫り合いをしていた。

降り注ぐ死骸を擦り抜けて放たれたディルの槍は、あやとり状に蜘蛛の巣を張った蜘蛛女(アラクネ)の両手で受け止められる。


「木を隠すなら森の中。私のが音と振動って予測して、大きな音の中に自分の足音を隠す。

 危なかったわ………私の能力が、戻ってこなければ」


ディルは、武器を挟んで対面する蜘蛛女(アラクネ)の目がゆっくりと開いていくことに気付いた。

他でもない彼がつけた横一線の傷。目がもう使えないのは疑いようがない。

だがその目じりからこめかみの方へ、稲妻上に魔力線が奔る。

白兵王エーゲノットの残滓は霧散した。

もはや限られた能力で戦わなければならなかった先程までとは違う。


雷魔法により、高度な索敵と―――そして仲間への伝令が可能となる。





ディルの左耳が異変を感じ取った。

片方を失ったとはいえ、元々常人よりは聴覚に優れる彼だ。

大蟻ビッグアント達の死体の下で。背面の遠くで。谷の上方から。

かさかさ、かさかさと足音が聞こえる。


「おいで、我が子たち」


五体の大蜘蛛ビッグスパイダーが、ディルの近くに着地した。

それではない。崖肌を伝って、あるいは糸でぶら下がって………。


緑、虎柄、頂上にいた白雷蜘蛛ホワイトスパイダーまで、あらゆる種が蜘蛛女(アラクネ)の要請に応え集まって来る。

絶体絶命。冷や汗を垂らすディルを、蜘蛛女(アラクネ)は楽しそうに見下した。


「さぁ、全力で貴方を潰してあげるわ」



頭上に糸を張る蜘蛛。ディルを威嚇する蜘蛛。逃げ道を塞ぐ蜘蛛。

そして、倒れた仲間達にじりじりと近づく蜘蛛。


(駄目…………!)


ハイビスカスにも、鋏を鳴らしながら大蜘蛛ビッグスパイダーが近づいてきていた。


(このままじゃ…………)









正直、そこまで期待はしていなかった。


ハイビスカスは生まれてこの方、社会というものに馴染んだことがない。

森と老婆と、魔物達との戦場しか知らない自分が、魔王城に来て集団生活なんて。


入団したばかりの時は、魔王城周りの枯れ木林をぶらぶら歩いてみたりもした。



「どうかここで、私と共に生きて下さい」


初日に聞いたローレンティアの演説は、どこか見物程度に考えていたハイビスカスの根を揺らす。

ここで生きていく。そう、真剣に考えている人がいるみたいだ。

呪われし王女………自分と似た生い立ちなんだろうか。



「貴女、魔道士というのは本当ですの!?」


マリーゴールドには、枯れ木林で屯していた時に声を掛けられた。

彼女に手を引かれ、他の魔道士の娘たちと出会った時のことは憶えている……。

きっとあの時に、自分は真に銀の団に入ったんだろう。



「お嬢さん、どうかわしの班に入ってはくれんか」


ディフェンバキアには、初めて必要とされたように思う。

最初は木材調達として勧誘されたが、彼はその後も探検家としてしっかり指導をしてくれた。

魔王城というダンジョンに潜る以上………そして自分の将来のことも見据えて彼なりに責任を以て鍛えようとしてくれていたのだろう。

ゴーツルーも、ガジュマルも何でもないかのように自分を受け入れてくれた。



気付けば、また森に帰ろうとは思わなくなっていた。

この土地での、銀の団の日々が楽しかった。

人と話して、笑い合う毎日が。







「……………あぁ」


谷の上から蜘蛛達が降りて来る。仲間たちが囲まれていく。

常庭で仲間と繋がっているハイビスカスには分かる。

今、意識があるのはディルだけだ。彼でもこの物量はどうにもできない。


(魔法回路が上手く回らない………壊されてる………)


死ぬのか。

悠久の流派に属するからか、単独で魔王軍と戦争をやり遂げたからか。

ハイビスカスに死への恐怖はなかった。ただ、老婆の顔を少しだけ思い出して。


運命に巡り合う。そんなことを、言っていた。

運命……は分からない。でも私がしたいのは。






カチ、と。


場の空気が変わるという感触を、ディルと蜘蛛女(アラクネ)は感じ取った。

ディルでさえもそれが、高魔力体の出現だと分かる程の存在感。

振り返った視線の先、地面に倒れていたハイビスカスの――――。



右手に握っていた、魔水晶クリスタルが割れている。



直後、彼女の場所から花が湧き上がった(・・・・・・)

誇張なく間欠泉の様に、そして瞬時に近くにいた大蜘蛛ビッグスパイダー大蟻ビッグアントの死骸を花で埋める。

彼女を起点として膨張していく花、その中でも図抜けて先行し線状に奔る花の列が三つ。


それぞれベニシダ達、パッシフローラ達、シキミ達の下へと向かっていく。



「なんだってのよ………!」


「………ハイビスカス」


地下二階のローレンティアの魔力暴走オーバーフローを見たディルでも、これがそれ以上だとは分かった。

まだ修復しきれていない壊れた魔法回路に、無理やり魔力を押し流した。

地面に広がっていく花々、それに飲み込まれた蜘蛛達は動かなくなっていく。



「“常世乃箱庭とこよのはこにわ”」



ハイビスカスが、花の海からゆらりと立ち上がる。

こめかみから、項から、右目から。彼女自身にも花が咲いていた。


「私の仲間に触るな」


直後、八体の白雷蜘蛛ホワイトスパイダーが彼女へ雄蜘蛛を放ち、六体の大蜘蛛ビッグスパイダーが飛び掛かる。

ハイビスカスへの警戒が故、蜘蛛女(アラクネ)は蜘蛛達の糸を撫でて回り、紅い雫を走らせる。


「“紅玉鬘・彭侯白服ハクフク”」


不穏な敵に対する、全霊の潰し込み。

しかし放たれた雄蜘蛛も、大蜘蛛ビッグスパイダーの体当たりも紅い雫も、ハイビスカスの周囲に卵上に生えた木々に阻まれる。

蜘蛛達が花に呑まれて、倒れていく。



ハイビスカスの究極魔法アルテマ、“常世乃箱庭”。


彼女が圧倒的な天賦の才を持つ領域魔法の極致とも言えるそれは、マナを循環させて確保していく“常庭”、自陣を、強制的に押し広げる。

広範囲の常庭の中で、ハイビスカスはあらゆる強化バフと自由を得る。

領域内の木々は、彼女の手足のように動き、成長し。

領域で起こる全ては、彼女の耳と目に流れ込んでくる。

彼女の魔力の通ったものは彼女の自由。あらゆる防御を貫通する浸食が敵を食み。

領域内で、彼女は正しく女王だ。





「このまま、全員―――」


蜘蛛の大群へ力を振るおうとしたハイビスカスが違和感に気付く。

腹部に、ピンと張った糸が付いている…………。


「邪魔だ小娘!!」


大蜘蛛ビッグスパイダー蜘蛛女(アラクネ)の間、大繩のように振るわれた糸は、ハイビスカスを弾き飛ばす。

咄嗟に糸に魔力を流して枯らそうとした。だが、できなかった。

森で非魔法魔物ばかり相手していたハイビスカスがこの場で初めて気付き、そして蜘蛛女(アラクネ)がたった今看破した彼女の究極魔法アルテマの弱点。


(敵の魔力が通ったものには侵食できない………!)


「アハハハァ!!」


手応えを得た蜘蛛女(アラクネ)がハイビスカスへと跳ねる。

鎖鎌のスタイル、その糸へと魔力を通していく。

十分な魔力を通せば、敵の浸食は防ぐことが出来る。

配下の魔物達は防御し得ないだろう。ならば蹂躙される前に、自分で直接潰す。


「ッ…………!!」


地面と激突し、必死に体勢を立て直す。

けれどそれより前に糸の塊が振り下ろされ……空中で切り裂かれた。

彼女の前に立ちはだかったのはディルだ。


「ハイビスカス!!やるぞ!!」


ディルの槍と蜘蛛女(アラクネ)の糸が、再び鍔迫り合いをする―――。







「クソ、なんだってんだ!!」


下層へ向けて崖を駆け降りるツワブキは、目的地を同じとする蜘蛛の波に呑まれていた。


(2割ぐらいは谷のてっぺん側に行った……。

 他の奴らは大丈夫なのか?何が起こってる?)


ツワブキを認識し襲いかかってくる蜘蛛たちを斬り払いながら、下層を目指す、目指す、目指す……。


「………なんだありゃ」



目的地方向で起こった異変、その光景に、ツワブキは絶句してしまった。


大地が隆起している。

ところどころに大蟻(ビッグアント)の死骸や大蜘蛛(ビッグスパイダー)を散りばめながら、地面から湧き上がったのは複雑な螺旋構造に似た樹木だ。

台風をそのまま固めたような形、風を模したような細く長い木の幹が無数に渦巻く。


下から蜘蛛の大群が這いあがろうとし、木々を泳ぐ(・・)花の波が彼らを喰らう。

その構造物の頂上で、激しい火花を散らす3人の人影。


【隻眼】のディル。ハイビスカス。蜘蛛女(アラクネ)


明らかに最終決戦、その中心地。


「ちくしょう、待ってろよディル!!」






「鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい!!」


糸で敵の体勢を崩すまでいっても、赤い雫を付着させようとして逃げられる。

足元の木々は生きている。敵を助けるように動き、こちらの足を引っ張ろうとする。


壊れた魔力回路が軋むのだろう。

圧倒的な力を見せつけながらもハイビスカスの表情は時折歪み。

幽閉の衰弱から戦闘、片耳と二つの指が欠け血を失っていくディルの顔色は蒼く。

けれどもこちらを射抜く二人の眼光は、全く衰えない。

どれだけ痛めつけても、どれだけの兵で囲んでも。

自分こそが敵を倒すのだと信じて疑わない。

偉大なる主に対しても、自分たちが勝つのだと自負していた………彼らの"強欲"。



「………上等だわ」


少し距離をとり静かな呟きを零した蜘蛛女(アラクネ)は、微弱な雷魔法を発する。

彼女の後ろ脚から延々と伸び、数多の合流点(セクション)を跨いで谷の上側と繋がっていたその糸を、指令電流が走る。


受け取ったのは、二体の巨大魔物だ。



谷が、揺れた。

最下層のフロアの隅で眠っていた一体、鯨を超えるサイズのムカデ、鬼百足(タイタンピード)は上体を起こして蜘蛛女(アラクネ)の方角を見ると、進軍を開始する。


中層の谷間では、大蜘蛛(ビッグスパイダー)達がわらわらと騒ぎ始めていた。

その奥で巨体が立つ……館を超えるサイズの、彼らの母蜘蛛だ。




「………デカいのが動き始めたよ、ディル」


究極魔法アルテマ下、感知領域が増幅されているハイビスカスにその挙動は察知できた。

ディルでさえも、敵が残された力を全てぶつけに来た潮流は分かる。

愚臣四王ワースレスとの戦いを終え疲弊した銀の団を潰しに行くという殺意。

阻止のための最短経路は、目の前の蜘蛛女(アラクネ)を殺ることだ。


改めて槍を構えるディルとハイビスカスに、蜘蛛女(アラクネ)は笑った。



「アハハハァ、いいわ、全力をぶつけてあげる。かかってきなさい、人間」




二十章七十一話 『Day5 私の運命』

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