表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十章 泣き月、幻想庭園編
369/506

二十章四十九話 『Day5 被検玖号』

「魔法魔物は実は二種に分かれるんだ。

 1つの魔法を使うのみか、複数の魔法を使い分けるか。

 違いは魔法をどう扱うか……大半の魔物はその血に論理式を宿し、進化と共に練磨していく。

 鋭い爪や大きな翼と同じ、だから数種、大半は一種の魔法しか持ちえない。

 一方、一定以上の知性を持つのならその場で魔法論理を組み立てられる。

 その場合は複数の魔法を扱える。進化じゃなく学習で魔法を上達・・できるというわけだ」

 

眩しい光源。仰向けのストライガに、賢人馬(ケンタウロス)は上機嫌に微笑む。

ストライガの苦々しい記憶、魔王城地下九階の話だ。


「其方達の進化に似ているとは思わないか?

 人間は、何か問題が起こっても叡智で解決できる。論理を組み立てる知性だ。

 爪を鋭くしたり、翼を生やす必要などないのだ。剣を創り馬術を創ればいい。

 しかし、だからこそ其方達の体は脆弱に育ってしまった。

 魔物どころか通常の動物にも劣る。これも進化迷子というのだろうか。

 だから私は思ってしまうのだ。体を強化された人間はどうなってしまうのだろう、とな」


縫合の最後の一縫いが終わった。

血を魔法で遮断し、血管をつなぎ留め、そして人間の股と魔物の腿を接合した。


「素晴らしい………素晴らしいぞ被検玖号。

 数え切れぬ耐薬試験を経て獲得した免疫能力が其方を更なる段階ステージへ引き上げた。

 胸、腹、肩、腕、腿………其方は全ての適合試験に耐え抜いたのだ!!」


実験中の彼はいつも饒舌だった。

手術後の鈍い痛みと朦朧とした意識に耐えながら、ストライガは賢人馬(ケンタウロス)を眺める。


「其方以外の被検体は死んでしまった………仮説が違ったんだろうな。

 だがおかげで其方たちの体内からだをよく知ることができた!

 ふふふ………もう少し被検体があれば、この知識を確実なものに………!」


「…………お前は何が目的なんだ?」


興奮しがちだった賢人馬(ケンタウロス)は、ベッドの上のサンプルが喋ったことに驚いたようだった。

遅れて人間だったと思い出す。


「目的か。それは其方たちの理解だよ。体を切り開いて内臓を知れた。

 色々な部位パーツを付けてみて、その可能性を調べ尽くした。

 強き膂力を有する肩。人並外れた握力を支える腕。

 胃や腸の対応領域を拡張する腹。人外の機動力を実現する腿………。

 ふふ、其方は私が思い描いた強化人間の体現者だ。

 面白い。こう進化すれば人間は強くなれるのに。そうはならなかった。

 必要なかったからか?叡智によって不足を補ってしまったから?

 ふふ………ふふふふ………ならばその蓋を開けたらどうなる!!」


賢人馬(ケンタウロス)の言っていることは意味が分からなかった。

彼と賢人馬(ケンタウロス)の関係は、隣人でも旧知の中でもない。

理解できない化け物と被検体。ただそれだけだ。






現在、地下八階最下層。


「目が覚めたか」


微睡みから戻ってきたストライガが目にしたのは、アシタバの横顔だった。

奇妙なのはその格好だ。ツルでグルグル巻きにされて地面に伏している。

いや、思い出した。彼の視線の先で賢人馬(ケンタウロス)が朝食の準備をしていた。

そうだ、奴に再会したのだ。気づけば自分も同じく簀巻きにされていた。


「……………どれくらい眠っていた?」


「半日も経ってない。深夜から明け方までってとこだ」


声を潜めるアシタバ。賢人馬(ケンタウロス)とは距離がある。


「…………………」


ストライガは自分の体に目を落とした。

鎧が割れて露になった体。獅子の毛を有し、肌色ではない胴体。

もはや言い逃れのしようもない。


「その体の話、聞いてもいいのか?」


「別に………見たままだ。俺は昔、あいつに捉えられて魔王城にいた。

 体を弄り回されて……もう人間じゃない」


「………ずっと隠してきたのか」


「魔物として狩られるか見世物にされるのがオチだからな。

 あぁ、お前みたいな珍獣好きに保護してもらう手もあったか?」


ストライガの言葉には自嘲が混じっていた。


「ここから地上に帰れるかも微妙だが………。

 お前にバレた以上、銀の団にもいられないな」


「別にいればいいだろ。俺は口外しない」


「はっ。元より俺は異端な存在だ。定住していい場所などない。

 ある程度過ごしたら他所へ移る。今までと変わらない」


「定住していい場所がない、なんてことはないだろ」


「…………お前に何が分かる」


「分かるさ」


苛立ち、嫌悪の目を向けて来るストライガを、正面から受け止めた。


「アセロラも完全な人間じゃない」



しばらく、絶句の沈黙があった。

ストライガは目を見開き、アシタバの顔をまじまじと見ている。


「………気休めや冗談のつもりならお前を殺すぞ」


「本当だ。あいつと同じ門番ゴルゴダの、淫夢(サキュバス)の娘だ。

 思い当たる節はなかったか?思えばウォーウルフの論争じゃ、親の仇かってぐらい俺に反論してきたのはお前とあいつだけだったな」


言い方は悪いかもしれないが、アシタバにとって妹と似たような存在がいたという事実はある種の救いだった。

呆然とするストライガを置いて、目線を賢人馬(ケンタウロス)へと戻す。


「そんな妹がいるから俺はお前をどうとも思わないよ。

 真実は地上うえに戻って本人に確かめろ。

 んでその為にはこの状況をどうにか脱しないといけない。頭切り替えれるか?」 


未だ戸惑いを残しつつもアシタバが正しいと判断したのだろう、ストライガも賢人馬(ケンタウロス)を見た。

正直前に目を覚ました時は憎しみで支配された。

自分の人生を滅茶苦茶にして、未だのうのうと生きている仇敵だ。

けど何故だろう。アセロラのことを聞いて、その時のストライガは上手く怒れない(・・・・)でいた。


「…………パーティは俺とお前と、向こうに寝転がっている団長殿か。寝たきりなのか?」


「墜落してからずっとだ。敵の言い分だともうすぐ目覚めらしい」


「計算できるかは微妙だな……。しかし上では大蟻ビッグアントの群れと、それを率いる知性魔物がいた。

 レオノティス達も置いて来たしディルが敵に捕まっていた。

 可能ならあいつをどうにかしてさっさと上に助太刀にいきたい」


白兵王エーゲノットか」


「知ってるのか?」


「あぁ、墜落後に一度遭遇した。でも助太刀か。

 あいつを上に行かせないだけで万々歳と見るべきかは難しいな………」


谷の国(シスク)で軍師見習だったアシタバと、剣の国(バルムンク)で軍略家だったストライガ。

状況共有、戦力分析、対策模索を二人はスムーズにこなしていく。


「正直勝負はティアが目覚めてからだ。

 黒き呪い(クロガネ)の防御性能があってようやく渡り合えるかってところ」


「異論はない……が、この体のツルをどうするかだな。

 この拘束……ん?俺が気を失う前は発光する輪じゃなかったか?」


「お前が気絶している間に賢人馬(ケンタウロス)が取り替えていった。

 魔法で拘束し続けるのが高負荷なのか………正直キモ(・・)はそこだ。

 お前、あれをどう思う」


視線の向こうでは、賢人馬(ケンタウロス)が宙に浮かせた水を沸騰させていた。

風に運ばれた野草がどんどんとその中へ入っていく。


「………あれが?人間用の料理に魔法開発をした頓珍漢な知識狂いにしか見えん」


「………………………」


アシタバはしばらく黙って、沸騰する水の球を見つめていた。







「…………今日、オレのオジサンが死んじまっだ………。

 お前らとの戦場に行って………殺され()んだ………!」


ストライガの、檻の中でオークに殴られている記憶だ。地下九階の監獄。

檻の入り口ではゴブリン達がギャハハと笑いながら、サンドバックにされる自分を見ている。


「このッこのッ………!憎き人間どもめ………!!

 お前だちさえいなければ………!!!どうしてオレたちの邪魔をする………!!」


「う、あぁ……………」


1.8メートルの巨躯から繰り出されるパンチは相応に重い。

殴られるたび、ストライガの体が僅かに浮いた。


「ギギギ、あんまやり過ぎんなよお前ェ!死んじまうかもしれねェ!!」


「ギギ、いやいやもっとやっちまえ!!

 あの方の実験の後はいつも朦朧としてんだ!!

 鬱憤晴らしてバレることもねぇさ!!」


下卑た笑い声を上げて、清潔な布を纏ったゴブリン達が騒ぐ。

目の前のオークはいっそう顔を赤くし、拳を振り上げ。


「あ…………うぅ…………」


顔面目掛けて放たれたそれを、ストライガは躱した。いや、演技をやめた(・・・・・・)


「―――――は?」




あまり騒がれずにその場の魔物を殲滅できたのは幸運だったろう。

ゴブリンの言葉は正しい。多分薬漬けにされていたのだろう。

賢人馬(ケンタウロス)の実験の後、ストライガの意識はいつも朦朧としていた。

けれど段々と耐性がついてきて。それを悟られまいと演技で隠し。

里の魔物達の往来、警備状況、物資の流れを観察しきった彼はその日に脱走を決行する。

ゴブリンの一体から鍵を奪って手枷と足枷を解き、彼らの腰から剣を奪って牢獄から飛び出した。


そこからの記憶は、激動過ぎて本人も憶えていない。

でも実感したのは、自分が本当に人間じゃなくなったということだ。


「んー?下の階から人間の脱走者?今この谷を突っ走っているのか?」


谷に座す王の一人、白兵王エーゲノット大蟻ビッグアントからの報告を聞いてそう呟いた。


「かっか!構わん構わん、知らぬふりをしてやれ!

 いつも威張りおるゴブリン共の失態、なんとも小気味よいではないか!

 何なら奴らに感づかれぬ程度にバックアップしてやるのじゃ!!」



それをストライガは知る由もない。

少しでも足を止めればまた賢人馬(ケンタウロス)に捕まり、あの実験動物の監獄の日々に戻るのではないかという恐怖が彼を駆り立てる。

地上へ、地上へ、地上へ。あの花畑の女性の元へ。

けれど逃げれば逃げる程、自分の体の異常っぷりを痛感する。


地下八階、縦に長い霧の谷を走破する馬のような脚力。

地下七階、火山帯を靴なく歩く足の裏。

地下六階、大蟻地獄デザートイーターの落とし穴に、砂に埋もれても抜け出せる膂力。

地下五階、極寒の地でも震えることのない体。

地下四階、襲い来る海怪鳥セイレーン達を握り潰す握力。

地下三階、ウォーウルフ達の生肉を食せる腹。

地下二階、この時は辛うじて存在した昇り階段を、抜けた段を飛び越える跳躍力。

地下一階、迷いの森でオークの鎧を奪い、彼は地上へ辿り着く。


地上へ?あの花畑の女性の元へ戻る?この体で?



ようやく地下九階の監獄から、魔物達の都から逃げ果せた彼の表情は絶望に染まってしまった。

自分という存在は既にぐしゃぐしゃに踏み潰されてしまった。元通りにはならない。

捕まる前の記憶も希薄だ。花畑と女性の光景だけを憶えている。

どこだったっけ。誰だったっけ。そもそも自分は人間だったのだろうか。


(俺は………………)


当てもなく歩き始める。

俺は、どこへ行けばいいんだろう。どこへ帰ればいいんだろう。





二十章四十九話 『Day5 被検玖号』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ