十七章六話 『Day3 おいでませ魔王城』
探検家総会が、閉幕する。
初めての探検家総会、長年謎に包まれていた七体の朱紋付きの実態に迫るそれは歴史的に見ても価値あるものだったが、当の探検家達の目玉は違った。
「うっひょー、すっげーすっげー、マジで樹人で野菜作ってやがる!
果樹もなってるじゃんかさー!亜土の環境下で!」
総会終了後、魔王城地下一階には、高いテンションで樹人畑を見学する【尾切り】のメントンの姿があった。
探検家総会の後に行われたのは、探検家達の魔王城見学会だ。
古くから当てもない推論を重ね続けた魔物達の総本山、探検家にとっては夢の地とも言える。
むしろ、王族会議を介さずに魔王城へ足を踏み入れられるという条件こそが、世界中から探検家を集めたとも言えるだろう。
地質を調査し、魔素の侵食具合を確かめる者。
城の造り、建築技術をディフェンバキアと調べる者。
砥ぎ師ウルシに刃を研いでもらう者。
久々にクロサンドラの料理を楽しむ者。
そして多くは戦闘部隊の成果を見学していた。
「それにしても、結構革命だよねー。
樹人に侵食された土地にも希望が見えるってもんだ」
【尾切り】のメントンと【鷹狩り】のパキラを案内していたのはアシタバとアセロラだ。
パキラが差し出した樹人産の林檎を、彼女の肩に乗っていた鷹が啄む。
「割と形になって来てるらしい。
農耕部隊の話だと、普通の土と亜土の配合が肝だそうだ。
樹人が養分を吸う部分には亜土を撒き、作物が実るところには土を撒く。
成長させる養分の供給源と、作物が育てるエリアを三次元的に配置するんだってさ」
「うへぇー、よくそこまで解き明かしたね」
「あたし聞いたよ、一体を根っこの先まで掘り起こして検証したんだって。
それでがーって話が進んだらしいよ」
もはや地下一階は、すっかり畑として整備され終わっていた。
かつて迷いの森だった空間は見晴らしのいい土地に変わり、多くの切株と、端に大茸の研究スペースを残すのみだ。
「メントンとパキラはいつまで魔王城にいれるのさ?」
「ホントは今日夜に飲み会やるからそれやったら流れ解散、のはずだったんだよ。
さっきツワブキさんに聞いたら延期だって。
ま、元から好きなだけ居ていいって言われてたし、折角の魔王城、思う存分見学するよ。
今いけてる最下層も見たいな。勿論カルブンコ牧場も!」
「まー次いつ来れるか分からないからねぇー。
正直隅から隅まで見ていきたいぐらいだよん」
「あぁ、それならいい機会がある。
明日銀の団の新人用にダンジョンを案内するんだ。一緒に回るといい」
「ほえー、アシタバが案内役!!」
何気ない言葉に二人が目を見開く様に、アシタバは親の煩わしさみたいなものを感じてしまう。
「………なんだよ」
「へぇ、あの一匹狼のアシタバが、そんなレクリエーション的役割を!?」
「あのメントンの食事の誘いを断り続けていたアシタバが!?」
「根に持ってるなら割と真剣に謝ろうか?」
「ふっふ~ん、すごいでしょ?戦闘部隊でも頼られがちなんだからお兄は!」
「なんでアセロラが得意げなんだ………」
まぁ、変わったのは確かなのだろう。
探検家組合の新人にアシタバが何かの説明を任されたことなど一度もない。
「ま、そうなんだろうな。さっきの、若手の会?やつらみたいな知り合いも多いみたいだし」
「クラーケン討伐作戦の手柄は聞いてるよん。
ま、あれはアシタバらしい活躍だって皆は評価してたけど」
「王族会議でも名を挙げてたじゃないか!
吸血鬼相手に主攻を務めたって、見たよあれ!
ここにいると分からないだろうけど、今の巷の知名度はディルさんぐらいあるぞ、お前」
「スライムシートや樹人畑は、まだ探検家界隈だけかなー。
起爆剤がまだ眠っているわけだーアシタバくん」
「そういう外聞はよく分からん……。
とりあえず俺は魔王城で出来る限りをやるよ。来たからにはな」
「あはっ、それもまたアシタバくんらしいねぇ」
改めてメントンとパキラは地下一階を見回した。
横壁は地上の、城の造りを残したままだ。
五十メートルほどの高さの地下空間は、人間の建築様式とはあまりにかけ離れてる。
「アシタバ、答えは見つかったのか?」
「………いや、まだ」
魔王城。
六十年前に【放浪公子】デンドロビュームが発見した魔物達の本拠地。
各地で長年、魔物と向き合い、その進化を、生命の神秘を見てきた探検家たちの中には、与太話とも言い切れない共通認識があった。
“魔王城には、全ての答えが眠っている”。
魔物が何か。どこから来たのか。魔王とは何か。
あるいは探検家業を通して自らの中に生じた疑念、価値観のブレ。
それらを解決する何かが、きっと魔王城にはある。
勇者一行が目撃し、結局は口を閉ざした何か―――。
それを、銀の団こそが解決するのだと彼らは期待していた。
翌日。
魔王城の一階には、銀の団の新人たちが集まっていた。
ベニシダ海賊団、ベニシダ。サンゴ。シンジュ。ニーレンベルギア。
斑の一族のサクラ。そして、探検家【尾切り】のメントン、【鷹狩り】のパキラも一緒だ。
「さて、この度は銀の団オリエンテーションに参加してくれてありがとう」
初日のユズリハより低い声が新人たちを出迎えた。
案内役を務めるのはアシタバだ。隣にはクリンユキフデもいた。
「大分テンション低いな」
「ベニシダ達もサクラも面識はあるからな。
さて、俺の担当は戦闘部隊の説明、そしてあんた方がこれから暮らすことになる魔王城を、元々の姿も含めて説明していく」
「元々の姿?」
「魔物達がどう使っていたか、どういう魔物がいたか。
ま、探検家用の説明だけど、理解しておくといざという時の備えにはいいだろう」
あぁ、とベニシダが納得する横で、サクラはアシタバの傍にいるウォーウルフに釘付けだった。
「………なにそれ」
「俺の家族だ。魔王城で、群れから逸れていたから引き取った」
「うへぇアシタバ、いよいよ魔物をペットにし始めたのか」
「いいだろ、ほら行くぞ」
八人と一匹は、魔王城の一階を進んでいく。
今や団員の日常生活用に改装された城の造形。
ただ天井までは二十メートル、明らかに人間より大型を想定した設計。
「推測ではここは、巨人たち大型魔物の居住区だった。
地下一階の階段から正面玄関までは特に、どんな大型の魔物が上がってきても通れる造りになってる。
北側の一角には牢獄のエリアあり。捉えた人間を収監してたんだろうな。
先遣隊が人骨を発見した、俺たちが入る前に撤去してくれたけど」
「アシタバ、お前さぁ、新人レクの一発目にそういう説明ぶっこむ?」
「ま、今じゃすっかり団員たちの生活拠点だ。
食堂。三食出る。主婦会の料理は美味いし、バリエーションをよく工夫してくれてる。
三日月の湯。東側にある風呂だ。いつでも使っていい。
それから食糧庫、武器庫、厨房……それから“銀色学級”、教室も西側にある」
「あぁ、サクラとニーレンベルギアが明日体験入学するとこさね」
「がっこウ!」
「ま、学校の詳細はその時に。主婦会からの説明も別であるらしい。
一階はこんなところだな。後は二階以上……恐らくゴブリン達の区域だったところだ。
四階の造りを見ても、上階は外敵に備えた物見やぐら。
今は二階が家族向け、三階が独身者向けの居住区に改装され、四階はライラック率いる騎士隊の見張り用に使われている。
屋上は主婦会の洗濯物干しスペース。そんなところだ」
アシタバが説明を終えると、一同は下りの大階段を降り始める。
地下一階への道だ。ここに限らず地下の階層を繋ぐ通路は全て、大型魔物が通れるほどに大きい。
「アシタバ、さっきの騎士隊ってのは?」
と、【尾切り】のメントンが質問する。
「ライラック班。ダンジョン攻略とは離れて、魔王城周りの治安維持に従事しているんだ。
地上からの賊襲撃を見張り、地下からの魔物を警備し、団内の揉め事を鎮圧する。
そういえば、戦闘部隊の紹介も俺の仕事だったな。
ま、夜勤は多いからキツいが、ダンジョンの第一線からは退ける。
ライラックの指導の下で順当に戦闘技術を磨ける………悪くないとこだ」
「いやぁ、あたいらは騎士って感じじゃないねぇ」
「元海賊だもんねぇー。治安を乱す方だ」
「サクラは?」
「…………」
聞こえていて、あえて無視をしている。
彼女は未だ、棘の殻の中………まぁ斑の一族の彼女に今更修行もないだろうが。
「アシタバ、その子はずっとそんな感じなのさ。
あたいが毎日話しかけちゃいるがね。
時間が必要なお年頃ってやつだ、よくある」
「気難しい時期だよね」
「反抗期ぃー」
「………うるさい」
サクラの態度はさておき。
八人と一匹は、魔王城の地下を順番に巡っていく。
―――地下一階。
以前は樹人達の迷いの森が支配していたエリア。
それも今は畑として改装され、農耕部隊の主戦場になっている。
「地下一階。詳しい話は農耕部隊の説明で聞くといい。
今や彼らの主戦場、樹人の研究をしている。
クロサンドラの酒場は地下二階に移っちゃったけど、代わりにバンジロウってオヤジがやってる屋台があるんだ。ラーメンが美味い、きっと気に入る」
「ほえー、ここで自給してんのかい」
「ちょっと前までは実験クラスだったけど、白菜、果樹を経て色々な野菜にも手を出し始めているらしい。まだ自給ってほどの量じゃないけどな」
「アシタバ君、あれはなんすか?」
パキラが指したのが、物珍しいのは分かった。
一階と地下一階を繋ぐ大階段、その両脇にレールが敷かれている。
そして時折木製のトロッコが、彼らの脇を通り過ぎていた。
「ディフェンバキア製、物資運搬トロッコ。
あれで地上と地下二階までを繋いでいるんだ。
二つのトロッコは釣瓶になっていて、上から食糧や必要なものを入れた片方を落とすと、使い終わった皿とかが入ったもう片方が上へと引き上げられる」
「うへぇー、ディフェンバキアさん大活躍だな」
「日常を便利にする役回りだからか、主婦会から人気高いぞ。正直モテてる」
「………想像つかないな」
―――地下二階。
迷宮蜘蛛達の“消失迷宮”と、ミノタウロスと爆弾岩の“迷宮洞窟”は今や見る影もない。
中央を貫く巨大な木柱。それに沿う螺旋階段を八人が降りていくと、途中途中で連絡橋が壁へと伸びていた。
壁はところどころくり抜かれ、そこに職人たちの工房が広がる。
オレンジ色の明かり、金づちの音、職人たちの賑わい。
「地下二階。昔迷宮蜘蛛がいたフロア、今は蜘蛛回廊って呼ばれてる。
工匠部隊の、職人たちのエリアだ。地下三階以下へはこの螺旋階段を通らなきゃいけない。
下から来る魔物の最終防衛ライン。だから職人と、戦闘部隊の一部が住んでる。
壁の向こうには360度迷宮が広がっているんだが、職人たちが好き勝手改装して自分たちの工房と別荘が乱立してるよ」
「なかなかいい雰囲気さねぇ。港にそっくりだ」
「まさに最前線、だからな。それからここには、魔王城で唯一酒が出るクロサンドラの酒場がある。
職人や戦闘部隊の誰かが毎晩騒いでいるから、好きに混じるといい」
「お頭は毎晩通い詰めだよ。もう六回吐いてる」
「………あぁ、そう」
「そういえば、今晩飲み会があるってね」
【尾切り】のメントンの補足に、アシタバもあぁ、と頷いた。
「銀の団団員と探検家の交流会らしいな。俺も出る。興味があるなら行くといい」
「はっはー、勿論!じゃんじゃん飲むさ、じゃんじゃんね!」
「………吐くなよ」
―――地下三階。
砂浜がフロア中を横断する林と湖のフロア。もうここに戦車蟹はいない。
アシタバの管理しているウォーウルフ達の群れ。カルブンコは生息域を柵で囲われ、飼育が検討されている。
「ここからが魔物がいるエリア、警戒が必要になる。
これより先に進むのは戦闘部隊だけ………のはずだったんだがな」
【迷い家】ディフェンバキア。
探検家とダンジョン建築家の両面を持つ彼が、昇り月から跳ね月までの三か月の冬休み、何もしていないはずはなかった。
地下二階よりの入り口から地下四階への出口まで、木造のアーチが掛けられていた。
左右を頑丈に固めた、砂を一度も踏まずに地下三階を通過できるルートだ。
「なんだ、ディフェンバキアさんは魔王城を観光名所にする気なのか?」
メントンのからかいに、アシタバは真顔を崩さない。
「………マジでそのつもりかもな」
―――地下四階。
メドゥーサ撤退戦の主戦場となった階層。
かつてあった草原はパッシフローラの魔法で焼き払われ僅かな緑を残すのみだ。
土色のフロアの中央にはかつて蜃がいた、巨大な円柱状の湖がある。
そしてその畔に、地面から3メートル程底上げされたウッドデッキが造られていた。
「………何これ」
「魚釣り場」
見れば、今日は非番の男たちが湖に釣り糸を垂らしている。
温泉を除けば魔王城で初めての、レジャー施設と言えるだろう。
「ちょっとちょっと、ダンジョンの水場で魚釣り?
いやいや、探検家としちゃマジで勧めらんないよこれ」
「正直俺も同感だ。水棲魔物の急襲がな。高台にしてるのはそのためなんだろうが………。
ま、一応湖内のクリアリングはして、湖内の水路は全部塞いだ。
男たちの娯楽になって、食糧の足しになるから主婦会からも好感触。結構人気なんだよなぁ」
「そうだよ、実際やってみると面白いもんだ」
胸を張る【荒波】のベニシダに、アシタバとメントンが振り返る。
「釣ったのか?」
「そりゃあもう。跳ね月は釣り三昧だったさ」
―――地下五階。
メドゥーサ撤退戦で通過した、雪原のフロア。
ここにもディフェンバキアの手が既に入っていた。
地面から三メートル、雪に埋もれないように鉄の回廊が出口まで伸びる。
「寒い」
「あぁ、ダンジョンの環境操作ここに極まれり、だな。
かつては雪男がいたらしいけど、今はいない。
ここは戦闘部隊が、主婦会から依頼された分だけ氷を運び出す場所になってる。
冷蔵庫用途、酒を冷やす用にクロサンドラも欲しがる」
「これは………正直凄いね」
【鷹狩り】のパキラが呟いた。
「一個上は普通の気温だったじゃん。
ここまで自然の偏りを実現できるものなの?四大精霊の力?」
「………下に行くともっと驚く」
―――地下六階。
アシタバ達がメドゥーサと遭遇した砂漠のフロア。
尾喰いの蛇はいなくなり、殺風景な砂丘が延々と続く。
「………ここが今の、銀の団の最前線。戦闘部隊が攻略途中のフロアだ。
入場の際は鉄製のブーツを履いて貰うことになってる。これだ、頼む」
「あぁ?砂漠で重たい暑苦しい靴を履けってかい?」
「意外と厄介な魔物が多いんだ。亜蛇に大蠍。
ちょっとした魔法魔物だ。噛まれたり刺されたら、傷じゃすまない。
足首は特に要注意、殺人蜂もたまに見るっていうから、頭上にも注意してくれ」
「なんかこわー」
「それに熱ぅー」
ぶーたれるサンゴとシンジュに構わず、歩き出しながらアシタバは説明を続ける。
「そう、熱い。地下五階とは対極的な高温環境だ。
メドゥーサ撤退戦のゴタゴタで目立たなかったが、地下五階と地下六階の不均衡は異様だ。
温度と風を管理する風精霊の本気がここまで強いとは………」
「何か問題なのかい?魔王城の本領ってやつだろう」
「いや、風精霊の上限の話だ」
「上限?」
アシタバは砂漠へと目を移した。地下空間の砂漠に風が吹き、砂埃を舞わせる。
ホタル型の火精霊の仲間である環境整備型魔物、風精霊と呼ばれるトンボ型の魔物がそれを、そして温度の偏りを生み出している。
「魔物の進化には理由がある。上限、そこまでできるのにも、な」
「この環境を創り出すための?」
「あぁ、色々な環境を創り出すため。そこに適合する魔物の進化を促進するため。
彼らの進化を制御するため」
「………制御?」
「メドゥーサがそう言ったんだ。
この環境の不均衡は、意図的にそう作っているんだそうだ」
ベニシダ始め、新人の者達は意味を掴めず、不思議そうな顔をする。
一方でメントンとパキラは絶句していた。
ホリーホックの兵器論の、ダンジョンが魔物を進化させるにあるという仮説。
つまりは敵―――魔王が、生物の進化に干渉していたという事実。
「………これが、今日までに俺が掴んだ答えの1つ。
そしてもっと知るには、先に進まなきゃいけない」
砂丘の上に立つと、フロアの端まで見通せた。
はるか遠く、波打つ数々の砂丘の向こう、フロアの出口前に陣取る魔物の姿をアシタバ達は目にする。
包帯に巻かれた人のような姿、包帯男。
「………魔王城で飼われてない魔物見たの、ようやくだぁね。
そりゃあ当たり前だけど、こうやって見ると実感が湧いてくるってもんさ」
【荒波】のベニシダの目が、海賊時代の鋭さに戻っていた。
並ぶサンゴとシンジュも、探検家のメントンとパキラも真剣な顔つきだ。
風に包帯を靡かせ、直立したまま動かない不気味な存在。
不可侵の縄張りを誇る砂漠の魔物。
「………オリエンテーションは終わりだ。
俺たち戦闘部隊は魔物と戦い、この魔王城を下へ下へと突き進む。
次に突破するのはあいつら。そして次々に、新たな敵に当たるだろう。
危険はある。でも―――」
包帯男を見つめるサクラの横に、不意にクリンユキフデが寄った。
だらんと下げられた手をべろべろと舐め、それを不思議そうにサクラが眺める。
「………入隊するなら歓迎するよ」
十七章六話 『Day3 おいでませ魔王城』