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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第二十章 泣き月、幻想庭園編
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二十章十二話 『Day2 夜の襲撃戦(後)』

脚。糸にひどく絡め取られた。動かせない。

右手。手の甲に大蜘蛛ビッグスパイダーの鋏が食い込んでる。血が滴る。

左手。地上の蜘蛛が糸を吐きつけて、三匹がかりでギチギチに引っ張っている。無理だ。



(………………やばいな)


死地に至って慌てないのは、二人が潜ってきた死線が故だろう。

逆さま宙づりの恰好ながら威勢は変わらず、蜘蛛女(アラクネ)を睨んだ。



「アハハ………もしかしてあなた達、私を本当に倒す気でいたの?」


空中に張り巡らされた糸に乗り、蜘蛛女(アラクネ)は二人を見下ろす。

湿り気のある長い黒髪の下、笑う表情は薄気味悪い。


傷はつけられた。でもそれは意表をつけた時だけだ。


分かる。敵はまだ全ての札を切っていない。

踏み込めば踏み込むほど、敵の牙が次から次へと湧き出てくる。


(攻めてるのにジリ貧……どこかで力尽きてた。

 敵が致命的に手を間違えない限り、チャンスがねぇ)



「ヤクモ、ヨウマ!!!」


遠くでサクラの声が聞こえる。

包囲する大蜘蛛ビッグスパイダーの相手で手一杯の様子だ。

彼女に守られるユーフォルビアは目を覚ましたようだが、立つには至らない。


「………………………」


魔王城の最深部。人が進みづらい高低差、夜霧の深い静かな谷間。

助けを期待するのは放棄だ。


「惜しかったわね?でもざぁんねん。

 ひひっ、貴方達に勝てるわけがないじゃない………!!」


「ツワブキさん達は生きてるな?お前が最初に襲った人間だ」


自分の言葉に全く興味がないような、ヤクモの流れを断つ物言いに蜘蛛女(アラクネ)はきょとんとしてしまった。


「………………なに?」


「戦ってみて分かった。確かにお前は強いよ。今回は俺たちの負けだ。

 でも話に聞く蛇女神(メドゥーサ)程ってわけじゃねぇな。

 いくら不意突かれようと、ツワブキさん達が全滅まで持っていかれるとは思えねぇ」


蜘蛛女(アラクネ)からは、否定しない沈黙が返ってくる。

この谷のどこかにいるのだ。ツワブキ班だけじゃない、彼らの仲間が。


「本当に倒す気かって、そう言ったな。

 あぁそうだよ蜘蛛野郎。俺は今でも、お前を倒す気満々だ」


【刻剣】のトウガを失ったときに誓った。

どんな相手にも負けない、銀の団一の戦士になると。

そして助けてもらった命を、失わない探検家になると。


宙づり、敗北寸前でも殺意を失わない、ヤクモとヨウマの目を蜘蛛女(アラクネ)は見ていた。







「足が痺れてきた。頭に血が登る……っていうのとは違うんだろうなぁ」


蜘蛛女(アラクネ)の昔の記憶。【万屋】ウドとの会話……彼も逆さに吊るされていた。


「どうだい、そろそろ俺を解放しようって気にはなってきたか?」


「するわけないでしょう。問答に答えてもらってもないのに。

 したところで離す気もないけど」


蜘蛛女(アラクネ)は木の枝に座し、捉えたフクロウを食していた。

その隣に吊るされるウドはため息を漏らす。


「人間の武器…………ってやつか。なんだろうね。俺には難しいよ」


「ふん、使えないのねぇ」


しゃぶり終えたフクロウの骨を退屈そうに投げ捨てる。

少し疲れた。故郷を出てしばらくになる。


あの場所にはまだ帰れない。

主から賜った使命の答えも、まだ見えない。


「なにか見当はついていないのか?

 それなりに生きて来たんだろ?有力候補ー、とかさ」


「有力候補……………そうねぇ。

 知ってる?蜘蛛の天敵は鳥なのよ」


もう残骸しか残っていないフクロウの羽を広げて見せる。

人間にとっては無作法らしい。ウドは少し顔をしかめた。


「そりゃ知ってる」


「でも魔物わたしは鳥を食べる。なぜか。

 魔物には武器があるからよ。進化っていう武器が。

 だから鳥より早く進化して、駆逐してやった」


「ふむ。で、同じようなのが人間おれたちにもあるって?」


「そう…………だと思うの」


空を見上げる、蜘蛛女(アラクネ)の目は少し憂鬱だ。


「蝶は蜘蛛に狩られ、蜘蛛は鳥に狩られ、鳥は猫に狩られ、猫は熊に狩られる。

 進化がなければ生態系の上下は覆らない…………。

 私が思うに、その唯一の例外が人間あなたたちよ」


「………なるほど。探検家としては面白い考察だな」


人間を対象にした生物学的考察は、この世界で論じられたことはない。

【万屋】ウドの、探検家としての興味が湧く。


「例えば人は、狼に勝てないだろう。けれど剣を持って武術を持ち、今や狼に怯える騎士は皆無だ。

 熊に一対一で勝てようもない。けれど集団戦術を考案し彼らを狩る。

 馬を、鷲を、虎を、象を、鮫を、そして魔物を。


 自分たちより速く、大きく、強い生き物を人間たちは駆逐してきた。

 生態系の上下を逆転させてきた。その入れ替え(・・・・)で頂点へと近づいていく。

 君たちの主へ。あるいは神へ、近づいていく」


「そう、その原動力は何なのか……………」



“それ”が分からない。

蜘蛛女(アラクネ)の使命。彼女の求め続けたもの。

そして【万屋】ウドの回答が、彼女の道の始発点。



「“強欲”、だと俺は思うよ」


「…………強欲?」


笑うウドの横顔が、陽の光に照らされていた。


「そう。何事も、起点があって結果が発生する。

 俺も探検家、魔物の討伐なんかするけどな。

 それは村からの依頼が来たから動くに過ぎない。


 したいと思うからそうなるように足掻くんだ。

 村を守りたいと願ったから、狼と戦う術を手に入れた。

 早く移動したいから馬を駆逐して移動手段にした。

 死にたくなかったから、熊を、虎を、魔物を倒す術を身に着けていった。


 原動力の話だ。人間は例えば、天敵から隠れる為の進化はしなかった。

 人間は、生態系の下であることを良しとし続けなかったんだ。

 どんなに強い相手でも、逃げるんじゃなく超えるべき相手だと定め、それを実現していった。


 どんな強敵でも、勝てるようになれると信じ続けた」


愚かだ、と蜘蛛女(アラクネ)は呟きそうになった。

小鳥を食べるべく進化した蜘蛛はいる。

けれど進化をせずに鳥と戦おうとした蜘蛛はいない。


兎は狼に勝とうとしない。それは、身の程知らずというものだ。


「強欲」


「そう」


何故だか蜘蛛女(アラクネ)は納得をしてしまった。

彼女は例えば、魔王に逆らおうなどと思う筈もない。

魔王は絶対的存在。服従すべき相手。


けれど、人間たちは違うのだろう。

どれほど魔王軍に叩きのめされたとしても、魔王を倒すことは諦めないのだろう。

そしていずれは神さえも。

この手で殺せると、奢りだすのだ。



「…………あなたもそうなの?」


「俺か?」


ウドが自嘲する。


「あぁ、思うよ。どんな魔物もいつか倒せるようになる。

 お前たちの主も、神だって、いつか倒して見せるさ。


 俺は信じて疑わない。世界は変えられる。変えてみせる。

 そう思って俺は、探検家になったんだ」


「あなたはもうすぐ死ぬのに?」


少しだけ間があった。

蜘蛛女(アラクネ)が初めて感じた、彼の憂い。


「……………あぁ、俺じゃなくても、俺に続く誰かでもいい。

 悲劇だらけのこの世界を、いつかは変える奴がくる。


 お前を倒す奴も、いつか現れる。俺はそう信じてるよ」



最後の言葉には一つ、嘘が混じっているのだと分かった。俺じゃなくても、の部分。

嗚呼、宙づりの、死にゆくしかないこの男は、未だに夢を捨て切れていないのだ。


世界を、俺こそが変えるのだと。そして蜘蛛女(じぶん)も、俺が殺すのだと。

信じて疑っていない。








「………………強欲ね」


あの日の宙づりの男と同じ。

死の際でも眼光を失わない二人に、蜘蛛女(アラクネ)は確かに魅入られてしまった。


それが彼女の反応を遅らせる要因になったかは分からない。


蜘蛛女(アラクネ)が気づいた時には既に、彼女の後方に水の竜が立ち昇る。

パキン、と何かが割れる音を聞き取っていた。

ユーフォルビアの究極魔法アルテマ


ヤクモとヨウマは役目を果たした。今の状況から逃走可能な手は一つだ。

出来ることは、ユーフォルビアが調子を取り戻すための時間稼ぎ。



「――――――海怒乱龍ワダツミ!!」



サクラとユーフォルビアを飲み込んだ水竜は、蜘蛛を蹴散らして蜘蛛女(アラクネ)へと迫る。

回避……けれどそれが敵の目的でないことは、蜘蛛女(アラクネ)も分かっていた。

水竜の標的はヤクモとヨウマだ。彼らに群がる蜘蛛を蹴散らすと、水竜は二人も喰らい飲み込む。


(水魔法の中に自分たちを取り込んでの離脱………!)


逃がすわけはない。

追おうとした蜘蛛女(アラクネ)に、水竜から上半身を出したヤクモがびし、と指を突き付けた。


「今回は俺たちの負けだ、アラクネ!!」


それは、負け犬の遠吠えに他ならない。

傷は多少付けただろう。大蜘蛛ビッグスパイダーも多く倒した。

けれども二人とも詰みの一歩手前まで追い詰められ、逃げるために切ったのはユーフォルビアの究極魔法アルテマだ。


充電チャージには一か月かかる魔水晶クリスタルを使った。

このアラクネ生存戦サバイバルにおいてユーフォルビアの奥義を失う、かなりの痛手だ。



「―――――けど、いいか、必ず!!俺たちが、お前を倒す!!」



嗚呼、いつの時代でも変わらない。

絶望的な実力差でも、大きな上下関係があろうとも、超える倒すと燃える眼光。


睨むヤクモとヨウマの目線にしばらく硬直し、蜘蛛女(アラクネ)は水竜が谷間へ去っていく様をしばらく見つめてしまう。



(いけない………………追わなきゃ…………)


糸から地面に落ちると、蜘蛛女(アラクネ)は崖に立ちヤクモ達の去った方を見た。

この暗い谷底で、ヤクモ達を正確に襲撃した蜘蛛女(アラクネ)だ、追跡は出来る(・・・・・・)





カサリ。





「―――――ッ!」


その存在を、蜘蛛女(アラクネ)は微かに、だが確かに感じ取った。

どこだ、どこだ。見える(・・・)範囲を探し回るが、敵は見つけられない。


「……………私のことを見ているな?」


追跡されている。こちらからは潜んで、けれどこちらのことを見張っている。


「…………………………」


今戦った敵を追うか。後ろからそいつ(・・・)がついてくるのは確かだろう。

横やり、挟撃………あまりいい気持ちでないのは確かだ。


いいでしょう、と蜘蛛女(アラクネ)は呟く。

今日は彼女も無傷ではない。まだサバイバルは始まったばかり。

人間たちはこの土地ならば寝食に苦労するだろう。

疲労は蓄積されていく。時間が経つほど蜘蛛女(アラクネ)側が有利。



そもそも門番ゴルゴダは、朱紋付き(タトゥー)の中でも一線を画す魔物だ。

彼らは魔王より、“人間の強さを識る”という明確な使命を与えられた。

だからこそ黒龍とは違い、天敵がなくとも、戦闘がなくとも、其々が長い年月の中で鋭利な進化を重ねてきた。


人を殺せば死力を尽くして抵抗してくるだろう、という考えの元に、殺傷能力を伸ばした吸血鬼(ヴァンパイア)蛇女神(メドゥーサ)

戦う者の精神に惹かれ、あらゆる武術を模倣し極めていく首無し卿(デュラハン)

叡智に着目し、魔法という論理の極致に魅入られた賢人馬(ケンタウロス)

人の強さを識る為に、人を強化する術を学んでいった寄生獣(キメラ)

ずっと観察を続けられる、人間達にとっての不可侵性を求めた人魚妃(ローレライ)

人間の感情、思考の解析、掌握に特化した淫夢(サキュバス)


真実を言えば、蜘蛛女(アラクネ)門番ゴルゴダで二番目に弱い魔物になる。

それでもこのフロアに迷い込んだ戦闘部隊全員を全滅に至らしめる力は十分持っている。



「じわじわと追い詰めてあげるわ…………」


夜の闇、火精霊サラマンダーの星明りを背に蜘蛛女(アラクネ)は笑う。

急ぐ必要はない。




彼女だけではないのだから。




二十章十二話 『Day2 夜の襲撃戦(後)』

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