二十章一話 『十二本のドラゴンキラー』
泣き月に入ると、銀の団は雨ばかりの日々を迎えた。
世界的に雨季のこの季節、各国は目立った動きこそ取っていないが、水面下で着実に軍備を始める。
中でも目立つのは日の国と鉄の国の動向。
両国に挟まれた砂の国では着々と、カプア湖奪還作戦の検証が進行していた。
一方で魔王城地下二階、蜘蛛回廊の工房街が賑わっていた………というか、この数週間ずっとそうだ。
熱源は刀職人タツナミ、槍職人イヌガヤ、斧職人サルスベリ、盾職人トラノオ、靴職人マタタビ、鎧職人ヒョウタン。
四六時中、其々の工房で一心不乱に製作に励む彼らを、他の職人は腕を組み真剣に見守る。
それもそうだろう。職人にとっての一大事―――――この世で最上級、竜の素材が手に入ったからだ。
「出来たぁぁぁァァァああ竜殺し!!なんつー切れ味だ全く、苦労させやがって!!」
刀職人タツノオが作り立ての剣を片手に雄叫びを上げると、職人たちは目を光らせゾンビのように群がる。
「タツノオさん、タツノオさん、宝石どうっすか?
柄のとこにはめたらきっと綺麗になりますよ!!」
「それより柄部分の細工よ!いい布あるの、試してみない!?」
「ハルピュイアのいい羽根飾りがあるんだ、俺に任せてくれれば似合うよう調整するぜ、タツノオ!!」
この機に竜殺しに自分の作品を入れて貰おうと職人たちは必死だ。
興奮、熱気、騒々しい雰囲気がしばらく工房街を支配し続けた。
「――――ってわけで、黒龍の素材を使った武器と防具が完成したわけだ。
今日集まってもらったのは他でもねぇ………その分配、配当者について発表する」
魔王城一階食堂には、戦闘部隊の全員が揃っていた。
アシタバ班。トウガ班。ディフェンバキア班。ラカンカ班。
ストライガ班。タマモ班。タチバナ班。ベニシダ班。ライラック班。
思い思いに座る彼らの前、いつも通り進行を務めるツワブキが合図をすると、ツワブキ班の残り三人が武具を持ち込んでくる。
この世で最上級の装備達………歓声が上がるほどではなかったが、目を見開く者、立ち上がって見ようとする者、そわそわとした高揚感が隊員を包んでいく。
「数にして、牙から造った武器の竜殺しが十二本。
鱗から造った鎧が十八点。余りの鱗で造った盾が五点。
誰に配当するかは、悪いが俺の判断で決めさせてもらった。
実力、各班の役割、班内のバランスを考慮した結果だ、受け止めてくれ」
「ぜってぇ貰う」
アシタバの隣、ヤクモがそう呟いた。
強くなりたがりの彼だ。ヨウマやオオバコも同じだろう。
恐らく、二度目はない竜殺しを得る機会を逃していいわけはない。
加えて、竜殺しの配分は力の序列だ。
ツワブキの評価と同じ………団員達は固唾を飲んで発表を待つ。
「そんじゃ、班ごとに順番に言ってくぞ。
まずツワブキ班、全員に鎧と、俺、ディル、レネゲードに竜殺し」
「うえー、フル装備」
ラカンカが不満のような声を上げてみるが、しかし順当な結果でもある。
五英雄に数えられる現代の探検家の頂点、【凱旋】のツワブキ。
その相棒を長年勤めあげた冷静沈着な理論派、【隻眼】のディル。
魔王城近辺で八年も潜み生き延びた、団一の魔物感知能力を持つ【狼騎士】レネゲード。
そして当代で唯一の魔法剣を扱う騎士にして夢想の魔導士、【蒼剣】のグラジオラス。
未知領域に一番に飛び込む、銀の団の本当の最前線に立つツワブキ班だ。
結成当初は隙のあったレネゲードとグラジオラスもツワブキの背中を見て成長し、安定感のある探検家に成長していた。
「ま、グラジオラスは魔法剣があるからな、剣は三本に抑えといたぜ。
俺たちの班が一番危険を負う以上、一番良い装備貰って当然だ。
逆にいや、後衛気味の班には配当を少なくしてある。
要はライラック班のこったな。だがお前が持たないのは嘘だろう。
ライラック。お前に竜殺し一本と、鎧一点だ」
「………あぁ」
ライラック班。
ダンジョン攻略には関わらず、魔王城周辺の警備を主に担当する治安部隊だ。
全十六名、素人の多い班だったが、一年以上のライラックの訓練を経て騎士と遜色ない実力を身に着けつつある。
頭一つ抜けているのは、砂の国の騎士経験があるコンフィダンスら“音楽隊”。
そしてライラックと黒砦の激戦を戦い抜いた泡沫の魔導士アルストロメリア。
同じく、団で一番の弓の腕を競う【鷹の目】のジンダイ。
槍の竜殺しを受け取るのは【黒騎士】ライラック。
渦巻く双眸、卓越した動体視力は相手の動きを全て捉える。
ツワブキと同じく五英雄に数えられる、黒砦を守り切った歴戦の騎士だ。
「こりゃ王族会議での首無し卿のタイマンを評価した結果だな。これからも頼んだぜ。
次、ディフェンバキア班。あんたらも後衛気味の仕事を期待しているから少なめだ。
つーかおっさんが竜殺し持っているから、配当は盾が1つだけ」
「ほっほ、十分じゃよ」
笑うのはダンジョン建築家、ツワブキより長い探検家歴を持つ【迷い家】のディフェンバキア。
その弟子ゴーツルーと、同じく建築を学ぶモヒカンのガジュマル。
そしてその後ろ、にこやかにほほ笑むハイビスカスは、銀の団最強の魔導士と評価された悠久の魔導士だ。
「儂らの役目は建築じゃからのう。盾がもらえただけでも十分じゃわい」
班内での相談の結果、盾の持ち手はガジュマルになった。
本人は恐縮していたが、若く体力があること、他三人に比べると対応力という点で引き出しが少なく、盾役に徹した方が班として状況に対応しやすいとの判断だ。
「次、ラカンカ班も同じような感じだ。竜殺しじゃないが、歯から造ったナイフ十本を配当する」
「ほーん。ま、罠解除を期待されてんのは分かってるよ」
頭の後ろで手を組む大泥棒、かつて盗めないものはないと謳われた【月夜】のラカンカはあっけらかんと言った。
彼を唯一捕らえ果せた監視役、団一の弓の名手を競う狩人【月落し】のエミリアはほう、と興味を寄せ。
ドラゴン産の武器にわくわく顔を隠さないトウガ傭兵団の偵察兵、ピコティ。
同じくらいわくわくしているが大人らしく振舞おうとする貴族出身の輪廻の魔導士、マリーゴールド。
「鎧や盾貰ってもな、それを使わないようこそこそ立ち回るのが俺たちの本領だ。
竜殺しじゃなくとも切れ味良いんだろ?
罠作りの作業用に使わしてもらうぜ。文句ないよな?」
「ああ、話早くて助かる」
竜刃十本はラカンカが所有。
ピコティへは日々罠の講義を設けており、始めはちぐはぐだった班の雰囲気も罠特化の色へと洗練されてきたのが伺える。
「次、タチバナ班。ここにゃ成長を期待しているが、一線級とは言い難いな。
近接、遠距離、罠、回復と揃った対応力の高いパーティとは評価してるんだぜ。
配当は少なめ、竜殺しが一本と盾が二点だ」
「あぁ助かります!竜殺しかぁ………!」
遠い異国から魔物を学びに来た勉強熱心、騎士のタチバナが感嘆の息を漏らす。
組み手仲間の間では、結構な実力者なのではと噂のある男だ。
後ろにはスズシロ、アシタバと同世代、独学で狩猟の罠を学んだ狩人。
双子の妹スズナ、団で三番手の弓の腕を持つ狩人。
エーデルワイス、団で一番の回復魔法の使い手と名高い虚無の魔導士。
初心者の集まりだった彼らは、勉強会やダンジョン攻略の参加を経て実力を伸ばしてきたが、まだ中級者といったところか。
タチバナが剣の竜殺しと盾を、スズシロが残りの盾を貰うと決まった。
有事の際は、彼らが前衛を務めるという構想だ。
「タマモ班も一歩下がったところでの活躍を期待してる。タマモにゃ性に合ってるだろ。
だが、前線と後衛の中間点での要にはなってもらうぜ。
配当は竜殺し一本と鎧が二つ、盾が一つ」
「うえぇ、多いじゃねぇか」
ツワブキと探検家同期、安全志向の【狐目】のタマモは嫌そうな顔をした。
相方の【狸腹】モロコシは困り顔で笑い、涅槃の魔導士グロリオーサは隈の深い目を武具に向ける。
三人と比べると、貴族の騎士として育ったズミの姿勢は育ちの良さが映えた。
「竜殺しと盾はズミのだなぁ」
「え、僕ですか!?」
「そりゃあそうだろ。あれはトドメに使うべき剣だぜ。
戦闘の中で、相手の隙を見抜いて貫ける奴が持つべきだ。
俺らの班じゃ、お前が一番その能力が高い」
タマモの指摘は、集団戦闘でこそ真価を発揮するズミの“モントリオ騎士団”の剣術の話だ。
そのために、鎧を着たタマモとモロコシが相手の隙を作るという戦略。
「俺たちは剣習ったことねぇからな、騎士上がりのお前が持った方が効率的だぜ」
「タマモ班は決まりでいいか?そんじゃ次、ストライガ班だ。
こっからは第一線での活躍を期待する班になる。
とはいっても、竜装備はレオノティスが元々持っているからなぁ。
竜殺し一本と、鎧二つ。これを上手く配分してくれ。
まぁストライガ、お前が槍と鎧持って―――――」
「俺は鎧は要らない」
冷たいストライガの拒絶の声。
受け取った竜装備の内、長刀の竜殺しだけを繁々と眺めていた。
「俺は剣だけ貰う。鎧は今着ている鎧でいい。
ドラゴンの鎧はシキミとパッシフローラが着てくれ」
「あぁ?二人は後衛だろうが。お前が着るべき――――」
「何度も言わない。俺はこの鎧でいい」
本人がそこまで言うなら、ツワブキにそれ以上は言えなかった。
第一線に出るのなら、団全体の防御を底上げするのも確かに正しい。
バルカロールの下で軍略家として名を上げていた、戦闘力では探検家一の【殲滅家】ストライガ。
代々技術と知識を継承してきた探検家の名家“竜殺しの一族”の末裔、【竜殺し】レオノティス。
学者としての豊富な魔物知識と、軍師としての戦略眼を併せ持つ学者シキミ。
戦場育ちの爆弾魔、熟練の兵として高い判断能力を持つ我流の魔導士パッシフローラ。
軍略家、純血の探検家、軍師にして学者、戦場育ちの歴戦兵。
それぞれが高い知識と判断能力を持つ、特色ある班と言えよう。
「次、ベニシダ班。新入りの班だが元々魔物との戦闘歴は長げぇ。
ルーキー扱いはしねぇ、特に水中戦の専門家としての成長を期待してるぜ。
配当も大盤振る舞った。竜殺し2本、鎧2点、盾が1点だ」
「ひゃっは、気前いいさね!」
高らかに声を上げたのは鞭と雷魔法を使う元ベニシダ海賊団船長、【荒波】のベニシダだ。
後ろには彼女の部下、水中戦闘術に長けるギャルのような二人組、サンゴとシンジュ。
そしてカタコトの詠唱使い、ニーレンベルギア。
「了解さ、水中の魔物が出たらあたい達を頼れってくらいの班になってみせるよ。
サンゴ、シンジュ、竜殺しと鎧持ってきな。あたいは残りの盾を1つ貰うよ」
配当品に喜ぶ元ベニシダ海賊団の四人。
船で鍛えたバランス感覚と数をこなしてきた水中戦闘。
その技術は唯一無二、この先彼女たちでしか相手できない魔物も出てくるだろう。
「次、待たせたな、トウガ班!」
「押忍!!」
待ち詫びていたヤクモとヨウマは思わず立ち上がってしまう。
トウガ傭兵団の一員として激戦を戦い抜けた、アシタバよりも強い歴戦の傭兵のコンビだ。
上司のトウガの離脱を経て、強くなる欲は誰よりも強い。
他の班員は、彼らとともにトウガ平原の戦いを経験した泡沫の魔導士ユーフォルビア。
そして実戦経験こそ少ないが、高い身体能力と戦闘技術を持つ斑の一族出身、サクラ。
「お前らにゃ竜殺しを二本と鎧を四点やる。
防御面じゃフル装備だな。お前らには期待しているんだぜ。
ヤクモとヨウマ、二人揃うともう俺でも手が負えねぇ。
是非、ツワブキ班を追い抜くくらいの気概でやってくれ」
「へ、任してくださいよツワブキさん!!」
剣の竜殺しを手にするヤクモとヨウマの顔は、強さへの期待に満ちる。
王族会議では四体の朱紋付きの急襲に敗北………元から高かった向上心に、今は火が付いた状態だ。
「それからサクラにゃ、ラカンカと同じナイフを十本やる。
なくさないように気ィつけろよ」
「………ありがと」
入団当初から比べると丸くなってきただろうか。
銀色学級の日々を経て、突っかかりの少なくなってきたサクラが竜刃を受け取った。
「次ー、こっちも俺たちを追い抜くぐらいの気概でやって欲しいもんだ。
同じくらい期待してるぜ。なぁ、アシタバ班」
にやにやとするツワブキの言い方に、【魔物喰い】アシタバはしかめっ面を返してしまう。
銀の団団長にして橋の国王族、絶対防御の呪いを持つローレンティア。
俊敏性なら団一、高い戦闘能力を誇る斑の一族出身のナイフ使い、キリ。
勇者一行イチゴの弟で怪力の持ち主、斧使いのオオバコ。
深い魔物知識と絶対防御の呪いを軸に、スピードアタッカーとパワーファイターの揃ったバランスのいい班だ。
「ま、アシタバは元々竜殺し持ってるし、お姫さんは防具なんざ不要だがな。
まず鎧を三点やる。お姫さん以外の三人は防御力アップだ。
そしてキリ、お前に竜殺しだ。短刀サイズだが上手く使えるだろ。大事に使えよ」
「…………………そ、それだけ…………?」
というオオバコのか細い呟きはアシタバにしか聞こえなかった。
強くなりたがりという点では、ヤクモやヨウマに劣らない熱意を持つ。
剣の国の剣技を学び、この頃一層伸びたオオバコだ。
この機に竜殺しを手にしたい。けれどもう、十二本は配当され終わってる。
「あぁ、そしてオオバコには嬉しい話が一つ」
「はい、なんっすか!!!」
ヤクモとヨウマに続きオオバコも勢いよく立ち上がってしまい、そこかしこでくすくすと笑い声が聞こえた。
「新しい竜殺し十二本は配り終えたわけだがな。
今回レオノティスから申し出があって、スペアとして持ってきた竜殺しを貸し出すんだそうだ。
このままじゃ宝の持ち腐れってやつだからな」
思わずオオバコがばっと振り向き、そしてレオノティスはサムズアップを返した。
好感度は天井知らず。
「幸運にも斧の竜殺し、これをお前にやろう。
首無し卿相手に善戦したって話は聞いてる。
お前にも期待しているんだぜ。強くなれよ、オオバコ」
「―――――ありがとうございますッツワブキさん、レオノティスさん!!
俺、強くなりますよ!!」
テンションの上がったオオバコの宣言で配当大会は幕を閉じた。
竜殺しを受け取った十三人は、直接戦闘で期待をされている人物と言えよう。
ツワブキ班、【凱旋】のツワブキ、【隻眼】のディル、【狼騎士】レネゲード。
ライラック班、【黒騎士】ライラック。
タチバナ班、騎士タチバナ。
タマモ班、騎士ズミ。
ストライガ班、【殲滅家】ストライガ。
ベニシダ班、海兵サンゴとシンジュ。
トウガ班、傭兵ヤクモとヨウマ。
アシタバ班、キリ、オオバコ。
各班にドラゴン製の武器と防具が行き渡り、間違いなく団の戦力は底上げされた。
「さて今月だがな、俺たちツワブキ班は早速地下八階に行ってこようと思う。
地下七階は魔物少ないし、クリアリングもう終わっちまったからな」
にぃ、とツワブキがほほ笑む。
今の世界情勢だ。駒は進められる内に進めておく。
「ある程度の調査が終わったら本格的な攻略だ。
パワーアップしたてめぇらの力、頼りにしてるぜ」
そう言ってツワブキが笑うと、新たな装備を手にした隊員たちの多くの笑顔が返ってきた。
二十章一話 『十二本のドラゴンキラー』