四章五話 『火計』
ラカンカに弟がいたなら、彼には兄がいた。
森の国の農家、大家族の次男坊として彼は生を受ける。
たくさんの弟や妹に揉みくちゃにされ、彼は面倒見の良さと陽気さを形成してく。
ただ、親を除けば唯一年上の家族である兄は、彼にとって特別な存在だった。
兄は、自分以上に面倒見が良かった。
自分が気付かないような弟達の異変に気付き、怪我を見抜いたり。
お皿を割ってしまった妹のために一緒に母親に怒られた。
兄は、とても力持ちだった。
ムクロジという、同村の一人で住むお爺さんのところへ行っては力仕事を引き受けた。
誰かがやらなきゃいけないことは気付けば兄が済ませていた。
兄は、みんなの為に尽くした。親を労り、弟、妹達を可愛がる。
自分は疲れて投げやりになったり、弟達がたまに鬱陶しく感じられる時があったが。
兄はいつもそんな自分の肩を笑って叩き。自分の仕事を手伝い始める。
尊敬というと仰々しいかもしれないが、彼にとって兄はいつも目標だった。
落とし穴。網による捕縛。剣の雨。吹き矢。岩石の落下………。
ゴブリン達の残した多種多様なトラップを起動しながら、アシタバ達は撤退戦を仕掛ける。
元より人相手に作られたトラップを、ラカンカがタイミングを計り、起動させてウォーウルフ達を巻きこむ。
起動。戦闘。撤退。また起動。
三階までの猶予と、ウォーウルフ達の消耗の勝負だ。
「一階分は最後だ!俺が起動するから二人とも上へ!!」
ラカンカが叫び終わらない内に、アシタバとキリは大鍋の間の階段を駆け上がる。
ラカンカが階段脇に通された糸を切る。と、中ほどから階段が崩れ落ちた。
「もうこれで諦めてくれ………!!」
そんな願望を裏切り、ウォーウルフ達は階段の欠けた部分を跳躍して飛び越えてくる。
空中のウォーウルフの何匹かに、キリが投げナイフを当て。
再び彼女と、階段のこちら側に着地したウォーウルフが切り合う。
「キリ!あまり無理するな!!」
「…………大丈夫よ。慣れているもの」
踊る、踊る。ナイフと牙と、血と肉と。
それは二か月前にアシタバと対峙して以来の、キリにとっての戦場だ。
懐かしい。子供の頃からここが彼女の居場所だった。
ただ一つ今までと違うのは、彼女が誰かを守るために戦っているということだ。
砥ぎ師ウルシには、よくナイフの手入れをお願いした。
その度に顔を合わせる鍛冶師ゴジカは陽気な笑みを見せ。
食堂のトレニアさんは、食に無頓着なキリの栄養を気遣っていた。
そして、ローレンティア。
燃えているという程ではないが、キリに滾る何かがあるのは事実だ。
今まで自分が培ってきた殺しの技を、皆を守るために。
目の前の魔物を、殺し尽くすために。
「―――――違うぞ、キリ」
戦場へと深く没入していたキリを引き戻したのは、数歩下がった場所からのアシタバの声だった。
「…………え?」
「戦い方で分かる。お前、ウォーウルフ達を全員殺す気でいるだろう。
そうじゃないんだ、キリ。お前はもう暗殺者じゃない。探検家見習いだ」
戦闘はやめず、機械的にウォーウルフの相手をしながら耳を傾ける。
「魔物を知り、生態を知り、それを利用して目的を為す。
確かに駆除や根絶を行う時もあるが、手段はそれだけじゃない。
ウォーウルフは、割に合わないい戦闘は徹底して避ける。
俺がお前に頼んだこと、憶えているか?」
キリが動きを止める。そしてウォーウルフ達も攻撃の手を止めた。
それは驚きによる停滞だ。
どちらも間合いを取りながら、廊下に設けられていた窓の外を見つめていた。
燃えている。
燃えるハルピュイアが叫び、地面へ落ちていく。
魔王城四階。
ハルピュイアとの主戦場は屋上だが、戦闘部隊以外の男衆が配置されたここもかなりの脅威に晒されていた。
四方に防護柵が備え付けられたとはいえ、元々は吹き抜けのテラスだった階だ。
たまにテラスにハルピュイアが降り立っては、中に侵入しようと様子を伺い。
「そこだ!!」
防護柵の隙間から、男達が槍を突き立てる。
倒すほどの傷は与えられない。威嚇して退かせるのが主目的だ。
「全員気張らなあかんで!!
ここから侵入されたら何もかもおしまいや!!」
エゴノキが大声を上げる。防護柵に張り付く男たちも必死だ。
「………貴様は呑気なものだな」
この戦争の中、魔王城に残った貴族の一人、鉄の国グリーンピースは少し苛立った声だ。
「こういうものはなるようにしかならない。まぁ、手は打てるだけ打った」
彼の隣、同じ貴族の橋の国アサツキは、この異様な空気の中でも通常運転だった。
「手を打った?」
「あ、いましたいました!!おーい、アサツキ様ぁ!!」
場にそぐわない陽気な声の方へ目をやると、これまた場にそぐわない笑みを浮かべた小柄な女性が手を振っている。横には対照的な、ムスっとした逞しい大男。
「ナタネ、ジャコウ。仕込みは終わったのか?」
「戦いが始まる前にとっくに終わってましたよぅ!
アサツキ様を見つける方に手間取っちゃって……」
この二人がアサツキの使用人か。とグリーンピースは納得する。
各国の代表を務める貴族の面々は、私兵など武力の持ち込みを禁じられているが、お世話役として二名までの使用人の帯同が許されている。
団長、王女ローレンティアは一人しか連れてこなかったと聞いたが。
軽薄そうな女と無愛想な男。どちらも宮仕えの作法は見当たらない。
「アサツキ、貴様何をやってる」
「いやなに、可愛い弟の頼みでしてね。
私も昔は探検家の修業をしていたんだ、こういうやんちゃをまたやりたくなった」
そう言うとアサツキは懐から透明な瓶を取り出す。
「これ、貴公の手柄でしたな」
グリーンピースは瓶の中の、人魂の姿を確認した。
「お前………?」
その時、下、三階から女性達のきゃああああ、という声が響く。
「なんや、どうした!?」
階段の近くにいたエゴノキが下の階を覗き込んだ。答えたのはトレニアだ。
「あ、あんた!!大丈夫だよ!!
外を飛んでいたハルピュイアが、なんだか知らないけど燃えていて……。
それでびっくりしただけだ!」
「燃えているぅ!?」
事態を掴めないエゴノキ。
しかしグリーンピースは人魂からアサツキへ視線を戻し、無言で説明を求めた。
「…………魔王城へ着いたハルピュイア達が、どう動くものかと思ってね」
この期に及んでアサツキは落ち着いた声色だ。
「群れの全員が戦闘に加わるだろうか。そうかもしれない。
しかし、例えばオスが戦闘を行いメスが巣を確保する。こういうこともあり得る。
あるいは雌雄関係なく、戦闘を担う者が決まっているのかも」
「巣に向かうハルピュイアがいるかもしれないと?」
「そう。もしそうなら役割は、巣の安全確保と体力を回復した後に戦線を引き継ぐことだ。それは厄介だから手を打った」
不敵な笑み、その横に瓶に入った人魂を持ってくる。
「こいつらを2、3階の外壁付近にある彼らの巣に忍ばせた。
人魂は四階で彼らの巣の材料を燃やしていたんだから、まぁ燃えないわけがない。
ただ発火まで時間がかかるんだ。結果的に上手くいったが、彼らが巣に着いた後の炎上。
天然の時限式発火装置の完成だ。ま、失敗してもかなりの嫌がらせになる」
笑う。アサツキという男の底をグリーンピースは測りかねていた。
「………火が内部に回ることは?」
「ない。調査済みだ。そもそも魔王城が石造りなのはそれ対策だ。
人魂が火災を広げないように作られている。
ゴブリン達は彼らをよく理解していたようだからな。
まぁ、蒸し風呂のようにはなるだろうが」
そこまで語ると、アサツキは見えない頭上の戦線へ目を移した。
「いい手だアシタバ。さて、どうなってくれるか…………」
四章五話 『火計』




