三章七話 『魔王城四階』
アシタバ達一行が四階への階段を見つけたのは、日が沈み西の空に僅かに赤色を残した程度の、薄明の時間帯だった。
「まったく……時間がかかり過ぎだ」
流石のグリーンピースも疲れたのか、言葉に勢いがない。
ただ待つ、というのは仕事をして過ごすより疲労が溜まるものだ。
一同はようやく今回の探索の目的地、すなわち魔王城最上階の四階に到達する。
地上四階は、開けたフロアだった。
建物の構造上、下の階よりは少し狭くなっていたが、それでも端から端まで歩くのに苦労するぐらい広い。
そして何より壁がない。屋根を支える柱と装飾の他は、外と一体となっていた。
地上四階はぐるりと広いテラスで囲われており、その端に転落防止の柵がある程度だ。
「すっげー見晴らしいいな。俺、こんなに高いところ初めてだ」
テラスから外を眺めるオオバコが関心した声をあげる。
元々魔王城の立地が丘のような高所の上だ。四階からは遥か遠くまで見渡せた。
「魔王城の見張り台ってわけだね。僕達としてもここは使えそう」
「はっ、我々がここから何を見張るのだ」
カシューの呟きに、グリーンピース達が馬鹿かと突っかかる。
「地下から上がって来るならいざ知らず、我々が外を警戒する必要がないだろう」
外を見るオオバコ、カシュー、貴族三人に対して、残る四人は内側を見ていた。
「ラカンカ、もうトラップはないのか?」
床に伏せ、目を走らせるラカンカにライラックが話しかける。
「………ないな。そもそも二、三階のトラップはここへの侵入を防ぐためだ。
ここに入られた時点でおしまい、トラップを仕掛ける意味がない」
答えるラカンカの隣で、アシタバは押し黙っていた。
妙だ。
地上四階の柱のところどころには、何かで切ったような傷があった。
床にも天井にも……争った痕跡がある。勇者たちはここには来ていないはずだ。
それ以前に、数えきれない挑戦者がいたのも事実だが………。
「その中の誰かが、ここまで来たのか……?」
アシタバと同様に、エミリアも疑問にぶつかっていた。
「なぁ、なんだあれは」
一同は、エミリアの指さす方向を見た。
フロアの中心、そこだけがぼんやりと明るい。
「松明……………?」
いや、明かりはそれよりも大きい。
ゆらゆらと不規則に揺れ続けるそれを注視しつつ、全員はゆっくりと近づいていく。
「…………アシタバ。予想はついているのか?」
ライラックとアシタバは場馴れしていた。
「まぁ、大体は。人魂っていうのは脆弱な生き物だ。
燃やすものがなければエネルギーが尽き、消えてしまう。
2階、3階と沢山の松明が灯っていて、同じ数の人魂がいたわけだが……。
こういう人魂の群生地には、彼らの巣とも言えるコロニーがある」
「コロニー?」
「要は、大きな火だ」
そうして一同は、ようやくその明りの正体を視認する。
フロア中央では集められた枯れ木が燃えており、上には巨大なシャンデリア。
その外輪に備え付けられた蝋燭は激しく燃え。
シャンデリアからはみ出るかのように、巨大な人魂が居座り、彼らを見下ろしていた。
ローレンティア達は、再び地下一階にやってきた。
農耕部隊の実験の見学をするためだ。
大階段の根元には農耕部隊隊長クレソンが立っており、根樹人を観察していた。
「まだ実験は途中だが……朧げな可能性は見えつつある、といったところだろうか」
ローレンティアは階段の回りに広がる根樹人達の列を観察する。
彼らの上半分、幹樹人はなくなっており、切り株のような形状になっていた。
切り株の上に若木が結び付けられているもの。
周辺に白菜がいくつも植えられているもの。
切り株にニンジンが刺さっているもの……。
順風満帆とは言い難いが、色々と試しているようだった。
「可能性を感じるのは、接ぎ木と根菜だな。
幹樹人の代わりに上部に果樹を備え付け、周辺に種を播くと、どうもそれを育てようとするみたいだ。
未だ成功例はないが、果樹園出身の接ぎ木に詳しい者に様子を見させている」
「根菜というのは?」
「根樹人は根から栄養を供給して植物を育てる、という話だったからな。
根菜を育てた方が効率がいいんじゃないか、という理屈だ。
だから根の周辺に根菜の種を蒔いたり、切り株の上に根を置いてみたり、色々と試しているんだが……」
「結果待ち、と」
「気長に待ってもらうと助かる。枯れ月までには何とか」
流石のクレソンも手こずっているようだ。
しかし、無責任な人物ではないことは分かっている。
「難しいがやりがいのある問題だ。農耕部隊の者たちも団長さんには感謝している。
チャンスを貰えたんだからな」
「チャンス?」
「亜土の土地で私達に仕事はなかった。
そのままなら私達はこの地を去るか、 慣れない別の仕事を探さなければならないか……。
ともかく樹人の農業利用の許可が下りたことで、我々はこうして農業を続けていくチャンスを貰えたんだ」
クレソンが目線をあげた。ローレンティアも同じように、その切り株の列を見る。
「皆、あなたに感謝している。結果を出そうと真剣だ。
期待は裏切らない。信じて欲しい」
「ええ、勿論です。こちらこそ」
信頼だ、と口にしたツワブキの話を思い出す。
お互いが信頼し合う理想的な、円滑な関係。
ならばローレンティアも、彼らの努力に応えなければならない。
相応の結果を出すなら、相応の許可を円卓で掴み取る。
その後、ユズリハが足りない物資についての確認をし、クレソンが実験を行いたい幾つかの植物の苗を希望、それが終えると一行は地上へ戻るべく大階段へ向かう。
「………………人気なのね。あなた」
道中、キリがローレンティアに話しかける。
「うーん、そうなのかな。私も意外だった。けど………」
「けど?」
ローレンティアは中空に視線を放る。
「だから応えなくちゃね。信頼に」
それは、今までいない者として扱われてきたローレンティアには無縁のものだった。
だからそれをよく理解できずとも、何とか大切にしたいと願うのだ。
「ユズリハ。キリ。エリス。お願い、これからもどうか私に力を貸して?」
「勿論お支えいたします。書類事なら何でもお任せください!」
銀の団秘書、ユズリハは眼鏡を持ち上げ。
「……私はあなたの、剣にも盾にもなるわ。だから側にいさせて欲しい」
団長護衛、キリは淡々と応える。
「……………元より」
専属使用人、エリスはいつもの鉄面皮だ。
四人が大階段を上っていると、上から戦闘部隊の集団が降りてきてすれ違う。
樹人の整備、及び監視・警備の一行だろう。
そのうちの一人がローレンティアを見てお、と声をあげた。
「ローレンティア王女」
「え、団長さんっすか?どれどれ、どれっすか?」
「お前、王女様を見せものみたいにジロジロ見るのやめろよ」
「おいら知ってるよ!あの銀髪のねーちゃんでしょ!?」
その四人は、長いこと共に闘ってきたのだろう。
防具、顔立ち、振る舞い、武器。歴戦の者達だ。
ローレンティアが観察をしていると、最初に声を発した背の高い男と目が合った。
「すまなかった。礼儀っていうの、分からなくてな。謝罪が必要なら俺がする」
「……………まさか、とんでもない」
頭頂部から額にかけて深緑のバンダナを巻き、動きやすさを重視した防具は、騎士の鎧というよりも傭兵のものだ。
その肩に担ぐ大剣には、刻みつけたような傷が幾つもついていた。
【刻剣】のトウガ。
ツワブキ、ライラックと並ぶ三人目の英雄が、ローレンティア達の前に立っていた。
三章七話 『魔王城四階』