十九章二話 『竜殺しの一族』
【二代目竜殺し】ジニアは、勇敢な男だったと言われる。
オウバイの息子の彼は、父が討伐したドラゴンと魔物に幼い頃から強い興味を寄せていた。
一人前の大人になると彼は世界を旅し、ドラゴンの噂を尋ね回り生息地を調査していく。
そしてとうとう龍の一体、紅龍の討伐を果たすと、その経験と知識をまとめ、自らの子孫にこう託した。
“我々こそが、この龍たちを討ち滅ぼすのだ。”
「【長旅】のインゲンと【初代竜殺し】オウバイが生きた継承の時代の次、ジニアの生きた時代は“発展の時代”と呼ばれる。
インゲンがまとめた魔物たちの情報と、オウバイが果たしたドラゴン討伐に心動かされた多くの者が“探検家”への転職を決意し、探検家界が誕生、発展していった。
時代の寵児としてよく言われるのは、【冒険詩人】コスモス」
幼きレオノティスの、夜の座学。
父は一族のことと合わせて、探検家の歴史を詳しく聞かせてくれた。
「吟遊詩人でもあったコスモスは魔物の詩を詠む旅をしながら各地の酒場を巡り、新たな魔物の情報収集と探検家達とのコネクションを築いていった。
やがて探検家組合を創設し、その初代リーダーを務めた。
創設メンバーは、有名どころだと【偵察屋】ナンテン。
魔物よりダンジョンの情報収集に重きを置き、各地の多様なダンジョン環境をまとめ上げた男だ。
そしてオウバイの息子、【二代目竜殺し】ジニア。
父の倒したドラゴンに魅入られ、竜の生息地を調査、方々を旅する。紅龍を倒したのも彼だ」
発展の時代。年数にして八十年から七十年前。
レオノティスには、その時期に巻き起こった事件について心当たりがあった。
「その頃って、“最初の朱紋付き”の…………」
「そうだ。コスモスもナンテンもジニアも、当時起こったある事件で命を落とすことになる。
“最初の朱紋付き”、獣王ベヒーモスの登場。
我らが一族の記録では、初代オウバイの倒した始原竜も朱紋付きだったのではと言われているし、これより前にいた魔物が後に朱紋付きと判明した事例もある。
だが世界の記録上ではこのベヒーモスこそが、人類に朱紋付きの存在と脅威を知らしめた魔物になる。
山ほどもある巨大な体、牛とも狼とも言えぬ禍々しい漆黒の姿。
無数の獣型の魔物を従え、奴の通った後は瓦礫と血と肉片しか残らなかったとされる。
そして脇腹には朱色の、魔王軍の紋章だ。
被害の甚大さから日の国、月の国、橋の国、山の国四国による連合軍によって討伐作戦が指揮され、探検家組合も傭兵団として戦列に加わった」
「結果は?」
「作戦に携わった人員の、七割が死亡」
あまりの数に、レオノティスは眩んでしまう。
騎士たちの亡骸が大地を埋め尽くす光景が、容易に想像できた。
「朱紋付きの脅威を一発で世間に知らしめた事件だ。
三国の騎士団は半壊、主戦場となった山の国は壊滅的打撃を受け、数年後に国が滅んだ。魔王軍に初めて滅ぼされた国だ。
しかし、前例もない中で戦士たちはよく戦った。
ジニアの、竜のような巨大魔物を相手取った経験が、作戦指揮をよく助けたと聞いている。
結果、ジニアも、コスモスもナンテンも戦いの中で死亡したが……獣王ベヒーモスは討伐された」
探検家の歴史は血の歴史だと、改めて痛感する。
百年の間人類の敵として座した、魔物たちとの境界線にある物語だ。
その中で先祖を含めた探検家たちは必死に生き……そして彼らが残したものを、自分が今受け取れているのだろう。
立派な探検家にならなければならない。
現在、魔王城。
地下六階の側壁には、フロアを半周して入り口と出口をつなぐ回廊が設けられていた。
ディフェンバキア製、包帯男を遠巻きに見ながら地下七階へと向かう階段に繋がる移動路だ。
今、その下り階段の前に、三班十二人が集結していた。
「おし、行くぞ。音は立てずにな。ちと蒸し暑いが我慢しろー」
ストレッチをする【凱旋】のツワブキ。
後ろにはツワブキ班、【隻眼】のディル、【狼騎士】レネゲード、魔導士【蒼剣】のグラジオラスが控える。
「ストライガ、その鎧脱いどけよ。暑いぞ」
「心配には及ばない。危険領域だ、防御は据え置きで行く」
武器の確認をしていた【殲滅家】ストライガが淡白に答えた。
ストライガ班の三人、魔導士パッシフローラは欠伸をし、学者シキミは【竜殺し】レオノティスにドラゴンについて質問責めの最中だった。
「ま、防御に関しちゃアシタバ班が来ているんだから、心配もないだろうがな」
「あぁ、それが俺たちの班の役目だ」
話を振られたのは【魔物喰い】のアシタバ。
アシタバ班、オオバコとキリ。そして今回の彼らの主目的は、ローレンティアの呪いによる防御だ。
「いーか、今一度確認しとくぜ。今回の目的はあくまで偵察、敵のドラゴンの情報収集だ。
特にレオノティス、シキミ、アシタバ。お前らは目ェ皿にして役目を果たせよ。
それ以外は基本敵警戒。ドラゴン以外の伏兵がいるかもわからん。
てめぇら、気引き締めて行けよ」
「最ッ高よ最高!!」
そう嬉しそうに呟く学者シキミを見て、アシタバはこいつ気引き締まっているのか?と批判的に見てしまう。
一同は半円状の螺旋になっている階段を下り、地下七階へ向かう途中だ。
「ドラゴン………ドラゴン!!あぁ、夢にまで見た魔物たちの頂点に会えるなんて!!
やっぱり鱗固いのかしら?本当に火を吐くの?
大きさはどれくらい………ふふ、魔王城来てよかったわぁ…………」
まぁ、気持ちは分からないでもない。
アシタバも実は、ドラゴンと出会うのは初めてだ。
同じく初めて対面するツワブキがわくわくしているように、魔物に興味を持つ者であれば、その頂点には自ずと興味が湧くというものだ。
「しっかし驚きましたよ、レオノティスさんドラゴンの専門家なんすね?
代々探検家の家系とか……なんで言ってくれなかったんすか!」
背後からオオバコとレオノティスの会話が聞こえてきて、アシタバは思わず耳を澄ましてしまう。
「……あぁ、あまり目立つのは好まんのでな」
「なるほど!へへ、しっかし頼りになりますねー、【竜殺し】の本領発揮じゃないですか!」
「……………」
「オオバコ、そろそろ静かに。もう入るぞ」
アシタバの言葉に嘘はない。もう階段の終わりだ。
一同は洞窟の最後を潜り、そして地下七階に足を踏み入れた。
地下七階は黒い岩壁で覆われた、確かに火山のような蒸し暑さだった。
フロアの外縁部には、熱で赤化した岩が多く見受けられる。
比較的中央方向部は黒く固形化した火山岩によって形成され、フロア全体としては段々畑のようになっていた。
階段を降りてきたばかりの、アシタバ達が今いるところがフロアの最高点。
「このフロアは下っていく感じってわけか。ま、視野良好なのはいいじゃねぇの………」
「オオバコ、静かに。あと全員伏せろ」
ツワブキの鋭い指示に、全員が即座に従った。
「先の調査の結果ではこのフロアにドラゴン以外の攻撃的な魔物はいねぇ。
だが奴は別だ。見つかったらかなりヤバい。
敵さんの視野に入んねぇよう慎重に行動しろ」
しばらくは足場から突き出た岩に隠れるように、前へ、下へ進む時間が続いた。
攻撃的な魔物がいないのは確かなようだ、とアシタバはフロアを観察して思う。
元々生物が棲むには適さない環境だ。
いるのは小型の習性魔物、火蜥蜴程度…………。
(―――もしくは、一定の大きさ以上の魔物はドラゴンに全て駆逐されたか、だ)
有り得ない話ではない。ドラゴンの縄張り意識は、それほどに強い。
と、ツワブキがハンドサインで一行を止めた。
全員が段々畑の縁へと匍匐前進で進み、出来る限り姿が露出しないよう下側を確認し。
そしてドラゴンを、目にした。
(想像以上にでかい………)
と、いうのがアシタバの第一印象だ。
体長は目測で十二メートルほど、今は昼寝の最中なのか、地べたに寝そべり丸くなっていた。
翼が体を覆ってはいたが、隙間から見る限り体表は漆黒の鱗で覆われ、後ろ足で立つタイプのドラゴンだ。
段々畑の途中で居座るそれを避けて、下には向かえないだろう。
その場で会話や議論を交わせるほどの余裕はなかった。音は立てられない。
各自が出来る限りの観察をし、帰ってから情報共有の流れだ。
アシタバは息を潜め、出来る限りの情報を収集しようと努めた。
後ろ足の発達具合。歩行がメインの移動方法か?飛行能力は低い?
体のサイズから想定できる空気袋の大きさ。吐息の持続時間はどれくらいか。
と。
ドラゴンが、眠ったまま伸びをした。
一瞬起きたのではと思った一同は総毛立つ思いだったが、伸びをし終わったドラゴンがまた熟睡に入っても彼らの瞳孔は開いたままだ。
ドラゴンの翼の位置が変わり、その頭部が露になっていた。
三つ首だ。
その黒いドラゴンは胴体から三つの首が伸びる、三つの頭を有する個体だった。
「――――――なんだ、ありゃ」
思わずツワブキも言葉を漏らす。
多頭の魔物など、これまで存在すらしなかった部類の生物だ。
けれど隣のレオノティスの、思慮の外で漏れてしまったような呟きを、確かにアシタバは聞き取った。
「………………………黒龍、か」
【三代目竜殺し】ホドは、勤勉な男だった。
父であるジニアの残した、ドラゴンを討伐すべしという言葉を忠実に実行するため、彼は一族の地盤を固めた。
資産家の一人娘である妻を娶り、財源と物資供給路を確立した。
彼は早くから、体格でも力でも適わないドラゴン相手には戦術が必要だと判断すると、子孫の為に数多くの対ドラゴン戦術を考案していく。
そして晩年、彼自身もその戦術を用い、黄龍の討伐に成功した。
「発展の時代の次は集約の時代と呼ばれる。七十年前から六十年前のことだ。
獣王ベヒーモスの被害から何とか立ち直った探検家組合は、また同じような敵が現れた時に対処できるよう、情報集約の動きを強めた。
各地に点在していた知識が組合へ集約され、人類全体の魔物への免疫が底上げされた時代。
ジニアから当主を継いだ【三代目竜殺し】ホドも当時の探検家の一人。
他にも巨大蟲の研究を進めた探検家、【虫眼鏡】ヘチマ等もいたが………。
やはり、この時代の主役は【放浪公子】デンドロビューム」
「公子………貴族の人なのですか?」
幼き……といっても、青年一歩手前程になったレオノティスへの座学。
父は探検家として旅に出ることが多くなり、夜の講義はたまに家へ帰ってくる時のみになった。
「あぁ、魔物の生物的魅力と冒険譚に魅入られたらしい。
変に腕の立つ従者を二人連れて世界を旅してまわった、放浪貴族のはしりの男だ。
デンドロビュームの旅の物語も読み物として人気が高いが、今はその功績の話だ。
彼は探検家組合の支援を受けながら各地の情報を集約し、魔物の発生域が円状に………中心地があることに気付いた。
屈強な魔物を掻き分けそこを目指そうと決断できる行動力も、彼の人気の理由の1つだろうな。
【放浪公子】デンドロビュームは、魔王城を初めて見つけた人物だ」
それは、歴史的偉業だったろう。
今でこそ魔王城にいる魔王を倒すべし、と叫ばれているが、当時はそんな、親玉の存在がいるのかすら分からなかったはずだ。
敵の本拠地が存在すると分かれば、敵も自ずと形を持つ事になる。
「………凄い方ですね」
「だから時代の主役なのだ。だが、我らが先祖も立派に役目を果たしていた。
龍生九子が一体、黄龍を打ち倒したのだ」
龍生九子。
それを、レオノティスはよく知っている。
そう括られる九体の龍の話を、幼い頃からよく言い聞かされたからだ。
探検家や世間はあまり気にしていないが、竜殺しの一族は竜と龍を明確に使い分ける。
竜の中でも頭1つ抜けた強さを持つ九体を龍……龍生九子と呼び、そしてその全数の討伐を一族の宿願としている。
始まりは、【一代目竜殺し】オウバイまで遡る。
彼は朱紋付きとすら言われるすべてのドラゴンの母、始原竜の討伐を果たした。
けれどその後、ドラゴンの巣を調査して、思わぬものを発見する。
九個の卵、その割れた殻だ。
オウバイはすぐに理解した。
今倒した魔物は既に出産を終え、孵化した子供たちは既に散った後だったのだ。
殻の色はバラバラ、紅、蒼、翠、黄、緋、碧、紫、黒、白。
やがて龍生九子と呼ばれる龍たちの痕跡。
ドラゴンと竜殺しの一族の因縁は、きっとその日から始まった。
十九章二話 『竜殺しの一族』