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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十九章 澄み月、竜殺し編
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十九章五話 『剣を抜く理由』

【七代目竜殺し】トネリコはよく笑う男だった。


父の兄にあたる彼には、レオノティスもよく遊んでもらったものだ。

ソルガムとメディニラの息子である彼に寄せられる期待は大きかったが、それを重く思い過ぎず、けれど誠実に向き合う強かさを持っていた。


トネリコが当主を務めたのは三年に過ぎない。


彼は、先代たちが世界中を探し回ってなお見つけられなかった龍生九子の残りの二体が、魔王城にいると判断すると、パーティを組んで魔王城攻略に挑んだ。

勇者一行が現れる前の事だ。


トネリコがどこまで行けたのかは、結局謎のままだ。

確かな事実は、彼は結局帰らなかったこと。

【七代目竜殺し】トネリコはドラゴンを討伐することなく、魔王城、もしくはその道中で命を落としてしまった。

当時多くいた、魔王城に突撃し散っていった名もなき挑戦者の一人となった。



三十年前から二十年前、商業の時代の後の“特化の時代”が、彼の生きた時代になる。


この時代では、依頼クエストや魔物素材市場の開拓により様々な需要ニーズが生まれた結果、探検家の在り方も多様になっていった。

護衛業。害獣駆除。ダンジョン調査。魔物研究。素材収集。賞金首狙い。

そして、同じく多様な進化を見せていた魔物たちに合わせ、得意とする魔物タイプも個々で違ってくると、探検家それぞれの独自性が際立っていくことになる。


“特化の時代”で最も名を馳せたのは、【黒鮫】のコンブだろう。


当時初めて登場した水棲魔物専門の探検家、歴史上でも危なげなく水中で魔物と張り合えたのは彼ぐらいしかいない。

“ダンジョンの水には近づくな”が鉄則の探検家界において、長らくブラックボックスであった水棲魔物の実態を、彼は数多く解き明かした。

彼のおかげで水棲魔物の研究が一気に進んだだけでなく、後世の探検家たちも的確な警戒・処置が行えるようになり、生存率が大幅に向上した。


他であれば【砂塵】のゴーヤ。砂漠育ち、砂漠魔物特化の探検家もこの時代だ。

魔物素材を薬へ応用する研究を行った【錬金術師】ドリアンのおかげで、それまでゴミとされてきた多くの魔物素材が陽の目を浴びた点も見逃せない。


竜殺しの一族は当然ながら、ドラゴン専門。

この時期には対ドラゴンのノウハウを活かし、大型魔物を重点的に幅広く依頼クエストを扱っていた。

竜殺し(ドラゴンキラー)の人気の高さが、ドラゴンの個体数を激減させたからだ。


【七代目竜殺し】トネリコのドラゴン討伐数はゼロ。

ここから、【竜殺し】の名に少しづつ影がかかっていく。






「おい、あいつだぜ、【竜殺し】の」


嘲笑う言葉の断片が耳に入るのは、気持ちのいいものではなかった。

五年前の話、ドラゴン探しの旅の合間に探検家組合ギルドの酒場に寄っていたレオノティスは、溜息をつきたい気持ちになる。


それはまぁ、面白いだろう。

大層な二つ名を継承した、古き探検家の一族の末裔が、ドラゴンを討伐していないと来た。

それも、現当主揃って、だ。


見たところ若い探検家の二人組、最近この業界に入ってきたのだろう。

わざわざ突っかかる程でもない。

けれども、何だか、背中を丸めることにすっかり慣れてしまった。


「よーうレオノティス、久しぶりじゃねの。くたばってねぇで何よりだ」


ふと視線を上げると、ジョッキと料理を手に【凱旋】のツワブキと【隻眼】のディルが、対面の席に着くところだった。

五英雄と囁かれ、各地で成果を上げていた時代の寵児は、探検家の名家に生まれたレオノティスから見ても風格があった。


「レオノティス、あまり気にするな」


と、【隻眼】のディルが声を潜める。


「あの二人、最近来たばかりなんだ。

 傭兵崩れで、自分の腕っぷしに自信があるタイプだな。

 元からの探検家は分かってる、俺たちだってまだ出会ったことはない。

 今やドラゴンの討伐実績は実力より運の要素が強すぎる」


ディルの言うことは正しい。

レオノティスも数えきれないダンジョンに潜ったが、ドラゴンには未だ会えず仕舞いだ。


「気にしとらんよ。よくあることさ。【竜殺し】なんだから竜殺し(ドラゴンキラー)を持ってるだろうと襲われることもよくある」


「はっ、対人戦闘でてめぇに勝てる奴なんざストライガかクレオメかエンドウのおっさんぐらいだろ。

 んなムキムキの図体しやがって」


「襲われるのだから鍛えねばならんだろう。全く、無意味なことだがな」

 

「親父さんの容態はどうなんだい、レオノティス。

 療養なさってからもう半年ぐらい経つだろう」


「あぁ、悪化しているらしい。便りが来た。

 俺もここで報告をし終わったら、実家に帰るつもりだ」


「…………そうか。【竜殺し】のテンモンドウさんがなぁ」


「結局ドラゴンを倒せなかった。その名前も重いだけさ」


「なんだそりゃ、自虐か?」



この時にもなると、レオノティスの自尊心というものは腐り始めていた。

一族の使命を理解し、ドラゴンを倒すべく鍛錬を続けてきた。

けれども、伯父も、父もその夢を叶えられず、探検家生命を終えることとなった。

自分は、【竜殺し】の名に相応しい探検家になれるのだろうか。



「おいおいおい何暗い顔してんだレオノティスちゃんよ。

 今から里帰りだろ?親父さんに顔合わすんだろ?

 しゃきっとしろよ、しゃきっと」


「……………あぁ、分かっている」


「いやー分かってないね。テンモンドウさんは俺の尊敬してやまねえ探検家の一人だ。

 その息子が、そんなしょぼくれた顔してんなよ」


尊敬?

嘘だ、と言いかけて上げた目線が、ツワブキの真剣な顔を捉えた。


「尊敬はマジだぜ。レオノティス、お前は知らねぇのさ。あの人の偉大さをな」








現在、魔王城。


ドラゴンを見つけ、大々的な魔物研究会を開いてからの戦闘部隊は、少し空きの時期に入った。

黒龍討伐作戦は月末に慣行予定。

それまでは作戦準備の期間、役割のないものは少し暇になる。



「いや~、いや~~レオノティスさんがドラゴン専門の探検家だったとは!

 かっこいいよなぁ、ドラゴン専門!俺憧れちゃうっすよ」


食堂では、オオバコが昼食を取りながら声を弾ませていた。

向かいには、困った顔の【狐目】のタマモと【狸腹】のモロコシだ。


「…………お前、そういうのそのままレオノティスにぶつけんなよ」


「えー、なんでっすか!?いいじゃないっすか!」


「よくねぇ。あいつにとってこれはな、ちぃと重い話なんだよ」


タマモの真面目なトーンを受けて、オオバコは面食らってしまう。


「重い話?」


「【竜殺し】ってのは由緒正しき探検家の血筋、英雄オウバイの子孫………。

 昔から敬意を払ってきた探検家は多くいたし、俺たちもそうだ。

 けれどな、最近の探検家、特に他所から流れてきた奴や組合ギルドに所属してねぇ奴らからは、嘲笑の対象にされることがあるんだ」


「な、なんでっすか」


「ここ最近の【竜殺し】がドラゴン討伐を果たせていないからさ。

 レオノティスも、先代も、先々代もね。まぁでも正直酷い話だよ。

 ドラゴンは個体数が減って、遭遇できるかどうかさえかなり運がいるんだ。

 今、探検家組合ギルドに所属していてドラゴンに逢った事あるのはディフェンバキアさんだけ。

 

 ま、酒の席の馬鹿話が欲しいんだろうけど………不当な評価だよ、本当ね」


タマモもモロコシも難しい顔をする。

実際レオノティスは、多くの専門的な技術を有している優れた探検家だ。

ミノタウロスと正面から殴り合える、鍛え上げられた肉体。豊富な知識。

それが、幸運を必要とする要素一つで否定されるのは理不尽という他ない。


「………あいつは相当気合入ってるだろうぜ。

 だからもう、余計に肩の力入れるような真似はすんな」







「レオノティス!」


同刻。

地下二階の酒場“サマーキャンドル”では、レオノティス、ツワブキ、ディフェンバキアの三人が作戦準備の確認の最中だった。

声をかけたのはアシタバだ。手には二本の剣とノコギリ。


「依頼された竜殺し(ドラゴンキラー)、かき集めて来た。

 これ、アセロラのノコギリ。魔物解体用だから、戦闘向きに期待しすぎないでくれ。

 それでこっちが、俺とアサツキの剣だ。何とか貸してもらえた。

 これがスイカの持ってた三本………要望されたのは揃えたぞ」


「すまないな、アシタバ。しかしこれで、銀の団の保有する竜殺し(ドラゴンキラー)が集まった」


既に机の上に小刀と槍、二本の竜殺し(ドラゴンキラー)が置かれていた。

ディフェンバキアと、レオノティスが所有するものだ。


「あーあーいいなお前ら、竜殺し(ドラゴンキラー)持っててよ。羨ましいぜ。

 しかし、ディフェンバキアのおっさんも持っていたのかよ、噂聞いたことないぞ」


竜殺し(ドラゴンキラー)持ちは強盗に襲われやすい。

 アシタバも身を以て知っておるじゃろう。

 言い触らしはせんよ、使うのも余程硬い相手だけじゃ。

 レオノティスも、【竜殺し】などという二つ名は苦労したのではないか?」


「確かに、竜殺し(ドラゴンキラー)は所有しているだけで厄介事を呼び込むから、一族も必要分の剣以外は全て売り払っていた。

 俺が今持ち合わせているのも竜殺し(ドラゴンキラー)もこの槍ともう一つだけだ。

 後は実家の妻子に預けている」


「…………ちょっと待てレオノティス、お前子供いたのか。っていうか結婚してたのか!?」


「そりゃ後継ぎはいるからな。魔王城には連れてこなかったが」


「ほっほ、確かに探検家じゃ珍しいのう。

 じゃが、息子もいるとなると一層、身を入れて事に挑まなければならん」



四人は一瞬、もう近くまで迫っているドラゴンとの戦いに思いを馳せる。


事前にツワブキから、この作戦の意義が戦闘部隊に伝えられていた。

対黒龍戦は銀の団が得られる、貴重な竜殺し(ドラゴンキラー)調達の機会だ。

先々月に竜殺し(ドラゴンキラー)でなければ切り合えない魔物が確認された以上、この作戦で犬歯が得られるかどうかは非常に大きな戦術的意味を持つ。


つまり吸血鬼ヴァンパイア。対、門番ゴルゴダ想定。


「ま、職人たちもドラゴン素材が入ると目をギラギラさせとるぞ。

 だからこそ作戦準備に手を貸してもらえているわけじゃがな。

 あと五日もあれば仕上がる」


「決戦は近い、ってぇわけだ。血が滾ってきたぜ」


ドラゴン相手に経験があるのはディフェンバキアのみ。

ましてや三つ首の魔物など、全員が経験がない。

簡単にはいかない相手……この頃の戦闘部隊には、蜃討伐作戦の時のような緊張感が漂っていた。


「――――どうしたアシタバ。浮かない顔をして」


ディフェンバキアの声につられて三人の注目が集まった。

目線を伏して、何か考え事をしているアシタバ……その内容に察しがついたツワブキが、面倒くさそうにため息をつく。


「まさか、ドラゴンも残しましょうって言いだすんじゃねぇだろうな、お前」


「……………………」


悪癖が出た。と見られているだろうことは、重々承知していた。それでも。


「メリットはあるだろう。ドラゴンを飼えたら、牙と鱗が定期的に手に入る。

 この世で最高の武器と防具を揃えられるんだ、銀の団の戦力は大幅に上がる。

 商業的価値もこれ以上ないくらい魅力的だろ?」


「あのなぁ、自切あるカルブンコの尾とは違うんだぜ。

 鱗剥ごうとしたら暴れるだろうが。あの巨体でだ」


「うーむ…………確かに、犬歯も鱗も取り放題はそそるがのう………」


「やめとけ、ディフェンバキアのおっさん。

 聞いた通り、ドラゴンは世代を跨がず進化するんだ。

 いつ変化していくか分からん。飼育なんざリスク高すぎて論外」


ツワブキの指摘も尤もだろう。

今回ばかりはアシタバも、納得させられる理屈を持ち合わせているわけではない。


「…………レオノティスも同じ意見か?」


「そうだな。そういう、産業や安全性以前の問題で俺は反対だ」


よく分からない言い回し……はレオノティスにとってもだったのだろう。

まだ自分の内の答えを探っているような様子があった。


「以前の?」


「…………………………」


正直に言うと、その理由は色々なものが混ざっていてレオノティスにもよく分からなかった。


夢、だろうか。

一族の悲願、龍生九子の討伐を、自分も果たしたいと願うからだろうか。

憎しみ、だろうか。

先祖を苦しめ、時には屠ってきた龍をこの手で仕留めたいという衝動だろうか。

憧れ、だろうか。

先祖のスケッチブックに描かれていた、雄大なドラゴンの姿………彼らが飼われて鱗を毟られる様など見たくないと思うからだろうか。


「そうだな…………言うなれば、俺のそれは誇りと……敬意だ」


「敬意?」


レオノティスの語った言葉は、アシタバにはしっくりと来ない。


「殺そうとしているのにか?」


「殺そうとしているのに、だ」



蛇女神メドゥーサはアシタバとの交渉を決裂させた。

魔王から課せられた使命の答え合わせをしたいから、人間と手は組まないと。

レオノティスには、その気持ちが分かる気がする。


遥か先祖から受け継がれてきた悲願がある。

ドラゴンに脅かされる人々を守るという願い。

その結末が、彼らを飼うことだなんて受け入れられない。


知っている。これはエゴだ。

けれど。



けれど。







結局アシタバの、“ドラゴン共生案”は採用されず終わる。


そして六日後――――いよいよ地下七階の攻略、“黒龍討伐作戦”が始動することとなる。




十九章五話 『剣を抜く理由』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 頭が3つあるとドラゴンキラー三倍作れてお得ですね。 [気になる点] 無事倒せればですが…
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