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こちら魔王城居住区化最前線  作者: ささくら一茶
第十八章 咲き月裏、継承の春編
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十八章十二話 『Day8 継承の春』

「いやぁ、使用人にしてもらったのは嬉しいんですけど」


ローレンティア、エリス、そして新しく従者となったナズナが、貴族区の館の間を進んでいた。


「なんかお出かけなんですか?やっぱ私も行った方がいいんですかね?

 っていうか一応使用人服に着替えましたけど、なんというか急な………」


「出かけるところにあなたが押し掛けたんでしょう。

 ま、滅多にない機会だし、あなたも同席するべきです」


呆れ口調でエリスが答えるが、その口角は新しくできた後輩に緩んでいた。


「はい、承知しました!それで、どこに行くんですか?」


「リンドウ王子の館へ向かいます」








継承の春。

銀の団が活動を始めて二年目の春は、歴史上ではこう呼ばれる。


先月、王族会議“バノーヴェンの大災厄”により、八国すべての王たちが殺害された翌月だ。

全ての国が喪に服し、そしてそれが明けた後は、政務を新たな形に落とすべく後継の為政者たちが奔走することになる。


つまりこの咲き月の間に、八国すべてで王位継承が行われていた。







「これより新国王、セトクレアセア陛下より御言葉を頂戴する!

 一同、気を付け!静粛に拝聴せよ!!」


橋の国(ベルサール)、謁見の間。


奇しくも一年前、ローレンティアが魔王城行きを告げられた場所だ。

あの時ローレンティアがいた段の下には王都の騎士団が整列し、王妃が座していた段上には橋の国(ベルサール)国王となったセトクレアセアが座っていた。


「王となって改めて其方たちに相まみえること、嬉しく思う。

 其方たちの勤勉な勤めが王都の安寧になっていることは、今更言うまでもないな。


 さて諸君、現在我が国は緊迫した状況に置かれている。

 王族会議で見せた日の国(ラグド)の暴挙……敵は今なお彼の大国の玉座を占領している。

 我が国も先王と兄上、そして勇敢な騎士たちの命を奪われた。

 いつまた戦争が起こるか。民は不安だ。我々はそれを払う責務がある。


 敵の監視。他国との同盟締結。ローレンティアのいる銀の団とも連携を強化せねばならん。

 すべきことは沢山ある。どうか其方達の力を私に貸して欲しい。

 この先の荒れ狂う時代に私と共に立ち向かい、そしてその背中で民たちを安心させて欲しい。


 その指針は私が示そう。この、第四十三代橋の国(ベルサール)国王、セトクレアセアがな」


謁見の間にいた騎士たちが一斉に姿勢を正し、新たな国王への忠誠を示した。

セトクレアセアは、王子から国王へと成った。

彼の望む形ではなかったが、それでも与えられた席で必要な責務を果たす決意は固まっている。


そしてセトクレアセアの王位継承が魔王城へも告げられると、ローレンティアも“王女”ではなく“王妹”と呼ばれるようになっていく。







森の国(スレイアード)


この国でも新たな王が王位継承を済ませ、もう国民への演説を終えていた。

新王ジーンバーナーは王宮の一角、色とりどりの花が咲き誇る庭園で午後の時間を過ごす。


「やけにのんびりしていますね、ジーンバーナー様」


護衛と秘書を務めるアスナロが半ば呆れたように言う。


「自分の時間を持ってこそ、職務への余裕も生まれるというものです。

 ここでの静かな時間は私の日々の活力ですよ。

 それに王城、王都での新任業務は終わりました。

 後は森の部族の方々への挨拶回り………こちらは今日程調整待ちです」


王座に就いたばかりだというのに、彼女はセトクレアセア以上に落ち着いていた。

彼女のマイペースがいい方向に働いているのだろう。


「えぇ、日程はお任せ下さい。しかし日の国(ラグド)の件などはいいので?」


「……あれは様子見ですね。我が国は兵力に恵まれているわけでもないですし、地理的にも遠い。

 何か影響を及ぼせるほどの事を能動的には為せません」


「そういうものですかねぇ」


「えぇ、よいのです」


ジーンバーナーが伏せていた目を持ち上げると、瞳の奥に咲く花が光で煌めく。

平穏を望む彼女の歩みは、次なる時代に入っても変わらない。


「この先に待ち受けるのが激動の時代だったとしても、我々は我々のペースで進みましょう」








河の国(マンチェスター)


この国でも、次なる王、ラークスパー国王が誕生していた。

元より裏で国を操っていた男だ。他国より、政治的継承は滞りなく。


「シロザ、日の国(ラグド)の動向には目を光らせておけよ」


王座に座すその目は蛇のように鋭く、既に世界に向けられる。

国内の主要貴族には既に話を通し、盤石な体制を整えていた。

根は既に張られている。操り人形の糸のようなそれを、後はいつ動かすか。

世界最大の貴族界で研がれた計略の王は、静かに笑う。


「台風の目の役は譲ろう。しかし大人しくしている義理はないな。

 いつでも戦える準備は整えろ。もはや時代はノロマではない。

 動き始めたぞ。この世で最も大きな怪物がな」


その顔は、平穏よりもずっとそれを望んでいたかのようだった。







波の国(セージュ)


こちらも、他国より引継ぎが順調だったと言えよう。

新王ガイラルディアは元王弟、放浪癖は確かにあったが、兄のやり方は子供の頃からよく見ていた。


河の国(マンチェスター)のおいたには気を付けよ、何するか分からんからな。

 海にも目を配っておけ。クラーケンのが取れて、頭角を現す魔物がいるかもしれん。

 ま、何よりもまずは日の国(ラグド)だがな。


 我が国は船乗りと商人の国だ。荒波も時流も乗りこなしてみせるぞ」


かつて自由に国を駆け回った冒険王族。

けれども多くの者が彼の実力を知っていたから、その振る舞いが許されていた。

そんな国の傑物が今、自由を手放して王座に座し、国に真剣に向き合い始めた。


その背中は頼もしく、波の国(セージュ)の士気は上がっていく。








鉄の国(カノン)


この国の王の座を継承したのは、第一王子ブラックベリーだ。

元より内乱気質の高い国、新王の足元を掬ってやろうと幾つかの貴族が謀反を起こしたが、その全てが彼と彼の近衛騎士団、そして第四王子ブルーリバーによって鎮められた。


「反抗気質は好きだぜ。いつでもかかってこい。ねじ伏せてやる」


咲き月のある日、王都民への演説で、ブラックベリーはそう笑って見せた。


「絶えずぶつかり合うその牙こそが、この国を強き国へと叩き上げる。

 俺はそれを従える、不屈不敗の王で在り続けよう。


 デケェ戦いが控えてるぞ。腹ァ空かせとけよ、獣ども」


武功では歴代の王にも引けを取らないブラックベリーが、この時点で国の手綱を引けたのは僥倖だったろう。

荒れ狂う自国内を治めて彼は、より乱れ狂う時代へ挑む決意をする。







砂の国(ランサイズ)


この国は唯一の議会制、システムの点で言えば上が欠けようと補填の効く仕組みだ。

他国よりバノーヴェンの大災厄の影響は薄い、と見られていたが…………。


「砂の革命に引き続き、また国の長を奪われたわけだ。

 国王と王妃、議長と副議長………同世代で二回目は辛いところだな?」


議長室のソファに伸びをしてもたれかかるのは、新しく副議長に就任したライチだ。

切れ目の長身、女受けがいいのは容易に想像できたが、会議の場では些か緊張感に欠ける。


「民は不安がっているぞ。今こそリーダーが頭角を示さなければならん。

 分かっているのか?ストック」


「それは民主主義ではない。民も当事者だ。

 この国は全員が困難へ挑む姿勢でなければたちまち弱くなってしまう」


部屋の奥の机には、新議長として就任したストックが座していた。

トウガ傭兵団で戦い抜いた歴戦の傭兵。戦後は世界を放浪し執筆をしていた時期もある。

若さを除けば実力も、視野も、頭の回転も十分だ。


「隣の大国がいつ暴れだすか分からんのだ。

 誰もが、激戦の戦場にいたお前のように構えられるわけがないだろう」


「…………それは御尤も。だがそうでなくては困る」


日の国(ラグド)砂の国(ランサイズ)の兵力差は圧倒的。

正直に言って、明日向こうが攻めてきても、ストックは何も驚かない。


「この国の行く道は険しいぞ。身を裂く獣道だ」


心配はするが信頼はある。

他所から逃げてきた者たちが建てたこの地だ、国の歴史こそ茨道。


あの戦場より酷い場所が、あってたまるか。








月の国(マーテルワイト)


学問の国の王都では今日、式典が行われていた。

先王より王位を継いだ国王セレスティアル、その就任を祝うセレモニーだ。


「お綺麗ですよ、セレスティアル様」


大魔導士メローネが優しく笑う。

外では都民たちが、王城前の広場に集まり彼女の登場を待っていた。

扉で隔てた王城の四階では、ドレスに着替えたセレスティアルがお披露目の時を待つ。


「ありがとう、メローネ」


「それにタイミングも良かったといいますか。

 今朝のリンドウ王子の報せは吉報でしたね。まさか御生存なされていたとは」


「ふふ、殺しても死なないような人ね、相変わらず。

 ……………そうね、でもよかった。

 なんか、背中を押される気持ちになったかもしれない」


先月両親を失い、セレスティアルは天涯孤独の身となった。

その意味では、約束が有効かはともかく、許嫁であるリンドウの生還は一縷の光と言えよう。


“継承の春”で新たに王になった、日の国(ラグド)ゲッカビジンも含めた八人の中で彼女は一番若い。


民は待たない。時代も待たない。かつて友好国だった隣国は、今や巨大な火薬庫だ。

月の国(マーテルワイト)には不安が広がり、縋るような期待はローレンティアよりも幼い少女へと集まっていく。


「あのような形で、貴女の教育役の役目が終わってしまったのは悲しい事ですが………。

 これからは宰相として、陛下あなたの臣下としてお支え致します。

 さぁセレスティアル様、いってらっしゃいませ」


メローネが笑う。扉が開かれる。

民たちが歓声を上げ、太陽の光が部屋の中のセレスティアルを照らした。


ここはもう、勉強ばかりしていた王宮の箱庭ではない。


「……………メローネ。今まであなたは、誰かに仕えたことはあるの?」


「強いて言えば先王ですかね。尤も、主従というよりは契約関係でしたが。

 その意味では、セレスティアル様が初めてですよ」


「そう」


バノーヴェン城で見た、両親の血まみれの死体が瞼から離れない。

でももう時が来た。敵の恐ろしさも、民たちの不安も知っている。

自分を支えてくれる者たちの事も、別の地で自分と同じように困難に立ち向かう者たちの事も知っている。


「メローネ、私、あなたが仕えて良かったって思えるような王になるね」


月の国(マーテルワイト)の五十二代目国王に、セレスティアルが就任した。









魔王城。


貴族区、リンドウの館の一階は、少し様子が変わっていた。

可能な限り家具がどかされ、式典のような飾り付けが壁にされている。


そこへ勢揃いする者たち…………。

日の国(ラグド)、リンドウ国王、従者サツキ、ミナヅキ、貴族ゼブラグラス。

月の国(マーテルワイト)、代表ブーゲンビレア、従者カプチーノ、カモミール。

砂の国(ランサイズ)、代表シャルルアルバネル、従者ラングワート。

そして銀の団秘書ユズリハと、王族会議書記ゼフィランサス。


「こ、これは…………?」


あまりの面子にナズナはぽかんと立ち尽くしてしまう。

ローレンティアとエリスが室内に入ると、それで面子が揃ったのだろうか、ミナヅキは進行を務め始めた。


「さて、揃ったようなので始めさせて頂きましょう。

 皆様、この度は集まり頂き、誠にありがとうございました。

 特にブーゲンビレア様、本来であればこちらからお迎えするべきでしたが………」


「ほっほ、今ではミナヅキ殿こそ満身創痍ではないか。

 立っているのもやっとだろうに、全く無理をなさる………。

 まぁ仕方がないかのう。己が主の晴れ舞台(・・・・)となれば」


「晴れ舞台ぃ?」


場に不釣り合いな素っ頓狂な声は、ナズナのものだった。

慌てて口を塞ぐ彼女に、隣のエリスが囁く。


「これから、リンドウ陛下の王位継承の儀を行うのです」






それは、日の国(ラグド)の歴史の中でも唯一といってもいい異端な出来事だった。


本来であれば王位継承の儀は、日の国(ラグド)の王都で行われる。

国中の、そして他国の貴族を呼び集め、それより多くの民と兵士に見守られる中で、権力の象徴たる冠を授かるのだ。

国の一大イベント、その景観は絵画に描かれ、新王の演説は詩となって吟遊詩人たちが広めていく。



けれどリンドウのそれは、魔王城の片隅の、小さな館の中で行われた。



「リンドウ様の晴れ舞台…………正統に、盛大に執り行うことをずっと夢見ておりました。

 このような形になってしまい、申し開きの言葉もなく…………」


「よい、ミナヅキ。これは我の責任でもあるのだ、甘んじて受け入れよう。進めてくれ」


リンドウ王子は、以前より柔らかいような雰囲気があった。

立場を守るために振るっていたプライドは消え、己が夢を見据えた、彼の軸を貫く誇りだけが残る。


「では―――――証人資格のある方は連名をお願い致します」


「ほっほ、では僭越ながら儂から始めさせてもらおうかのう」


一歩踏み出たのは月の国(マーテルワイト)ブーゲンビレア。

その皺の中の聡明な瞳が、口を堅く結んだリンドウに向けられた。


月の国(マーテルワイト)、パーセプトン家当主ブーゲンビレア。

 先々代の王より授かりし記文官の証を以て、今日の出来事を認証致します」


同じく前に出たのは、面倒くさそうな顔を隠さない砂の国(ランサイズ)シャルルアルバネル。


砂の国(ランサイズ)……元王女・・・シャルルアルバネル。

 もはや国を追われた私を、リンドウ陛下が王族の末裔として認めて下さるならですが……。

 ランサイズ王家の血脈に誓って、同じく認証致します」


続くのは銀の団団長、ローレンティア。

冬休み中にシャルルアルバネルに叩き込まれた作法を思い出しながら、役目を果たす。


「銀の団団長、そして橋の国(ベルサール)王位第六位、王妹ローレンティア。

 この地の長として、橋の国(ベルサール)の代表として、同じく認証します」


三人の承認者が出揃うと、部屋の奥からサツキが姿を現した。

手には王冠………正直に言えば、式典に用いられるような国宝級のそれとは程遠い簡素な造りだ。


「もう少し時間を頂ければ、もっと相応しいものをご用意できたのですが……」


顔を曇らせるゼブラグラスに、リンドウはよい、と呟く。


「この際だ、飾り付けには拘らない。我は節目が欲しいのだ」


語り終えると、リンドウはサツキへ傅く。否、それは王冠へ、国への敬服を示す所作だ。

この世界では、王という存在が膝を折る唯一の瞬間とされる。


その姿を親のように見守るミナヅキは、やがて祝詞を綴っていく。


「今日という日を、朱き鳥の愛した雲一つなき晴天にて迎えられた事は至上の喜びで御座います。

 日の光は建国の日から絶えず我らを照らし、そして我らが日の国(ラグド)も、今日に至るまでその輝きを増して参りました。

 立ち止まる事勿れ。日は沈む。やがて来る暗闇に挑む心を育てよ。

 臆する事勿れ。日は昇る。苦難の果てにこそ、栄光の光は射しましょう。


 第七十五代国王、リンドウ皇帝陛下。

 七十四柱の先王が、天上より貴方のことを見守っています。

 七十二家の貴族が、この国の骨格となり陛下に従います。

 そして幾万の民たちが、陛下の御言葉を待っております」


サツキがそっと、リンドウの頭の上に王冠を被せる。

魔王城で王位を継いだ、日の国(ラグド)七十五代国王、リンドウ。

ゆっくりと立ち、サツキの所作を目で褒めると、ミナヅキに向き直った。


「…………この瞬間に立ち会えたこと。

 これからも陛下に仕えられること。身に余る光栄で御座います。

 どうか陛下、良き国を。良き未来を、お創り下さいませ」


赤ん坊の時から彼を見守ってきた古株の使用人の、泣き出しそうな顔にリンドウは、不敵に笑って見せる。


「言われずともだ、ミナヅキ。今まで苦労を掛けたな。

 これからも世話になるぞ。それに見合う景色を、きっとお前に見せてやる」





世界は“バノーヴェンの大災厄”の悲劇を乗り越え、そして八国に新たな王が誕生した。

つい先月まで“次代の王達”と呼ばれていた者たちは、この“継承の春”に国を継ぐ。


行く先は明るいとは言えない。

後世の歴史書に、彼ら全員が名を連ねることになる。


そういう時代(・・・・・・)が、すぐそこまでやって来ていた。





十八章十二話 『Day8 継承の春』

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