四章三話 『来訪者達』
ガァガァと、彼らの鳴き声が響き渡る。
3メートルほどの巨体と、それに合った大きな翼。
ギョロリとした蛇のような目。鋭い牙。逞しい鉤爪。
空の魔物の代名詞と呼ばれる怪鳥、ハルピュイア。
その群れから湧きあがる鳴き声、大合唱は、立ち向かう者達の勇気を削り取っていく。
まだ遥か遠くに群れの影を確認できる程度であるのに、その鳴き声だけで震え、顔を伏せる者もいた。
高らかに鳴ったのは角笛だ。
続いてドラム。低音と高温の弦楽器も追従した。
緊張が支配する戦場に、音楽が響き渡る。
「なんだぁ、戦場に楽器なんか持ち込んだバカ共は!!」
最前線のツワブキは呆れた口調ながらも、顔を綻ばせる。
「軍楽隊の真似ごとかぁ?いい仕事しやがって………」
そう呟くツワブキの頭上で、光と轟音。
見れば空色の光の筋が二本、魔物の群れへと伸び―――そして爆音、肉片が散る。
「今度はなんだあ!?」
「悪いなツワブキ殿。射程範囲に入ったので一番槍を務めさせてもらった」
毅然とした声が北側から響く。【蒼剣】のグラジオラスだ。
彼女たち魔道士が動かす魔道砲門の初撃だった。
呆気にとられるツワブキに暇を与えず、今度は東側からバヒュンと音がする。
未だ遠く、形をはっきりと認識できないような距離でありながら、放たれた矢は放物線を描いて群れの一匹に着弾した。
「お、おお………!?」
【黒騎士】ライラックの横で、既にその男は二発目の矢を構えていた。
目深に被ったワッチキャップは目を隠すほどだったが、彼は確かに南の空の群れを見据え、二発目を放つ。
構えるのは人の背丈ほどもある長弓。そして二発目も的中だ。
【鷹の目】のジンダイと呼ばれる彼は、【黒騎士】ライラックの戦友だ。
ライラックの黒砦での戦いには、死なず、共に長くを戦い抜いた二人の戦友がいた。
彼、ジンダイがその内の一人………激戦区の経験者、彼もまた歴戦の英雄だ。
銀の団で弓の一番手は誰かと言われれば、それは【月落し】のエミリアか【鷹の目】のジンダイか、という話になる。
強み弱み、どちらが上かは単純にはまとまらないが。
少なくとも迎撃領域という点では、一番手はジンダイだ。
「こちらも領域に入ったので攻撃開始を指示した。勝手ですまないな、大将」
ライラックが不敵に笑う。
「なんだなんだぁ、せっかちちゃん共が、勇猛で何よりだ!
おう、他の奴らも気合い入れろよ!初めての戦、初めての魔物かもしれねぇ。
だが戦うためにお前らはここに来たんだ。
無理をしろとはいわねぇ。危なくなったら四階に引っ込め。
やばくなったら近くの奴を頼れ。俺が何とかしてやる!!!」
ツワブキの叫び声。
ジンダイと、そして西側にいたエミリアも矢を放ち、魔物を落としていく。
「いいか、生き延びろよてめぇら!!!矢ぁ構えろ!!」
仲間の墜落にハルピュイアが叫ぶ。
ツワブキの演説に男達が吠え、そして矢を構えた。
「撃てぇ!!」
怒号に近いその声を皮切りに、屋上から大量の矢が放たれる。
地に落ちるもの、群れのはるか上を行くもの、その中で魔物に的中するもの。
何匹かの魔物が地に落ちた。
再び、轟音と空色の光。魔道砲門の二発目だ。
もはや敵は姿を視認できる距離まで来ていた。
200メートルを切ったぐらいか。声だけで怯える者もいたほどだ、
その禍々しい姿を見れば、臆する者は更に増える。
「矢、撃ち続けろ!!焦らなくていい!!丁寧にだ!!」
一斉射撃にはこだわらない。練度に差があり敵は多い。矢数が第一だ。
「…………十数匹、矢も当たってないのに下に降りたみたいですが」
矢を撃つ動作を続けながら、カシューは隣のタマモに訊ねる。
「牛舎の牛とかを見つけたんだろう。あいつらは生き物に反応するからな。
なんにせよ、同時に相手する頭数が減るんならありがてぇ」
矢を放ち、ハルピュイアの一匹に当たるのを見届けてタマモが呟く。
「撃墜、4」
「撃墜、9」と、【鷹の目】のジンダイ。
「撃墜、8」と、【月落し】のエミリア。
「げ、撃墜5!!」村娘といった風貌の少女が、慌てた様子で叫んだ。
屋上の者たちが一本でも多く矢を射ようと必死な中、ローレンティアは射線を遮らないよう屈んで移動し、そして屋上中央に取り付けられた大鐘の上に昇った。
「おい、何やっているんだお姫さん!!」
ローレンティアの姿を見つけたツワブキが声をかける。
「ツワブキさん。私はここにいようと思います」
「馬鹿いえ、そこぁ一番高くて目立つ。集中的に狙われるぜ!」
「だから、です」
毅然と答えるローレンティア。その意図を理解したツワブキは一旦、言葉を止める。
「…………ディル。最初の間だけあの周りを頼む。流れを作ってくれ」
側のディルに囁くように指示を出した。
「了解」
「全員、撃ち方やめ!!武器を手に取れ!!来るぞ!!」
矢の射出が止まる。
最後、三度目の魔道砲門の砲撃が、もはや30メートル程まで近づいたハルピュイアの群れを貫いた。
男達は弓を床に捨て、そして思い思いの武器を持つ。
ツワブキも背の両手斧を手に取り、「俺に続け!!」と叫ぶ。
魔物の群れは、屋上へ到着し。
乱戦が、始まった。
「本当に屋上に参加しなくていいのか?そりゃ俺としちゃありがたいけどさ。
ハルピュイアなんか太刀打ちできねぇし」
探検家アシタバ、大泥棒ラカンカ、元暗殺家キリの三人は魔王城の階段を下りていく。
ラカンカはこの状況下で呑気な声だ。
「でもアシタバはお前、対魔物の専門家だろ?鬼蜻蛉相手にも対応してたし。
キリの投げナイフだって飛ぶ相手にゃ有効だぜ」
「そうだな。俺も正直、正解かどうかは分からない。
屋上にいて戦闘に加わった方がいいかもしれない。
でも見過ごせない可能性があったんだ………ラカンカ、頼んでいた仕事は?」
「俺を誰だと思っているんだ?任されりゃ完璧にこなすぜ、仕事は」
「キリ、アサツキには無事会えたか?」
「ええ、頼まれたこと、伝えておいたけど………」
「じゃあいい。後は何も起こらないことを願うだけだ」
彼らは一階へ着く。大鍋の間を通り抜け、そして三人は、地下一階へと続く大階段の前で立ち止まった。
「アシタバ、お前はさ、口数が少ねぇんだよなぁ。
もっと喋れよ。情報をくれ。その可能性ってのはなんなんだよ」
大階段の先をじっと見据えるアシタバに、ラカンカは突っかかる。
「………口に出すのに躊躇いがあったんだ。
みんなハルピュイアの迎撃で頭がいっぱいで必死だった。
俺の心配っていうのはそうかもしれないって可能性だけの話で、何も起きないことも十分あり得る。
余計な心配ごとを増やしたくはなかったんだ」
「だから、何を?」
「………四階に行った時、床や柱に戦いの傷があった。
あの時からずっと引っかかっていた。二階より上は人類未踏って話だ。
名もなき魔王城への挑戦者が、誰にも知られないところであそこで戦った?
それもありえる。でも、人と魔物の戦いの傷じゃないとしたら?」
キリは黙ってアシタバの話を聞く。
「魔物の間にも生存競争がある。普通に争いは起こるんだ。
フロアの主だったゴブリンとハルピュイアの戦いの跡か?
いやゴブリン達はむしろ、ハルピュイアを空飛ぶ騎馬のように使う。
戦う相手じゃない。しかも傷跡は、突発的な一度の戦闘でついたものじゃなく、何年かに渡って継続的につけられた傷だった。慣習的な戦いなんだ。
相手を考えるのは一旦止め、戦いの意味という点で思考を進めた。
どうして戦いが起こるのか。
戦いの片方がハルピュイアだとしたら、戦いは彼らが夏、魔王城に避暑しにやってきた時に行われる。
とすると、可能性があるのはハルピュイアの産卵期だ。
彼らは卵を産みに魔王城にやってきて、そこを狙う捕食者と戦闘になっている」
地鳴りのような屋上の喧騒が一階まで響く中で、アシタバはその可能性を淡々と述べる。
「相手はどんな魔物か?
そいつとの戦闘を恐れてハルピュイアが巣を移さない以上、彼らの成体よりは弱い。
が、捕食者側も襲撃を止めないところを見ると、やられっぱなしというわけじゃない。
恐らく複数匹で立ち向かって、互角に戦える魔物。
彼らは徒党を組む。そして卵か雛を捕食する。肉食だ」
キリが、ラカンカが、ようやくその違和感に気付いた。
屋上からと思っていた地鳴りが、下からも聞こえる。
下、地下一階、いや、その更に下から…………。
「これまでの仮定が全部合っていたとしても、彼らの襲撃のタイミングは分からない。
ハルピュイアが産卵を行うもう少し後の時期かもしれない。
もしくはそれに備えて、今の時点から二階三階に陣取るか。
色んな可能性の中で、後者の可能性だけが最悪だった」
耳を澄ます。折り重なる無数の足音と、荒い息。唸り声。
「銀の団が屋上でハルピュイアの迎撃に注力する中、地下一階、背後から完全な奇襲を受けることになる。
少なくともハルピュイアと互角に戦える群れだ。
3階にいる女子供が初めて出会うわけだから、想像を絶する惨劇になっていた」
「おいアシタバ……この音、この足音…………。
お前の可能性とやらが当たってたんじゃねぇの」
ラカンカは流石に青ざめて、その地下からの来襲者に備える。
「そうみたいだな。決して高い可能性じゃなかった。
でも、もしそうだった時の被害を見過ごせなかったんだ。
捕食者が何の魔物か。俺は心当たりがある。何せ俺は、初日に彼らと会ったんだから」
キリも腰元のナイフを取り出し、構える。
黙った三人が見下ろす、階段の先――――。
魔王城、地下一階。
樹人達の迷いの森を、彼らは駆け抜ける。根やツルを器用に交わし。
そして整備された農業試験用のスペースに飛び出ると、地上へ続く大階段を目指し、駆け上がっていく。
黒い体毛。四足歩行で、鋭い牙と爪。
宝石か真珠のような、艶のある楕円形の眼。
ウォーウルフの群れが、銀の団に迫っていた。
四章三話 『来訪者達』




