三章八話 『彼らの理由』
人魂が巨大化するという事例は幾つか記録がある。
彼らが引き起こした山火事の度に、木の高さを超える巨大な人魂が目撃されていた。
巨大なエネルギー源を確保した時、彼らは集まり同一となり、肥大化するのだ。
「全員、下がれ!!!」
叫ぶアシタバと同時に、その巨大な人魂はシャンデリアから飛び降りる。
巨大な体は蝋燭の火を巻き込んで轟々と燃え、どっぷんと床に着き大きく弾むと、周囲に小さな人魂と火をまき散らした。
熊が蹲ったくらいの大きさだ。
「弱い魔物って話じゃなかったのかよ!」
「大きな火を確保した奴らは違う。巨大化して、まぁ厄介なんだよ」
斧を、剣を構えながら、オオバコとアシタバが言い合いをする。が。
「――――痛ッ」
痛みに、思わずアシタバは剣を落とした。左手からは血が滲んでいる。
横のオオバコも似たようなものだった。樹人の傷が痛み、斧を振るえないでいる。
「やっべぇ!」
「怪我人どもは下がっていろ。ラカンカも、お前は集中力使い過ぎだ」
落ち着いた、静かな声だ。槍を構えたライラックが前に躍り出る。
攻撃は加えない。まだ観察に徹していた。
「エミリア、三人の護衛兼援護。
カシュー、グリーンピース公、ウォーターコイン公、ワトソニア公、私と共に来い。
アシタバ、指示だけ頼む」
「ぼ、僕も!?」
ワトソニアが抗議の声をあげるが、ライラックは構わない。
その渦巻く双眸は、目の前の魔物に集中していた。
人魂の巨体が沈み、弾んで、ライラックに飛びかかった。
ライラックは動じずかわし、そして人魂の着地と同時に、また小さな人魂が飛び散る。
「その小さな人魂を駆除していけ!!」
後列に下がったアシタバが叫んだ。
「巨大な人魂はとにかくエネルギーを切らせることだ。
切って小分けにして、1つ1つ潰していってくれ!!」
山火事の場合などは森を焼き尽くし、巨体を保つためのエネルギーが尽きる、雨が降る、等の結末を迎え、彼らは霧散していく。
目の前の人魂はこの屋内で、存続できる限りの大きさに留めてきたということだ。
ライラックを除いて、一番に動いたのはカシューだった。
腰の剣を抜き、周辺に散らばった人魂の中で手頃なものを見つけては、叩き潰していく。
「俺、この役割でいいですか!?」
「どんどんやってくれ。オオバコ、斧投げれるか?」
「了解っす、気を付けてください!」
言われたオオバコがアシタバと協力し、斧を投げる。
回転しながらライラック目掛けて飛ぶそれを、彼は静かに見ていた。
―――――英雄と呼ばれ、人類最強に推される五人には、其々強さの理由がある。
例えばツワブキは比類なきダンジョン攻略の数、その経験と嗅覚が該当する。
ライラックの場合は目だった。
動体視力に分類されるのか、彼の目は的確に眼前の事象を捉える。
回転する斧に動じず、逃げず、最小限の動きでそれを受け止め、構える。
直近の未来予知とも言える、その眼が映す風景の中で、彼は最善手を選択し続ける。
遠心力をそのまま転用し、ライラックは人魂へ重い一閃を放った。
再三、人魂が散る。
カシューが飛沫を避けつつ、小さな人魂の駆除を続けていく。
「おらおら、貴族さん方は見ているだけかよ!!」
後列のラカンカが怒鳴った。
アシタバ達のいる後列と前線の中間で、ワトソニア達は立ち尽くしたままだ。
「な―――――」
「戦闘に不慣れだろうが、ノミ潰しくらいはできるだろうが!
持ってきた武器は飾りかよ!」
気まずく顔を見合わせるウォーターコインとワトソニア。
動いたのはグリーンピースだ。
「お前に言われるまでもない!!」
背の槍を構え。飛び散った人魂の数体を振り払う。
その呆気なさを見ると、ウォーターコインやワトソニアもその戦列に加わった。
「ライラック!!貴様は武勇に困っていないだろう!それは俺に寄越せ!!」
だが、グリーンピースはそれに止まらない。
巨大な人魂と相対するライラックに近づいていった。
「………飛びかかりを避け損ねれば大火傷だぞ」
「構わん」
ライラックから斧を受け取ると、グリーンピースは人魂に向き直る。
「ここで立ち向かえないなら、俺達はもうどこへもいけない」
その言葉に、ワトソニアやウォーターコインは表情を正し。
ラカンカはどこまでも冷たく、彼らの戦う姿を見ていた。
エミリアがグリーンピースの援護をするべく、矢を放つ。
グリーンピースが斧を振るい、中程度になった人魂をライラックが手際よく分断していく。
小粒のものをカシュー、ウォーターコイン、ワトソニアの三人が潰していった。
「が、頑張れ…………」
オオバコが呟く。
アシタバは火の粉舞う中、人魂に立ち向かう貴族達の姿を眺めていた。
【刻剣】のトウガ。
夥しい引っかき傷が目立つ大剣がトレードマークの、五英雄の一人だ。
傭兵最強と名高いトウガ傭兵団を率いた彼は、日の国にて魔王軍との戦線に携わった。
「……………あなたは、どうして銀の団に?」
大階段を引き返し、クロサンドラの『サマーキャンドル』の席でローレンティアはトウガに訊ねた。
彼の部下は樹人の相手をするべく既に散っている。
「そりゃあ傭兵相手に意味のない質問だな。金が欲しかったんだ」
あっけらかんとトウガは答える。
「は、はぁ…………」
「あぁ、誤解される言い方は避けろってヨウマに言われたな。
理由は大きく分けて2つ、でまとまった金が欲しかったのが片方だ。
魔王軍との終戦を機に、トウガ傭兵団は解散したんだがなぁ。
王国騎士団へ入れた奴、故郷へ帰った奴、色々いたが、それなりに金を持たせたかったんだよ。退職金っていうかさ」
トウガは、独特な雰囲気を持つ男だった。
彼の中でいつも別の思考が巡っているようだ。
「もう1つはまあ、単に俺の再就職先さ。
退職金に持ち金全部使ったし、これから暮らすには働いていかなきゃ」
「……あなたほどの経歴であれば引く手数多でしょう。
それが、どうして魔王城に?」
「団長さんは不思議なことを言うなぁ」
間延びした声。
「王宮に住んで人を殺すより、ここに住んで魔物と戦うことを選ぶよ、俺は」
何故だか楽しそうに言う。
思考と言葉と、感情が乖離しているような人で。
それでも何か、人を落ち着かせる資質を持っていた。
「…………樹人、生き残らせることにしたのか」
地下一階の農耕部隊の実験場を見てトウガが言う。
「嫌でしたか?」
「いや、悪くない。悪くないと思う。
俺は傭兵だからさ、戦って、勝って、残るばっかりだったから。
正直言うと、こういうことを思いつけるのが。
実現していける奴らが、羨ましく思うんだ」
烈火のような、彼の戦歴とは正反対。
山のような、水のような、静かで落ち着いた男だ。
「団長さん、1つ約束してくれないか」
「なんですか?」
「俺は傭兵団を解散したんだが、こんなところまでもついてくるようなバカがまだいたんだ。
あいつらのことは少し心配していてな」
「危険な戦闘は避けて欲しいと?」
「違う。俺たちは傭兵だ。金を貰って言われた戦闘をこなす。
危険かどうかは戦略家が判断することだ。貴女方じゃない。
…………俺は、道理を貫いてほしい」
「道理、ですか」
彼もどこか、地平の向こうを見ている人だった。
ローレンティアは、彼の思考を掴みかねる。
「今までは、魔物を相手に戦ってりゃよかった。何も考える必要はない。
目の前に絶えず現れる化け物に、剣を降り下ろせばよかった。
大切な故郷を守るために、異形のものたちと戦う。
若い傭兵なんか、生まれた時からそれが普通だ。
大義は自然に俺達の元にあったんだ………でも、これからは違うかもしれない」
「……………………」
「俺も、貴女に全部押し付けるわけじゃない。
ちゃんと自分達でも考えていく。けれど……………。
あいつらの戦いにちゃんとした意味を、理由を与えるっていうことを、どうか頭の隅に留めておいてくれないかな」
ローレンティアは、上手く答えられなかった。
傭兵。戦いの中で生き、争いを糧とする者達。
彼らもまた、魔王時代の終わりに伴い、変化を始めている。
荒い息遣いと、微かな残り火の音が響く。
魔王城四階の戦闘は、ひとまずの終わりを迎えた。
「このぐらいか…………」
手の斧を床に下ろし、グリーンピースが呟いた。
体はところどころ赤らんでおり、軽度の火傷が見て取れる。
が、意に介さん、と言わんばかりの振る舞いだ。
彼の眼前には、人魂が集まっていた篝火があった。
僅かな数の、小さな人魂がその火に身を寄せる。
「残ったのは小粒の奴らだな。今は放っておいても大丈夫だろう。
根絶したいなら、後日水でも持ってきてこの篝火を消せばいい」
アシタバが篝火に近づきながら言う。
「ともあれ、今回の探索はこれで終わりだ。これ以上の魔物はいないだろう」
「おお………終わったのか」
オオバコは実感が湧かない、といった声だ。
「ならば、早く下に戻って診療所に行こう。グリーンピース君には治療が必要だ」
「そ、そうだよ!」
汗を拭いながらウォーターコインが提案し、ワトソニアがそれに追従した。
「そうだな。ライラックさん、彼らを送ってくれないだろうか」
アシタバの問いかけに、ライラックは少し間を置いた。
「……………グリーンピース公。
私のいた黒砦が、魔王軍の集中侵攻を受けたことはご存じでしょう。
あそこの戦線はこんなものじゃなかった」
すぐには動かない。
あの渦巻く双眸が、夜の闇の中に溶け込まずグリーンピースを射抜いていた。
「多くの仲間が死んだ。友を守るため、故郷を守るため。
あなた方の命令で、私の黒砦にやってきた新兵達は一年と持たず散っていく。
しかし、私はあいつらの死の責任を貴方方に問いはしない。
それは彼らの力不足で、誰かが保たなければならなかった戦線だ」
グリーンピースも、ウォーターコインも、ワトソニアも。
そしてラカンカも、彼の言葉を真剣に受け止めていた。
「求めるのは、誇りだ。
貴方方に槍を捧げ、力も持たぬ民の為に散っていた者達が、その戦死に納得できるような……。
誇れるようなものを与えて欲しい。
そういう人物であろうとすることを、諦めないで欲しい。
私はそれが、貴族という者達の唯一の務めだと思っている。
今回はお見事だった。どうかその勇気を、忘れないで欲しい」
ライラックの言葉の後を継げる者はいなかった。
彼らは押し黙り、地上一階へと戻っていく。
貴族三人をライラック、オオバコ、カシューに任せ、そしてアシタバ、ラカンカ、エミリアは四階に残った。
「なーんで残れ、なんて言うんだよアシタバ。俺にだって休息は必要なんだぜ?」
「…………少し、気になることがあってな」
アシタバは剣を持つと、篝火の底にあるものを掻きだして、火を踏み消した。
「なんだ、それは」
「人魂達が燃やしていたものだ。枯れ木の枝だな」
「この辺に生えているやつか」
「そうだな、でも………」
考えながら、アシタバはテラスの向こうへ目をやる。
「人魂が燃やすものを持ちこむことはある。
蟻みたいにな。でも地上からここ四階まで、これを運んだなんて考えられない」
「…………?どういうことだ?」
「多分、それは…………あぁ、あった、これだ」
松明を片手にテラスの隅にしゃがみ込んでいたアシタバは、やがてそれを見つける。
一枚の羽だ。
アシタバ達の掌ほどの、大きな羽が落ちていた。
三章八話 『彼らの理由』




