四章四話 『背中合わせの迎撃戦』
ハルピュイア達は、戦闘部隊の構える屋上へと到達する。
彼らの初撃は大きく分けて2つに絞られた。
1つは最も南、最前線に構えるツワブキの元。
もう1つは最も高く、鐘の上に立つローレンティアの元。
「おっらぁああああ!!」
叫び、ツワブキが振るった両手斧が、襲いかかるハルピュイアの一匹を切り落とす。
男達はツワブキに続き唸り声を上げ、空から降り立つ魔物へ向き合った。
東側、ライラックの前にもハルピュイアが降り立ち、そしてその巨大な羽を広げた。
「……………………」
彼の渦巻く双眸が、動じずその怪物を射抜く。
ハルピュイアが叫び、その上体を反らせ、そして大きく開けた口でライラックを噛み潰そうとする。
ライラックは動じない。最小限の動きで避ける。
耳の横、僅か数センチの距離でその噛みつきを見切ると、置いたような槍でハルピュイアの喉を貫いた。
「懐かしいな。戦場か」
唸り、倒れるその巨体をライラックは無感動に見下ろす。
「………ジンダイ、狙うのはそっちじゃない」
「へ?」
未だハルピュイアの多い南側の上空へと弓矢を構える【鷹の目】ジンダイを、ライラックは制した。
「あっちだ」
そして彼は、屋上の真ん中………鐘の上に立つローレンティアを指した。
鐘の上は、別世界の様相となっていた。
黒い塊が鐘の上で蠢いている。
その塊へハルピュイアが突進し鉤爪をぶつけるが、その度に黒い手のようなものが彼らを弾く。
鐘を中心に、戦士達に戸惑いが広がる。あれはなんだ。ローレンティア団長が?
人間側のものなのか?混乱は停滞へ。戦う手が、頭が止まる。
「お前ら、しっかりしろ!!」
そこへ飛び込んできたのは、南から駆け付けた【隻眼】のディルだ。
黒い塊に突撃を阻まれ、バランスを崩し高度を下げた一匹のハルピュイアに目を付けると、彼は飛びかかって剣の一撃を喰らわせる。
絶叫と落下。落ちたハルピュイアにもう一撃。
「彼女は囮役を引き受けたんだ。
自分が集中的に攻撃を受けると。俺たちの役目は何だ!!」
東側から矢が一本放たれる。
黒い塊の側で攻撃を行おうと滞空していたハルピュイアは、その矢を受けて屋上に落下する。
ディルが動く前に、側にいた騎士風の男が剣を振りおろした。
白髪の頭に赤いメッシュが一筋流れている。
40代ほどの、戦闘開始時に角笛を吹いた男だ。
「なるほど、俺らはこうしてお零れを処理していきゃいいわけだ!
あの黒い塊にハルピュイアが攻撃を加えた、その後の隙を突く。
空から突進してくるハルピュイアよりよっぽど怖くねぇ。
安全だが、効果的な仕事ができるってもんだ!」
怯えを見せず、陽気に声を張る。未だ周囲の男達は戸惑いと混乱の中だ。
その赤いメッシュの男は畳みかけるように演説を続ける。
「今、考えることはなんだ?
あの得体のしれない塊の正体か?目の前のハルピュイア?
俺はか弱くも勇敢な一人の少女が、団長様が、あの最も危険な場所で盾役を引き受けたってことなら分かるぜ!!」
再び、黒い塊の側のハルピュイアに矢が的中する。
今度は西側、エミリアの矢だ。落ちるハルピュイア。未だ、男達は戸惑い。
「てめぇら男かよ!!」
怒鳴り声。それが戦士達の中で弾け、何かを湧き立たせ。
次の瞬間には、何人もの男達が屋上の床でのたうつハルピュイアに、剣を掲げ飛びかかっていた。
「それでいいんだ!!戦う時だ!!怖けりゃ叫べ!!俺らは戦士だ!!!
俺らが引きゃあ、こいつらは下の女子供を喰いだすんだぞ!!」
落ちたハルピュイアは数人の剣撃によって力を失う。
高揚、地鳴りのような叫び声が一帯に響いた。
雰囲気に乗り損ねるディルに一人の男が近づく。
先ほど高音の弦楽器を弾いていた男だ。
「士気ってのはこうやって上げるんだぜ、ディルの旦那。
ともかくここは俺達に任せな。臆病者どものケツ叩くのは十八番だぜ」
「………助かる。探検家としても性格面でも慣れなくてな。グラジオラス!!」
ディルが北側に向かい声を上げると、魔道砲台の横にいた彼女が応じる。
「なんだ」
「その砲台で鐘の上を撃ち続けてくれ!」
「………大丈夫か?」
「団長さんなら心配ない。彼女ごと周囲のハルピュイアを薙ぎ払う気でやってくれ」
「だ、そうだ。お前達、頼むぞ」
横の魔道士達に声をかけると、グラジオラスは腰の剣を抜いた。
「ディル、私も出る」
一階、大階段前。
ウォーウルフ達の足音が近づいてくる。
「封鎖しときゃよかったんじゃねぇの、ここ」
「そうはできなかった。襲撃の可能性を考えてここを封鎖するよりも、いざという時のために地下一階に逃げられるようにしておきたかったからな。結局は裏目に出たが」
そう言うとアシタバは、階段脇に置いてあった木箱の内の1つを持ちより、階段の下へ蹴り落とした。
箱が割れる。中から出てきたのは茸の赤い傘……催眠胞子付きの大茸だ。
「これで何匹脱落してくれるか」
そう言いながら今度は別の箱から取り出した瓶を開け、中身を階段へと振りまく。
階段脇の松明を取ると、その液体の上へと落とした。
「火の防壁ってわけか!!」
燃える油、勢いのいい炎が、地下一階へ続く階段を封鎖する。
「奴らは火を避ける………が、この状況ではどう判断してくれるか。
不要な争いは避ける奴らだが、今回はリターンがでかい。
もう少し俺がこの可能性に思い至るのが早ければ、マシな迎撃機構を用意できたんだが………」
「気付けたのはあなただけなんでしょう?たらればの話をしても仕方ないわ」
キリが呟く。その眼前、燃え盛る炎の向こうで足音は確実に近付いていた。勢いは揺るがない。
やがて飛び出してきた一匹目のウォーウルフ。
銀の団側の先陣はキリだ。機械的に敵の目を潰し、腹を裂く。
「来た来た来た来た来ちまった!!!」
ラカンカが喚き、そして続々と炎からウォーウルフ達が飛び出してくる。
地上一階、ここでも三人だけの迎撃戦が始まった。
屋上には既に、何匹ものハルピュイアが降り立ち。
空からの奇襲に怯えながらも、男達が対峙する。
魔物と人が入り乱れ、刃と鉤爪が交差する。
混戦の中でも、やはり歴戦の者たちは頭角を現し始めた。
最も苛烈な戦闘を続けていたのは、最前線に立つツワブキだ。
戦闘部隊隊長、【凱旋】のツワブキ。
戦闘部隊に二人の英雄を抱え、それでも隊長を務められるのは同じく英雄に数えられ、魔物に対する深い知識を持つ彼以外にはいなかった。
銀の団設立が決まった時、早急に参加を打診された人物の一人だ。
手には両手斧。地上に降り立ったハルピュイアは噛みつきを除けば、再び体を浮かせないと攻撃の手段がない。
彼はその特性を十分に理解しており、斧を垂直に振りおろす。
ハルピュイアの上への逃げ道を塞ぎ、かつ噛みつきを牽制する頭部攻撃。
討伐数はこの時点で十を超えている。
東側の前線に立つのは同じく英雄、【黒騎士】ライラックだ。
槍で羽を貫き移動手段を潰すと、再び噛みつきを紙一重で躱し喉を突く。
動体視力に分類されるような、目に宿る才能が彼の強さの源泉だった。
渦巻く双眸は目の前の事象を的確に捉え、彼はその中で常に最善手を選択し続ける。
黒砦の苛烈な戦場で血に塗れながら鍛え上げた、それが彼のスタイルだった。
討伐数は七。八匹目を、その眼の渦が捉える。
西側でも同じく英雄が前線を張る。
今はなき、最強と謳われたトウガ傭兵団を率いた、【刻剣】のトウガだ。
「ヨウマ、ヤクモ、矢でハルピュイア落してた女の子、分かるか」
普段と変わらない落ち着いた振る舞いで目の前のハルピュイアを相手取りながら、彼は傭兵団時代からの部下、ヨウマとヤクモに話しかける。
「ああ、四匹ぐらい落としてた、三つ編みの?」
「彼女見つけてエミリアの元まで連れて行ってくれ。
お前らはそのまま護衛。彼女、多分弓に集中させた方がいい。
ピコティも近距離なら射撃、得意だろ。一緒に行け」
「了解」
「了解っす!!」
「りょーかーい!!」
少し若い三人の男は戦場に慣れていくのか、するすると戦闘の合間を駆け抜けていく。
「ふぅ…………」
襲い来るハルピュイアの鉤爪を剣で受け止める。
ライラックの強さの源泉が目だというのなら、トウガのそれはバランス感覚だった。
論理ではなくセンスの領域で、彼は戦場の傾き、優勢劣勢を局所的に感じ取る。
それは場に対するバランスだけでなく、武器や相手にも発揮された。
ハルピュイアという生物をトウガはあまり知らない。
ただ彼の目には、飛ぶべく大きく発達した胸筋に反して足元は細く、か細く映る。
トウガが選んだ攻撃は足元の薙ぎ払いだ。
相手の動きを見て、重心が浮いた瞬間、彼はハルピュイアの足を横一線切りつけた。
叫び、体勢を崩すハルピュイアに、トウガがトドメの一撃を振りおろす。
現時点での討伐数は、ライラックと並び七。
南西部にいたのは【迷い家】のディフェンバキアだ。
戦闘よりダンジョン内の建築に秀でる彼にとって、既に全盛期を過ぎツワブキ以上に老化に悩まされる彼にとって、なかなか思い通りにはいかない戦場だった。
それでも討伐数は4。
「ディフェンバキアさん、苦労してるな」
彼に背中を合わせ、声をかけたのは長剣使いの青年だ。黒い髪と火傷のような顔の傷。
何より鎧とそこからはみ出る包帯と布で、服に埋もれているような印象を受ける男だった。
「ストライガ。お前さんは好調なようじゃな」
「ゴブリンがハルピュイアを使うこともかなりあったからな。対処法は心得ている」
そう言うと左手に巻きついていた鎖鎌を放ち、頭上のハルピュイアへと巻きつける。
落ちるハルピュイアのもがきを鎖で制御しながら、その心臓へととどめの剣撃を加える。
探検家【殲滅家】ストライガ。
アシタバと同じく相棒を持たず探検家業を続けてきた彼は、探検家で最も戦闘能力が高いとよく評される。
元来はゴブリンやオークを始めとした知性魔物を専門にする探検家だ。
習性魔物であるハルピュイアは専門外であったが、討伐数は九。
鎖鎌を抜くと、再び頭上のハルピュイアに狙いをつけ始める。
南東部のタマモとモロコシは苦労していた。
元より危険を冒さずダンジョン攻略、がモットーの二人だ。
本来ならこんな戦場、尻尾を巻いて逃げだしていた。
タマモが弓で撃ち落とし、モコロシがとどめを指す。
乱戦前の撃墜を除けば、二人で討伐数は三。
しかし、向き合っていた四匹目が予想外に暴れ狂う。
「うっわ―――――」
慌てる二人の間を縫い、大剣が振り下ろされる。【隻眼】のディルだ。
中央の支援に行っていた彼が戻ってきた。
「タマモ、モロコシ、待たせた。盛り返していくぞ!!」
「あ~休みてぇ~~………」
項垂れるタマモを引っ張るように、ハルピュイアへと向かっていく。
サポートに走っていたため討伐数は2。だが、これから数を増やしていく。
頭角を現し始めたのは、武勇を持つ者達だけではない。
「オオオォォォオォォおおおお!!」
獣のような叫び声。空中から舞い降りたハルピュイアの鉤爪を、斧の柄で受け止めた男がいる。
燃えるような赤髪。若い戦闘部隊隊員、オオバコだ。
火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。
3メートルもの巨体から繰り出された急降下攻撃を彼は受け止める。
骨が軋んで、腕の筋繊維がはち切れそうだ。
けれど目は絶えず、自分に覆いかぶさるその化け物を見ていた。
「どっけえええええ!!!」
床から力を練り上げて、ハルピュイアをパワーだけで跳ね返す。
バランスを崩し床に倒れた敵に、カシューが飛びつき喉を裂いた。
「オオバコ!!無理するな!!」
「はぁ、はぁ………大丈夫だ!!まだまだいける!!」
「勇敢なことは結構だが、少し先走り過ぎだ」
激動の戦場の中で、その声は凛と響く。
オオバコの背後に立っていたのは、切り揃えた金髪と騎士のような出で立ちの少女。
【蒼剣】と呼ばれる魔道士、グラジオラスだ。
「未来ある少年よ………命を無駄に摩耗するな」
お前も同年代だろうが、と少し呆れ顔を見せるオオバコに構わず、グラジオラスは剣を構えた。
王国軍に支給される、質実剛健の長剣だ。
「夢想、月の国がグラジオラス、参る」
ハルピュイア相手の前口上だが、意味をなさないわけではない。
それが自身を奮い立たせる彼女の戦い方なのだ。蒼く、蒼く、彼女の手が光を纏う。
そしてそれは剣へ伝わり、蒼く光る剣が生成される。
【蒼剣】のグラジオラス。当代唯一の魔法剣の使い手だ。
「鎧、袖、一、触!!」
目前のハルピュイアを見据えると、その蒼い魔法剣を横へ一閃振り払う。
まるで紙のように。ハルピュイアの巨体は、真っ二つになった。
討伐数1。
次、と叫ぶとグラジオラスは、近くのハルピュイアへと駆け寄った。
再び南の最前線。
ツワブキは、屋上中央………鐘の上の黒い塊に目をやった。
地下一階、階段からの落下中近づいてきた彼女の顔を覚えている。
死に瀕してこそ、冷静で果敢。
劣勢濃厚の戦場、死線でこそ輝き冴える、王女ローレンティアという人物。
「そりゃあお前、将の資質ってもんだぜ」
誰にも届かない呟きを置いて、ツワブキは目の前のハルピュイアに斧を振るった。
屋上、鐘の上で銀の団団長、ローレンティアは黒い渦に包まれていた。
自らの呪いが絶えずハルピュイア達の襲撃に反応し、ざわめき立つ。
時折、魔道砲門の光に包まれ。
そして彼女の足下では、矢を受け床に落ちたハルピュイア達を、男達が討ち取ろうと忙しなく動く。
これでいい。僅かでも危険が少なくなる方へ。
願わくば。願わくば、誰も犠牲が出ないよう。
地上一階。
地下一階から湧き出てくるウォーウルフの群れ。
その矢面に立つのは斑の一族、キリだ。
敵にどれだけ囲まれても、彼女は両手のナイフで飛びかかるウォーウルフを切り捨てていく。
まるで何かの舞いでさえあるようだった。
彼女から数歩下がり、アシタバが討ち漏らしを狩っていく。
二人とも魔物一体一体には勝つが、全体としては劣勢気味だ。
どれだけ仲間を切り捨ててもウォーウルフ達は特攻をやめず、群れの勢いに押されてじりじりと後退してしまう。
敵は嗅ぎ取っている。自分達が押していることを。
「アシタバ、その後ろだ。飛び越えろ!」
ラカンカが叫ぶ。それに応えアシタバは後方へ、勢いよく飛び下がった。
アシタバのその様子を確認すると、キリも戦闘に切りをつけ前線を離脱。
1つジャンプしてラカンカ達の元へ着地する。
敵の後退に好機を感じ取ったウォーウルフ達は、勢いよく戦線を押し上げ。
「今!!」
ラカンカが叫び、キリがナイフを投げる。アシタバとキリが飛び越えた石畳に着弾する。
バキ、と石畳に見えたそれが割れ、直下の何かが折れる。
直後、そこを走り抜けようとしたウォーウルフ達は足場を失うことになる―――落とし穴だ。
石畳にみえたそれは脆く崩れ去り、剣山が顔を覗かせる深い穴に十数匹のウォーウルフが落ちていった。
「………バカ獣ども、恐れろ、怯えろ、撤退しろ!
ここより上はゴブリンのトラップの山だぜ。解除したのは俺だ。
そして俺が解除を解いておいた。アレンジ付きでな!」
ラカンカが得意げに魔物相手に自慢する。
警戒、少し足を止めるウォーウルフ達はしかし、穴を回り込み姿勢を沈め、再突撃の準備をし始める。
「あーぁくっそ、諦めろよ!!」
「アシタバ、また後列をお願い。さっきの感じでいこう」
「あぁ頼む。もう一度だ」
三人も再び、迎撃の態勢を整えた。
「凌ぎきるぞ」
地上一階、アシタバ、キリ、ラカンカの三人、対、ウォーウルフの群れ。
屋上、戦闘部隊の戦士達、対、ハルピュイアの群れ。
どちらが崩れても、3、4階に避難している銀の団は大きな犠牲を出すことになる。
背中合わせの迎撃戦。
その遥か南方、遥か上空から魔王城に接近する――――。
一匹の魔物の存在を、まだ誰も知らない。
四章四話 『背中合わせの迎撃戦』




