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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十章 泣き月、幻想庭園編
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二十章五十七話 『Day5 霧の谷の決戦⑦ vs風来王』

「はっはっはぁ!どうした人間!!顔色が悪くなってるんじゃないのか!!?」


赤い目の光が、その軌道に残像として残るようだった。

けらけらと嗤う風来王イェン、その跳躍を反らし続ける究極魔法アルテマの反転回路。

普段とは異なる行使法は、グロリオーサに負荷を溜めていく。


「弱い奴は踏み躙られる、当然の摂理さ!!

 お前らみたいなのは尻尾撒いて逃げときゃよかったのによ!!

 調子こいてこのあたしに楯突いたお前らの末路なんざ決まってる!!

 そうやって蹲ったまま磨り潰されて死ねよ!!」


この谷の王たる傍若無人。彼女より弱い者は全て手下の餌、弱肉強食の世界に慈悲はない。

ツワブキ達の一手目は究極魔法アルテマによる敵の攻撃反らし、つまりは防戦一方の様は、風来王イェンから見れば弱者に映った。

強きが奪い、貪り、生き延びて、弱者は何も残せず虐げられて死んでいく。

強き者には、この谷の王たる彼女には権利がある。

気まぐれに、傲慢に、他人を踏み躙る権利が。



「ガタガタ煩いわね………」



反らされる跳躍の中で、風来王イェンはその呟きを聞いた。

負荷がかかり顔が青ざめていくグロリオーサの、影の差す目が静かに燃えている。


「見下してんじゃないわよクソ野郎……!」


反転回路の反転。

風来王イェンには何が起こったか分からなかったし、何が起きたか分かったマリーゴールドも理解はできなかった。

銀の団の魔道士の中で、“最強”はハイビスカス。マナ量が最も多いのはローレンティア。扱える魔法の種類が最も多いのはマリーゴールド。

そして魔法の六流派の内、魔法を最も深く理解しているという前評判通り、“涅槃”に属するグロリオーサは、最も技術・・が高い魔道士になる。


「沈めろ、“朽ちる散る落ちる(ニルヴァ)三千世界(ーナ)”」


何度目かの跳躍を繰り出した風来王イェンを違和感が襲う。

反らされない。いや、吸い込まれる。斥力ではなく引力、本来の形で行使されたグロリオーサの究極魔法アルテマ


重力の底に構えていたのは、両手斧を構えたモロコシだ。

相手は完全に虚を突かれ、時雨飛蝗の群れから離れ、空中で姿勢を崩した状態でこちらへ引っ張られてくる。

グロリオーサの持つ初見殺しを繰り出した貴重な初撃。


(できれば最後にしたい!!)


タイミング、威力ともに文句なしのモロコシの一閃は、やはり空振った。

モロコシは何ら動じない。彼の集中は目に……観察に注がれていた。

この戦いは、いかに早く敵の底を露呈させるか。

この交差における最低条件は、敵の窮地の手を曝け出すこと。



(…………そう、お前は避けるのか)


円陣のモロコシとは反対方向に立っていたズミは、斧を避けた風来王イェンのカラクリを見ていた。

初回遭遇時に彼を襲ったあの鎌のように伸びる右腕が、地面を打ち付けて風来王イェンの体を上へ跳ね上げていた。


(高速移動するなら、緊急離脱手段を備えていないはずがない。

 あの腕は攻撃手段兼、自分の逃避機構………)


「お、前………!」

 

出し抜かれて憤りに湧く風来王イェンは、モロコシ達の頭上三メートル程を飛ぶ。

本来であれば今の挙動で空へ逃げ延びていたところ……そうならなかったのはグロリオーサの魔法による引力だ。


「逃げんじゃないわよ………!」


瞬間、風来王イェンの視界に二つの影が迫る。

左右から駆け付けたタマモとツワブキの迎撃―――もまた、結実することはない。


二人の武器が、それぞれ風来王イェンの脚で止められている。

その体制に至るまでの敵の動き……空中での姿勢制御、受け止める脚力、そして武器の動きを見切る立体的な動体視力。

エミリアが放った矢は、軽く首だけの動きで躱された。

ツワブキとタマモの武器を足場にして、敵はまさに王の様に場に立つ。


(高速移動で特攻する弾丸マンだと思ってたが………。

 鍔迫り合いになった際の近接戦もやれんのかよ……!)


高性能の目と瞬発力に支えられた対応能力は、ライラックの武術に近い。

風来王イェンは二人を足蹴に引力に負けない跳躍を放つと、頭上高くの枝の上に着地した。


「ちっ…………」


交錯を終えたツワブキ、タマモ、モロコシは武器を構え直し次に備えるが、その顔は優れない。

敵の虚を突けた初撃で仕留めるのが最善だった。


「空中移動の突発的な変更能力と、ガチ強近接戦………状況悪化っつってもいいんじゃね」


タマモの呆れたようなため息に、ツワブキも反論はしない。そして……。


「グロリオーサ!!」


マリーゴールドの焦ったような声が聞こえた。

目を移せばグロリオーサは既に地面にしゃがみ込み、周りに展開していた黒い影は霧散している。


「…………ごめんなさい………限界が…………」


「あー気にすんな。ありがとな」


時雨飛蝗から風来王イェン単体を引き剥がすための、斥力からの引力行使。

長く展開できないことは事前に織り込み済み。

むしろこれは、その期間に仕留めきれなかったツワブキ達のミスだ。


「はっはっはぁ!!どうしたどうした暗いムードで。

 いよいよあたしに命を捧げる覚悟が出来たかぁ?」


はるか頭上の枝に立つ風来王イェンは、今の奇襲を制したことで勢い付いたようだった。

彼女の足元には再び時雨飛蝗が集い、次の攻撃の準備をしている。


「今のうちに生を惜しんでおけよ。あたしの狩りは一瞬だからな」


「はっ、今んとここっちは全然攻められてねーぜ。

 威張るには実力が足りないんじゃねーの?」


「その軽口もここまでだ」


昨日とは違って、ツワブキの言葉に風来王イェンは意地悪く微笑む。

直感でツワブキには分かった。それは、敵がヤバくなる時の予兆だ。


「ようやく来たか。ここからだ。お前らの威勢がどれだけ続くのか、見せてもらうぞ」


九人は頭上を見上げ………そして次には瞳孔が開く。


「さぁ、あたしの狩りを始めよう」


狼飛蝗ウルフホッパーの群れが、頭上から降り注いできた。




ありえねぇ、とツワブキもタマモも思った。

風来王イェンは手下のバッタの跳躍を常に自分の移動と同軸上に据えていた。

それは群れ単位で、各々が自由な方向に跳躍を繰り出せば味方同士で衝突するからだ。

一匹一匹の三次元的な高速移動を管理しきれるはずはない。

新たな手下の群れが加勢に加わるという展開を、予想しなかったわけではない。

けれどそれは“不可能”と断じた。


その景色が、ツワブキ達の頭上に広がっていた。


狼ほどもある巨大なバッタが、ジャンプを終えて周囲の木々や地面に着弾する。

狼飛蝗ウルフホッパー……どちらかと言えば農作物への被害に困る魔物、攻撃手段は噛み付きのみで、そこそこの重量による突進は厄介だが戦闘能力自体は高くない。

が、群れて襲来し、後ろに知性魔物が座すとなれば話は別だ。


それでも、対抗策を用意してないわけじゃない。


「ピコティ!!」


急展開に、最も行動が早かったのはラカンカだった。

その叫び声に弾けるようにピコティは手に持っていた糸を引く………と、ピンと張ったワイヤーが風来王イェンよりも高くにある仕掛けを作動させた。


それは昨日の夜、ピコティとエミリアによって製作され、高くの木の葉の合間に隠されていた罠だ。

ラカンカ達の周囲半径6メートル程の円柱状に、隙間の大きな蚊帳のような網が降ってきた。


「なんだ?」


呆気に取られる風来王イェンの眼下で狼飛蝗ウルフホッパー達が蚊帳に突撃し、そしてその粘着性・・・に絡め取られていく。


「これは――――」


風来王イェンにも思い当たりはあるはずだ。

その糸は昨晩、蜘蛛女(アラクネ)の戦場に残された、蜘蛛女(アラクネ)自身の糸を再利用したもの。

敵が群れで来ることを見越した対集団罠、素材量と作業量の関係上目の細かいものは作れなかったが、隙間を抜けた個体はツワブキ、タマモ、モロコシ、ズミの四人で十分処理できる程度だ。


「………………」


試しに時雨飛蝗の一体を蚊帳の上部に打ち込んでみたが、鈍い金属音と共にバッタの方が真っ二つになった。


(重要なラインは蜘蛛女(アアル)のあの硬い糸で補強されているか………)




目の前の狼飛蝗ウルフホッパーを斬り払いつつ、ツワブキは頭上の枝の上に立つ風来王イェンに視線を送った。

こちらの様子を見ながら、先ほど広げた腕を元の形に収納している……その作業も直に終わりそうだ。


(さっきの腕の展開は、一回使った後はあぁして再装填しなきゃならねぇわけか。

 一度の接近で一度きりの技………両腕で出来るなら二回ってとこか)


狼飛蝗ウルフホッパー達は三割ほどが糸に絡め取られ、一割ほどは蚊帳の中に来てツワブキ達が処理。

残り六割は未だ蚊帳の外で飛び回っているが、蚊帳が残っている限り問題はないだろう。

となると注意すべきは、風来王イェンの出方。


(なんだ…………?)


ふとした違和感がツワブキを襲う。なんだこれは。

なにか、煩い。原因はすぐに思い当たった。

飛び交う狼飛蝗ウルフホッパーがギシギシと鳴いている。


(なんで鳴き始めた……威嚇行動か?)


「ツワブキ」


集中を深めていくツワブキに鋭い声がかかった。狩人エミリアだ。


「なんだ?」


「これは兵隊じゃないぞ」


「あ?」


その瞳は網にかかった狼飛蝗ウルフホッパー達に向けられていた。


「猟犬だ」


その意味を、ツワブキが完全に理解しきる前に事は起こる。

頭上の大枝が割れる。風来王イェンの強烈な踏み込み。そして彼女の瞬足が解き放たれる。

この狼飛蝗ウルフホッパーが入り乱れる中で――――。


(マジで跳ぶのか……!?)



ツワブキ達の計算外は二つあった。一つはバッタ達の“群れ”に対する価値観。


バッタはそもそも蟻や蜂と違い、社会性を持たない。

その一方で、彼らの群れとしての厄介さが昆虫界一と言っていいほど知れ渡っているのも事実だ。

古くから蝗害と呼ばれ、人類史において恐れられてきた津波のような集団移動。

彼らはただ跳び、跳び、疲れ果てた先頭のバッタは後続のバッタの餌になる。

社会性のない群れに合理は存在しない。


閃光。

ツワブキ達の周囲の幹に着弾しながら降りて来る様は、さながら稲妻のようだった。

風来王イェンの前を行く時雨飛蝗達が、射線上にいた狼飛蝗ウルフホッパーを引き裂いていく。

ぶつからないようにする、等という合理はない。

共食いさえ正常。前に出た奴は問答無用で殺してどける。



そして二つ目は、狼飛蝗ウルフホッパー達の役割だ。

エミリアは彼らを、兵隊ではなく猟犬だと言った。

それは彼らが、風来王イェンの狩りを支える道具でしかないという意味だ。

周囲を飛び交う狼飛蝗ウルフホッパー、そして蚊帳に絡め取られた個体でさえも、彼らの本来の役割を果たし得る。


つまり、視覚遮断。


九人の中で、エミリアだけがその跳躍を最後まで見届けた。

七回目の着弾の際に、風来王イェンは着水する水鳥の様にしなやかに足を折り畳み、衝撃を吸収する。

繊細な腿と膝の動作は着地と跳躍の音を大きく抑え、そして狼飛蝗ウルフホッパー達の鳴き声が風来王イェンの出す音を隠す。

降り注いできた狼飛蝗ウルフホッパー達が彼女を紛らわす煙幕と成り、七回目以降の無音の跳躍によってツワブキ達は敵影を完全に見失った。


「しま――――」


「モロコシ!!!!」


炸裂、蚊帳の隙間を穿つ閃光の槍がモロコシを貫く。

着弾前に届いたエミリアの声が生死を分けた。

先兵の時雨飛蝗の鼻先と風来王イェンの蹴りは、ぎりぎりで構えた黒龍の盾に突き刺さり―――そしてモロコシが吹き飛ぶ。


「ひゃはははははははぁっ!!!!」


撃墜の手応えに甲高く笑う風来王イェン

瞬きも追いつかないスピードで致死級の攻撃が飛んできた事実は、ズミやマリーゴールド達を凍り付かせた。

蚊帳の隙間を抜け、遠くの幹に打ち付けられるモロコシ。

攻撃を終えた魔物は、ツワブキ達の円陣の内部へと緩やかに着地する。

否―――。


「疾いな」


動揺や心配など微塵も見せず、止まった風来王イェンに切りかかったのは最も近くにいたタマモだ。

味方の死地より脅威の排除、相棒が吹き飛ばされても探検家の優先順位は変わらない。

図らずもエミリアの矢と同時攻撃クロスファイアの形になったが、全方位の動体視力を持つ風来王イェンは難なく両者の攻撃を躱した。


「ひひ、雑魚が粋がんなよなぁ!!」


加勢に駆け出したツワブキを嘲笑うかのように素早い跳躍で離脱を果たし、風来王イェンは再び高くにある枝の上へと着地する。


「タマモさん、モロコシさんが!!」


「慌てんじゃねえズミ、目の前の敵に集中しろ!!」


今までにないような怒声に、ズミは思わず呆然としてしまった。

味方の死地より脅威の排除。

剣を構え、集中を研ぎ、タマモの眼光は頭上の風来王イェンへ向けられる。


遠くの幹に打ち付けられ、地面に伏して気絶しているモロコシには狼飛蝗ウルフホッパーが集まっていく。

助けに行ってはいられない。

タマモは最悪、モロコシの指や耳が噛みちぎられても構わないと思っていた。

その程度の犠牲は織り込み済みだ。


それよりもずっと重い一撃が、間もなく自分たちを襲う。



ダン、と。


その集中を割くかのような音が響いた。

目をやれば風来王イェンとは反対方向、幹の高い部分に矢が刺さっている。

エミリアが放ったのだ。


「あ………なんだ……?」


その意図はエミリア以外の誰にも分からず、困惑を招く。

否、一人だけ……エミリアの挑戦的な眼光を受ける風来王イェンだけが、その矢の意図を理解していた。






「お前これ、一人で作ったのかぁ……?」


時間としては今朝、ツワブキたちがメッセージの狼煙を上げる前のことになる。

ラカンカが呆然としたのは、木から吊り下げられた手編みで作られたろう巨大な蚊帳だ。

蜘蛛女(アラクネ)の素材を生かしてるのは見て取れた。自分の戦いの後にこんなものが作られるとは。

制作者であるピコティは隣で胸を張った。


「夜通しの作業なんて、見張りだったおいらには慣れたもんさ!

 ところどころエミリアに手伝って貰ったけどな!

 硬い糸で基盤を作って形を崩されないようにした上で、粘着性の糸で敵を絡め取る。

 群れる敵にはいい防御策だろ!

 巻き上げてこの木の葉の中に隠すから、手伝ってくれよ!」


いそいそと木に登り始めるピコティ。

蚊帳には、メドゥーサ撤退戦以降教えた縄結びの技術が流用されていた。


「大きくなりやがって………俺も眠ってる場合じゃなかったかぁ?」



「ピコティがいい仕掛けを準備してくれたな。

 鼻先の尖ったバッタにゃ意味ねえだろうが、万に一つでも他の群れが来たなら対抗策にしよう。

 ま、探検家おれたちの意見じゃまずないだろうがな」


二人から少し離れて、ツワブキ、タマモ、モロコシ、ズミ、エミリアの5人は作戦会議をする。


「出だしはグロリオーサの魔法で退けつつ様子見、敵の行動パターンを出来るだけ集めてぇ。

 頃合いで引き寄せの魔法……ここが最大のチャンスだな。こっちの貴重な初見殺しを切るんだ。

 逆にいや、ここで仕留め損なえば泥試合にもつれこむ」


「中途半端にダメージ負わせんのが一番最悪だぜ。敵に撤退の選択肢が出てくる。

 理想としちゃ第一撃で仕留めるか、離脱不可能な傷を負わせるかだ」


「あぁーそうだよなぁ。

 泥試合になった後のプランが欲しいところだが、敵さんは分からんことだらけだ。

 あぁ、どうすっかなぁー」


「心配はいらない」


その声は、悩むベテランの探検家達を置き去りにするような凛とした響きがあった。

狩人エミリア。その目は戦いの前だというのに、静かな森のような深淵を纏い始めていた。


「そこに至るまでの策が十分あるのなら……あとは私でなんとかできる」




二十章五十七話 『Day5 霧の谷の決戦⑦ vs風来王』

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりめちゃくちゃ面白い! エミリアがどう動くのか楽しみです
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