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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十章 泣き月、幻想庭園編
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二十章五十話 『Day5 開幕の狼煙』

「―――昨晩大健闘のラカンカ様が目を覚ましたと思ったら、お前らマジで言ってんの?」


地下八階中層。

蜘蛛女(アラクネ)との激闘後、眠りについていたラカンカは明け方に目を覚まし、そしてツワブキ達の事情を聞く。


「あぁ、今日知性魔物が俺達のとこにやってくる。リベンジマッチだ。バッタの奴な。

 大丈夫だ、作戦はもう立ててある。敵の詳細はタマモに聞いとけ。

 お前も面子の一人として頼りにしてるからな。あぁ、ストレッチなら手伝うぜ?」


ラカンカは項垂れるが、泣き言を言って解決する話でもない。

再燃するツワブキの人使いの荒さ、でも真剣な横顔を見ると文句は言えなかった。

体を反らせば肋骨が痛む。腕も十分には動かせない。

戦闘は不可能。ならば頭脳労働と周辺警戒ぐらいが関の山か………。


「ラカンカ」


ふと気付けば、ピコティが後ろに立っていた。

いつものはしゃぐ雰囲気じゃない。口元を結んだ真面目な顔だ。


「おう、無事だったか。なんだ、どうした?」


「手、怪我してるんだろう……。何か工作するんならおいらがやる。

 おいらがラカンカの手になるよ」


声には何か、泣きかねない切実さが混じっていた。

想像はつく。昨晩の戦いを見て……見てるだけしかなくて、悔しかったんだろう。


「だから、次来る敵もやっつけよう!おいらとラカンカと、みんなならできる!!」


「…………言われずともだ。なかなか頼もしくなってきたじゃねぇか」


「男子三日会わざれば、というやつですわね」


声に振り返れば、そこにはマリーゴールドとズミがいた。


「よう、最後の魔法陣助かったぜ。だがお前、もっと早く―――」


「あなたと判断基準の議論をする気は毛頭ございません」


軽口で食いかかるラカンカを、彼女はぴしゃりと断つ。


「敵に立ち向かったあなたの意図を否定しませんが……。

 展開をしなかった私の判断にも文句は言わせません」


聡明な相手との口喧嘩はやり辛い。

素直に黙るラカンカを見ると、マリーゴールドはため息をついた。


「まったく、そんな調子ではエミリアと話すのは後回しですわね……」


「あ?エミリアがどうかしたのか?」


「なんでもありませんわ。とにかくわたくしはもう究極魔法アルテマを使いました。

 後はあなた方に任せるしかありません」


「俺も任せたいとこなんだがな………まぁズミ、頑張ろうぜ。

 そういや俺を蜘蛛女(アラクネ)から回収してくれたよな。お前も命の恩人だ」


「………………………」


ラカンカは、押し黙っているズミの様子に気付く。緊張か。

そういえばズミは元門番、荒事に慣れているとは言い難い。


「おいおいズミ、大丈夫かぁ?煎じて飲みたいんなら俺の爪やるぜ?」


それを知ってラカンカは軽薄な言葉を投げかける。

戦いの時は近い。このままのズミは駄目だ。発破はかける。


「………ラカンカ、君は凄いよ」


と、意気込んでいたラカンカは少し虚を突かれた思いになる。

顔を上げたズミは既に覚悟を決めていた。


蜘蛛女(アラクネ)との戦い……僕は側を駆け抜けるだけで怖かった。

 でも君はあいつと対等に渡り合ったんだ。非力でも、あらゆる手を尽くして」


「俺の姿見えてるか?ボロボロだぜ?」


「そんなことはない」


ズミが何に心動かされているかをラカンカは見通しようがない。

河の国(マンチェスター)に狙われる妻を持つ彼にとって、強大な敵と渡り合ったラカンカがどれだけ理想的であったか。


「だから………これから、谷を出るまでは僕たちが君を守る。

 タマモさん達と……ピコティとね。いや、違うかな。一緒に戦おう、ラカンカ」


「………おう、望むところだ」


珍しくラカンカは笑い、ズミと拳をぶつけ合う。



少しの後、情報共有、作戦会議、迎撃準備を終えた面々が揃い立つ。

場所は中層の大キノコ地帯から一層上がった森の中。

ラカンカ班、【月夜】のラカンカ、【月落し】のエミリア、偵察兵ピコティ、魔道士マリーゴールド。

タマモ班、【狐目】のタマモ、【狸腹】のモロコシ、探検家見習いズミ、魔道士グロリオーサ。

そして、【凱旋】のツワブキの九人だ。


協議の結果、一同はリリィ達の金の鳥のメッセージを見習って、昨晩得た蜘蛛女(アラクネ)の情報を仲間に共有することにした。

連続的な打ち上げ花火のような魔法による灯火語り。それは敵をも誘き寄せるが、計算内だ。


「例え捕食連鎖が起きようが、最後に来るのは風来王やつだ。

 獲物の横取りはさせねぇだろう。取り合いで争いが起きりゃ儲けものだな。

 おっしゃ、グロリオーサ、始めてくれ!」


ツワブキの号令と共に、上空に火玉が上がって炸裂する。

朝を抜けた時間帯に谷全体に響き渡ったそれは、五日目の霧の谷の決戦の開幕を告げる狼煙のようでさえあった。






「…………なんだあれは」


地下八階、最下層。

その狼煙は微かな光の点滅でしか見えなかったが、音は明確に聞こえた。

寝たままのローレンティア。簀巻きにされたストライガが呟き、そして隣のアシタバはそのメッセージを読んでいく。


「き」「め…………」


金の鳥に続く仲間からのメッセージ。ひとまず救難信号ではない。

敵を返り討ちに出来る現実的な計算があるということだ。

そしてそのリスクを冒してでも伝えるべき情報を、武器・・を掴んだということだ。


「なんだ?なんて言ってる!?」


顔を寄せるストライガ。

メッセージは金の鳥のものよりは短く……けれど十分だった。


「きめら けんたうろす ほかにもちせいまもの あらくねはちとはな」


一瞬ストライガと顔を見合わせたアシタバは笑い、その光の方へ向き直る。


「あんた達が確証を得たんなら間違いない………正解だ(・・・)


「なにがだ?」


地面に伏す二人は一瞬息を止める。後ろにはいつの間にか賢人馬(ケンタウロス)が立っていた。


「何でもない」


「何でもないことはないだろう。あの火はなんだ?」


「救難信号だ……あんたが良ければあそこに行きたいんだが」


「それはできん。蜘蛛女(アラクネ)の邪魔になるからな。

 ふむ………だがいつまでもこの辺で屯する道理もないな。

 どれ、見物に向かうとするか。アシタバ、その女をおぶってくれ」


火の始末をし始める賢人馬(ケンタウロス)


「………あんた、これからどうする気だ?」


「さっきの交渉は歩きながら話そう。

 被検玖号、私の知らない知識を持つアシタバ、面白い呪いを持つ彼女は正直、私の友人として迎え入れたい」


実験動物サンプルだろうが、とストライガが愚痴る。


「だが他の者達も見たい。上を目指すぞ。前を歩いてくれ。

 変な真似をすればその場で焼き殺す」


アシタバは再度ストライガと顔を見合わせると、大人しくローレンティアを背負った。

その話なら、賢人馬(ケンタウロス)は自分達の歩行速度でしか移動しないということだ。

付き合うには十分すぎる見返り。


(………後は)


挽回策。両腕は縛られたまま、三人と一体は谷底を進み始める。






「今の聞けたか、ユー」


「ばっちり。下からのメッセージ、敵勢力の情報よ」


「そりゃあ心強えぇ!こいつ乗り切ったら共有しろよ!!」


地下八階、最上層。

そこでは既に、人間と魔物の戦いが始まろうとした。

空に舞い、挑戦者を見下すのは妖精王セェノ

その背後では純白の大蛇ビッグスネークが蠢く。


対峙するのは九人。

トウガ班、傭兵ヤクモ、ヨウマ、探検家見習いサクラ、魔道士ユーフォルビア。

タチバナ班、騎士タチバナ、狩人スズナとスズシロ、魔道士エーデルワイス。

そして【狼騎士】レネゲード。


「もう大丈夫だ、スズシロ君………」


エーデルワイスとスズシロに肩を借りここまで歩いてきたタチバナは、よろよろと一人で立つ。

青褪めた顔。上がった息。苦痛に抑えているのだろう。

出口の洞窟まではあと半分。その前に、強大な敵が座す。


「大丈夫だ……もう一息だね。運んでくれてありがとう………」


「お礼なんて必要ないです。既に助けて貰ってるのはこっちなんですから」


微かに震える手で剣を握り、けれどスズシロはタチバナより一歩前に出た。


「貴方を絶対に地上うえに帰します。俺が、必ず」



彼らから十数歩先、前線を張るのはヤクモとヨウマのコンビだ。

二人の眼光を、上空で妖精王セェノが笑って受ける。


「うっふっふ~、また性懲りもなくきたんだぁ?

 やられちゃうだけなのにねー、でもいいよー?

 今度は逃がさない。ちゃぁんと谷に叩き落してあげる」


「言ってろよキャベツ姫。見下ろしてられるのも今の内だ」


幻覚魔法。知性魔物。それは二人に、あの苦い記憶を思い出させる。


「俺達は、お前を超えていく」






地下八階下層。

ここでもツワブキ達からのメッセージを受け取る者達がいた。

ディフェンバキア班、【迷い家】ディフェンバキア。探検家ゴーツルー、ガジュマル。魔道士ハイビスカス。

ベニシダ班、【荒波】のベニシダ。海兵サンゴとシンジュ。魔道士ニーレンベルギア。

ストライガ班、【竜殺し】レオノティス。学者シキミ。魔道士パッシフローラ。


全十一名は、ハイビスカスの“庭”の中で息を潜め敵の様子を伺っていた。

彼らが構えるのは高い樹の枝の上。そしてその眼下では、大蟻ビッグアント達が兵隊のような陣を張っていた。

その中央には悠々と屯する白兵王エーゲノットと、捕らえられた【隻眼】のディル。


「くっそ、見せびらかすように構えやがって………」


ゴーツルーが鬱陶しそうに呟く。隣のディフェンバキアは冷静だ。


「………ハイビスカスが庭を伸ばしておる。

 あの狼煙の元にも行きたいが、今はこの戦局じゃな。

 準備はもう少しで完成………終われば総力戦じゃ。

 ガジュマルよ、覚悟は決まっとるかの?」


班員のガジュマルに声を掛けてみる。

確かに固くはあったがディフェンバキアから見れば彼はいい緊張の中にあった。


「大丈夫です………あいつら倒して上に帰りましょう」


弟たちが待っている。

ガジュマルは深く息を吐き出し、集中を研ぎ澄ましていく。






「ハハハハはははあ!!」


地下八階、中層。

メッセージを上げてしばらくの後、ツワブキ達の頭上で大枝が揺れた。

見上げれば多数の時雨飛蝗と風来王イェンがこちらを見下ろしている。


「なんだ?なんだなんだこりゃどういうことだァ!?

 まさかあたしが見つけやすいように目印立ててくれたのか?

 お行儀のいい獲物どもだなぁ!!」


「あーそうだぜ虫っけら」


ツワブキの言葉に、風来王イェンの口元は歪んだ。

一同をすぐに、谷の王たる彼女の殺気が包む。


「昨日のリベンジはきっちり返させてもらうぜ………。

 軽口言ってられるのも今の内だ、人間ども!!」


ここでも、愚臣四王ワースレスと人間との戦いが始まる。


「望むところだ。さぁ、決戦と行こうぜ」







「あらくねはちとはな?」


そして、地下八階中層。

ツワブキ達の狼煙を受け取ったのはオオバコ、キリ、【蒼剣】のグラジオラスの三人組スリーマンセルだ。


「これは蜘蛛女(アラクネ)の情報ということだな?あの………」


「あぁ。アシタバが魔物研究会で言っていた……それに………」


「………寄生獣(キメラ)



ダン、と。


一同の会話を、着地音が引き裂いた。

次には戦闘態勢に移っている三人、彼らの目線の先にその、降り立った敵が佇んでいた。


「………やぁ、久しぶり」


赤いマフラーがはためく。キリの目が見開かれる。

降り立った敵―――門番ゴルゴダが一体、寄生獣(キメラ)が歪に笑った。


「キリ。さぁ、殺し合おうよ」


ここでも、三人と一体の戦いがまた一つ。





最下層、門番ゴルゴダが一体、賢人馬(ケンタウロス)

対するはアシタバ、ストライガ、ローレンティア。

下層、蟻の女王、白兵王エーゲノット

対するはディフェンバキア班、ベニシダ班、ストライガ班。

中層、門番ゴルゴダが一体、寄生獣(キメラ)

対するはオオバコ、キリ、グラジオラス。

上層、飛蝗の女王、風来王イェン

対するはタマモ班、ラカンカ班、ツワブキ。

最上層、妖精の女王、妖精王セェノ

対するはトウガ班、タチバナ班、レネゲード。


各地で繰り広げられていた戦いは、いよいよ人と魔物の全面戦争へと収束していく。

役者が揃ったサバイバル五日目。


霧の谷の決戦が、始まろうとしていた。



二十章五十話 『Day5 開幕の狼煙』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 次回の更新が楽しみな引き [一言] 敵が確定して、誰を攻略しなきゃいけないのかが定まったか ローレンティアが思ってたよりだいぶ長くダウンしてたけど、魔道士としての強化フラグも立ってるからか…
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