二十章二十一話 『Day3 戦闘激化⑦ - ストライガ班』
「バルカロールってやつが頭張ってる戦場はここか?」
ストライガの探検家歴はそんなに長くない。
肩身が狭くなったわけではないが……アシタバとの大喧嘩を機に、自分のスタンスと探検家業とのギャップを感じると彼は、自分の居場所を戦場に求めた。
河の国の最前線、五英雄、【豪鬼】のバルカロールが率いる闘技場。
人と魔物の激戦区、ストライガが名を馳せ、多くの魔物を屠ることになる地だ。
「なにあんた。冷やかし?自殺志願者?」
彼の受付の役目を果たしたのは、後の【紅兎】のプラム。
気の強そうな彼女の目がストライガを突いてくる。
「ここは連日魔物と激しい戦闘をしてるって聞いた。
戦いに来たんだ。俺を傭兵として雇ってくれ」
「帰って」
当時からストライガのプラムに対する印象は、“生意気”だった。
「地元のおともだちに自慢したいからきちゃった?
それともお国を守りますって騎士熱に浮かされたバカ?
最前線を受け持つ私たちに同情した吟遊詩人か……。
ま、良くても自分の実力を過信した早死に野郎ってとこね。
ともかく戦いたいんなら他にどこでも――――」
「ここでなら、魔物を沢山殺せると思ったんだ」
その憎悪は、プラムを黙らせるには十分だった。
乾いた空気、向けられる擦れた目を、彼女はしばらく猫みたいに見定める。
「どうすれば俺を認める?お前と決闘して勝てばいいのか?
それかここで一番強い奴を連れて来てくれ、その方が手っ取り早い」
「あんたねぇ…………」
「そりゃぁ、俺のことだろうなァ」
度肝を抜かれたのは、当時のストライガには珍しい体験だった。
今まで大きな荷袋と思っていた、地面に横たえられていたものが喋ったのだ。
それが上体を起こして、こちらを向いても、規格外の体躯を持つ人間だと理解するまでにかなりの時間を要してしまう。
五英雄、【豪鬼】のバルカロール。
「てめェ、名は?」
幾多の魔物と戦ってきたストライガでも馴染まない巨体。
頭上から振ってくる視線と声に、先ほどまでの気勢は削がれてしまう。
「……………ストライガ」
「ほォ。いいじゃねェかプラム、入れてやれよ」
「そ、でも…………!」
「こいつァ面白そうだ」
笑って見下ろしてくる巨漢は、ストライガの半生で出会った最も強い生物だったろう。
やがて自分が剣を捧げる相手に、その時のストライガは強張った笑みを返した。
「剣の国へようこそ、ストライガ。
一つ言っておくが、ここにいるのは元々奴隷の奴らだ。
人として扱われちゃこなかった………お前がその辺の敬意をはき違えたら、俺がお前を殺すからな。覚えとけ」
「………………あぁ、分かった」
後に【殲滅家】と呼ばれ、バルカロールの四人の将と呼ばれた一人。
ストライガはこうして、彼の戦線に加わることとなる。
「仲間の為に橋になるとか……それをずけずけと渡ってくるとか……!」
地下八階下層、ストライガ達の戦闘は、蟻の橋を渡ってくる大蟻達を蹴落とす防衛戦になった。
ストライガ、レオノティス、パッシフローラが敵を彼岸へ入れないよう橋の出口で交戦するが……。
「こ、いつら…………!」
進路が橋に絞られて洪水のような勢いは削がれたと言え、絶え間ない敵の進撃は止まらない。
パッシフローラの爆弾のフォローを得て何とか撃退できている状況。
(橋削ろうとすると………すぐに補強していて………!)
徹底した全体主義。パッシフローラの爆弾を投げられると、蟻達は密集してその体で爆炎を吸収し、橋を死守してくる。
(捕食連鎖が怖すぎる…………!)
後方、安全地帯から戦局全体を見ていたシキミは冷や汗を垂らした。
(これだけ大々的に仕掛けて来るってことは、大蟻は間違いなくボスの一匹……。
でもこのフロアは恐らく拮抗的複合生態!別のボスが来て喰い合いに巻き込まれたら間違いなく全滅……!)
加えて、この崖際の戦線を継続するのはこのサバイバルにおいて致命傷になりかねない。
蟻へ投げて、谷底へ落ちていく魔水晶……平地で戦わなければ回収不可能、使い捨てとなれば、パッシフローラのこのフロアでの寿命はすぐに尽きる。
と。
逡巡するシキミの目に、前線のストライガが送ってきた合図が映った。
背中に回した二本指……シキミはすぐに呼応して、笛を取り出し甲高く吹き上げた。
これも予め決めていた班のルール。
(……………撤退?)
シキミが迷うのも無理はない。
ここでこのまま戦い続けるのはジリ貧なのはわかる。
だが蟻達とは谷で隔てられている状態、こちらが迎撃するにはまだマシな陣形なのは確かだ。
他にもっといい地形がある?
ストライガにその妙案を聞いている暇はない。
パッシフローラが最後っ屁の広範囲爆撃をすると、彼女とレオノティスは踵を返しシキミの方へ全力で駆けだす。
笛が鳴った。策は動いている。理解は後、今は全力で従う。
「――――――へ?」
そのはずだったパッシフローラは思わず振り返ってしまう。
前衛の三人、その内のストライガだけが、前線に残ったままだったからだ。
爆炎を潜り抜け、三本の橋から侵入してきた蟻達は、真っすぐ彼へと集中攻撃を仕掛ける。
「…………なんでよ」
シキミの呟きも虚しく。
ストライガはあっという間に、大蟻の波へと巻き込まれてしまった。
「剣の国の勝利と自由に、乾ぱァーーーい!!!」
勇者が魔王を倒してから半年が経った頃。
魔王を失い冷静さと秩序を喪失した魔王軍の残党を処理し終えると、ようやく闘技場に平穏が訪れた。
俗にいう終戦。
奴隷として蔑まれ、剣を取っては幾多の魔物と戦い遂げた者たちは、この日に人生初めての酒を飲み、大いに笑い騒いだものだ。
大きな焚火の前で踊る男たち、呆れながらも笑う【紅兎】のプラム、手拍子で囃したてる【豪鬼】のバルカロール……。
そんな祭りの夜の片隅で、一人の男が闘技場を発ったことは、彼らは翌日になって知る。
彼の旅立ちを見送ったのは一人だけ。
「なぁにアンタ、そんな隠れるみたいにしてここ出てく気なの?」
「…………サラトガ」
見つかった面倒臭さに、ストライガは怪訝な顔を隠さない。
彼と同じバルカロール下四将の一人、【氷華】のサラトガ。
濃紫のウェーブした髪と大人びたスタイル、片手の煙管。
ミステリアスでふわふわした佇まいはともすれば上級娼婦のようで、ストライガは彼女が苦手だった。
「ちょいと、挨拶ぐらいしていきなさいな。
バルカロールさんぐらいにはさ、お世話になったんでしょ?」
「………書置きはした。丁度いい、俺の部屋にあるから届けといてくれ」
「いやよ、そもそもそういうことじゃない」
「悪いがもう戻る気はない」
サラトガはため息をついた。これまで一緒に戦ってきた仲だ。
彼の強情っぷりはよく知ってる。
「見送りたいって野郎だっていっぱいいるだろうに。
命の恩人だって、あんたを慕ってる奴も沢山いるでしょ?
第一やっと平穏になって一息つけるってのに、あんたはまたどこへ行く気なのよ。
もしかして故郷とか?帰る場所があるなら仕方ないけど」
「…………帰る場所は…………あるのかな。
残っているかも分からないし、帰り方も忘れてしまった。
この広い世界のどこなのか……砂漠で蟻を探すような真似だ」
「……………?まぁなんだ、だったらここに残りなよ。
行く当ても、目的もないっていうなら――――」
「目的ならある」
ストライガは結局、剣の国に帰化することはなかった。
振り返った彼の憎悪の籠った目を見れば、サラトガもそれを理解してしまう。
「魔物を殺す。殺す、殺す、もっと殺す………。
ここに魔物はいなくなったんだ。
だから俺は、もっと魔物のいる場所へ移る………!」
狂気ともいえるストライガの闘争本能は知っていた。
戦場であれば頼もしい味方、けれど戦いが終わってみればそれは、当てのない暴走熱だ。
彼の魔物に対する怨嗟は、いったいどこから来たのだろう。
「……………いつでもいいから戻ってきなさい。
そうじゃなきゃ、必ず帰る場所を見つけなさいな」
「…………………………」
答えずにストライガは、夜の闇へと消えていく。
後日、銀の団に志願し魔王城に姿を現すまで彼は、魔王城周辺のダンジョンで戦いばかりの日々を送る。
「………………もう俺に、帰る場所なんて……………」
【殲滅家】ストライガ。
探検家界で彼について尋ねれば、帰ってくる評価は“探検家で一番強い”だ。
今の探検家界には【凱旋】のツワブキも、【隻眼】のディルもいる。
いくらダンジョン荒らしの悪評が有名とはいえ、ストライガが探検家組合に籍を置いたのはそれほど長い期間ではない。
それでもその認識は、ストライガの戦闘を見た者全員がそう主張し、今や探検家界の定説となった。
彼の異常な強さの所以と言われるのは、その膂力と握力だ。
敵の鋏を掴んで握り潰す。大蟻を持ち上げて投げ飛ばす。
身の丈ほどもある長刀を軽々と振り回す。常識外れた、返しの速さを実現する。
「な…………ん……………」
地下八階下層。学者シキミは絶句してしまう。
目を見開くのは隣のパッシフローラも一緒だ。
レオノティスには、理屈は理解できた。
大蟻は群れは怖いが、単体では怖い魔物としては見られない。
自重による押し潰しを除けば、彼らの攻撃は噛み付きのみだ。
つまり理屈に従えば、三本の橋から流入してくる以上のスピードで大蟻を捌いていけば、彼らの津波は処理できる。
それを可能にするのは、接近される前に敵を両断できる長さの長刀を、目にも止まらぬ速さで振り続ける高速斬撃。
そして相手の後続に高さを稼がせない、一閃のままに敵の死体も吹き飛ばす腕力。
加えて、全方位からの相手の襲撃を的確に把握し、刃を振る順番を組み立てる状況把握能力、判断力………。
一騒動の後にあったのは、山積みにされた大蟻の死体と、その中央で血まみれで笑うストライガの姿だった。
一応仕留め損ないを警戒しながらシキミ達は歩み寄るが、切り伏せられた魔物たちは微動だにしない。
推定で、撃破数500。
この状況下なら頼もしいと思えてもいい男に………死体の中で光悦とするストライガに、シキミはどこか、気味の悪さを覚えてしまう。
なんだろう、この。
「…………ありがとストライガ、助かったわ。
とりあえず、パッシフローラが魔水晶回収したらここを離れましょう」
「俺はまだできる。これから死臭がもっと濃くなるぞ。むしろここからが………」
「あんたは心配要らないんでしょうけど、少なくともパッシフローラの魔力は有限よ。
魔力暴走直後にあまり無理をさせたくもない。
もう日没よ………今晩を過ごす休息地を探し始めないと」
「………………分かった」
魔物を殺しに闘技場を出るのに、置手紙は残す。
魔物を殺したいのに、仲間の安全確保には理解を示す。
怨嗟と人情のアンバランスな配合……完全な戦闘狂であれば、シキミもとっくに手を引いているのだが。
シキミは、ふと思ってしまう。
このまま続けていたらどうなったのだろう。
たとえば蜘蛛女が来たら――――。
ストライガは、朱紋付きが相手でも戦い果せるのだろうか。
もし可能なら、実はそれが最適解だ。
蜘蛛である相手にとって不都合な、障害物の少ないこの平地で戦えるのなら。
他の戦闘力の低い班ではなく、ストライガ班が相手できたのなら。
その為に魔物の血を沢山流して、敵の将たる蜘蛛女が見過ごせないような、敵兵を削り続ける行動を繰り返す………。
(絵の描き方としては有り得る範囲………。
でも本当にこいつが、そこまで考えているのかしら)
気味が悪いのは得体が知れないから。
シキミの持つ一般常識と照らし合わせても規格外。
その、ストライガの狂気の、強さの源泉とは何なのだろう。
二十章二十一話 『Day3 戦闘激化⑦ - ストライガ班』